【掌編】月と太陽のサイクル
僕のしたいことは、どれも夜にばかり精が出る。闇夜に差し込む月の光。不思議な魔力に惹き寄せられ、まるで取り憑かれたように夜を満喫する。それらはどれも太陽とは相性が悪いから、昼間は何をして良いのか解らなかった。
手持ち無沙汰の僕。
人と話すことが嫌いで、人と目を合わすことが嫌いで、人と触れ合うことが嫌いだ。今日も今日とて、照りつける太陽がじりじりと僕の皮膚を焦がす。新しいアルバイトの面接に向かう途中、駅のホーム、人混みの匂いに吐きそうになって、叫びたくなって、右往左往した挙句、僕は駆け出した。西へ東へ。走って、転んで、半べそかいて、誰もいない場所を目指した。どうやら面接には間に合いそうもない。
ようやく逃げ込んだのは馴染みのリサイクルショップ。中古品の家具家電。冷房の利いた店内に客足は少なく、誰かに処分された傷物たちのカビ臭い匂いが充満していた。
――そう言えば、ここで僕はあの人が残していったものを処分したな。
何のことはない。この僕だって中古品であった。仕事もろくに出来なくて、夢だって途中で投げ出して、あの人にも置いていかれ、救いようもないくらいに中古品であった。
あーあ、またバイト探さなきゃ。息を整え冷静になった頃、後悔はあとからあとから込み上げてくる。仕事もないので生活費を切り詰めなければならないのだが、いかんせん僕は浪費家で、思ったそばから散財してしまう。うっかり僕の興味を強く惹く中古品を見つけてしまう。出会ってしまう。
きらきらした宝石に見えるそれは、古ぼけた一眼レフ。小さな傷が幾つか確認できて、その傷ひとつひとつの歴史を紐解いてみたいとさえ思った。所謂一目惚れであった。誰かが不要だと手放したものが、必要とする誰かの手に渡るサイクル。不用品をリサイクル。思えば沢山のものを手に入れ、沢山のものを手放したものである。
こうして手に入れた一等お気に入りのキャメラは、僕の所有物の中で唯一太陽と相性が良さそうであった。川の流れ、棚引く飛行機雲、そびえ立つ鉄塔。ファインダー越しに、ずっと遠くを眺めてみる。そこには僕の知らない世界が広がっていた。思えば夜の魔力に頼りきり、文を書き、絵を描き、ミシンを走らせ、音を鳴らして、僕の両目はきっと自分の手元しか写していなかった。空が青いこと。風が心地よいこと。花が香ること。時が流れていること。自分がまだ生きてること。それら全部を忘れていた。
また今日も不必要になった誰かが処分されるサイクル。誰にも知られることなく涙を流すあなたに、僕のこの手をリサイクル。きっと素敵な明日はくる。