戦士たちは国境を越える。
黄金の丸盾は黄金の巨鎧、白銀の剣、浮遊する二枚の盾へと姿を変えて、俺の全身を覆う。
リブラ・レキシマはもともと魔王ガレスとの決戦を想定し、ヴェルクトのために試作した装備品だ。
最初から、魔王と渡り合うことを想定して設計してある。
まずは俺が魔王メイシンにぶつかり、稼働時間の限界まで動きを押さえ込み、その間に転移よけを解除。ヴェルクトの身柄を確保してボーゼンの転移で離脱というのが基本的な流れだ。
倒すのは無理だろう。ヴェルクトならやれるだろうが、俺じゃセンスも体力も反射神経も足りない。
メイシンとやりあう前に、排除しておくものがある。
天井から降ってくる異形の神の眷属たちと、前方の『聖騎士』四騎。異形の神の眷属を放っておいたら釣り天井よろしく全員押しつぶされかねない。『聖騎士』の方も、閉鎖空間内を飛び回られると厄介だ。
メイシンに当たる前に灼き潰す。
ミカエルとサタン、二体の異空体の力を同時に解放する。
【異空体ミカエル。神霊焔。異空体サタン。魔黒焔。並行励起。灰帰焔。解放】
「全員目を閉じろ!」
聖魔焔の背中の二枚の翼が、それぞれ白と黒の焔に覆われた。天井から落ちてくる異形の神の眷属たちに向け、白と黒の焔の翼を前方で打ち合わせるようにして羽撃かせる。
二枚の翼がぶつかった瞬間、閃光が生じて大広間を埋め尽す。
灰帰焔。
敵対者を瞬時に灰燼に帰す神罰の業火。
閃光の後。灰の塊と成り果てた異形の神の眷属たちが床に叩きつけられ、砕けていく。動こうとしていた四騎の『聖騎士』も白い鎧だけを残して灰となり、新魔族たちも灰の山に成り果てていた。
灰帰焔は敵味方を識別する機能を持っている。味方が灰になることはなかったが、灰をかぶった連中が咳きこんだりしていた。
まぁ不可抗力だ。構わずにメイシンと向かい合う。
魔王のバイパスの持ち主となると、灰帰焔は通じないようだ。無傷で立っていた。
「凄まじいな。それだけの力があって、何故魔王討伐隊に戻らなかった」
「いろいろ訳ありなんだよ、こいつは」
稼働時間と脳内魔導回路を入れなきゃ使えないってあたりがネックだったが、わざわざ弱点を言う理由もない。
広間にいた敵は一通り葬ったが、ステージの奥から異形の神の眷属の新手が次々と這い出してくる。
エルフ国サイフェリアの面々が動き出す。
「殺戮」
童女にしか見えない女王が号令を出す。エルフたちは妖精加速で姿を消すと、異形の神の眷属の目の前に踏み込んでいく。異形の神の眷属は体内に強い酸を持つ、徒手空拳や近接戦では戦いにくいと説明していたのだが、お構い無しで内懐に踏み込むと、手刀や貫手で敵の骨肉を切り裂き、えぐり、破壊していく。時の精霊の加護で体を保護しつつ、手刀や貫手の威力を高めているのだそうだ。異形の神の眷属は数が多い上に、魔王軍最強格に数えられる存在の一つだ。エルフたちでも圧倒するところまではいかないが、墳墓の奥から飛び出そうとする敵の勢いは押し留めた。
「我らも遅れをとるな! かかれっ!」
「応っ!」
ゼエルの声を受けた聖堂騎士たちもまた、異形の神の眷属たちに踊りかかっていく。灰帰焔は、回路への負荷の関係でもう使えない。あちらはエルフたちと聖堂騎士団、竜騎士団に任せるほかないだろう。
メイシンはマントのようにぶら下がった背中の四角錐を一本手に取り、引き抜く。四角錐はメイシンの手の中で泡立つように姿を替え、金と銀の眼球がいくつも浮き上がった漆黒の剣となった。
メイシンの目には相変わらず俺への憎悪の色が浮いている。口元だけ妙に楽しげだった。
「始めよう、バラド」
メイシンは加速する。エルフたちの妖精加速以上の速度で聖魔焔の眼前に飛び込み、眼球剣を一閃する。銀の盾の自動防御機能で受け止めたが、受け止めた盾はあっさり両断された。
やっぱりこうなるか。
メイシンは若く一流の魔導騎士で、その上魔王のバイパスの力を上乗せされている。
俺みたいなおっさんの動体視力じゃ反応できない剣速だ。
聖魔焔の内部魔導回路を起動する。
【賢人回路、予見回路、魔流回路、起動】
賢人回路は思考速度の加速、予見回路は至近未来の予測、最後のはアスール殿下が考案した魔力流に干渉する魔導回路だ。
目で見て反応できない以上、思考加速と先読みで対応するしかない。
二枚目の盾を切り飛ばした眼球剣の三撃目を、白銀の剣でどうにか受け止める。
【異空体ミカエル。神霊焔、楽園鎖。解放】
白銀の剣を白い焔の鎖が取り巻き、渦を巻く。
空気を灼いた光熱の鎖は、それ自体が意思をもつ蛇のように、あるいは鞭のように動き、魔王に襲いかかった。
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ネシス王率いる竜騎士団の動きだしはエルフたちや聖堂騎士団よりやや遅かった。
ネシス王を筆頭に、全員が竜騎剣術の呼吸法で呼吸を合わせ、そこから一斉に咆哮を放つ。
竜吼。
バール竜騎士団が開戦時に発する大咆哮。その声は大霊廟を揺るがし、霊廟の外、そして王都の外で待機する騎竜たちにも戦の雄叫びをあげさせた。
「ゆくぞ、開戦だ!」
王都の外で待機していた約百騎の竜騎士たちが、それを合図に飛翔し、上空より迫る異形の神の眷属群を迎え撃っていく。
そして王都の飛竜たちの咆哮は、バール竜王国とアレイスタの国境付近に待機していたバール竜騎士団本隊の五百の飛竜たちにも伝播する。
激しい咆哮をあげる飛竜たちの前に佇んだバール竜騎士団の団長ラグロッドは、同じく国境付近に待機するバール陸戦軍の将軍アーヴェイスと顔を見合わせた。
「始まったようですな」
「では将軍、また後ほど」
アーヴェイス将軍に会釈をしたらラグロッドは竜騎士の兜を小脇に抱えて声をあげた。
「総員騎乗! アレイスタ王都に急行する!」
騎竜にまたがり、飛び立ってゆく竜騎士たちを見送ったアーヴェイス将軍もまた、三万の兵に号令を出す。
「進軍開始だ! 重強行軍でアレイスタ王都に斬り込む! トカゲ乗りどもに手柄を食い尽くさせるな!」
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「正午は過ぎたのだな。間違いないな。よし、進軍だ。全軍、全速にてアレイスタ王都に進軍せよ。一刻も早く我らが女王の元に馳せ参じるのだ」
ルーナ国のシューハ将軍は、やや間延びした声で進軍の命令を出した。ルーナ国とアレイスタの国境近くの町、メリルナガンに待機していた二千の兵とともに前進を開始する。
「急ぐのだ。女王陛下の御身もさることながら、姉の言いつけた刻限に間に合わねば、色々いかぬことになる」
間延びした声で先を急ぐシューハ将軍は六十歳で人族である。
ルーナ国女王サーナリエスに支える忠臣であり、生き別れていた姉がいる。
腹違いの姉がいる。
ハーフエルフの姉がいる。
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アスール王子率いるマングラール軍一万、海狼陸戦隊は正午と同時にアクシュ川を渡り、アレイスタ王都への進軍を開始した。
前方に立ちふさがるのは、アレイスタの王都守備隊。
「新魔族とやらか」
馬上より敵陣を見やり、アスール王子は呟いた。
三万の敵兵には、全員顔がない。
顔の真ん中に、ぽっかりと穴が空いていた。
馬に横座りしたマティアルが首肯する。
「魔王メイシンの、新しい種類の魔王の眷属です。心はなくて、与えられた役割だけを正確にこなす人形なようなものだと思います」
「虚ろの人形か。あやつらしい」
アスールは鼻を鳴らした。
「だがそれならば、対応は容易か」
与えられた役割だけをこなす人形ならば、役割を与えたものが知らぬ戦況に叩き込めば良い。
「鉄血擲弾隊、前へ出よ」
「はっ」
アスールの言葉に応じて、長い筒型の装備を背負った屈強な戦士たちが歩み出る。
鉄血擲弾隊。
手投げ魔導弾の運用に特化したマングラール独自の特殊部隊だ。マティアル勅許会社から提供されている衝撃波、暗闇、静寂、騒音の四種の手投げ魔導弾で敵陣を崩壊させる投擲、撹乱戦を得意とする。アスールの大器を恐れるダーレスの横槍を避けるため魔王軍との戦闘には参加していないことになっているが、勅許会社傘下の傭兵団の名目で隠密裏に活動し、魔王討伐隊の戦いを影から支えてきた。
この部隊の存在、そして詳細を知るのは、アスールの他は勅許会社のバラド、訓練教官を務めたラシュディである。
現時点でマングラールにしか存在しない新兵種。
メイシンにとっては、認識外の存在となる。
与えられた役割だけをこなす人形には、対応できぬ存在であろう。
余談であるが、鉄血擲弾隊の正式名称で呼ぶのはアスールだけである。隊員たち自身は単に擲弾隊と自称している。
「初戦の一撃目を任せる。魔導弾の爆音を、救国の霹靂とせよ。ガレスとの戦いでは影ばたらきであったが、此度はマングラールの精鋭として、存分に武勇を振るうが良い。アレイスタ第一の兵が何処にあるか、この戦にて天下に知らしめよ」




