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勇者の商人  作者:
勇者のための戦い。

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48/85

商人はドヤ顔で語る。

 ヴェルクト救出の鍵は、転移よけ破壊チームであるロキ、ロト。ヴェルクトの身柄を確保するグラム。ヴェルクトの身柄を後方に運ぶボーゼンの四人。

 だが、敵の目の前でヴェルクトの身柄をかっさらうと言う作戦の乱暴さを考えると、二枚目のカードが必要だった。

 グラムが動きを封じられても死角を突いて、ヴェルクトの身柄を確保できる人物。

 そこに浮上したのが、サーナリェス女王だ。グラムの幼馴染であり、勅許会社との関係が深い人物。

 問題なく国葬に入り込める人物。

 脳内魔導回路を持ち、リブラ・レキシマを運用できる人物。

 サーナリェス女王は二年前に脳溢血で倒れ、半身不随となりかけ、それを補うため、ボーゼン、グラムの立会いで脳内魔導回路の埋め込み処置を受けていた。

 救出作戦の最後の保険となってくれるよう依頼し、改良型リブラ・レキシマの試作品と、聖魔水のテスト用に使っていた異空符サキエル、フォルネウスを預け、運用法を伝えた。

 時間の関係でぶっつけ本番になったが、見事にやってのけてくれた。

 ヴェルクトの側に駆け寄りたい衝動に駆られたが、今はそういう時じゃない。


「ボーゼン先生、お願いします」


 ここから先の主役は、後方でヴェルクトの蘇生を行うボーゼン。グラムもここで後退し、マングラール軍とともに前進している戦争回路ウォーヘッドに接続、九尾ナインテイル海狼シーウルフなどの統合指揮に回る。


「社長」


 グラムは切り落とされた義手を拾い上げると、試作型のリブラ・レキシマを取り外し、俺に差し出す。起動前に腕ごと切り落とされたから、まだ使える。

 過負荷オーバーロードで煙を吹いている自分のリブラ・レキシマを外し、取り替えた。


「ヴェルクトを頼む」

「はい」


 ヴェルクトを引き寄せ、抱きとめてくれたサーナリェス女王は足が悪い。ややふらつきかけたところに、ボーゼンとグラムが駆け寄って、ヴェルクトの身柄を受け取った。

 このタイミングで強力な攻撃を仕掛けられるとまずい。聖堂騎士団、さらには妖精加速エルブンヘイストで回り込んだエルフたちがカバーに入ったが、メイシンとジルは動きを見せなかった。

 いや、メイシンは動こうとしたようだが、ジルがそれを制した。

 ジルは笑っていた。

 滑稽なものでも見るように。

 ボーゼン、グラムが転移で姿を消す。

 あとはメイシン、ジル、俺たちだけが残った。異形の神の眷属たちはだいぶ数を減らしている。

 メイシンの太陽片ピース・オブ・サンで、大方が消し飛んでいた。


「調子に乗りすぎたな、魔王。消し飛んだのは味方ばかりではないか」


 ネシス王がそういうと、メイシンは微笑した。


「そうですね、お恥ずかしい。仕切り直すとしましょう」


 そしてまた、世界が狂う。

 天を覆う暗雲の向こうから、新たな異形の群が舞い降りてくる。また数千の異形の神の眷属、そして新たな四角錐の大悪魔が四体。


「随分派手にやるんだな」


 試作型リブラ・レキシマにささったままの異空符ガブリエルとリヴァイアサンを引き抜き、聖魔風に使うラファエルとベルゼブルの異空符に差し替えつつ言った。

 異形の召喚は、魔王ガレスもやっていたが、ここまで大規模なのは聞いたことがない。


「身が持つのか?」

「僕はガレスとは違う。人族を滅ぼす魔王じゃない。この戦いでお前たちに勝って、生き残れれば、それでいいんだ」

「そんな刹那的な魔王がいるかよ」


 試作型リブラ・レキシマを持ち上げる。

 ヴェルクトの蘇生に時間はかからない、可能であれば十分とかからず、『マティアルの勇者』となってここにやってくるだろう。無理なら『マティアルの勇者』アスール殿下が代わりにやってくる。

 後者はなんというか、大変なことになりそうだが。

 なんにせよ、あと十分保たせればいい。

 それで勝ちだ。

 その時。


「来ないよ?」


 地面に突き立てたヴァイス・レキシマに寄りかかるようにして、ジルは笑った。


「あの子はもう、ここには帰って来ないよ」


 なんの話かは、見当がついた。


「あいつの寿命が、もうないって話か?」


 ヴェルクトの寿命に関する記憶封鎖の解除条件は、ヴェルクトの身柄確保、後方への転移の成功だ。

 もう、一通り思い出している。


「どういうことだ」


 イズマが血相を変えた。他の面々の表情にも、緊迫した色が浮かぶ。


「記憶を封鎖していたから、さっきまで思い出せなかったんだが、『光の獣』ってのは、寿命が十年しかないらしい。ヴェルクトはもう十年以上生きてた。つまり、寿命がもうない」

「何、だと?」


 イズマは声を震わせる。他の連中もざわめいた。


「心配ない。蘇生のついでに延命措置をするように手はずを整えてある。ただ、使えると思ってな。ここにくる前に、ヴェルクトの寿命に関する俺の記憶を封じておいたんだ。ミスラーからの情報だと、ジルはゴルゾフと繋がってて『光の獣』の寿命を知ってる可能性が高かった。見てわかる通り、ジルは性格が悪い。そういう状況で、俺たちがヴェルクトの寿命のことを知らないと思えば、わざと奪還させた上で<もう寿命がないでーす>と言いたがる。ヴェルクトが寿命で死ぬところを見せたがる。そう思ったんだよ。お前たちに言わなかったのもそのためだ。寿命のことを話すと動揺させちまうし、対策済みってことが漏れると、ジルの動きをコントロールできなくなる。黙っていて悪かった」


 安堵したように息をついたイズマは、次いで吹き出すように鼻で笑った。


「ひどいやつだな。お前は」

「悪かった」


 掌で踊らせていると思っていた人間に、逆にドヤ顔でお見通しだと語られる。今までの意趣返しにわざとやっているんだが、やっただけの効果はあったようだ。ジルはぞっとするような視線を俺に向けると、口だけで、痙攣のような笑い声をあげた。


「お爺様」


 ジルの傍に黒い影が浮く。

 身の丈七フィート、黒いローブと紫の燐光をまとった髑髏の妖霊ファントム。生前と同じ特徴は身長くらいのものだが、ゴルゾフだろう。アスール殿下に誅されたはずだが、また地上に呼び戻されていたようだ。


「行って」


 ゴルゾフは姿を消す。

 噂に聞く戦術転移タクティカルテレポートってやつらしい。襲いかかってくるかと警戒したが、結局それが、俺が妖霊ゴルゾフを見た最後になった。


「あいつのところに行ったのか」


 こっちに出て来ないということは、ヴェルクトを追って行ったということだろう。


「ええ」

「そうか」


 ヴェルクトのそばにはアスール殿下とマティアル、グラム、ボーゼンが付いている。

 今更ゴルゾフを出したところでどうということもないだろう。

 ジルは肩をすくめるような仕草をすると、口角をあげ、メイシンの方を見た。


「魔王さま、私、この人苦手みたい」

「その男がそういう顔をしているときは崩せない。正面から、力で潰すしかない男だ」

「そうなんだ」


 媚びるように笑いつつ、ジルはふわりと動いてメイシンに寄り添った。


「じゃあ、潰しちゃおう? あの子がくる前に、みんな潰して、バラバラにして、あの子を待つの。そうしたら、きっと、すごく、綺麗な螺旋になると思うわ。私に、あの子の呪詛を見せて、メイシン」


 俺は揺らせないと判断し、ヴェルクトの方に焦点を移すつもりのようだ。そうすることでこっちを揺らそうとしているのかもしれないが。


「……ああ」


 メイシンは、重々しい声でそう応じた。

 さっきまでの迷惑な憎悪の炎と、笑いが消えていく。

 ため息が出た。


「さっきまでの方がだいぶマシだったぞ」


 ジルのおねだり・・・・を受け入れた途端、人形みたいな顔になっちまった。

 これに比べたら、憎しみまみれではしゃいでたさっきまでの顔の方がずっと見れた。

 メイシンは答えない。

 さらに深い虚無へと沈んで、さらに人からはみ出していく。顔と胸に穴が空いて、広がっていく。顔がなくなり、胸の真ん中にも大穴が開いた。どっちも昏い淵みたいな、底の見えない淀んだ闇だった。

 メイシンの全身を鎧のように取り巻いていた魔王のバイパスはさらに伸長、膨張し、魔王メイシンに新たな姿を与えてゆく。巨大な男の上半身、馬のような下半身を備えた、異形の半馬人。背中からは大量の四角錐が雲丹ウニみたいに伸び、全身のあちこちに、例の眼球剣と同じ金と銀の目玉が浮かび上がり、うごめいた。

 メイシンの本来の体は、巨大化した魔王のバイパスの腹の中に、裸で埋まっていた。本来の両手をあげて、穴の開いた顔にあてがう。

 何もない顔を、覆い隠そうとするように。


「馬鹿野郎」


 恐ろしいとか、おぞましいというより、うんざりしてくる。

 こんなどうしようもない魔王、聞いたことがない。


「さあ殺そう。魔王さま」


 どうしようもない魔王に寄り添い、微笑んで、ジルは一人明るく告げる。


「行くぞ」


 どれだけどうしようもない魔王でも、情けない魔王でも、立ち向かうしかない。

 試作型リブラ・レキシマの引き金に指をかける。

 だが。


「ま、待ちなさい」


 教皇猊下がそう言った。


「そ、それを使うのは、あの子が来てからだ。こ、この場は任せて欲しい」

「なにか策が?」

「啓示が来たんだ。君が黙っていた大聖女マティアル様からね」


 猊下はやや恨みがましい声を出した。

 マティアルがどさくさにまぎれて猊下に接触していたようだ。

 最後の別れ、という意味もあるのかもしれない。


「光を解き放つ言葉を授かった。あの子がこっちにくるまでは、これでもたせられる。と、大聖女さまはおっしゃっていた」

「使わせると思う? そんなもの」


 ジルの声に、猊下は引きつった笑みを浮かべ、こう応じた。


「も、もう、使ったよ」


 後方。

 瓦礫の山となった王宮の馬繋場ばけいじょうから、黄金の閃光がはじけた。

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