連ねた力は今花開く。
黄金の鎧を纏い、銀の『砲』を担いだ大型異空鎧、聖魔土が実体化する。俺は魔導水銀の義手をロープがわりに伸ばし、その胸部の小部屋に入った。
伸びてきた虹色の紐を義手に繋ぎ、脳内魔導回路と聖魔土を直結。
【頭脳回線接続。情報投影開始】
俺の感覚と聖魔土の情報収集回路が同調する。聖魔土の眼を開くと、異形の神の姿、ヴェルクトの姿、戦争回路の姿が見えた。
二門の『砲』状の部品を形成した戦争回路が二条の赤光を放ち、空中に二つの擬似魔導回路を投影する。一つは魔流回路、もう一つは吸精回路、どちらも直径五〇ヤードを超す超大型魔導回路として投影されていた。
戦争回路の神経伝達キャノピーの一部が変形、赤い触手のようになって聖魔土の装甲の隙間に入り込む。
聖魔土の魔導回路が<不審な接続>を認識、切断するかと確認して来る。
「接続を許可」と返答すると、グラムの声が【聖魔土、戦争回路、同調完了しました。以降のナビゲーションはこちらから、直接制御で行います】と告げた。
聖魔土の制御を戦争回路が乗っ取ったような状態だ。ここからはグラムが直接制御で龍脈砲の発射準備を進めて行くことになる。
【龍脈砲発射シーケンスはナンバー三を提案します】
龍脈からの力、吸精回路からの力を全て聖魔土本体と龍脈砲の砲身強化に使い、砲撃のためのエネルギーは全部ヴェルクトから供給させるパターン。ヴェルクトの力が想定以上に大きくなった時のためのパターンだ。
「任せる。しかし、ここまで来ると、龍脈砲って言える代物じゃないな」
龍脈からの力も補助という有様になるとは思わなかった。
【作戦名に合わせて世界樹砲ではどうでしょうか】
「それで行くか。世界樹砲発射準備」
【はい、世界樹砲発射準備開始します。龍脈走査完了。異空体ウリエル。琥珀装甲展開】
黄金の鎧が光を放ち、琥珀でできた外装に覆われる。
【異空体モロク。種子生成・発芽(ジェネレイション&ガーミネイション)】
琥珀の外装に浮き上がった植物の種子たちが発芽して行く。急成長した根が次々と地中へと潜り込んでいく。枝葉が聖魔土の全身に絡みついて伸び、聖魔土の機体を固定する。
【機体固定・龍脈接続完了】
地下深く潜った根が大地の魔力の動脈である龍脈に繋がる。
ここまでは通常の龍脈砲とほぼ同じだが、ここからは違って来る。
断片回路を通じてグラムが告げる。
『総員に通達。二〇カウント後より吸精回路による魔力集積を実行します。総員、吸精のショックに備えてください』
吸精回路による魔力の集約。
この作戦の最初の山場だ。
○
○
○
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『カウント二〇……十五……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、吸精回路、魔流回路、起動』
グラムのカウントが終わると同時に、空中に投影された二つの魔導回路に青白い電光が走った。
吸精が始まる。
十万の兵士の、ヴェルクトの仲間たちの体から、青白い光の玉が次々とふわふわと抜け出し、空へと舞い上がって行く。
見ようによっては美しい、幻想的な光景。
けれど、人の命を削って引き出した光。
勇者は後ろを振り仰ぐ。
不安をうまくコントロールできない。見守るしかない不安だ。剣をふるってどうにかなる種類の不安ではないため、扱い方がわからなかった。
『たわけ』
ヴァイス・レキシマに組み込まれた断片回路がそんな声を伝えてきた。
『そのような顔で後ろを振り向くやつがあるか。余ほどの大器が、このようなことでどうにかなるはずがあるまい。このようなことでどうにかなるような兵の鍛え方をするはずがあるまい。案ずるな。前だけを見よ。余がここに立つ限り、もう何者にも貴様の背中は傷つけさせぬ』
『その通りだ』
ネシス王が続く。
『我が軍にも、このようなことで倒れるものはおらぬ。前を向け。呼吸を忘れるな。勇者ヴェルクト、我が子ラヴァナスの呼吸を受け継いだ者よ。我らは犠牲を払っているのではない。お前と共に、前に進んでいるのだ』
『心配せずとも良い。体への負担は十分に計算されておる。儂が立っていられるのが良い証拠じゃ』
ボーゼンが穏やかに言う。
『もし誰かが倒れても、助けられる体制はできている。君は、まっすぐ前を向いていればいい。それが今、みんなが望んでいることのはずだ」
イズマが微笑んで言う。
『そうだ、その通りだ』
レストン族、かつての魔族の言葉を、教皇フルール二世が肯定する。
『何も心配しなくていい。前だけ向いていてくれればいい。そして勝ち取るんだ。君自身の幸福を』
『聞こえたね?』
ターシャが物騒に微笑んでいう。
『前を向いてな。追い返してやんな。あたしたちの世界に押しかけてきた、あのクソ迷惑な神様を』
「……うん! わかった! わかりました!」
泣き笑いで頷いた少女は目元を拭い、前を向く。
光球として集められた十万の兵の魔力が一つになり、巨大な光の竜の姿をとる。
『吸精回路、魔力集約完了。機体、砲身の補強を開始します。周辺五〇〇ヤード圏内の人員は退避をお願いします』
龍脈に到達した根が大地の魔力を吸い上げはじめる。飛翔した光の竜が、再び光球の群に代わり、琥珀の鎧の中に吸い込まれていく。
琥珀の巨兵は変容を始める。
琥珀の鎧がさらに厚く、大きく膨れ上がる。その中に新たに生じた種子たちが大地に根を張り、枝葉を広げて行く。聖魔土の機体に絡みつくだけではなく、一帯を森のように変えながら。
右肩に担いだ『砲』が分厚い琥珀に覆われ、太く、長く伸びて行く。長さでいうと五十ヤード超、長くなりすぎた『砲』の真下から次々と木が生えて、支柱となってゆく。
そして、花が咲いてゆく。
聖魔土に絡みついた枝葉に、その周囲に茂った樹々に、ヴェルクトの見たことのない色の蕾がつき、開いていく。
白と桃色の間のような、柔らかな色の花。
小さな花だが、数が尋常でない。聖魔土の機体を、一帯の枝葉を全て、静かに埋め尽くしていく。
(桜)
ヴェルクトの中に溶けたマティアルの記憶が教えてくれた。
異空の花。
この世界とは別の世界で、春を告げる花。
『世界樹作戦。最終段階に移行します』
『こっちだ、ヴェルクト』
それ自体が桜の大樹のようになった異空鎧の中から、男が少女の名を呼んだ。
花に覆われた巨兵が、左手を差し伸べてくる。
「うん!」
まっすぐに、その手の上に舞い降りた。
聖魔土の眼を通して男と視線を合わせる。
我慢ができなくなって、少女は笑みをこぼした。
「えへへへへ」
『笑うところか?』
「だって、すごく綺麗。すごく」
少女はすごくを繰り返す。
視界いっぱいに広がる白い花と花吹雪。
最後の戦いで、こんなものを見ることになるとは思わなかった。
ここに集約された人々の意思や祈りが、一つになって花を咲かせた。
そんな風に思えて、変な幸福感があった。
『まぁ、確かにな』
バラドも苦笑したようだ。
『こんなことになるとは俺も思わなかった。余剰エネルギーの関係らしいが。まぁともかく、真面目にやってくれ。これで最後だ』
「うん」
笑顔のまま頷いて、少女は最後の試練に向き直った。
○
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○
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世界樹作戦最終段階。
補強を終えた龍脈砲、改め世界樹砲に祈りの力を送り込んで熱粒子の塊に転換、異形の神を消しとばす。
【エネルギー充填開始。お願いします】
「行くよ」
世界樹砲の砲身の上に立ったヴェルクトが、十六枚の羽のうち四枚を分解、緑の魔力の粒子に変える。粒子は魔流回路による制御で世界樹砲の砲身内に送り込まれ、充填されていく。
【エネルギー充填率六十パーセント】
いきなり半分を越した。
【もう二枚お願いします】
ヴェルクトはさらにもう二枚の羽を粒子化し、世界樹砲に供給していく。
【エネルギー充填率九〇パーセント。もう二枚】
「……大丈夫?」
ヴェルクトは少し慌てた声を出した。
一枚で十五パーセントずつ充填率が上がっている。二枚足すと一二〇パーセントだ。
【現在の砲身強度であれば一三〇パーセントまでは耐えられる計算です】
「わかった」
最後の二枚の羽が粒子化し、世界樹砲に吸い込まれる。
【エネルギー充填率一二〇パーセント。聖魔土のコクピットに退避してください】
世界樹砲発射の瞬間、衝撃波が撒き散らされる。近場で安全な場所は聖魔土の内部だ。聖魔土胸部の装甲板を開けてやると、もう目の前まで飛んできていた。
「ちょっとせまい」
光の羽を消して中に入ってきたヴェルクトは、俺の椅子の隣に小さくなってしゃがみこんだ。
ヴァイス・レキシマも無理に持ち込んだのでだいぶ厳しい。どうにか収まりをつけ、胸部の装甲板を閉じると中は真っ暗になる。俺は脳内魔導回路で聖魔土に繋がっているからいいが、ヴェルクトには何も見えない。壁面に外部の情報を投影してやると、白い花に覆われた覆われた木々、その向こうに浮かぶ異形の神の姿が映し出された。
【熱粒子生成・加圧開始】
世界樹砲の砲口部が淡い青色の光を放つ。
【世界樹砲発射可能。照準装置投影】
準備は整った。
俺の視界の中に現れた幻影の機械弓を手に取る。
【安全装置、解除】
そこまでやって、気がついた。
「代わるか、ヴェルクト」
俺の仕事じゃない。
脳内にだけ投影されていた機械弓型の照準装置を、ヴェルクトにも見えるようホログラムで投影させる。
「最後の引き金は、お前が引くべきだ」
世界樹砲の力は本来勇者に託された力だ。トリガーはヴェルクトが引くべきだろう。
「ううん」
ヴェルクトは首を横に振る。
「一緒がいい」
「一緒?」
「最初は二人だったでしょ? わたしとバラドの二人。色々あって、別々になっちゃったけど、今は、また一緒。だから、一緒がいい。最初は二人で、最後も二人」
「……そうか」
最後をヴェルクト一人に任せるのも、無責任というものだろう。
ヴェルクトの言う通り、最初は二人だ。
俺がヴェルクトの最初の仲間だった。
俺と出会ったことでヴェルクトは勇者への一歩目を踏み出した。
勇者になるような生き方をすることになった。
勇者という肩書きや、責任を背負わせることになった。
最後の引き金は、俺も一緒に引くのが筋だろう。
俺たちはまた、一緒にいるのだから。
「こっちだ」
狭苦しいなかどうにか席を開け、ヴェルクトを座らせる。照準装置を構えさせ、座席の横からそこに手を添えた。
空中に浮く黄色い肉塊。異形の神に照準を合わせる。
ヴェルクトの人差し指に自分の指を重ね、トリガーに手をかける。
「三、二、一で行くぞ」
「うん」
ヴェルクトは明るく、落ち着いた声で頷く。
「まったく緊張してねぇなお前」
世界の命運がかかった一瞬、こっちは手汗がひどい。
「大丈夫。届くよ」
勇者は微笑む。
「みんなの力を集めたんだから。バラドとわたしで、一緒にやるんだから」
ため息が出た。
「つくづく勇者向きだな。お前は」
「うん、楽しかったよ。勇者」
ヴェルクトはどこまでも屈託なく笑う。
「やろう。バラド」
「ああ」
終わりにしよう。
カウントを始める。
「三」
これで全てが終わるわけじゃない。
「二」
やらなくちゃいけない仕事はまだまだ山のようにある。
「一」
それでも、これでひと段落だ。
この時代の、勇者と魔王をめぐる物語は、ここで幕を引く。
「「ゼロ」」
最後は二人で声を重ね、二人でトリガーを引く。
【世界樹砲、発射】
分厚い琥珀に覆われた砲身が閃光を放ち、光の柱が解き放たれる。
光と共に放たれた衝撃波が聖魔土を打ち据え、周囲の花びらを吹き飛ばす。
視界が真っ白になるような、分厚い花吹雪が舞い散った。
光の柱が黄色い肉塊を捉え、打ち砕いて行く。
吹き飛ばされた肉塊、肉片が飛散し、落下して行くが、今の量なら大した害は無い。黄色い肉塊の中心、異形の神の世界とこの世界を繋ぐ穴の座標に照準を据え、光を放ち続ける。
ヴェルクトが、人々の祈りが与えてくれた力は、十分足りている。問題は機体と世界樹砲そのものを固定する植物繊維の強度の方だ。龍脈からさらに力を吸い上げて根の繊維を肥大化させ、新たな根と枝葉を伸ばし、補強を進めて行く。
長い時間は必要なかった。
だが、世界そのものの命運がかかっている。胃が裏返りそうな、全身が凍りつくような恐怖と緊張があった。
ヴェルクトと二人でなければ、手を重ねていなければ、押しつぶされていただろう。
光の柱が、こちら側の世界の肉塊を全て砕き、吹き飛ばす。
肉塊に塞がれていた異空への穴が、再び口を開けた。
だが、穴の向こうにはまだまだ黄色い肉が充満している。また流れ込んできたら意味がない。穴の向こう側、異形の神の世界の側まで熱粒子を叩き込み、肉塊を抉り、削り取って行く。
【標的組織の破壊、目標深度到達まで一〇カウント】
破壊しすぎて、異形の神を刺激しすぎるのもまずい。一定のマージンを確保した時点で攻撃を停止、そこからヴェルクトがマティアルの力で異空への穴を塞ぐ流れだ。
「ヴェルクト」
「うん!」
ヴェルクトは片手でヴァイス・レキシマを掴む。
今回の作戦では通信用にしかなっていないが、持っていたほうが落ち着くらしい。
グラムのカウントが続く。
【……八、七、六、五、四、三、二、一、目標深度到達!】
「行ってこい!」
世界樹砲のトリガーを戻し、聖魔土の胸部装甲を開放する。
「行ってくる!」
ヴェルクトは再び翼を広げ、飛翔した。




