勇者の剣は弄ばれる。
わかっていたことだが、向こうの方が地力が上だ。もともと魔王ってのはガレスの時もヴェルクト含めて五人がかりでどうにか倒した相手だ。ターシャとネシス王がカバーに入ってくれてはいるが、それでも戦力不足は否めない。
「どうしたバラド、こんなものなのか?」
手の中で空間に穴をいくつも開けつつ、メイシンは笑う。小石程度の大きさの黒い渦のような代物だが、触れたものに問答無用で大穴を開ける。既にネシス王の盾やら、大広間の壁面やらが餌食になっていた。
新魔族も顔に穴が空いていたが、得意技も穴を開ける能力。
穴の魔王とでも言えばいいのだろうか。
どうも響きが微妙だが。
メイシンは四つの空間の穴をまとめて投射する。
【異空体サタン、黒魔炎、黒曜弾、解放】
こちらも四つの黒曜石の魔弾を生成し、迎撃した。空間の穴に触れた魔弾はそのまま穴に吸い込まれて消えるが、空間の穴の方も消滅する。
とりあえずは何かしらを吸い込むなり、穴を開けるなりすれば、空間の穴は機能を止めるようになっている。
竜王国の宝剣である肉厚の長剣フェイルズ・ブレイを振りかざし、ネシス王が斬りかかる。
「メイシン!」
フェイルズ・ブレイはいわゆる大陸五剣の中でももっとも程度の良いものだ。だいぶ削られてはいるものの、魔王メイシンの眼球剣ともどうにか渡り合えている。ホルス・レイやアガトス・ダイモーンだったら今頃へし折られていただろう。
ネシス王はかつて大陸最強格の戦士の一人に数えられた武人の王。その豪剣は魔王となったメイシンでも、簡単にあしらえるようなものではなかった。眼球剣でフェイルズ・ブレイを受け止めつつ、後方にさがる。
だが、背中からマントみたいに広がっている長細い四角錐型の触手の群が曲者だ。先端部に空間の穴を穿ちながら、蛇みたいに動いて、ネシス王に襲いかかる。
【異空体ミカエル。神霊焔、楽園鎖。解放】
こちらも楽園鎖を数出して、ネシス王に迫る触手群を刈り取りにいく。
異空体ミカエル。つまりここと違う宇宙にいる光の上位存在が、楽園と呼ばれる空間を封鎖するために用いた光焔の鎖。こちらも蛇のように飛んで、メイシンの触手群とぶつかりあい、相殺した。
脳内魔導回線でグラムたちに呼びかける。
(まだか)
(広間の前に到達しました。ボーゼン顧問も合流済みです。突入と同時に作戦を決行します)
(よし、すぐ始めてくれ)
さすがに聖魔焔も稼働限界が近い、内部回路もあちこち過負荷を起こしかけていた。
ネシス王の攻撃をかわし、空中に浮き上がったメイシンは片手に光の塊を作り出す。
太陽片。
広域破壊用熱殻魔法。
「おい待て」
まともに発動したら、大霊廟も王宮も、ヴェルクトも全て消しとばしてしまうタイプの魔法だ。
メイシンはまた、愉快そうに笑う。
「止めてみろ、バラド」
「人を無視してはしゃいでんじゃないよ! 猊下! 聖堂騎士団! 重魔術防護!」
大聖女の杖を地面に突き立てて、ターシャが吼える。
「総員重魔術防護!」
聖堂騎士団のゼエルが聖女の言葉を復唱する。
異形の神の眷属たちと向き合っていた聖堂騎士団の面々が、メイシンに向けて盾をかざした。
眷属たちと剣を構えてやり合いながら、盾だけをメイシンに向けてかざした格好だ。
危なっかしいやり方だが下手に下がると眷属たちを抑えきれなくなる。他にやりようがないのだろう。
「竜騎士団前進! 聖堂騎士団を援護しろ!」
ネシス王が大喝した。
「殺戮加速」
ユーロック女王の言葉を受けて、エルフたちはさらなる血風を巻き上げる。エルフなりの援護のつもりだろう。
「私はいいわ、前に出てちょうだい」
「頃合いのようですな」
「戦闘種の真似事は嫌ですが、致し方ありません」
サーナリェス女王の声を受けたルーナの兵たち、メルディオス王、ルヴィエーン王の両王に率いられた兵士たちが、寡兵ながら前に出る。
そこに。
九尾の兵員六十名がロムス、ロキ、ロトの三兄弟、グラム、ボーゼンらともに大広間に突入した。先頭を行くのはミスラーの遺児三人。長兄ロムスを先頭に、息のあった連携で異形の神の眷属たちを蹴散らしていく。
「じゅ、重魔術防護!」
フルール二世猊下はやや噛み気味に叫んで、手のひらをメイシンに向けて突き出した。
数十枚の六角形の魔力障壁が組み合わさり、黄金のドーム型の防壁を形成した。
「準備はできたか?」
わざわざ待っていてくれたようだ。魔力障壁の完成から一呼吸置いて、メイシンは太陽片の投射に入る。
○
○
○
○
○
(今)
メイシンの攻撃を待つ理由などない。
ヴェルクトの棺は障壁のこちら側にある。
今が好機だ。
「やります」
傍のボーゼンにそう声をかけ、グラムは右手につけた試作型リブラ・レキシマをヴェルクトの棺に向けた。リブラ・レキシマはもともと、戦争回路に記録があった根源文明の魔導回路をこの世界の技術で再現したものだ。グラムはその記録を引っ張り出した張本人で、そしてリブラ・レキシマ計画の発案者であり、リブラ・レキシマのテスターでもある。
試作型リブラ・レキシマには、バラドから預かったガブリエルとレヴィアタンという二枚の異空符をセットしてある。
異空鎧、聖魔水。
使用者本人の運用を前提とした聖魔焔、聖魔風、聖魔土と違い、聖魔水は使用者が指定した人物に着装するタイプの異空鎧だ。
特徴は色々あるが、今回重要になるのは緊急脱出用の転移回路だ。なんらかの原因で着装者が行動不能となった場合に備え、着装者を使用者のもとに転移させることができるようになっている。
異空鎧の着装は、ガラスの棺のような障害物があっても問題なく行える。ヴェルクトに聖魔水を着装させて身柄を引き上げ、ボーゼンの転移で後方に下がり、蘇生措置を行う手はずだ。
試作型リブラ・レキシマの引き金に指をかける。
メイシンの太陽片が投射され、魔力障壁と激突した。
黄金の光が広間を満たし、大霊廟、王宮を消しとばして行く。
まばゆい光の中に、悪意はふわりと舞い戻る。
試作型リブラ・レキシマの引き金を引こうとしたハーフエルフの右腕めがけ、白銀の、巨大な刃が振り下ろされる。
その刃の名はヴァイス・レキシマ。
レキシマ計画が生み出した勇者の剣は、刀身より紫の光を放ち、グラムの機械の腕を断ち切った。
○
○
○
○
○
メイシンの太陽片の威力をやり過ごしたあと、消し飛んだ大霊廟、王宮の跡に、翳りのない声が響いた。
「よくわかんなかったけど、邪魔しちゃった。腕、機械だったんだ」
肩に見覚えのある剣、ヴェルクトの剣として作ったヴァイス・レキシマを担いで、ジルは楽しげに言った。
「……なぜ、貴方がヴァイス・レキシマを?」
グラムは慄然とした表情を作って言った。幸いと言っちゃなんだが、ジルのいうとおり、グラムの四肢は義肢だ。痛みは感じていない。
冷静さも失っていない。
「これ?」
ジルはヴァイス・レキシマを持ち上げて笑う。
「お爺様のところで調べてたのを借りてきたの」
ヴェルクトの身柄と一緒に王都に持ち帰り、分析していたのだろう。アレイスタやゴルゾフにとっては得体の知れない技術の塊のような代物のはずだ。
「私と勇者様は、親戚みたいなものだから。相性がいいみたい」
そうだろうよ。
ヴァイス・レキシマはヴェルクトに最適化して作ってあるが、ヴェルクトはもともとマティアルを模して作られた『光の獣』だ。マティアルの対であり、ついでに『光の獣』を依代にしているジルにもいい得物になっていてもおかしくない。
「ロムス、ロキ、ロト。ネシス王と連携してメイシンを抑えてくれ」
今は、メイシンよりジルが怖い。メイシンは今でも彼女に手を出すタイプではないはずだが、ジルはやるタイプだろう。
「心得ました。行くぞ」
俺の無茶振りにためらいなく応じ、三兄弟はメイシンを取り囲む。
(すみません、お願いします。手はずどおりに)
脳内魔導回路でそうメッセージを投げてから、聖魔焔を加速させ、ジルに斬りかかった。白銀の剣とヴァイス・レキシマがぶつかりあい、火花をあげた。幸い、ヴァイス・レキシマの機能を十全に使いこなせてはいないようだ。白銀の剣が斬り飛ばされるようなことはなかった。
だが、斬撃自体はあっさり静止させられた。
身体能力もヴェルクト並みらしい。
「怒ってないの?」
ジルはやや怪訝そうに言った。ヴァイス・レキシマを持ち出せば俺たちが逆上し、呪いの感情を撒き散らす。そう期待していたんだろう。
「怒ってるさ。その剣はお前のおもちゃじゃない」
だがそれで逆上しても、ジルは喜ぶだけだろう。
今は、やれることをやるだけでいい。
【異空体ミカエル、神霊焔、熾天剣、解放】
白銀の剣を、黄金の輝きが包む。
それに呼応するように、ヴァイス・レキシマも紫の炎を纏った。
ヴァイス・レキシマの聖焔回路を起動したようだ。白いはずの聖焔が変色しているのはジルの魔力の性質によるものだろう。
狂ったような、破壊的な熱量が生じていた。
聖魔焔が急激な温度上昇を告げ、離脱を推奨するメッセージを送ってくる。
「まだ動くの? その鎧、だいぶ熱くなってるよね」
くすくす笑いながら、ジルは問いかけてくる。
ジルの指摘通り、稼働時間はもうない、外からの加熱、内部からの発熱で各部が火を噴きかけている。
だが、もう一手要る。
俺は囮だ。
ジル、メイシンの意識を一点に集中させるのが仕事だ。
ジルはヴァイス・レキシマを一閃しようとした。
それより一瞬早く、俺は魔導水銀の腕を杭のように変形させ、聖魔焔の装甲の隙間からうち出した。
水銀の杭が、ジルの心臓を貫く。
ジルの反応速度がヴェルクト並みだとしても、魔導水銀の腕は思考と同じ速度で動く。
思考速度を加速する賢人回路は発火寸前だが、どうにか稼働中だった。
今だけは、魔導水銀の義手だけは、ジルを速度で上回れる。
と言っても、心臓を突かれた程度で死ぬような可愛い生き物ではない。ジルは怪訝そうに胸元を見た。
ジルの体内に杭の先端を残し、魔導水銀の義手から切り離す。
魔流回路を励起する。
アスール殿下が図面を引いた、魔力の流れを制御する新式回路。心臓に残した魔導水銀の杭に魔力を流し込み、過負荷を誘発する。
熱暴走した聖魔焔の魔導回路と、ジルの心臓の魔導水銀は、ほぼ同時に爆発した。
【稼働限界、物質化解除】
聖魔焔は姿を失い、俺はどうにかコケずに着地した。
さすがに心臓爆破はこたえたようだ。ジルは口のはしから血を吐き、よろめくように後方に下がった。
「ジル!」
メイシンが叫ぶ。
ジルは倒れない。くすくす笑いながら、ヴァイス・レキシマを振りかざす。怒らせたようだ。
笑い声はあげているが、目は笑っていない。
さすがにもう、打つ手がない。異空鎧の補正なしの動体視力だの反応速度だのでどうにかなる相手じゃないだろう。
だが、助けが間に合った。
俺とジルの間を切り裂くように、光の巨刃が降ってくる。巨刃回路によって生成された巨刃。まずいと判断したようだ。ジルはふわりと宙を舞うように後退し、メイシンの傍に戻った。
視線を上げる。栗毛の有翼馬に乗ったイズマが、空からこちらを見下ろしていた。
「うまくいったようだな」
そういいながらイズマは地上に飛び降りた。
「そうなのか?」
実はまだ、確認していない。
囮の仕事で精一杯で、彼女の方に注意を向けている余裕がなかった。
ジルやメイシンの注意を引くのでいっぱいいっぱいだ。
「どうです?」
そう尋ねて視線を向けると、彼女、サーナリェス女王はにっこりと微笑んだ。
「うまくやれたわ、なんとか」
サーナリェス女王の手には、金色の円盾、試作型のリブラ・レキシマがある。
簡素な作りの青い鎧をまとった娘、ヴェルクトの体をそっと抱きとめていた。




