勇者の持病は再発する。
まずマングラール軍、王都守備隊が王都に到着した。
事前にアスール王子が断片回路を使って話を通してあるため、特に混乱もなく王都の外周部に布陣する。同行していた海狼陸戦隊は一旦後退し、戦争回路の王都への搬送に当たっている。二度手間になってしまったが、今回は仕方がない。
続いて団長ラグロッドの率いるバール竜騎士団の本隊が到着。そこから間をおいてルーナ国将軍シューハ将軍率いる六千の隊。そして、アーヴェイス将軍のバール陸戦部隊三万が到着する。この辺りもある程度事情がわかった上で進軍してきている上、すでに信頼関係のできているネシス王やサーナリェス女王の配下で大きな問題はなかった。
難しくなるのはここからだ。
夕方から夜半にかけて、国葬から退去したアレイスタ諸侯、人族連合に所属していた近隣国などの軍勢が次々と集まり始める。
アスール王子やネシス王にまとめ役は頼んであるが、じっとしているわけにはいかない。
ヴェルクトを連れてあちこちを飛び回り、状況説明、世界樹作戦への協力要請、軍勢の誘導を進めていく。
そんな中で、見覚えのある紋章をつけた軍勢が到着した。
国葬の時に少し話をしたセファール国のイルガニア王の軍勢だ。少数で、速度重視でとって返してきてくれたようだ。騎馬のみ、千人ほどの軍勢だった。
「イルガニア王、よくおいでくださいました」
「バラドに勇者ヴェルクトか、無事に目を覚ましたようだな。まずはよかった」
「はい、ありがとうございました!」
一国の王相手にはやや元気すぎの勢いでヴェルクトは頭を下げる。イルガニア王は面白いものを見るように微笑んだあと、表情を引き締めた。
「終わったわけではないようだな」
「ええ、最後に事故がありました。セファールの助力が必要です」
「出遅れて終わるかと思ったが、まだ出番があったか。聞こう」
「ありがとうございます」
現状と世界樹作戦の概要を説明すると、イルガニア王はすぐに「わかった。協力しよう」と応じた。
「だが、ことがなった後の兵站はどうする。この規模の兵力が一日二日動けなくなるというのは容易なことではないはずだ」
「アスール殿下の許しを得て、王都の穀物倉の扉を開いてあります。勅許会社も近隣の全支社の倉庫を開けて、物資の搬送に取り掛かっていますので、王都の民を飢えさせるようなこともないでしょう」
アレイスタ王都に物流封鎖をかけるために抑えておいた物資と流通網が逆の形で役に立った。イルガニア王は「なるほど」と頷いた。
「話は変わるが、ダーレス王はどこに? 結局のところ、この一連の騒動は、ダーレス王が勇者の殺害を命じたことに起因するのだろう?」
「身柄は確保してあります」
今はマティアル教会の地下室だ。
護送されている途中で猊下に随行して通信施設に向かうターシャに行き会い、顔面に膝蹴りを入れられたとか、歯が七本折れたという報告も上がってきているが、まぁ話す必要はないだろう。
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アレイスタ諸侯はアスール王子が、各国の軍勢はネシス王が中心になって取り仕切り、王都を中心に円陣を組むように布陣していく。王都攻めではなく、龍脈砲に全兵力の全魔力を集束するための布陣だ。
夜明けの前に、兵力は十万を超す。
『商人、命令だ。ヴェルクトとグラムを連れて教会の宿坊で仮眠を取れ。いざという時に寝不足では困る』
走り回り続けていた俺たちに、アスール王子がそんなメッセージを送ってきた。
「わかりました。そうさせていただきます」
俺が一晩寝なくても大局に影響ははないはずだが、ヴェルクトとグラムはそろそろ休ませた方がいい。特にグラムは戦争回路につながりっぱなしだ。
グラムを戦争回路から引っ張り出し、宿舎として用意されたマティアル教会の宿坊に入る。ヴェルクトはグラムに任せて、あてがわれた部屋の寝台に入る。
ドアがノックされた。
俺が返事をする前に、桃色の髪のバカがドアを開けて顔を突っ込んできた。
「起きてる?」
「起きてるがノックをしたら返事を待て」
ノックが意味をなしていない。
「うん!」
返事はいいが改善は期待できまい。
「どうした?」
「起きてから、ずっと忙しかったから。ちょっとだけ、いい?」
「ああ」
今度は珍しく返事を待ってから、ヴェルクトは部屋に入ってきた。
薄い肌着の上に毛布を引っ掛けている。相変わらずの無防備ぶりだが、いちいち指導をしていると寝る時間が無くなりそうだ。今日のところは黙っていることにした。
宿坊は二人部屋だ。隣の寝台に、俺と向かい合う形で腰を降ろしたヴェルクトは、俺の顔をじっと見ると、妙に照れくさそうな顔になって「えへへ」と笑った。
「なんだ?」
何か言いたいことがあって来たようだが。
「あ、うん、ごめんなさい。こういうこと、バラドに改めていうの、なんだかはずかしくて……うん、その……」
ガラにもなく口ごもるような、はにかむような様子を見せたヴェルクトは少しの間をおいて言った。
「ありがとう。迎えにきてくれて」
「……ああ」
それか。
「気にするな」
微笑して応じた。
「儲けさせてもらってるからな。ローデスでお前に会わなかったら、今みたいなでかい商売はできなかった。戦で焼け出された元金物屋のおっさんのまま、その辺でのたれ死んでたはずだ」
ヴェルクトは笑う。
「じゃあ、もう、できなくなっちゃうね。お金儲け。戦争が終わったら、わたしが勇者じゃなくなったら」
「なんにでも潮時ってものはあるからな。いつまでも戦争で金儲けなんてしてられねぇよ」
勅許会社はヴェルクトのために作った会社だ。ヴェルクトの戦いが終わったら、もう必要ない。いきなり解体して失業者の山を作るわけにもいかないが、少しずつ形を変え、最後はいくつかの会社に分けてしまうつもりだった。本人の同意があったとはいえ、戦争回路という非人道的な代物に頼って発展させた側面もある。長く存続するべき組織じゃない。
「戦争が終わったら、どうするの?」
「すぐに変わることはそんなにない。戦争が終わったからって、なくなったものがすぐに戻ってくるわけじゃない。復興事業ってやつは、まだまだ続けていかなきゃならない。すぐやめるとしたら、新規の兵器開発くらいだな。さすがにヴァイス・レキシマだのリブラ・レキシマだのの技術は凍結しないとまずい」
戦争回路も含め、封印してしまうべきだろう。
「……わたしは、一緒にいてもいい?」
ヴェルクトは妙な脈絡で、妙なことを聞いてきた。
「バラドのところに、帰ってもいい?」
そう問う声には、強い緊張の色がある。人間ではなく『光の獣』という存在だったこと。勇者のバイパスを受け入れて、人の域を大きく踏み越えた力を得たこと、そのあたりのことに、ヴェルクトなりの不安を感じていたのかもしれない。
「帰ってこい。俺が会社を作ったのはお前のためだ。お前が無事に戦いを終えられるように。戦いが終わった後、お前が帰ってくる世界が荒れ果てたものにならないように。会社を作ったんだよ。お前が帰ってこなかったら、なんにもならない」
「バラド……」
ヴェルクトは目を潤ませる。
目元を軽くこすり、そして。
変な声をあげた。
「ふへへ」
間の抜けた。妙に幸福そうな笑い声。
「帰るよ? わたし」
「ああ」
「……帰ってきちゃうよ? 本当に」
「だから帰ってこいって言ってるだろ」
まだ薄い涙目のまま、ヴェルクトは変な声をあげ、笑い続ける。
「……えへへへへ」
ああ。
これは、アレか。
久しぶりに見たな。
「頭があったまりすぎやがったな」
珍しく不安に取り憑かれた挙句に安心させられたことで、思考と感情が飽和したのだろう。
出会ったばかりの頃に時々起こしていた症状だが、久しぶりに再発したらしい。
「横になってろ。頭の中めちゃくちゃになってるだろお前」
「うん、ふへへ」
ヴェルクトは寝台に横になる。そのまましばらくは変な感情の発作を起こしていたが、やがて落ち着いてきたようだ。小さく息をつき「ごめんなさい」と言った。
「頭の中、ふわふわになっちゃって」
「いろいろありすぎたからな」
ヴェルクトの体感だとガレスを倒したと思ったら王都の戦いの最中。『光の獣』という出生の秘密を知り、勇者のバイパスを受け継ぎ、ジルを倒したと思ったらメイシンの魔王のバイパスが暴走、異形の神が現れるというめちゃくちゃな流れだったはずだ。感情の発作くらい起こしても仕方がないだろう。
「何か、やりたいことはあるか? これが終わったら」
ヴェルクトは少し考えるようなそぶりを見せた後、「おにく」と言った。
「もう一度、マイラでおにく食べたい」
ヴァイス・レキシマの受け渡しの時に食わせた焼肉のことだろう。本気で気に入っていたらしい。
「それもいいな」
二人で行ってもいいし、ほかの連中も連れて足を運んでもいいだろう。
「行ってみるか。これが終わったら」
「うん」
うなずいたヴェルクトは、また「えへへへへ」と笑みをこぼした。
再発したようだ。




