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転生した俺だが

たまには人外を女の子の方に設定してみたらとのご意見から生まれたラブコメです。

 

「痛っ!」


 苔むした岩に足を滑らせ、俺は盛大に転んだ。膝上までのズボンを穿いていたので、剥き出しの膝を河原の石で擦りむいて痛みに小さく唸った。


 情けない。こんなことで傷を作り、痛みを感じるなんて昔の自分では考えられないことだ。


 血の滲んだ傷口に付着した泥を川の水で洗い流し、俺は再び山道を歩き出した。


「何だって、こんな辺鄙な所に住んでるんだ」


 背中のリュックが肩に食い込むように重い。

 河原を離れて、坂道を息を切らして歩く。辛うじて小道があるのは、それなりに人が通るからだろう。誰にも出くわさないが。


 腕時計を確認すると、この山に入って一時間ほど経っていた。目的地は頂上付近にあるという家だ。


「く、そ、なんてもどかしい身体なんだ」


 転移魔法は使えないし、走るのも遅いし歩くのも時間がかかるし、その上息が直ぐに上がる。

 昔の自分と比べてしまったら、あまりに非力で弱くて情けない気持ちになる。

 この身体を望んだのは自分自身であるにも関わらず、既に後悔しそうになっている。


「早く成長できたら良いのだが」


 まだ13年しか生きていない身体なので、両親を説得するのも骨が折れたものだ。だが最後には、俺の熱意に根負けした彼らが「困ったことや辛いことがあったら直ぐに帰って来なさい」と心配そうに見送ってくれたのだ。

 だが俺は、彼らと二度と会わない覚悟を持って別れた。


 それだけ強い意志と目的を、生まれながらに抱いてきたのだから。


 急な坂道を這い上がるようにして登ったら、平地が拓けていた。短い芝草と花が、敷き詰められたように広がる中心に、聞いた通りの家が建っていた。

 ここが山の頂上らしく、後ろを一度振り返ると、周りの山々が同じぐらいの高さで連なっている。


 膝に両手をついてゼイゼイと荒い呼吸を整えながら、家を眺めた。


 木の色合いそのままのログハウス風の、なかなか大きな家だ。いくつか小さな窓があって、屋根に一つと、そのすぐ下の壁に丸窓が見える。きっと屋根裏があって、そこに寝室なんかがあって夜は星を見ながら眠ったりできるんじゃないだろうか。

 俺のイメージだが。


 額の汗を手で拭うと、ゆっくりと歩く。それなりに剣の鍛練はしていたというのに慣れない山登りで、ふくらはぎがパンパンになって痛む。

 全く人間は痛いことだらけじゃないか。


 家に近付くにつれて、一旦は落ち着きを取り戻しつつあった心臓が、またしても速く動き出した。

 期待と、もし違ったらという不安。それでもはやる気持ちを押さえて白木のドアをノックしてみた。


「こんにちは」


 家の中からは物音はしなくて、とても静かだった。


「……………………いないのか?」


 もう一度ノックしてみたが返事はなかった。

 ここまで苦労して来たのだ。家の主を確かめることなく帰るわけにはいかない。

 試しにドアを引いてみると、軽い音を立てて簡単に開いてしまった。

 辺りを窺い誰もいないのを確認して、そうっと足音を立てないように家に踏み入る。


 入ってすぐにリビングダイニングになっていて、天井は少し低めで、壁や床やテーブルに椅子まで飴色の木材で揃えられている。奥は台所らしく、そこだけ壁に淡いグリーンのタイルが張ってあり鍋やらお玉やフライ返しなんかが吊り下げられていた。リビングとはカウンターで間仕切りがしてあって、なかなか可愛らしい内装だ。

 ただし散らかっているが。


 床には着ていたであろう服が脱いだ順に点々と散らばり、その間に積まれた本の山が七つほど崩れかかって床から生えている。


 テーブルには酒瓶が何本も空の状態で並び、手紙やら書類なんかが一緒に広がっているし、摘んできたのか薬草らしい物が台所まで床に所々点在し、根から落ちたらしい土が俺が歩くたびに靴底と擦れてジャリジャリと音を出す。


 テーブルの書類を幾つか手に取って見てみた。

 魔法薬の取引の書類が大半で、各国の王公貴族からの依頼を引き受けたサインが末尾に大きく綺麗に書かれていた。


「……………メディアレナ」


 今の彼女が名乗っている名前を声に出して噛み締める。


「………ん」


 ゴソゴソと身動ぎをする音と小さな呻きに、驚いて水色の瞳を素早く巡らす。

 こちらからは背もたれしか見えないが、閉めたカーテンに向かうようにして置かれた赤ワイン色のソファーに、誰かが横になっているようだった。


 起きた気配は無く、俺は物音を立てないように近付きソファーを回った。


 思った通り、彼女がいた。見た途端に、心臓が跳ねて胸が苦しくて瞼は熱くなって、堪えるように息を僅かに止めてしまった。


 波打つ黒髪を広げて眠る彼女は、以前のように金髪でも無いし顔立ちも違う。瞳は緑ではなく恐らく青い。

 20を幾つか過ぎた見た目をしていて、すやすやと寝息を立てる彼女は気だるげな色気を醸し出した美女だった……酒臭いが。


 何もかも違う容姿。だが間違いなく探し求めた『彼女』だと、俺には分かった。この時の為だけに、命を代償に俺が授かった『彼女』を感じ取る力。


「やっと見つけた」


 薄く桃色に色付く頬に触れたいと思い、彼女の傍に膝を付いて指を近付けた。


「あ、う?!」


 突然床に白い魔方陣が浮かび上がり、俺の体を包んだと思ったら全く動けなくなってしまった。


「うん?」


 気配に目を覚ました彼女が、口元に手を当て欠伸を一つすると俺の方に顔を向けた。


「子ども?」


 高くも低くもない落ち着いた女性の声は不思議そうだった。ゆるりと起き上がり、怠そうに髪を払った彼女が乗り出すようにして上半身を俺に寄せる。

 噂通りの深い青の瞳が、しげしげと俺を見つめる。


「……………………っ」


 膝を付いて片手を向けた状態で動けず、声も出せない俺は羞恥と動悸のせいで顔が熱くなってきた。

 首をコテンと傾げた彼女が、しばらくして小さく指を鳴らした。


「誰?」

「あ」


 どうやら声だけ出るようにされたと分かり、唾を呑み込むと言葉を紡いだ。


「俺………僕の名はエリオット。世界最強の魔女と名高いメディアレナ様に弟子入りする為にやって来ました。あの、事前に紹介状と手紙を送ったはずなんですが」

「え、弟子?手紙……読んでないわ」


 初めて聞いたとばかりの驚愕した表情に、俺は内心舌打ちした。


「ごめんね」


 肩をすくめて小さく頭を下げ可愛らしく謝る彼女に、もう会えただけでいいやと直ぐに思い直す。

 魔法で表情筋が動かなくて助かった。ヘニョヘニョに緩むところだった。









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