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勇者の商人  作者:
【付録・後日譚】元勇者と猊下の休日

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休日はすぎてゆく。

 二人のエルフの受け入れについての相談の後、フルール二世とバラドは本題の相談に入った。

 ニスピルの堀の浄化設備設置計画。一通りの清掃と水の入れ替えは済んだが、時間が経てばまた汚れた水に戻ってしまう。バラドはニスピルの堀を軸にした水路網の構築を目論んでいるようだが、そう簡単に着手できるような事業ではない。当面の水質維持のための施策が必要だった。

 ニスピルの堀近辺の地図をテーブルに広げ、今後の方針、スケジュールについて話し合う。

 一通りの打ち合わせが済んだあと、バラドはテーブルの上に大型のトランクを乗せた。

 エルフ、ニスピルの堀とは別件、三つ目の案件だ。

 

「お待たせして申し訳ありません。ようやく確保できました」


 バラドはトランクを開いてみせる。


「妙な相談をしてすまなかったね。いくらになったかな」

「こちらで」


 バラドが差し出した請求書を眺め、フルール二世は首を傾げた。


「随分値下がりしたようだね」


 最初に聞いた相場の半額程度だ。


「半分は私が負担しますよ。あいつらはヴェルクトの妹のようなものですから」

「そうだったね」


 フルール二世は微笑する。


「申し訳ないが、配達も頼んでいいかな?」

「猊下が直接渡した方が喜ぶと思いますよ? あいつらは」

「そうしたいところだが……ターシャが怖くてね」


 甘やかしすぎだと叱られてしまうだろう。

 安息日。いつもの通りヴェルクトは朝早くに目を覚ます。着替えと朝食を済ませ、教皇府前広場で聖堂騎士団の自主訓練に参加。苦手だった槍の扱いにも慣れて来てしまったが、代わりにサイフェリアから来たエルフと言う遊び相手・・・・が増えた。エルフの中でも腕利きのようで、徒手空拳なら結構良い汗を流せる。

 そんな近況を伝えた結果、今度はユーロック女王本人が「近いうちに遊びに行きます・・・・・・・」と書き送ってきて、グラムが顔を凍りつかせていた。

 遊ぶ・・のはいいが、変な杯を持ってこないことを祈るばかりだ。

 バラドと昼食をとったあと、細長いトランクを手に猊下のお庭・・・・・へ足を運ぶ。ニスピルの堀にレビス川へつながる小さな水路と水の入れ替えのためのポンプ小屋を設置、さらに転落防止用の柵や石畳などを整備して作った公園だ。正式名称は教皇府南公園と言うが、法王都の市民の間では教皇猊下のお庭、略して猊下のお庭、と言う呼び名が広まっている。薄暗く、不気味な場所として知られた以前とは一変し、明るく清潔な空間となった猊下のお庭は、法王都住民の憩いの場として、屋台や休日客などで賑わうようになっていた。

 石畳や噴水、広場などの公園としての設備は、実は勅許会社が出資、整備したものだが、フルール二世の人気がありすぎて「感謝どころか気づかれもしない」状態となっている。

 バラドは「なんの得にもならなかった」と言っていたが、そのあと法王都に礼拝にきたネファールのイルガニア王から都市開発や道路作りの仕事を取ったりしている。本当の狙いは実績づくりとデモンストレーションだったのだろう。

 雑踏の中を歩いて行くと、やや調子の外れた笛の音が聞こえてきた。

 花貝笛の音。

 細身の笛と、金属のラッパの中間のような音色。決して上手とは言えない演奏だ。

 広場に出ると、芝生の上に四人の桃色頭、それと私服姿のアナの姿があった。修道女というのは基本年中僧服なのだが、安息日に限り私服での外出許可が降りている。堀に柵ができ、桃色頭たちと顔を合わせにくくなったアナを気遣ったフルール二世の計らいだ。

 笛を鳴らしていたのはアナではなく、側にいるソフィだ。アナから花貝笛を借りているのではなく、四人とも自分の笛を持っている。フルール二世がバラドに頼み、アナの故郷ミルカーシュから取り寄せたものだ。「甘やかし過ぎじゃないかねぇ」とターシャが笑っていた。対するフルール二世はビクビクしていた。気心が知れているのかすれちがってしまっているのか、どうもよくわからない。

 

「べるくと!」


 芝生の上で転がっていたシャインが跳ね起き、飛びついてくる。


「おはよう」


 小さい桃色頭を片手で抱きとめて、抱え上げる。そのままアナたちに歩みよった。


「アナ」

「ヴェルクト」


 最近アナはヴェルクトを勇者様と呼ばなくなった。

 敬語をやめるのはまだまだ難しいようだが。

 セブルとエルスの二人はアナの左右の膝に頭を預け、寝息を立てていた。

 シャインを抱えたまま、ヴェルクトはアナの隣に腰を下ろす。同時にエルスがパチリと目を開けた。

 起こしてしまったのではなく、嗅ぎつけたようだ。

 フルール二世の匂いを。

 起き上がったエルスの前方から筋骨逞しい修道士の一団が黒い壁のように近づいて来る。

 聖堂騎士団。

 例の肉壁陣形を組んでいる。フルール二世を警護しているのだろう。

 だが、周囲の休日客たちはフルール二世の存在に気づいていない。世間での人気や評価とは裏腹に、本人はカリスマ性とは無縁の容姿と小市民的オーラの持ち主だ。普通の修道士の格好で聖堂騎士団のような存在感の強い男たちに囲まれているとほぼ完全に気配が消える。

 立ち上がったエルスは聖堂騎士の肉壁にまっすぐ飛び込んで、姿を消した。以前はエルスの接近を阻止しようとしていた聖堂騎士団だが、実害がないのと、下手に止めようとするとエルスが強行突破を仕掛けてきて、意味もなく白熱した攻防が繰り広げられてしまうので、最近は素通しになっている。

 聖堂騎士たちが左右に分かれ、修道士姿のフルール二世とエルス、サイフェリアから派遣されている二人のエルフが姿を見せた。エルフたちがやって来たばかりの頃は、フルール二世を守ろうとするエルフたちと、くっつこうとする桃色頭たちの間で、やはり無駄に熾烈な攻防が繰り広げられたが、フルール二世の必死の仲裁と説得により現在は停戦状態だ。

 エルスに手を引かれてやって来たフルール二世が「やあ」と片手をあげる。


「おはようございます、お忍び……ですか?」


 お忍びにしては警護が露骨で分厚すぎる気がする。


「そのつもりだったんだが、ゼエルたちに見つかってね。忍べているのかいないのか自分でもよくわからない」

「あははぁ……」


 ヴェルクトは曖昧に笑って相槌を打つ

 ゼエルたちには気づかれて厳重警備されているが、市民は存在に気づいていない。確かに、うまく忍べているのかいないのかよくわからない。


「なにかあったんですか?」


 またなにか困りごとだろうか。


「いや、今日はただの散策さ。この辺りの様子が見たくてね。そうしたら、笛の音が聞こえたんだ」

「そうですか」


 相槌を打ったところで、思い出した。


「そうだ、ありがとうございました。わたしまで、高いものをもらっちゃって」


 革のトランクを開け、中の花貝笛を見せる。四人の桃色頭だけでなく、ヴェルクトの分までバラドに頼んでくれていたらしい。


「ああ、興味があるかわからなかったんだが、君とアナと共通の話題になるものがあるといいと思ってね。押し付けがましかったかも知れないが」

「いえ」


 首を横に振る。


「楽しいです。こういうのも」


 戦うことと金儲け、あとは食べること、道端の小石を拾うことくらいにしか興味を持たず生きてきた。自分の興味だけでは、触れることのなかったものだ。


「それなら良かった」

「音はうまく出せないんですけど」


 唇を震わせないとダメらしいが、うまくできない。花貝笛を唇にあて、息を吹き込む。


 ポーゥ。


 間の抜けた、切なげな音がした。


「……なかなか、哀愁があっていいね」


 フルール二世は気を使った顔で言ったが、ソフィが容赦無く真実を告げる。


「ただのいきのおとだよ?」


 吹き損なった息の音が笛の中で反響しただけだった。全く音が出せないと言うわけでもないのだが、どうにも安定しない。

 フルール二世は気まずそうに「……そうか」と言った。

 さすがに気恥ずかしい。照れ隠しに「えへへ」と笑ってアナに目を向ける。


「アナ、なにか吹いて」


 今の所、自分で吹くより、聞いている方が好きだ。


「げ、猊下の御前で、ですか?」

「帰った方がいいかな?」

「い、いえ、そういう意味じゃ……」


 アナは慌てて首を横に振る。


「それに……お帰りになるのは無理だと思います。しばらく」

「……そうなるかな、やっぱり」


 両手にエルスとセブルをくっつけ、背中にソフィをよじ登らせたフルール二世は、苦笑気味に呟く。

 このくっつき具合では、今すぐ引き上げるのは不可能だろう。


「……お耳汚しになりますが」


 アナは緊張気味に、花貝笛を持ち上げる。


「急に顔を出したのは私だからね。遠慮はいらないよ。ソフィ、ちょっと座らせてもらっていいかな」


 背中に登ったソフィを一度おろし、フルール二世は芝生に腰を下ろす。再びソフィが肩の上によじ登ると胡座の上にエルスが乗っかる。出遅れたセブルが太ももの上に頭を乗せた。


「おモテになりますね。本当に」


 アナが笑っていうと、フルール二世は「今だけだろうけれど」と苦笑する。


「そのうち相手にしてもらえなくなるよ。こんな禿げ上がりは」

「どうなんでしょうね。それは」

「どうなんだろうね」


 ヴェルクトとアナは顔を見合わせる。離れていた時期もあったが、結局ヴェルクトはバラドのそばにいる。自分とバラドの関係と、桃色頭たちとフルール二世の関係は別のものだが、一人二人くらいはずっとフルール二世の側にいてもおかしくない気がする。

 アナが花貝笛に唇を当てた。物心ついた頃から花貝笛を玩具代わりにしていたらしく、演奏は達者なものだ。休日客たちが足を止め、耳を傾ける。


「素晴らしいね」


 フルール二世が呟いた。


「すっごいね」


 ヴェルクトが背中にくっついているシャインに囁くと、小さな桃色頭は「うん!」と相槌を打つ。

 空は晴れ模様。

 元勇者と教皇猊下、准聖女と桃色頭たちの休日は、そんな風に過ぎて行く。


<元勇者と猊下の休日 終わり>

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