前世は悪魔みたいな俺だが4
残酷描写あります。
窓ガラスは石でも投げられたのか全て割られていた。
ベッドもソファーもひっくり返されて座面やシーツは刃物で切り裂かれている。
何もかも嵐でも来たかのようにメチャクチャに破壊されているのは意図的なものだった。
元々殺風景だった家には誰もいない。
毎日彼女が花を飾っていた花瓶の破片が西日に光る中、俺は小さな影に溶けたまま、どこか遠くにそれを眺めていた。
朝、アリシアは何人もの役人らしき者達に引きずられるようにして連れ去られて行った。
彼女にフラれた人間の男が『アリシアは悪魔憑き』だと通報したのだ。
様々な宗教が生まれ原初の成り立ちを忘れつつあった時代、人間が闇の精霊を悪魔と忌み嫌って久しい。
真実を見失った人間達は、理解できない現象に恐怖を覚えて排除しようとする。まして『悪魔に魅いられた者』と断定された者がどうなるか。
暁の光に侵食されつつある闇の中で、俺は見ていることしかできなかった。
「独り暮らしのお前の家で、毎日のように夜中に話し声がするそうだな。この家を訪れようとしたお前の知り合いの男が、それを不審に思い通報してきた。しかし………お前のような娘が本当に悪魔憑きなのか?そんな風には見えないが」
「悪魔じゃない。彼は精霊です」
両腕を後ろ手に押さえつけられて床へと座らされたアリシアは、役人の男を見上げていた。
「お前………自分が悪魔憑きだと認めるのか?それがどういうことか分かっているのか?」
危うげな状況でも、彼女は強い光を瞳に湛えて相手を真っ直ぐに見ていた。
「私は何も恥じることはしていない。彼は優しい精霊よ。何も、何も責められることはしていないわ!」
「黙れ」
年配の役人が頷くのを合図に、アリシアの口に布が噛まされた。
「連れていけ」
両脇を抱えられて無理やり立たされた彼女が、素早く部屋を見渡した。
「んんっ」
アリシア!
俺を呼んで探しているのに、暗闇の消え行く部屋に姿を為して留まることはできなかった。この明るさでは、傍にいることさえ伝えられない。
引き摺られるようにして外へと連れて行かれる彼女を、守ることもかなわない。
闇をひたすら待った。これほどに夜が待ち遠しく思ったことはなかった。それなのに、自分を自由にする闇が怖くもあった。
次に彼女を見た時、この世界の精霊であることに俺は絶望した。
夜の闇が降りた小さな牢の中で、アリシアが横たわっていた。
「アリシア………………………アリシア」
「……………みな、いで」
力なく突っ伏したまま、囁くように彼女が拒んだ。
「っ、ああ」
引き裂かれた服は肌を隠す意味を失い、晒された白い柔肌は、薄汚れ傷付けられ辱しめられていた。
俺は闇を集めて彼女の体を包み隠して、自分の膝の上に仰向けにした彼女を乗せた。片腕で上半身を支えて彼女の顔を見て、ぎりぎりと歯を食い縛る。
「リ、ト」
「あ………ああ………アリシア」
人間達は、どうしてこんなことができるのだ!
笑うと輝くように美しかった彼女の顔は、半分焼けただれて赤い肉をのぞかせて見る影もない。
「どうして違うと、俺など知らないと言わなかったのだ?」
「…………リトを………いないもの、に、したくなかった」
微かに焦げ茶色の瞳を細めて笑い「ねえ、リト」と彼女の手が俺の頬を導こうとする。
小さくなっていく声と呼吸を拾って聴きたくて、弱々しく導かれるままに彼女の顔に顔を寄せた。
ひやりと冷たい唇が、俺の唇に重なる。
「しょく、じ………もう……あげれなくて………ごめん、ね」
「アリシア」
乱雑に切られた赤茶色の髪に指を通して、これ以上壊れないようにと、慎重に頭を引き寄せ胸に抱く。
「り、と、わたし」
彼女の唇から別れの息吹きが虚空へと還っていく。
「わた、し………りとが………すき……だっ………た」
俺の奥底から強く苦しいものがせりあがる。
抱き締めた温かみが、緩やかに体から失われていくのを感じて耐え切れなくて、噛み締めていた唇を開いた。
「あああ!アリシア!アリシア!!」
これは慟哭。流れて止まらないのは、涙。
「あああああ!」
俺が精霊なんかでなければ、彼女なんか知らなければ……………知らなければ!
「あ、ああ……………愛していた」
こんな気持ちをどうして知ってしまったのか!
「あああ」
どのくらいそうしていたか分からない。
『リト』
何度も呼ばれて、ようやく顔を上げたら、目の前には馴染みある深い闇の空間が広がり、そこには幼児の姿のサディーン様が立っていた。
「……………さでぃ……………あ?」
同時に、胸に抱いたアリシアの体が無くなっているのに気付いた。代わりに両手で掻き抱いていたのは、小さな淡い金色の光だった。
アリシアの魂だと理解して必死に包もうとしたら、手が透け始めていた。
「…………………俺も消滅するのですね」
納得したら、消え行く恐れはなかった。
『そなた、喜んでいるのか』
2歳ぐらいのあどけない男の子が、無表情に俺を見つめる。
「はい。俺はもう何者にもなりたくないんです」
とめどなく流れる雫が、彼女の魂を濡らす。その度に、ふるりふるりと光が震えて俺の胸を慰めるように照らした。




