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勇者の商人  作者:
世界樹作戦

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66/85

狂愚の王は戒めとして。

 吸精ドレインによる疲労を回復するための休養を終え、将兵たちは帰国の時を迎えた。


「ありがとうございましたっ!」


 王都に集った人族連合、アレイスタ諸侯の将兵を見送る解散式。

 休養を終えた将兵たちに、ヴェルクトが謝辞を叫ぶ。

 シンプルこの上ない言葉だが、十万の将兵は拍手と歓声、笑顔を持って、勇者の言葉に応える。

 

「緊張したぁ」


 俺のそばに戻ってきたヴェルクトは、腑抜けた調子でそう言いつつ、ほっとしたように笑う。

 一言で済ませておいて緊張もクソもないとは思うが、口にはしないことにした。

 一言でこれだけ場を沸かせられるのは、それはそれで才能というやつだろう。

 このままの雰囲気で終われれば平和でいいが、そういうわけにもいかない。

 ヴェルクトが下がると、マングラールの兵たちによって、一人の男が引き出されて来る。

 ダーレス。

 かつてのアレイスタ王だった男。

 人族連合の盟主だった頃の威光はかけらもない。痩せこけ、憔悴しきった、惨めな姿だ。ターシャに入れられた膝蹴りの怪我は一応治療されているが、折られた歯は欠けたままだった。

 ネシス王が告げる。


「このめでたい場で、血生臭い話をすることをお許しいただきたい。この男、前アレイスタ王ダーレスの処遇について、お話をしなければなりません」


 ヴェルクトの謝辞で和み、穏やかになっていた空気がまた引き締まり、殺気立つ。


「メイシンらによる勇者ヴェルクトへの裏切りは、この男、ダーレスの指示によるものでした。この男の裏切りがなければ、勇者ヴェルクトが倒れることはありませんでした。魔王メイシンが現れることも、異形の神の侵入などという危機が訪れることもありませんでした。人族連合加盟国の一つ、バール竜王国の王として、私はダーレスの処断を望んでいます。十分な調査の上で、厳正なる処断を望みます。そしてその役目は、マングラール公アスール王子に、アレイスタの新王として果たしていただきたいと考えています。このアレイスタに新たな秩序と平和を築く新王は、マングラール公アスールを置いて他にない。そのように考えておりますが、御異議のある方はおられますかな?」


 つまりバール竜王国はアスールを新王に推すが異存はあるか、ないな? という話だ。他の有力者や適任者はいない。変に異議を口にしても「どさくさまぎれにアレイスタを食い荒らすつもりか」と非難されるのが関の山だ。人族からは異議など出なかった。

 ただし。


「異議があります!」


 人族でない種族。エルフ国サイフェリアの女王ユーロックが叫んだ。


「その男は、私たちが殺すべき男です。私たちは、エルフの友、勇者ヴェルクトを裏切った者を殺しに来ました。私たちはその男の頭蓋を持ち帰り、盃とします」


 敵に回すと千年祟る。裏切り者は絶対に許さない。それがエルフだ。

 妙な空気が流れ始める中、アスール王子は「いいだろう」と応じた。


「だが、すぐにとはゆかん。ダーレスの罪は明白だが、この場で、血祭りのように首を刎ねることは無法に過ぎぬ。余が治めるアレイスタは、そのような国ではない。処断はあくまで厳密な調査と、裁判の上で実行する。処刑が決まった暁には、ダーレスの斬首をエルフに任せ、首を渡そう」


 ユーロック女王は、静かな目でアスール王子を見る。静謐でいながら、ぞっとするような目、人の理解を超えた何かを帯びた目だ。将兵たちも、息をのむように静まり返る。不安げな顔になったヴェルクトに、俺は「大丈夫だ」と声をかけた。

 アスール王子は動じない。

 ユーロック女王は「わかりました」と告げ、にっこりした。


「今回は、人族の法を尊重しましょう。けれど、絶対に、裏切らないでくださいね?」


 そういう形で茶番は終わる。

 この辺りの流れは、実は事前の打ち合わせ通りだ。目的はダーレスの即時処刑を望む層の押さえ込み。処刑自体は既定路線だが、ヴェルクトの目の前でダーレスを公開処刑するとか「殺せコール」「処刑コール」が湧き上がるようなことは避けたかった。だから、ユーロック女王に物騒な異議を唱えてもらい、折れてもらうという形をとった。

 敵に回すと千年祟るエルフ族が納得した話に、さらに異議を唱える気概の持ち主はさすがにいないだろう。

 ユーロック女王には変な役をさせてしまったが、本人的にはダーレスの首さえちゃんと貰えれば、細かいことはどうでもいいのだそうだ。

 首については絶対に譲らない構えだが。

 将兵の解散式を終えた後、ヴェルクトは少しの間、ネシス王と話をした。


「一つ、聞きたいことがある」

「何でしょうか」

「ジルを斬った直後、妙な顔をしていたな。何を考えていた」


 斬影を使ってメイシン、ジルを斬ったときの話だろう。


「うまくは言えないんですけど、変な感じがして。完璧に、思った通りに剣が振れたのに、何かが足りないみたいな」


 あれから時々考えているが、何が足りなかったのか、やはりわからない。


「そうか、そうか」


 ネシス王は愉快そうな顔をして「そうか」を繰り返す。


「やはり無窮むきゅうに届いていたか」

「むきゅう?」


 ヴェルクトは小首を傾げる。


「斬影の先、あるいは終着点だ。理想の一剣に至った刹那に、さらに上の領域があると知る。理想の上にさらに深く、高い世界が広がっていることを知る。剣に窮みのない事を知る。その境地が無窮。斬影無窮ざんえいむきゅう。ラヴァナスも草葉の陰で、悔しがっていることだろう。あやつもそこまでは、たどり着けていなかったはずだ」


 ネシス王の顔が、かつての仲間、竜騎士ラヴァナスのそれに似ていることに、ヴェルクトはやっと気付いた。

 ネシス王とラヴァナスが親子だったことを思い出した。


「良くぞ至った。勇者ヴェルクト」


 そう言って笑うネシス王の顔が、ラヴァナスに、剣を教えてくれた男の顔に重なって見える。

 目元が熱くなるのを感じながら、少女は微笑む。


「あの人の、ラヴァナス王子のおかげです。きっと」


 嬉しいような、切ないような、不思議な気分だった。

 そんな少女を見下ろして、ネシス王は不穏な言葉を吐いた。


「とはいえ、これからが地獄ではあるのだが」

「地獄?」

「ここから先は、理想の先を探る道となる。終わりなく、窮まりなくな。足りぬという感覚、これから先、生涯続くことになる」


 ネシス王はニヤリと笑う。


「えへへ」


 ヴェルクトは笑みを零した。

 予想と違う反応だったようだ、ネシス王はやや怪訝な顔をした。


「なぜ笑う?」

「嬉しくて、なんだか」


 行き着くところまで行き着いた、そう思った先に、もっと高い空がある。

 まだまだ、登っていける先がある。

 ネシス王は地獄といったが、それがなんだか嬉しくて、楽しかった。

 ネシス王によってアレイスタの新王に推されたアスールだが、すぐに玉座につくことはなかった。当座の王として代王と名乗ると、マングラールの湖都リッシュを仮の都とし、戦乱と悪政によって疲弊したアレイスタの再建に乗り出した。

 そして、王都での戦いから三ヶ月後、アスールは父であるダーレスの処刑を執行した。

 刑場は湖都リッシュ。各国の要人が見届け人として集まった他、各地から見物人が集まり、大変な騒ぎになった。

 だが、ヴェルクトやバラドは招待していない。

 ダーレスの死に際など、立ち会う価値もない。

 記憶に残す必要はない。

 処刑を担当するのは専門の処刑人ではなく、エルフの女王ユーロック。

 エルフに斬首を任せ、首をやるとは言ったが、まさかエルフの女王が直々に処刑人としてやって来るとはアスールも思わなかった。

 見物人が詰め寄り過ぎないよう、湖の上に設けたステージの上で、アスールはダーレスに問う。


「言い残す言葉があれば、言うがよい」


 ステージの上にうずくまった格好で、自殺防止の口枷を外されたダーレスは、視線をあげることすらなく、血走った目であたりを見渡す。

 割れた声で、泣き叫ぶように言う。


「忠臣は! 忠臣はおらぬのか! これは弑逆だ! 簒奪だ! なぜ誰も起たぬ! 私はアレイスタの王ダーレス! ダーレスなるぞ!」


 憔悴している割には声が大きい。その声は、湖のほとりの観衆のところまで十分に届いて、そして激昂させた。


「黙れ! 裏切り者!」

「忠臣なんかいるか!」

「死ね! 死ね! 殺せ!」


 予想通り「死ね」「殺せ」のシュプレヒコールが始まる。

 憎悪と忿怒の怒号の渦の中で、ダーレスは喚く。


「私は間違ったことはしていない! 国家にとって、勇者は有害なのだ! 危険なのだ!」


 ダーレスが次に理解を求めたのは、見届け人としてやってきた人族諸国の要人たちだった。


「あなた方! あなた方なら分かるはずです。あなたたちは愚民どもとは違うはずだ! 勇者は危険なのです! 国家の枠に収まらない怪物など、魔王となんら変わるものではない! 生かしておいてはならぬのです! 目を覚ましなさい! あなた方は勇者に騙されている。勇者に利用されているのです!」

「黙れ」


 アスールは吐き捨てた。

 全てを奪われ、処刑を目の前にした男だ。簒奪者、弑逆者呼ばわり程度は流してやるつもりでいたが、ヴェルクトへの侮辱は別問題だ。

 ダーレスは、そこでようやくアスールの姿を見上げた。身勝手な憎悪と殺意に満ちた目だったが、アスールの眼光の方がはるかに力が強い。怒りの色はすぐにかき消え、媚びるような色が浮く。


「お、お前にも、わかるときがくる。今はわからなくても。わかる日が来る。勇者を殺さなければならない日が来る。おまえでなくても、いつか、私と同じ考えを持つ者が現れる! 魔王のいない世界に! 勇者は生きていてはならない!」


 アスールは鼻を鳴らし、敗者ダーレスの声を吹き払う。


「愚者の論理としてならば、貴様の言い草もわからぬではない。この時代において、あやつの存在は大きくなり過ぎた。将来において貴様の共鳴者が、勇者を葬ろうとする者が現れることも、確かに考えられよう。故に、貴様には戒めとなってもらう。勇者を裏切った者の末路を、勇者に害をなした者がいかなる運命を辿るかを、その身をもって示してもらう。貴様のような狂愚の悪意が、もう二度と、我が友の元に降りかかることがないようにな」


 アスールはユーロックに目を向けた。


「女王よ。執行を」

「はい」


 童女のような姿のエルフの女王は、ふわりと微笑んで手刀を作る。

 それから間も無く、ダーレスの凄絶な絶叫が響いた。

 ユーロック女王の手刀は、およそ一時間かけてダーレス王の上顎から上を切断し、切り離した。

 手刀に精霊の力を乗せることでノコギリのような切断力を付与、ノコギリで木を切るような速度で、じわじわと切断していくのがエルフ式斬首だ。

 人族式の斬首に比べると残虐性が高く、苦痛も大きい殺害法。

 ダーレスの断末魔と痙攣は、吐き気がするほど長く続いた。

 アスール代王からの招待はなかったが、俺はダーレスの公開処刑の観客に紛れ込んでいた。

 アレイスタ包囲網を画策した張本人として、ダーレスの最後を見届ける義務があると考えたのだが、想像した以上に凄惨な結末を拝むことになった。


「いくら何でもやりすぎじゃないか」

「実の父親だってのに。そんなに憎かったのかねぇ」


 そんな言葉が耳に入り、ため息が出た。


 まったく、あのお人は。


 ダーレス相手とはいえ、公開でエルフ式斬首などをやらせたら声望を失う。その程度のことがわからないお人じゃない。

 それでもやったのは、ヴェルクトを守るためだろう。自身の悪評と引き換えに、勇者に手を出したものがどうなるか、エルフの友である勇者を敵に回せばどうなるか、ということを知らしめることで、第二、第三のダーレスの出現を防ごうとしてくれたのだ。

 その日の夜、俺は大いなる栄光城グレイトグローリーキャッスルに足を運んだ。正式にアスール代王の臣下に加わったロムスの案内でアスール代王の私室に足を運ぶと、代王はぶっきらぼうな調子で、


「やはり来ておったか、商人」


 といった。


「用向きはなんだ」

「久しぶりにシンさんと街に出たくなりまして。問題なけりゃあロムスも一緒に」


 シン、というのは俺とヴェルクト、アスール代王が出会ったばかりのころ、アスール代王が使っていた偽名だ。


「気を使っているつもりか」

「それもありますがね。前から三人で飯を食いに行ってみたかったんですよ。殿下と、ミスラーと、三人で。ロムスには親父の代役を押し付ける形になって申し訳ないが。払いは全部持ちますよ。夜通し馬鹿騒ぎをやってもいいし、仏頂面して国や世界の未来を語っていい、どうです?」

「言いおったな」


 アスール代王は笑う。


「よかろう。付き合ってやろうではないか。ロムス、夜通しとは言わん、一軒付き合うが良い」

「はい、私でよろしければ」


 生真面目な調子で応じたロムスを伴い、俺とアスール代王は大いなる栄光城グレイトグローリーキャッスルを抜け出し、そして一晩、城下を飲み歩いた。

 ロムスは二十代前半、アスール代王も三十手前。

 翌日、二日酔いで動けなくなったのは、四十過ぎの俺だけというオチだった。

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