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勇者の商人  作者:
【付録・後日譚】元勇者と猊下の休日

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桃色頭の子供たち。

 昼食を終えたヴェルクトはバラドと別れ、待ち合わせ場所の治療院に向かった。治療院の前まで来ると、治療院の屋根を見上げて真っ青になっているフルール二世の姿があった。

 隣には、桃色髪の童女が一人。フルール二世の手を握ってくっついている。

 エルス。

 アレイスタ王都で『聖騎士パラダイン』の材料として作られていた『光の獣』の四人の生き残りの一人。王都の施設を作られていた『光の獣』は四人だけではないが、保護できたのはこの四人だけだった。

 エルスは四人の中で一番身体年齢が低く、おおよそ六歳相当。普通の六歳児に比べると極めて無口で無表情。他の三人は、それぞれに成長し、個性を持っていっているのだが、エルスだけは保護直後からずっと、静かな子供のまま変わらなかった。

 マティアルが言うことには、そういう戦略・・・・・・を選んだだけで、情動や言語能力などに問題があるわけではないらしい。『光の獣』としての闘争心は四人の中で一番強いようで、時々だがちくちくするような気配を感じることがある。


「猊下」


 と声をかけると、そのちくりとする気配を感じた。番犬や猟犬に似た気配。無駄吠えや威嚇をして来るわけではないが、一定のラインを越えれば迷わず喉笛を食い破りに来る。そういう気配だ。一定のラインというのはフルール二世だろう。フルール二世が治療院に来ると、ずっとくっついて離れない。フルール二世を守ろうとしている、というよりはフルール二世という私有物・・・を守ろうとしているような雰囲気も感じるが。


「どうしたんですか?」


 エルスを刺激しないよう距離を取って問い、フルール二世の視線を追いかける。

 治療院の屋根の上に、残りの三人がいた。

 ソフィとセブルとシャイン。

 屋根の上で丸くなって寝ているのがシャイン。四人のうち三女くらいのポジションで、身体年齢は約七歳。四人の中で一番奔放で、二番目に落ち着きがない。猫のようにその辺をふらつき歩いては、その辺で猫のように寝ている。屋根で寝ていることも珍しくはないのだが、今日はなぜか八歳児相当二人、ソフィとセブルまで屋根に上がり、熟睡するシャインににじり寄っていた。


「……いや、うっかり言ってしまってね。あんなところで寝ていて大丈夫かなと」


 ハラハラした顔で言うフルール二世。


「……あはは」

 

 ヴェルクトは微苦笑した。

 四人とも治療院の屋根から落ちた程度でどうにかなるような体はしていないのだが、ソフィとセブルの二人はエルス同様フルール二世にべったりと懐いている。一番落ち着きのないソフィがいいところを見せようと「まかせて」と屋根に上がってゆき、一番真面目なセブルが青くなったフルール二世を案じて「だいじょうぶです、わたしが」と追いかけて事態にトドメをさした形だろうか。

 うっかり心配したら余計に心臓に悪い状況になってしまったのだろう。

 寝こけているシャインにじり寄り、捕まえようとするソフィ。だが、シャインもまた『光の獣』だ。ソフィの気配を感じ取るとパチリと目を開け、くるりと身を翻してソフィの手を逃れる。

 シャインを捕まえ損ねたソフィはバランスを崩し、屋根の上でふらついた。フルール二世が「あわわ」というセリフが似合いそうな顔で息を呑むが、ソフィ本人は割と平気な顔でひょいと体勢を立て直した。


「……?」


 半分寝ぼけた顔でソフィとセブルの顔を見たシャインは、そこから庭にいるヴェルクトの方に視線をやり、高い声をあげた。


「べるくと!」


 アレイスタで保護された四人のうち三人はフルール派だが、シャインはヴェルクト派だ。治療院の屋根の上から、身軽な猿のような勢いでひょいと飛び降り、飛びついて来た。小さいとはいえそれなりの高度からなので、結構な勢いだ。全身のバネを使って、なんとか柔らかく受け止めた。


「危ないよ?」


 ヴェルクトだから抱きとめられるが、フルール二世だったら腰や膝を壊しているだろう。


「えへへ」


 シャインはあまり話を聞かず、ヴェルクトの肩に顔を埋める。懐いて来るのは良いのだが、あまり話を聞いてくれないのは困りものだ。

 バラドの話では、昔のヴェルクトに一番似ているのはシャインらしい。ヴェルクト自身もシャインが一番付き合いやすかった。

 他の三人とは、まだ少し距離がある。三人ともフルール派というのもあるが『光の獣』同士の距離の取り方が掴めない。『光の獣』同士だからとやたらお姉さんぶるのも変な気がするが、全く他人行儀というのもおかしい。適度な距離を見つけられないまま、無邪気になついてくれるシャインばかり相手にしているような状況だった。

 そしてヴェルクトとフルール二世は桃色頭たちを連れて街にでた。

 当初は四人を連れて行く予定ではなかったが、治療院に急な往診の依頼が入ってしまったターシャとマティアルから子守りを引き受ける格好になった。子守りなしで放っておいても特に問題はないのだが、四人とも、一度くっつくとなかなか離れてくれない。変に説得するより連れて歩いた方が早かった。

 元勇者であるヴェルクトはもちろん、治療院の桃色頭四人も法王都では有名人だ。勇者ヴェルクト、そして大聖女マティアルと同じ髪色の子供達ということで、生きた縁起物のような人気がある。一緒に歩いていくだけで、お供え物のように菓子や果物と言った手荷物が増えていった。

 さらに教皇猊下までいる! となれば大パニックになりかねないところだったが、桃色頭五人のインパクトに紛れてしまったらしく、三人の桃色頭にくっつかれ、手を引かれて歩く地味な壮年修道士の正体に気づくものはいなかった。

 むしろ「このおっさんはなんだ」という風な視線を向けられては、殺気立つエルスをなだめることに苦労していた。

 四人の桃色頭も一緒に、いくつかの店を回って見たが、やはりよくわからない。ヴェルクト個人としてはそれこそ生ハムの原木を一本、ついでに桃色頭たちに大きなスポンジケーキでも買ってもらい、治療院で食べるくらいで充分だが、やはり准聖女アナへのプレゼントが難しい。


「やっぱり、何がいいのかわからないです」

「そうか、弱ったね」


 フルール二世と顔を付き合わせ、首をひねると、下の方から「まかせて」と声がした。


「フエがいいの」


 ドヤ顔で言ったのはソフィだった。


「じゅんせいじょさまはフエをあげたらよろこぶの、きっと」

「フエ?」


 フルール二世は首を傾げる。


「知ってるのかい? 准聖女のことを」

「うん、おほりで」


 ソフィがうなずいたところで、セブルが言った。


「ソフィ、それ、いっちゃダメ」

「……あ!」


 ソフィは見る間に顔を青くし、目を潤ませた。

 口止めでもされていたらしい。


「……聞かなかったことにしておくよ」


 フルール二世は微笑する。


「ヴェルクトも聞いていない。いいね」

「はい」


 ヴェルクトが頷くと、フルール二世はソフィをあやすように言った。


「内緒にしておくから、もう少しだけ教えてくれないかな? フエというのは? 口で鳴らす笛のことかな?」

「……うん、よこにながくて、ふいーってなるの」

「ぽうー」


 ソフィの言葉にシャインが重ねる。


「すぴぃー」


 更にエルスが言った。

 唯一機密保持意識があったセブルは複雑な表情で黙っていたが、一人だけ黙っているのは無理だったようだ。最後に、


「……ぷぉー」


 と言った。

 全員分の証言が取れたが、真相にはまだまだ遠そうだ。

 多分音色の説明をしているつもりなのだろうが。


「その笛について、准聖女はなにか言っていたかな?」

「おかあさんにもらったんだって」


 シャイン。


「おおきなかいがらでできてるの」


 ソフィー。


「おちちゃった」


 エルス。


「落ちた?」


 フルール二世が問うと、セブルがエルスの言葉を補足した。


「おほりにおちてしまったんです。じゅんせいじょさまのふえ」

「……准聖女がお母さんにもらった笛がお堀に落ちた?」


 フルール二世は眉根を寄せた。


「どこのお堀かな?」

「きょーこーふのうら、すいしゃがあってどろどろしてるところ」


 ソフィが応じる。


「ニスピルの堀かな。そのあとは? 笛はそれっきり落ちたまま?」

「わかんない」


 ソフィはぷるぷる首を横に振る。


「わたしたちがさがしてあげるっていったけど、だめっていって、それからずっと、おほりのほうにでてこないの。だから、フエをかってあげるといいの」

「そういうことか、ありがとう。いいことをおしえてくれたね」


 フルール二世が頭を撫でると、ソフィはにへっと表情を緩める。


「……げーか」


 わたしも、というように見上げるエルスの頭も撫で、更にもじもじし始めたセブルの頭も撫でるフルール二世。

 とりあえずヴェルクトもシャインの頭を撫でてやると、シャインは「えへへ」という笑い声をこぼした。


「しかし、母親からもらったものとなると、新しいものを買えばいいとはいかないだろうね」


 フルール二世が呟く。


「少し、付き合ってもらって構わないかな?」

「お堀ですか?」


 フルール二世が言ったニスピルの堀とは教皇府の裏手、薬草園の向こうにある古堀のことだ。


「ああ、探せるものかどうか見にいってみたいんだ」

「はい、わかりました」


 そのままヴェルクトとフルール二世、四人の桃色頭はニスピルの堀へと足を運んだ。

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