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勇者の商人  作者:
【特別編】THE ELF 勇者様と王女様

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死の塚

 夜が明けた。

 

 パンとチーズの簡単な朝食の後、俺はビンレイ枢機卿と御者たちにリザイリアとの遭遇の件を伝えた。

 

「だ、大丈夫なのかね?」


 ビンレイ枢機卿は肉付きのいい頬を震わせた。

 

「問題はないでしょう。リザイリアが襲うのは船。今のところ陸地に手を出した例はありません」


 俺たちと出くわした時はこちらに向けて、つまり陸に向けて動こうとしていた。

 俺たちが見たリザイリアは巨人のような姿だった。

 上陸に向けた形態という可能性も考えられるが、ビンレイ枢機卿に言っても怯えさせるだけだろう。

 ビンレイ枢機卿ではなく、グラムやボーゼンあたりと相談したほうがいい案件だ。

 キャンプを撤収し、再び馬車を出す。

 しばらく行くと、ヴェルクトは俺に「バラド」と囁いた。

 

「どうした?」


「馬車を止めて、待っててもらっていい? 変な感じがするから見に行ってくる」


「わかった、気をつけろよ」


 馬車を止め、ヴェルクトを先行させる。

 そう待つことなく、ヴェルクトは戻ってきた。


「何かあったか?」


「なんて言えばいいか、わからないんだけど……」


 ヴェルクトはやや混乱したような顔で、呟くように言った。

 

「首の山っていうか、頭の山みたいなのがあって……あと、死体がいっぱい」


 穏やかじゃない話だが、ヴェルクトは死体や流血沙汰では動揺しない。

 ショックを受けているというより、とにかく困惑した顔だった。

 

「賊に襲われたってことか?」


「たぶん、死んでるほうがゾクだと思う」


 話が要領を得ない。

 ヴェルクトの言語能力が状況に追いついていないのだろう。

 直接現場を見に行くことにした。

 

 馬車を待機させ、ヴェルクトと現地に入ると、異常な光景が広がっていた。

 頰の真ん中、顎の関節のあたりから上を切り飛ばされた、賊らしき男たちの死体があちこちに転がっている。

 そして、人の頭が積み重なってできた、不気味な塚のようなものが立っている。

 

「なんだ、これは……」


 吐き気と悪寒が込み上げた。

 死体のほうは殺しっぱなしで放置してあるようだが、頭の塚だけ妙に丁寧に、バランスを考えて積み上げてある。

 ヴェルクトは死体の一つに近づき、切断された顎関節のあたりを指差した。

 

「みんな、同じ殺され方みたい。顎の部分を切り飛ばされて殺されてる。一人だけ、膝も切られてるけど」


「全員、顎を一撃で?」


「うん」


「できるのか、そんな芸当が」


「一人じゃないと思う。この感じだと、七人か八人くらい」


「余計に厄介だ」


 死体の数は約二十。

 ひとりあたま二、三人の顎を正確に切断し、頭を撥ね飛ばす奴が七、八人。

 二十人斬りのバケモノひとりのほうがまとまっている分始末が良さそうだ。

 

「ルバンの軍じゃ、ないよな」


 ルバンの兵士にそこまでの練度はないだろう。

 そもそも顎から上を斬り飛ばすなんてことをするくらいなら、槍で突き殺したほうが速い。

 頭の塚なんてバカなものを作る理由もないだろう。

 

「なんなんだ、一体」


 何かとんでもないものがここを通っていった。

 そんな感覚があった。

 リザイリアと出くわした時より、さらにきな臭い。

 

「バラド」


 ヴェルクトは不安げな顔で俺を見た。

 

「引き返しちゃだめ?」


「そこまでヤバイか?」


「うん」


 ヴェルクトは頷いた。

 

「普通じゃない。戦うことになったら、守りきれないかも」


 その声には、怯えに似た響きがあった。

 参謀デギスへの雪辱は果たしたが、デギスへの敗北、ラヴァナスやファレム、カグラを殺され、俺を殺されかけた時の心の傷がまだ癒えきっていない。

 怪我や戦いを怖がるタイプじゃないが、守りきれないことは怖いのだろう。

 

「できることなら俺もそうしたいが」


 危険地帯をうろつかない。

 危機管理の基本だが、問題はビンレイ枢機卿だ。

 変なものがうろついている、というだけの理由で縁談のキャンセルを許してはくれないだろう。

 そもそも殺されているのは賊の類のようだ。

 過激な正当防衛をやっただけで、こっちには無害という可能性もあり得る。

 

 直感のほうはヤバイ、マズイと警鐘を鳴らしまくっているが。

 

 報告に戻り、頭の塚の話を聞かせると、枢機卿は顔色を真っ青にした。

 そこまでは予想通りだったが、その先の言葉は、俺の想像とは少し違ったものだった。

 

「見に行ってみたいんだが、問題はないだろうか」


「危険はないはずですが、ビンレイ枢機卿がご覧になるようなものでは」


「確かめておきたいことがあるんだ」


 やけに真剣な声だった。

 興味本位で言っているわけでもなさそうだ。

 馬車を前進させ、頭の塚の近くでビンレイ枢機卿を降ろす。

 真剣な表情で頭の塚、その周囲の骸を検分した枢機卿は、やがてふうっとため息をついた。

 

「エルフの死の塚だ」


「えるふ?」


 ヴェルクトが「それなに?」という顔で俺を見た。

 

「北西域に住んでる森の妖精族だ。魔王や魔族が現れるまでは、世界で一番ヤバイって言われてた」


「そんなに?」


「ああ、精霊の力の扱いに長けてる上、身体能力も異常に高い。素手での戦闘力なら人型種族で最強って噂だ」


 羆の類ですら素手で腸を引きずり出して惨殺するらしい。


「強いだけならいいんだが、文化がヤバい。敵や恨み、裏切りを絶対に忘れない。絶対許さないっていう面倒な文化で生きてる」


 あまりにも許さないので、同族同士の殺し合いの発生率も尋常じゃないらしい。

 

「その上寿命が千年くらいあって。一度敵に回すと千年、子々孫々まで祟られる」


「せんねん!」


 目を丸くした後、ヴェルクトは「あれ?」と言った。

 

「長すぎない? 一歳とか二歳とかから恨まれるわけじゃないよね?」


「その辺は決まり文句だ。細かく突っ込まないでくれ」


 最大で千年くらい祟ることがある、とかじゃ格好がつかないだろう。

 そのあたりまで説明したところで、今度は俺がビンレイ枢機卿に訊ねる。


「死の塚というのは?」


「エルフが敵対者を殲滅したときに見せしめに作る頭骨の塚だ。昔、オークと対立した時にはあちこちのオークの集落を襲撃しては塚を立てていたそうだ」


 その抗争を最後にオークは北西域から姿を消したそうだ。

 

「エルフであれば、危険はないだろう」


「だいじょうぶ、なんですか?」


 枢機卿の言葉に、ヴェルクトは怪訝な顔をする。

 

「はい勇者様。エルフは敵対者には容赦しませんが、無関係の者を突然に殺すような種族でもありません。賊が殺されたのは何らかの手出しをしたせいでしょう。私たちが普通に旅をする分には、危険はないはずです」


「お詳しいのですね」


 危険はないと告げた枢機卿の声には、確信の色があった。

 賊とはいえ、頭を切り飛ばされた死体に囲まれて口にするのは難しい言葉のはずだ。

 俺の違和感に気づいたらしい、枢機卿は少し気恥ずかしそうに言った。

 

「若い頃、エルフの友人がいたんだ。風変わりだったが、良い友人だったよ」

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