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勇者の商人  作者:
【特別編】THE ELF 勇者様と王女様

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82/85

真相

 エルフたちと入れ違う形で、フレイツ伯爵、カースティ嬢が屋敷へ戻ってきた。

 

「事情をお聞かせいただけますか?」


 沈鬱な表情で沈黙するビンレイ枢機卿、フレイツ伯爵に問う。

 

「部外者に話すことなど」


 フレイツ伯爵は震えの混じった声で言った。

 

「部外者ではありますが、利害関係者ではあります。今、ビンレイ枢機卿に死なれてしまっては困りますので」


 マティアル教の枢機卿の中では唯一、オリハルコン・アダマンティア合金の開発に理解を示してくれている人物だ。

 ここで死なれるわけにはいかない。

 ビンレイ枢機卿は重いため息をはきだした。

 

「話そう、サーガソン」


「兄さん」


「俺とお前だけじゃいい知恵がないからこうなってるんだ。彼の知恵を借りよう。俺たちは仕方ないとしても、一族に累を及ぼさない方法だけは見つけ出さないと」


 その言葉で、フレイツ伯爵も腹を決めたらしい。

 硬い声で「わかりました」と応じた。

 ビンレイ枢機卿が顔をあげる。

 

「ことの発端は、ユーロック王女の言葉通り、三十年前だ。少年だった私たちは、海岸に流れ着いていた娘をエルフと気づかずに助け、屋敷に連れて帰った。それがシグルーダだった。エルフとしては変わり者だったらしくてね。森を出て各地をふらつき、冒険者をして暮らしていたらしい。当時ランス湾を荒らし回っていたリザイリアの討伐に参加したものの船を沈められ、沿岸に流れ着いたところを私たちが発見した。そして私たちは親しくなった。こんな風な絵を描かせてもらったり、私が彼女に恋をしてしまったりする程度に」


 ビンレイ枢機卿はシグルーダ王女の絵に目をやり、ほろ苦い表情を見せた。

 

「だが、リザイリアの被害は激化する一方で、私たちはエルフであるシグルーダの強さを過信していた。船を沈められたからダメだったが、ちゃんと戦えば勝てるはずだとね。そして三人で、リザイリアを倒しに行こうと言ったんだ。私たちの無謀に気づいたシグルーダは私たちの両親にその企てを密告した。彼女は謹慎させられた私たちを置いてリザイリアとの戦いに向かっていった。シグルーダのピアスはその時に預かったものだ。海に落としたら困るから、預かってほしいと言ってね。それきり彼女は帰ってこなかった。リザイリアも姿を消した。おそらく、相打ちとなったんだろう」


 ビンレイ枢機卿は苦しげに言った。

 

「シグルーダの身元を知ったのは、それから少し後だ。シグルーダに会ったことでエルフに関心を持つようになり、エルフの文化や風俗を調べていくなかで、サイフェリアの第一王女シグルーダの名前、彼女が失踪扱いになっていることを知った。私たちは震え上がった。彼女を一人で戦わせたのは私たちだ。エルフたちに知られれば復讐の対象とされ、私たちも、家族も、皆殺しにされてしまうのではないかとね。それから私たちは、シグルーダに関わるものを隠し、シグルーダに関わることから口をつぐんだ。私たちとシグルーダの関わりを、エルフたちに知られることを恐れて」


 そこまで話したところで、ビンレイ枢機卿は言葉を詰まらせた。

 

「こんなところだよ。だいたい」


「ありがとうございます。お話しいただいて」


 大体の事情は呑み込めた。

 嘘やごまかしの気配も感じない。

 

「ピアスや絵を処分しなかったのはなぜです?」


 あれがなければ、決定的に追い詰められることはなかったはずだ。

 

「絵はともかく、ピアスは預かり物だ。捨ててしまえば本当に裏切り者になってしまう」


 シグルーダ王女を裏切ったわけではないし、危害を加えたわけでもない。

 逆に親しい友人だった。

 だが、その死については責任の一端があると言えないこともない、といったところか。

 

 難しいところだ。

 

 ビンレイ枢機卿の証言通りなら、リザイリアに一人で挑んだのはシグルーダ自身の判断だが、それでユーロック王女が納得するかどうかだ。

 手厚く葬ったとか、石碑でも建てたとかいうなら言い訳が立つが、実際にはエルフの断罪を恐れ、失踪扱いにしてしまっている。

 先方が、そのあたりをどう解釈するかだ。

 事情を鑑みると一族皆殺しだとか、カースティ嬢まで殺されるということはないとは思うが、ビンレイ枢機卿、フレイツ伯爵の身の安全についてはわからない。

 命は助かるかもしれないが、無罪放免で済むとも考えにくい。

 目をえぐるとか、耳、舌を切るくらいのことはやりかねないのがエルフだ。

 

「申し訳ありません、お父様」


 カースティ嬢が声を震わせる。

 

「私が余計なことを言わなかったら」


「いや、いい」


 フレイツ伯爵は、娘を宥めるように言った。

 

「エルフに嘘は通じない。下手に嘘を言ったら、お前の身のほうが危うかった」


 愁嘆場の空気に耐えられなくなったらしい、ヴェルクトはいたたまれないような顔で俺を見る。

 最初の想定とはまるで流れが変わってしまったが、いいタイミングだろう。

 商談を始めることにした。

 

「お二方にご提案があるのですが、お聞きいただけないでしょうか」


 鞄の中から資料の束を取り出し、テーブルに置いた。

 

「こんな時に商談? 何を考えて……」


 フレイツ伯爵は俺を睨むが、構わず続けた。

 

「リザイリアの討伐。リザイリアの核になっていると思われる、あるエルフの救出に関するご提案です」


「「エルフ!?」」


 フレイツ伯爵、ビンレイ枢機卿が同時に声をあげた。

 

「シグルーダのことかね!?」


「シグルーダ王女のことは初耳でしたので、間違いないとは申し上げられませんが、その可能性は高いと思います」


 そう応じて、テーブルに置いた書面をめくってみせる。

 

「まず、こちらの資料をご覧ください」


 半球状の粘液塊、リザイリアの初期形態の図面を指差す。

 

「ご存知の通り、リザイリアはおおよそ三十年サイクルでランス湾近辺に出没しています。まずは最初に現れた初期形態、いわゆるスライム型。弊社での分析によると、この形態がリザイリアの本来の姿です。人族ではなく、魚人族との戦いに敗れて姿を消しました。それから三十年後に現れたのが第二形態、魚人型」


 資料をめくり、次の図面を示す。

 

「運動性に優れた形態で、初期形態が敗北した魚人族を駆逐、一時はランス湾の海棲生物の頂点に立ちましたが、同時期に現れた海竜ドゥールとの争いの果てに、ドゥールと共に姿を消しました」


 さらに資料をめくる。次の図面は、小さな海蛇のような竜を、大きな透明の海蛇が取り巻いたような図面だ。

 

「第三形態、海竜型。三十年前に現れた形態で、巨大な海竜の姿をしていました。シグルーダ王女が戦った形態です。現在の第四形態についてはまだ資料はありませんが」


 白装束たちが持ってきたままのシグルーダ王女の絵に目を向ける。

 

「私が目撃した限りでは、あの絵の女性、シグルーダ王女に類似した形態でした」


「どういうことかね」


 ビンレイ枢機卿は血相を変えた。

 

「弊社の顧問の見解ですが、リザイリアは自分を窮地に追い込んだものを体内に取り込み、その姿を模倣する性質があります。魚人族に追い詰められた初期形態は魚人族を取り込んで魚人型の第二形態へ、海竜ドゥールに追い詰められた第二形態は海竜ドゥールを取り込んで海竜型の第三形態へ。そしてエルフの女性、シグルーダ王女に追い詰められた第三形態はシグルーダ王女を取り込み、第四形態に移行したものと考えられます」


 海竜型の第三形態の図面を再び指し示す。

 

「第三形態の活動停止後、海竜ドゥールは近海で活動を再開したことが確認されています。このことから、リザイリアの形態変化は、脅威となる生物を生きたまま取り込み、約三十年の時間をかけて模倣、大型化することで完成するものと考えられます。この考えが正しければ、シグルーダ王女もまた、リザイリアの内部で生存している可能性があります」


「彼女が生きている?」


「現時点では、可能性があるとしか申し上げられませんが、この場を収めるには、シグルーダ王女の生存に賭けるほかないでしょう。シグルーダ王女が生還し、お二人を責めないと言えば、ユーロック王女もそれ以上の追求は考えないはずです」


 シグルーダ王女自身の心情の問題もあるだろうが、まずは当事者である彼女を場に引き出すことが打開策になるはずだ。

 

「可能なのかね? 休眠期間があるとはいえ、リザイリアは百年以上にわたり、誰も倒しきれなかった存在だ。どうやって、彼女を救い出すというんだ」


 フレイツ伯爵が、硬い表情のまま問う。

 

「対応策については以前から検討していました。それに、ここにはヴェルクトがいます」


 リザイリアは勅許会社にとっても厄介な存在だ。

 すでに対応策は検討している。

 残る課題は、リザイリア討伐をどういう事業にするか。

 リザイリアの討伐によってどう利益を得るかという点だけだ。

 

「それと、彼女たちの力を借りましょう」


 屋敷の外に目をやる。

 こちらから姿は見えないが、監視しているはずだ。

 

「エルフの力を?」


「はい、ユーロック王女の姉君、サイフェリアの第一王女を救い出すわけですから、力を借りない手はないでしょう」


「そう簡単に行くものかね」


 ビンレイ枢機卿は不安げにいう。

 

「交渉は私におまかせください」


「この状況で、他に頼める相手がいると思うかね」


 ビンレイ枢機卿は嘆息して言った。

 

「もちろん、タダではないのだろうね」


「ええ、ランス湾の港における入港税の免除、それと、ハウェール島に出張所と港を作る許可をいただきたく」


 ランス湾の沖合に浮かぶ、上質な砂糖がとれる島だ。

 

「ハウェール島に?」


 フレイツ伯爵は眉を顰めた。

 ランス湾沿岸部では旧来の海運ギルドの影響力が強く、塩や砂糖などの取引を独占している。

 その辺の商秩序をかき回されることを警戒したのだろう。

 まぁ実際、かき回すというか、食い破るつもりでの提案なのだが。

 リザイリアの覚醒以来孤立し、勅許会社以外の船が寄り付かなくなっているのがハウェール島の現在だ。

 うちのシマにしてしまって差し支えないだろう。

 

「選択の余地はないだろう」


 ビンレイ枢機卿が言った。

 

「エルフのことがなくても、リザイリアを放っておけばジリ貧だ。海運ギルドに義理立てをしたところで、彼らはこちらと心中してはくれないだろう」


「はい」


 フレイツ伯爵は頷き、俺の目を見た。

 

「わかった。その条件をのもう」

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