後日譚(終)
最終話です
シグルーダが目覚めると、見覚えのある顔と見覚えのない顔、見覚えがあるようなないような顔が見下ろしていた。
場所はフレイツ伯爵邸のようだ。
壁や柱などの色や、建物の匂いが変わったような気もするが、見覚えのある部屋だった。
「姉上!」
と、いう声の主はさすがにわかる。
妹のユーロックだ。
桃色の髪をした娘と、その隣の中年男は初対面だろう。
全く覚えがない。
問題は残りの三人だ。
人間の僧形の男と、貴族風の男、それと黒髪の娘。男二人はフレイツ伯爵と、その息子たちに似た面影があるが、どちらとも違う。
娘のほうはフレイツ伯爵夫人に似た面影があるが、いささか若すぎる。
だが、
「「シグ!」」
そう叫んだ男二人の声で、ハッとなった。
「ビンレイ? サーガソン?」
フレイツ伯爵家の兄弟、二人とも随分と老け込んでいるが、シグという呼び方をするのは、あの兄弟だけだ。
困惑するシグルーダに、ユーロックはシグルーダがつい先日リザイリアの中から救出されたばかりであること、シグルーダが三十年の間、リザイリアの中に取り込まれていたことを説明した。
「そう……」
シグルーダは再度ビンレイ、サーガソンの兄弟の顔を見比べた。
「だから、歳をとったのね……そちらは、ビンレイの娘さん?」
人間の生涯は短い。
リザイリアとの戦いに向かった日から三十年が過ぎているなら、子供を作っていてもおかしくない。
「いや、カースティはサーガソンの娘だよ」
ビンレイはやや複雑に微笑んだ。
「私は教会に入ってね。フレイツ伯爵家はサーガソンが継いだんだ」
「教会? ビンレイが?」
不似合いなものを感じる。
シグルーダが知るビンレイは、宗門に入ったりするような少年ではなかった。
何かの心境の変化があったのかと考え、気づく。
思い当たることがあった。
「私のせい?」
リザイリアとの戦いに赴く少し前、ビンレイはシグルーダに交際を申し入れていた。
少年期の幼ない慕情。
「もう少し大人になっても気持ちが変わらなければ」と答えた覚えがある。
ビンレイが大人になる前に、シグルーダは姿を消してしまった。
気持ちが変わらずに待っていた。
そういうことなのだろうか。
ビンレイは慌てた顔で首を横に振る。
「ああ、い! いや! そういうことじゃな……」
そこまで言いかけたところで、サーガソンは「そういうことです」と告げた。
「兄は貴女を忘れられず、家を飛び出したんです。縁談を拒み、フレイツ伯爵家を私に押し付けて」
「サーガソン!」
ビンレイは顔を赤くして、大きな声をあげた。
†$
俺とフレイツ伯爵家の縁談。
ビンレイ枢機卿とフレイツ伯爵、シグルーダ王女に関わる問題。
海の怪物リザイリアによるランス湾沿岸の混乱は、そんな形でだいたい丸く収まった。
この一件を通じてヴェルクトと俺はエルフの友という立場を、マティアル勅許会社はランス湾における権益、エルフ国サイフェリアとの協力関係を手に入れた。
霊樹、神木と呼ばれる稀少植物の栽培、加工技術を持つサイフェリアの協力は、柄や鞘といった刀装部品の開発がボトルネックとなっていたオリハルコン・アダマンティア合金兵器の開発を大きく前進させ、後の勇者の剣の完成へと繋がっていく。
ランス湾沿岸地域の治安の悪化については、ユーロック王女が帰国の途中、行きとは別グループの賊に遭遇、死の塚を一つ増やしたことで賊たちが震え上がり、だいたい解決した。
ユーロック王女はシグルーダ王女にサイフェリアの女王を押し付けたかったようだが、三十年も眠っていたシグルーダ王女にいきなり女王をやれというのは無理がある。
諦めてユーロック女王としてサイフェリアの王位についた。
ユーロック王女と共に一旦サイフェリアに戻ったシグルーダ王女は、人族への理解度と適応力の高さを活かしてサイフェリアの外交担当としてユーロック女王を補佐。
後年、教会を離れたビンレイ枢機卿と結婚した。
見た目は随分な年の差婚だが、実際はシグルーダ王女のほうが二百歳以上年かさだ。
ビンレイ枢機卿が十代から四十代になったのは、エルフ的には誤差レベルらしい。
今思うと、ビンレイ枢機卿の縁談趣味は三十年前の失恋の代償行為だったようだ。
その代償行為の犠牲者になりかけたフレイツ伯爵家の三女カースティ嬢は、その後ランス湾のハウェール島に作った勅許会社の出張所で働くことになった。
カースティ嬢の将来の夢は大富豪だそうだ。
ビンレイ枢機卿やフレイツ伯爵が俺との縁談を進めようとしたのはその辺の関係もあったらしい。
ただ、ひどいところにボタンのかけ違いがあった。
俺のところに「仕事のやり方を学びたい」とやってきたカースティ嬢の志望動機は「大富豪になって女の子をたくさん囲って暮らしたいんです!」というものだった。
最初からどうしようもない縁談だったようだ。
ユーロック王女にシグルーダ王女のピアスや絵の件を話してしまったのも脅されたというわけではなく、ユーロック王女の人外の美しさにポーッとなった結果、つい口をすべらせたというのが真相だったらしい。
法王都に戻ったヴェルクトはグラム主催の社長の破談を祝う会に参加、残りの余暇を俺の家で過ごした後、ターシャ、メイシン、アスラたちと合流し、旅立っていった。
「結婚厳禁」
「縁談ダメ。絶対」
と、変な念押しを繰り返すのにはいささか閉口したが。
†$
勇者ヴェルクトの死、アレイスタでの国葬の実施が発表され、しばらくした頃。
エルフ国サイフェリアの王宮に人族の噂話が伝わった。
バラドが勅許会社を通じて流布させた、ヴェルクトの死に関する疑惑が。
「勇者様の死因は、魔王の呪いではない?」
ユーロック女王は玉座の上で呟く。
「それでは、どうして亡くなったのでしょうか? 勇者様は」
エルフの友。
ユーロック女王の友人だった、あの桃色の髪の少女は。
目を伏せ、硬い声で問う妹に、補佐役であるシグルーダは落ち着いた調子で答える。
「詳しいところはまだわからない。けれど、魔王の呪いが虚偽であるとすると、疑うべきは証言者。魔王討伐からの生還者であるアレイスタ王国のメイシン王子、その配下のアスラという男。アレイスタ王ダーレスの意向も噛んでいるかもしれない」
「アレイスタが勇者様を?」
「まだ断定はできないわ。まず私がアレイスタに調査に出向く。バラド社長と連携すれば、真相に近づけると思う」
「いいえ」
ユーロック女王は顔を上げ、首を横に振った。
「姉様は留守居をお願いします。アレイスタには私が乗り込みます。勇者様は、ヴェルクトは、私の、大切な友人でした」
震えの混じった声。
凄絶な響きを帯びた声だった。
「真実は、私が見つけ出します」
エルフの女王は立ち上がる。
それに呼応し、玉座の前に七つの影が現れる。
白装束に頭巾をつけた七人のエルフの戦士。
跪いた七人に、ユーロック女王は「旅の支度を」と告げた。
「人族の領域へ、アレイスタへ出向きます。エルフの友、ヴェルクトの死の真相を見つけ出すために。そこに裏切りがあるのなら、我らの手で、報いを齎すために」
(本編へと続く)
お読みいただきありがとうございました。
過去エピソードになりますので続きは本編を、という形で終了となります。
先にご紹介した同一世界観の作品「おれさま候女と吸血商人 (タイトルいじりました)」のほうも終盤に入っておりますので、よろしければ。
こちらの主力メンバーはほとんど歴史上の人物扱いですが「百五十年後の彼女」がフリーダムに振る舞っていたりします。
下のリンクか、上のシリーズ一覧からご覧いただけます。
<最後に>
お帰りの前に下の「ポイントを入れて作者を応援しましょう!」コーナーで★を投げていっていただければ幸いです。
三年ぶりの連載なので、既に評価済み、と言う方も多いとは思いますが……。
それでは。




