遺児たちは駆け抜ける。
バラドの異空鎧、聖魔焔が放った閃光、そして灰になった骸から生じた粉塵に紛れ、ロキ、ロトの兄弟は大霊廟外周部の通路に出た。
転移よけの解除に必要な工作は大霊廟の外周通路上の四箇所に存在する四本の柱の爆破。転移魔法の類を阻害する空間の揺らぎを生じる魔導回路を破壊することで転移による突入、脱出を可能にする。
そういう任務なのだが。
「こっちにもいやがる」
大広間ほどの密度はないが、結構な数の異形の神の眷属が天井にぶら下がっている。
「別れるぞ。密度が上がる前に仕事を片付ける」
そう言いつつ、ロトは従僕用の白手袋を外し、金属のプレートの入った革手袋へと取り替えた。
「あいよ」
鎌に似た前反りの刃、グリップ後部に指を引っ掛けるリングのついたナイフを抜いて、ロキはロトと背中合わせになる。
「一人二箇所だな。まともに戦うなよ、すり抜けりゃいい」
そう告げるロキの言葉には応じず、ロトは動き出す。
「なんか言ってから行けよ!? 兄貴にチクるぞ! 親父の墓前で言うぞ!」
そんな苦情を吐きつつ、ロキもまた加速する。
豹のように鋭く、しなやかに加速した兄弟は、異形の神の眷属たちが落ちるより一呼吸早く通路を駆け抜けると、それぞれ最初の柱の前に到達する。柱の根元に破壊工作用のクリスタル型魔導弾を設置、距離を取り、それぞれに起爆コードを告げる。
「「点火」」
魔導弾が炸裂、轟音、閃光とともに二本の柱を根元から砕いてへし折る。
「楽勝楽勝、次行ってみよう」
軽い調子でいうロキだが、異形の神の眷属たちは爆破工作の間に全て床に落ちていた。
前方、後方の両方から、一気に押し寄せてくる。
「わらわらうじゃうじゃ来やがって」
げんなりした顔で呟き、再加速、群がり、押し寄せてくる異形たちの間隙をすり抜けて前進。
間隙がなければ、蹴り破る。
従僕用の革靴に履き替えずにおいた金属板入りのブーツで異形を蹴り倒し、踏み越えて、前へ。
視界がひらけた。
二本目の柱まではまだ距離があるが、異形たちが急にいなくなった。
理由は。
(あいつか)
斧槍を手にした、白い鎧の騎士。
『聖騎士』
勇者を模したもの。異形の神の眷属とは対極に位置する存在だけに、異形の神の眷属とは相性が悪いのだろう。
たちの悪さは五十歩百歩だが。
対『聖騎士』用装備である毒撃回路はかさばりすぎるため持って来ていないが、倒し方はわかっている。
速度を落とさず、まっすぐに突っ込む。『聖騎士』もまた、ぞっとするような鋭さで加速し、斧槍を繰り出す。
だが。
(見やすいんだよ)
速度はあるが、父ミスラーとの訓練の時に散々苦しめたられたようなえげつなさ、いやらしさはない。装備した斧槍もアレイスタの規格品に過ぎない。マティアル勅許会社のラシュディたちとの戦い、アスール王子との戦い、ボーゼンによる分析、そして父ミスラーがもたらした情報で、内部構造が割れている。
もう、底は知れていた。
真っ向からふりおろされた斧槍の一閃を最低限の動きでかわし、その腕を掴む。そこから一呼吸で肘の関節を極め、砕いた。
ラクシャ式活殺術。
首をはじめとする関節を『事故のように』破壊し、絶命させることを得意とする暗殺用格闘術。闇の武術の類だが、人間をベースに作られた『聖騎士』を破壊するには最適だ。
関節を極める邪魔にならないよう、柄のリングに指を通して逃がしていた鎌刃のナイフを握り直す。
その切っ先を『聖騎士』の目元へと叩き込んだ。『聖騎士』の顔面は、白い鉄仮面に覆われているが、ロキのナイフはバラドがミスラーのために用意していたオリハルコン・アダマンティア合金製。その切っ先は鉄仮面の中にするりと入り込むと、その内部にある『聖騎士』の眼球、眼窩を穿ち、脳内へと達する。埋め込まれた大量の魔導回路を破壊した。
びくん、と一度痙攣し、動かなくなる『聖騎士』。その代わりに、異形の神の眷属たちが再び動き出す。
「ちょっとは休ませろ」
そう愚痴りながら、鉄仮面からナイフを引き抜き、走り出す。『聖騎士』が空白地帯を作っていてくれたおかげで、そう苦労をすることもなく二本目の柱の前に到達。魔導弾で爆破した。
「ハイ三本目ーって、四本目どうした」
ロトの方もそろそろ四本目の柱に着いていていい頃だが、爆破の音が聞こえてこない。
(死んでねぇだろうな)
ロキとロトの技量はほぼ同じ。生半可なことでどうにかなるとは思えないが、今回は相手が相手、数が数だ。
(手間かけさせやがって)
勇者救出作戦の第一段階として四本の柱を破壊する。それがロキ、ロトの兄弟に与えられた任務だ。ロトに何かあったなら、四本目の柱の破壊はロキの役目となる。幸い、大霊廟の外周通路は大霊廟を囲んで一周する構造だ。道なりに進んでいけば、四本目の柱までは問題なくたどり着ける。
後方から追ってくる異形の神の眷属たちに足止め用の手投げ魔導弾を投げつけて疾駆する。前方に敵の気配はない。
たどり着いた四本目の柱は、無傷で残っていた。
予備の魔導弾をセットし、爆破、断片回路を使って報告を入れた。
「ロキです。転移よけ解除完了。ロトと合流してそっちに戻ります。つーか聞こえてるかロトー。俺が三本吹っ飛ばしちまったぞー」
返事はなかった。
『連絡がつかないのか』
バラドの声。
「そうみたいです、なんで、確認してからそっちに戻ります。つーかこっちに口出ししてる余裕あるんスか」
『すまんがない、いろいろいっぱいいっぱいだ』
「こっちのことはお気遣いなく。すぐ戻りますんで」
そう告げて、また走り出す。前方に異形の神の眷属たちの後ろ姿が見えて来た。その向こうから、異形たちの声と拳撃の音が聞こえた。
「なに囲まれてんだよ」
ため息をついてから、異形たちの足元に衝撃波の手投げ魔導弾を転がした。殺すのは無理だが、怯ませる程度の役には立つ。浮き足立った異形の神の眷属たちの隙間を駆け抜けて、ロトの隣に飛び込んだ。
「何やってんだおまえ、見事に囲まれやがって」
「『聖騎士』だ」
「俺も会った」
「二体」
「あーなるほど」
言われてみると、確かに二体の『聖騎士』の残骸が転がっている。二体同時となると、手こずるのも仕方のないところだろう。そうしているうちに、異形の神の眷属たちに取り囲まれ、突破口を失ったようだ。ロキが楽に進んでいけたのも、ロトのルートの方が敵が多かったこと、敵を引きつけてくれたおかげかもしれない。
「なんで来た。もう任務は終わったはずだ」
「終わったから来たんだよ。柱は俺が三でお前が一、『聖騎士』は俺が一でお前が二。四対三で俺の勝ちだな」
「異形どもも数に入れろ。俺が七、お前は?」
「よし、ゼロからやろう。これから、こいつらをどっちが多くぶっ潰せるかだ」
調子のいいことを言うロキに、ロトはふん、と笑って拳を握り直した。ロキは鉄板入りのブーツのつま先で床を蹴る。
こうも敵の密度が上がると、突破するのは無理だろう。
あとはどれだけかき回し、道連れにできるか。
口にはしないが、そんな覚悟とともに、兄弟は足を踏み出そうとする。
その瞬間。
巨大な鉄塊が、大霊廟の外壁を打ち砕いた。視線を向けた先に見えたのは、両刃の斧を手にした牛頭の巨人。
ミノタウロス。
アレイスタの建国神話に現れる怪物。アレイスタの王宮には神話を模した建国王とミノタウロスの像があるが、その像の斧を持っている。後方には、毒撃回路や刀槍類で武装した六十人ほどの集団、それと喪服姿に眼鏡をかけたハーフエルフの女の姿があった。
眼鏡のハーフエルフのことは知っている。バラドの秘書グラム。父ミスラーの手伝いをしていた頃にも会ったことがある。
武装集団は、王都に潜入していた九尾の面々だろう。
「突入!」
片手を前方に突き出したグラムの声を受け、九尾は大霊廟に突入、異形たちに挑みかかっていく。その場に残ったミノタウロスの姿を見上げ、ロキは半笑いで尋ねた。
「兄貴?」
「ああ」
ロキ、ロトがよく知る男の声で応じたミノタウロスは、手にした斧を地面に下ろすと、物静かな風貌の、長身の男の姿に戻る。
ラクシャ家長兄ロムス。
変身能力者。
(人外に変身ってアリだったのかよ)
半笑いの顔のまま、ロキは内心でつっこんだ。
「任せきりになってしまってすまなかったが、二人ともよくやってくれた」
「ああ」
「はい」
「お前兄貴にだけ敬語になるのやめろ。俺も年上ってことを思いだせ、と・し・う・え」
急に真面目な顔になったロトに苦情をいうロキ。その様子に微笑したあと、ロムスはまた表情を引きしめた。
「すまないが、もう一働きしてもらう。九尾と連携し、グラム女史を大広間に送り込む」
「あいよ」
「はい」
「兄貴の時だけ返事がいいのやめろ本当に」
またロトに苦情を言うロキ。
ロムスはグラムに目を向けた。
「お待たせしました。女史。これより先は、我ら三兄弟にてお供をいたします」




