結婚しないでね
賊の一団とはいえ、マティアル教の枢機卿が野ざらしの死体をそのままに立ち去るわけにも行かない。
うち捨てられた頭なしの遺体に手を組ませ、黙祷を捧げてからその場を後にした。
遺体の本格的な処理はあとでフレイツ伯爵家に依頼すればいいだろう。
そこからおよそ半日ほどで、馬車はフレイツ伯爵邸へ続く林道に入った。
揺れる馬車の幌から、ヴェルクトはひょいと顔を出し、左右を見た。
「どうした?」
「何かついてきてると思ったんだけど、わからなくなっちゃった。気のせいかもしれないけど」
「わかった。一応気をつけておいてくれ」
リザイリアに出くわしたり、エルフの塚に出くわしたり、この道中はどうも雲行きがおかしい。
また何か、妙なものに出くわしそうな予感があった。
「うん」と応じて、幌の外を眺め続けたヴェルクトが「あれ?」と言った。
「何か見えるのか?」
「足跡。新しい足跡がたくさん、あっちこっちに向かって歩き回ってる。なにか探して、それから、戻っていった……?」
馬車の後方の林道を観察して告げるヴェルクト。
俺が見てもさっぱりわからないが。
「どっちから来てどっちに戻ったんだ?」
そこからもうわからない。
「前のほう。フレイツ伯爵のお屋敷のほうからきて、戻っていったみたい」
「そうか」
フレイツ伯爵邸の方角からやってきた複数の人間が、何かを探し回って戻って行った。
「よくわからんな」
「うん、わかんない」
ヴェルクトもあっさり解釈を投げた。
俺たちが解明を諦めた足跡の謎は、フレイツ伯爵邸に到着したところでだいたい解けた。
足跡の主はフレイツ伯爵邸の使用人たちだったようだ。
門の向こうに伸びる石畳が不自然に濡れている。
林道の土と同じ色の黄色い水が石畳の隙間に残っていた。
フレイツ伯爵邸の使用人たちが俺たちが来る直前まで何かを探し回り、俺たちが来たところで慌てて屋敷に戻った。
黄色い土で汚れた石畳に水をぶっかけてごまかしたのだろう。
問題は、何を探していたかだ。
俺たちが来る直前まで、大人数で探し続けなければならないもの。
俺たちが来た段階で、探していてはいけないもの。
一応の見当はつく。
俺の縁談相手だろう。
フレイツ伯爵家三女カースティ。
どこかの出戻りなどではなく、まだ十八歳の若い娘らしい。
情熱もあり、夢見る力も強い時期。
怪しい商人のおっさんとの縁談など蹴り飛ばして逃げ出そうと考えてもおかしくはない。
庭を抜け、屋敷の前で馬車を降りる。
出迎えに現れたのは神経質そうな顔をした壮年の貴族、フレイツ伯爵。
カースティ嬢らしき女性の姿はやはり見当たらない。
奥方の姿も見当たらないが、これは仕方がない。
二年ほど前に病で亡くなったそうだ。
フレイツ伯爵はビンレイ枢機卿の実弟だ。
顔の骨格は似ているが、福々しさが売りのようなビンレイ枢機卿とは対照的に、瘦せぎすで硬質な雰囲気を感じさせる。
「待たせてすまない。道中でトラブルがあってね」
朗らかに声をあげ、弟に歩み寄っていく枢機卿。
対するフレイツ伯爵は堅苦しい、生真面目そうな顔で「いえ」と応じた。
「お疲れでしょう。まずは中でくつろいでください」
「ありがとう。だが、その前に紹介しておこう。バラド社長、弟のフレイツ伯爵サーガソンだ」
「初めまして、フレイツ伯爵。お目にかかれて光栄です」
「初めまして。バラド社長」
割合低姿勢で応じるフレイツ伯爵。
だが、どちらかというと俺より隣の桃色頭が気になっている顔だ。
ビンレイ枢機卿が続けて紹介した。
「こちらは勇者ヴェルクト。知っての通り、バラド社長は魔王討伐隊に参加していたことがある。その時の縁で、休暇を兼ねて護衛として同行してくださった」
「はじめまして」
屈託のない調子で言って、ヴェルクトは頭を下げる。
俺と勇者が親しいという情報くらいはあったはずだが、勇者本人が護衛と称してくっついてくるのは予想外すぎたようだ。
フレイツ伯爵は混乱したような表情で「初めまして」と応じた。
「私も勇者ヴェルクトと、こんな形で旅をさせていただくとは思わなかった。バラド社長の人脈には、本当に驚く他ない」
ヴェルクトというコブをどうにかセールスポイントにしようとアピールするビンレイ枢機卿に、フレイツ伯爵は「兄上」と声をかけ、何かを耳打ちした。
ビンレイ枢機卿の顔が、面白いように凍りついていく。
密談のつもりだろうが、ヴェルクトには聞き取れてしまう。
「バラドバラド」と囁いてきた。
「お嫁さん、逃げちゃったみたい」
やっぱりか。
嬉しそうだなお前。
†$
「大変お恥ずかしいのですが、メイドが応接室で酒の瓶を割ってしまいまして。片付けが済むまでの間、離れでお待ちいただけますでしょうか」
そんな名目で、俺とヴェルクトはフレイツ伯爵邸の離れに案内された。
時間を稼ぎ、カースティ嬢逃亡への対応策を話し合うのだろう。
「破談だよね? これ」
長椅子に腰をおろしたヴェルクトは無邪気に、安心したように言った。
「お前も邪魔する気だったのかよ」
ヴェルクトをよこしたグラムの意図が縁談の妨害にあることは明白だが、ヴェルクト自身もその意図を持っているとは思わなかった。
「うん」
ヴェルクトは悪びれずに頷く。
「バラドが結婚しちゃったら、帰るところなくなっちゃうから」
胸を突かれたような気分になって、しばらく返事ができなくなった。
ヴェルクトには家族がいない。
勇者としての戦いが終わった後に帰れる場所は、俺のところだけだ。
俺の縁談を嫌がるのはグラムだけのように思っていたが、ひどい考え違いだったようだ。
「……今更、結婚する気はねぇよ。今回の縁談も単なる付き合いと商売だ」
とはいえ、今後の縁談関係の対応は考え直したほうがいいだろう。
商売上の付き合いで会うだけとは言っても、不安がらせているならまずい。
「うん」
ヴェルクトは笑顔で頷き、そして暴言を吐いた。
「結婚しないでね。絶対」
「どういう言い草だ」
言いたいことはわかるが、言い方ってものがあるはずだ。




