おそるべきもの
お久しぶりです。
2018年に刊行した書籍「おっさんたちの戦いはこれからだ!」の出版契約期間が満了となり版権が戻って来ましたので、書籍に掲載していた書き下ろしを短期連載させていただきます(三万字、原則隔日掲載で全10話程度)。
タイトル通り、エルフのユーロック女王との初遭遇に関するエピソードです。
ヴェルクト死亡前、教皇無双開始前のお話なので猊下の出番はありません。
※出版社様向け
書籍化打診受付再開しています。
恐ろしいもの。
魔王、魔族、魔獣、異形の神、人間。
まぁその辺も恐ろしいが、もう一つ忘れちゃいけないものがある。
エルフ。
長耳族、あるいは森の妖精族。
白く、美しく、人型の生き物の中で最も長命、千年の時を生きる戦闘種。
長命ゆえ、敵に回すと千年祟る。
その上、敵対者、裏切り者に対して妥協をしない。
人型種族の中で一、二を争う危険な種族だ。
数が少ないことから世界秩序を左右するような立場にはないが、魔王や魔族とはまた違う、祟り神のような存在として恐れられている。
これは、魔王軍の参謀デギスが倒れた少し後、俺とヴェルクトが出会ったエルフの王女にまつわる話だ。
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「また縁談ですか」
マティアル勅許会社の本社。秘書のグラムは不機嫌さを隠さず呟いた。
グラムが一番嫌う話題だ。
「ああ、顔だけは合わせるってことになった」
俺としても、今更嫁さんをもらおうとは思っていない。
金だけならあるが、ヴェルクトっていうでかいコブを取る気がない以上、真っ当な結婚は無理だろう。
「お相手は?」
「ルバン国のフレイツ伯爵家のご令嬢。三女らしい」
「ビンレイ枢機卿のご実家ですか」
グラムは嘆息する。
ビンレイ枢機卿。
勅許会社の発足当初から世話になっているマティアル教の有力者だ。
聖職者のくせに縁談趣味があり、俺の縁談は三度目になる。
逆らえないというわけでもないが、オリハルコン・アダマンティア合金鍛造刃の素材の聖別など世話になっているため、そうすげない対応もできない。
厄介というか、面倒な存在だった。
「リザイリアの件でだいぶ追い詰められてるらしくてな。断りついでに例の商談をまとめて来ようと思う。護衛の手配を頼む」
フレイツ伯爵家が治めるランス湾沿岸部は治安がよろしくない。
魔王軍とは関係ないのだが、リザイリアという海の怪物が覚醒期に入ったことで漁業、海運が悪影響を受け、さらにその煽りを食った海賊たちが街道に上がって悪さを始めた。
そこに食い詰めた漁師や船乗りまで合流し、収拾のつかない状況になっている。
そもそもの元凶のリザイリアを討伐するか、ランス湾沿岸地域の統治者であるフレイツ伯爵家が継続的な治安維持活動を行う他ないが、前者はルバン国の軍事力の限界、後者はフレイツ伯爵家の資金的な問題で難しいらしい。
実家の苦境を見かねたビンレイ枢機卿が、趣味と実益を兼ねてひねり出した打開策。
それが俺との縁談らしい。
俺個人としては迷惑な話だが、会社的にはビジネスチャンスでもある。
縁談自体は穏便に断り、リザイリアの討伐と治安回復を請け負ってランス湾に関する利権を確保。
そのあたりで着地できれば、会社としては悪くない話になってくるはずだ。
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数日後、俺はビンレイ枢機卿と共にルバンのフレイツ伯爵邸へと出発……しようとしたのだが。
「なんでいる」
馬車の中で待っていた桃色頭の小娘の姿に、俺は軽く唸った。
「ふへへ」と笑ったヴェルクトは「護衛」と応じた。
「グラムか」
いくらヴェルクトでも一人でこういうことはやらないし、できないはずだ。
「うん、ヒマだったから」
「ヒマなのか」
「アスラの呪印が再発しちゃって。処置にしばらくかかるから一週間くらいバラドのところにいていいって」
呪印というのはヴェルクトに倒された参謀デギスの置き土産だ。
それぞれの業に応じた場所に焼印のようにとり付いて苦痛をもたらす。
本来の標的はヴェルクトだったが、耐性の高いヴェルクトには跳ね返され、近くにいたアスラが身代わりになったそうだ。
ターシャがヴェルクトにした説明ではアスラのほうが格段に業が大きかったせいらしい。
どういう業だったのかは「あんたは知らなくていい」という回答だったそうだ。
ヒマになって会社にやってきたところをグラムに確保され、護衛兼縁談妨害役として放り込まれてきたのだろう。
「迷惑?」
「いや、ちょうどいい」
どうせ断る縁談だ。
コブ付きくらいでちょうどいい。
「勇者ヴェルクトを護衛に!?」
ビンレイ枢機卿が目を白黒させて言った。
歳は四十代後半、丸みのある、福々しい顔と体つきの持ち主だ。
「今はただのヴェルクトです。家族のようなものです」
「そ、それは知っているが、縁談なんだよ? 若い娘を連れていく話があるかね」
一応勇者には遠慮があるらしい。
ビンレイ枢機卿は小声で言った。
「私とヴェルクトの関係をご承知の上での縁談だと理解していましたが、違うのでしょうか。そうであればこの話はなかったことに」
「ま、まぁそう言わないでくれ、会ってみれば必ず気に入るさ。さぁ行こう。勇者ヴェルクトが一緒とあれば道中の不安もない!」
ビンレイ枢機卿は鋭く手のひらを返した。
†$
バラド、ヴェルクト、ビンレイらが法王都を出た頃。
ランス湾沿岸の街道では、奇妙な一団が賊たちと向き合っていた。
体をすっぽり覆うような白い外套を身につけ、三角形の白頭巾をかぶった七人、それと一人の童女からなる八人組だ。
童女の歳の頃は七歳か八歳ほど。
透き通るような金色の髪と青い瞳を持つ、幻のように美しい娘だった。
簡素な作りの白いドレスをまとい、その上には白い薄布のマント。
どちらの衣装も目を疑いたくなるほど繊細な代物だ。
生きた宝物めいた風情があった。
そんな童女の手の上には、賊の一人だった男の頭がある。
口の真ん中、顎の関節の位置ですっぱりと体から切り離されていた。
童女と白装束の一団が現れたのはつい先ほどだ。
賊たちが隊商を襲撃、略奪と殺戮を繰り広げている最中に、ゆらゆらと歩いてきた。
興奮状態の賊の一人が「待て」と声をあげ、童女に手を伸ばした結果である。
音もなく、動いた形跡さえ見せずに閃いた童女の手刀は鋭い斧のように賊の膝関節を切断。
体勢が崩れたところに滑り込んだ第二撃が頰桁へと入り込み、顎関節と頚椎を断ち切っていた。
人外の業。
慄然とした賊たちを見渡し、童女は優しげな声で告げた。
「鏖殺」
白装束たちは頭巾をおろし、外套の袖から白い手刀を伸ばす。
そこで賊たちは、童女たちの正体を悟る。
頭巾の下から現れたのは、若く、造作の整った、耳の長い男女の顔。
エルフ。
この世界における不可侵種族の筆頭格。
千年の呪いを齎すもの。
森の戦闘種。
白い殺戮者。
抵抗は不可能。
悪夢のように加速し、賊たちの懐に踏み込むエルフたち。
得物を振り上げた賊たちはそのままの格好で、逃げ出そうとしたものは踵を返す前に、白い手刀で上顎から上を切り飛ばされる。
ほんの一息。
悲鳴や断末魔を響かせることすらなく、殺戮は静かに、無惨に完遂された。
吐き気を催すような血臭をあたりに残して。
†$
鏖殺と告げた童女だが、生存者を残さなかったわけではない。
賊に襲われていた隊商の人間たちはエルフの殺戮の対象から外されていた。
暴虐の限りを尽くしていた賊たちが、さらに圧倒的な殺戮者の手で惨殺され尽くす。
理解を絶する展開に放心しかけたり、失禁しかけたりしている生存者たちに童女は静かに歩み寄る。
奇妙なことに、エルフたちの手や白装束は殺戮を終えても真っ白のままだった。
童女もまたエルフである。
耳の形は人間の子供のそれとあまり変わらないが、長耳族の耳が長くなるのはもう少し長じてからだ。
童女は社交的に微笑んだ。
「はじめまして。私はエルフ国サイフェリアより参りましたユーロックと申します。フレイツ伯爵という方を訪ねる道中なのですが、道はこちらで正しいのでしょうか?」
お読みいただきありがとうございました。
続編というわけではありませんが、
150年後のバール竜王国を舞台にした新シリーズをやっておりますので、よろしければ。
アスールの子孫にあたる候女(一人称がおれ)と、バラドの最後の部下にあたる吸血鬼を中心にしたお話です。
「勇者と商人」のキャラはほとんど残っていない時代ですが、エルフは存命です。
下のリンクか、上の「勇者と商人」のシリーズリンクから飛べます。




