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勇者の商人  作者:
世界樹作戦

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59/85

大人たちは作戦を練る。

「話せばわかるとか、そう言うことは、ないよな?」


 異形の神は異空の邪神という話だが、マティアルによるとこの世界に悪意を持つ存在ではないらしい。マティアルに話が通じたように、交渉によって対応できる余地は……まぁ、ないんだろう。

 そういうことのできる相手ならヴェルクトもこんなに切羽詰まった顔はしていないはずだ。


「やってるけど、声が届かないの。異形の神にとっては、この世界そのものが、砂つぶくらいの大きさでしかないから。この世界を潰しかけてることにも気づいてない。起きてるかどうかもわからない」

「そこまでデカいのか」


 人どころか、この世界そのものが砂つぶ。アリやノミですらない。スケールの差がひどすぎる。


「お前の力を魔導回路で外部制御して撃ち込むことは?」


 アスール王子が言った。

 魔流回路アスールサーキット戦争回路ウォーヘッドを使う考えだろう。俺も似たことを考えたが、ヴェルクトは首を横に振る。


「できなくはありませんけど、それじゃ、力が足りません。今のわたしの力で異形の神を止めるとしたら、さっきと同じ光の羽根で、元の世界に送り返すしかないんですけど、異形の神そのものを退去させる権限は、わたしにはなくて」

「お前一人じゃ無理ってことか」

「ごめん、なさい……」


 ヴェルクトは目を潤ませ、声を震わせた。


「泣くんじゃねぇよ」


 ヴェルクトの頭、桃色の髪に手を触れて、笑って見せた。


「お前一人で全部どうにかしろなんて言ってねぇだろ。周りを見てみろ、いい大人ばっかりじゃねぇか。お前一人に責任をおっかぶせようなんて甘ったれた奴はいやしねぇよ」


 そう告げて、大人たちに「でしょう?」と念を押す。妖精族の王二人が割と若いのを忘れていたが、幸い二人とも気にしないでいてくれた。


「わかりきったことを言わせるな。ばかめ」


 アスールは鼻を鳴らし、だが少女をいたわるような表情で言った。他の面々も、アスール王子と同じ目で、ヴェルクトの姿を見守っていた。


「落ち着いたか?」

「……うん」


 ヴェルクトは泣き笑いのような表情を見せた。


「よし、少し待ってろ。俺も俺なりに考えがある」


 全員に聞こえるように、声を出してグラムに呼びかける。


「グラム。試算を頼む。聖魔土と戦争回路ウォーヘッドを連携、疑似魔流回路アスール・サーキットでヴェルクトの力を龍脈砲レイラインバスターに上乗せして撃ち出すことは可能か? 可能であれば、それで異形の神の破壊は可能か? 回答は通常音声で頼む」


 ヴェルクト一人で力が足りないなら、外から力を積み増しすればいい。

 回答は、数秒で戻ってきた。配布された断片回路ビットを通じ、やや大音量の声が響く。


『現時点であれば破壊可能です。ですが、運用可能なリブラ・レキシマがありません。再使用が可能となるのは最短で明日の正午。標的が今のペースで膨張を続けると計算した場合、龍脈砲レイラインバスターに勇者のバイパスの力を乗せただけでは出力が不足する懸念があります。勇者のバイパスからより大きな力を引き出すための措置、龍脈レイラインからより多くの魔力を引き出すための措置、勇者のバイパスと龍脈レイライン以外の魔力の供給源の確保が必要です』


 最初の二つは何をするべきかわかるが、三つ目がわからなかった。


「バイパスと龍脈レイライン以外ってのは? 具体案はあるのか?」

『現在王都にはマティアル聖堂騎士団、バール竜騎士団、九尾ナインテイルが展開しています。間も無くマングラール軍、王都守備隊、海狼シーウルフ陸戦隊が合流。さらにバール国から王都に向かっている竜騎士団の本隊、陸戦部隊、ルーナ国の軍勢を加えれば総勢五万に達する計算です。さらに国葬から退出したアレイスタ諸侯、人族連合参加諸国の一部も動いていますので、明日の朝までには王都近辺に七万から十万の兵力が王都に集結する見込みです。この兵力から魔力を引き出し、龍脈砲レイラインバスターへと供給します』

「できるのか? そんなことが」


 兵が十万いても、魔力の扱いに慣れた人間は一握りだ。龍脈砲レイラインバスターに魔力を供給できる人間など、千人いればいい方だろう。


魔流回路アスールサーキットと並行し、吸精回路ドレインの擬似魔導回路を展開します』

吸精回路ドレインか」


 生物の生命力を抜き取り、魔力に転換する回路。確かにあれなら、全ての兵士から魔力を確保することができる。だが、問題も多い。



「制御できるか? 魔流回路アスールサーキットと並行で、しかも聖魔土と戦争回路ウォーヘッドを連携させながらとなると、お前の負荷がきつすぎるはずだ」


 戦争回路ウォーヘッドの擬似魔導回路投影機能で吸精回路ドレイン魔流回路アスールサーキットを投影。十万の兵士から吸精回路ドレインで魔力を抜き取り、魔流回路アスールサーキットで制御、聖魔土の龍脈砲レイラインバスターに流し込む。

 いうだけなら簡単だが、グラムの負担がどれだけのものになるか、想像がつかない。


『問題ありません』


 グラムは微笑むように告げた。


『ここまで来て、世界が押しつぶされてしまうなんて、認められません。なんのためにここまでやって来たんですか。せっかくここまで来たのに、全部これからなのに。これで終わりだなんて、嫌です』

「……わかった」


 狂った錬金術師によって戦争回路ウォーヘッドの中に組み込まれていたグラムに最初に気づき、手を差しのべようとしたのはヴェルクトだった。

 だからグラムは、ヴェルクトのために命を賭けることを躊躇わない。

 そもそものところで、世界が異形の神の中に沈んでしまえば、グラムも命はないだろう。選択の余地もない話だった。

 そうなると、あとはアスール王子や六王との相談だ。吸精回路ドレインのような回路をいきなり使うわけには行かない。まずはアスール王子と六王の一通りの説明をし、アレイスタの諸侯や人族連合諸国の説得を依頼するのが筋だろう。

 アスール王子と六王を見渡す。


「ご提案があります」

「手早く説明しろ。時間がないはずだ」


 アスール王子の好意に甘えて、早速話を始める。


勅許会社うちで開発した兵器に、龍脈砲レイラインバスターというものがあります。龍脈レイラインから引き出した魔力を熱と打撃力の塊に変え、対象を破壊する兵器です。この兵器に、今用意できる全ての力を集約して撃ち込み、異形の神の流入を停止させ、異空との穴を封鎖します。ご協力をお願いします」

「何をすればいい?」


 教皇猊下が言った。


「やるべきことはいくつかありますが、まず龍脈砲レイラインバスターに乗せる力の中で、一番大きな力はヴェルクトの勇者の力です。勇者の力というのは、つまり、祈りの力。龍脈砲レイラインバスターが使用可能になるのは明日の正午、それまでに、世界中から今以上の祈りをかき集める必要があります」

「なるほど」


 教皇猊下は微苦笑する。


「それは私の仕事だね? どう考えても」

「はい、お願いします。猊下」


 世界中から祈りをかき集める。マティアル教教皇フルール二世猊下にしかできない仕事だ。


「やってみよう。勅許会社の通信設備を借りられるかな?」

「もちろんです」


 王都には有事に備えた通信施設がまだいくつか隠してある。今が使い所だ。


「二つ目は、龍脈レイラインそのものの調整です。ルヴィエーン王。明日の正午までに、可能な限り、この土地の龍脈レイラインの調整をお願いしたいと思うのですが、いかがでしょう。効果は見込めるでしょうか」


 龍脈レイラインの扱いには人族よりドワーフ族の方が長けている。


「効果はあるだろう。さっき繋がってみてわかったが、このあたりの龍脈レイラインには滞りが多い。調整すれば、だいぶマシになるはずだ。任せてもらいたい」

「お願いします」

「心得た。ネシス王、竜騎士をお借りしたい。急ぎ、この辺りの地脈を回らなくてはなりません」

「喜んで。エフリール隊、以降はルヴィエーン王の指示に従え」


 待機していた竜騎士たちが「はっ」と声をあげる。


「最後は、やや危険を伴う方法になります」

吸精回路ドレインと言っておったな」


 アスール王子が話を先取りしてくれた。


「ええ、人の生命力の一部を抜き取り、魔力に変える魔導回路です。この地に展開している兵士たち。この地に向かっている兵士たち。推定七万から十万人、彼らの生命力、そして皆さん自身の生命力を集め、第三の魔力源パワーソースとして龍脈砲レイラインバスターに上乗せします。まずは皆さんと、皆さんの将兵の命をお借しください。生命を脅かすほどの吸精は行いませんが、一日二日は動けなくなるものも出てくるでしょう」

「わかりました。私たちの命、お預けします」


 即答したのはユーロック女王。もともと連れている人数が少ないのと、エルフ族の武断即決主義もあって判断が早い。


「よかろう、兵どもに話をしておく」

「こちらも後続が到着次第手はずを整えよう」


 大規模の手勢を持つアスール王子、ネシス王も同意する。


「ありがとうございます。最大の課題は、こちらに向かっているアレイスタの諸侯、人族連合諸国への説明と折衝になるでしょう。アレイスタ諸侯の取りまとめはアスール殿下、連合諸国の取りまとめはネシス王を中心に、サーナリェス女王、メルディオス王にお願いしたいと考えているのですが、いかがでしょうか」

「いかがも何も、余以外におらぬではないか」

「引き受けた」


 アスール王子、ネシス王がそう応じる。


「わかったわ」


 サーナリェス女王が頷く。


「生命力を出すのは、私は無理だと思うけれど」

「そのあたりは、グラムも計算に入れてはいないでしょう」


 さすがに命に関わるはずだ。


「やらせてもらうよ。それにしても、えらいことになったね」


 メルディオス王は飄々と言った。


「アスール殿下、バラド社長」


 ロムスが口を開いた。


「アレイスタ諸侯との交渉には、我々も同行させていただけないでしょうか。密偵七家のラクシャ家当主ミスラーの子として、諸侯の内情は一通り把握しております」

「よかろう」


 アスール王子は薄く笑みを浮かべた。


「ロムス、ロキ、ロト。父ミスラーに代わり、存分に働くが良い」


 どこか感慨深げな表情だった。ミスラーのことを、アスール王子に仕えたいと言った男の言葉を思い出したのだろう。

 アスール王子は、俺に目を向ける。


「名はあるのか、この作戦」

「作戦名ですか」

「なくては締まるまい。この時代の最後の、世界の生き残りを賭けて、世界中の力を一点に集約して挑むのだ。ないようであれば」

「いえ、あります」


 作戦名自体はどうでもいいが、アスール王子に任せるとまた、大いなるグレイトフルとか瞠目すべきファンタスティックとか変な形容詞がベタベタつけられそうだ。


世界樹ユグドラシル


 龍脈砲レイラインバスターは擬似的な植物組織で地面に根を張り、龍脈レイラインの力を吸い上げて放つ、樹木のような構造システムを持っている。今回はそれに、各地から集まった兵士の魔力、世界中からかき集めた祈りを束ねて撃ち出す。世界中の力を集めた樹で世界樹。ユグドラシルって読みを当てるのは違うかもしれないが、細かいことはいいだろう。


世界樹ユグドラシル作戦でどうでしょうか」

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