商人は未来を語る。
勇者の棺の傍に立ち、各国の弔問団、そしてアレイスタの諸侯の姿を見渡す。
弔問客としてやってきていた各国の首脳には見知った顔も多い。武器や物資の売買、融資など、関係は様々だが、俺の正体に気づいている者も多い。やや戸惑ったような視線も少なからず飛んで来た。
胸に手を当て、一礼する。
「みなさん、初めまして。お騒がせして申し訳ありません。私の名はバラド。マティアル勅許会社社長。魔王討伐隊設立時の隊員の一人、そして、勇者ヴェルクトがただのヴェルクトだった頃のパートナーだった者です。先ほど魔王メイシンから提示された、アレイスタ連邦構想、あるいは魔王の元の平和について、私なりの対案を提示したいと思い、魔王メイシンの同意の元、お話をさせていただいています。一介の商人ごときが僭越ではありますが、お時間を拝借いたしたく存じます」
メイシンが魔王宣言をしたと思ったら、次は従僕姿の中年商人がステージに上がって対案だなんだと言い出す。事情を知らない人間には相当意味のわからない状況になっているはずだが、苦情の声などは上がらなかった。場の空気を支配しているメイシンが同意したということになっているため、迂闊に口出しできないのだろう。
「既に魔王メイシンが認めた通り、アレイスタ王国はヴェルクトを裏切りました。私はヴェルクトの最初の仲間としてヴェルクトをアレイスタから取り戻し、蘇らせるためにここにやって来ました。ヴェルクトの生命は、まだ完全には失われていません。魔王城での戦いから日数が過ぎても、ヴェルクトの体に大きな痛みがないのはそのためであり、蘇生方法の目処もついています。そして、ヴェルクトの救出後は魔王メイシンを討ち、ヴェルクトの謀殺を指示したダーレス王を断罪するつもりです」
猊下から借りたメイシンの破門状を出す。
「今となっては状況は大きく変わってしまいましたが、アレイスタの裏切りに怒り、心を痛めたフルール二世猊下は、メイシン王子の破門状を出し、アレイスタの非道を糾弾し、ヴェルクトを救うため、自ら王都へ赴いてくださいました。ルーナ国のサーナリェス女王、ジース国のメルディオス王、ヴォークト国のルヴィエーン王、サイフェリア国のユーロック女王、バール竜王国のネシス王もまた、ヴェルクトを救うという目的を共有し、同道してくださっています。魔王軍との争いの時代を共に生きたヴェルクトという仲間を取り戻すために。これからの、新しい時代を、共に生きていくために」
そこで少し、間をとった。
「それゆえに、私達の道は、魔王メイシンのいう魔王の元の平和とは相入れません」
もう一度、聴衆を見渡す。
「単純に考えた場合、魔王の元の平和というのも、悪くない考えなのかも知れません、いつかまた、大きな争いが起きるとしても、向こう三百年の平和と一緒なら、差し引きで得なのかもしれない。大陸統一国家が実現すれば、これまでにない進歩や繁栄が手に入るかもしれない。ですが、その未来には、ヴェルクトを連れて行くことはできません。魔王の元の平和は、魔王メイシンと魔王を生み出した存在、ジルと進む未来です。ガレスという魔王を殺した、魔王を殺しうる力を持ったヴェルクトは魔王の元の平和の世界では生きられません。その世界を選ぶなら、ヴェルクトはここに、この時代に置いていかなきゃいけなくなります。私たちは……いや、俺は! それだけは認められません!」
鼻から息を吸い、すぼめた口から吐く。
ネシス王が頷くのが見えた。
俺に手本を示すように竜騎剣術の呼吸法をやっていた。
どうも孫弟子扱いになっているようだ。
それに目安に呼吸を整え、熱を持ちすぎた意識を冷まし、続ける。
「対案と申し上げましたが、そう高尚な話ではありません。これからの世界に、ヴェルクトを連れて行くのか、ここに置いて行くのか、それだけの話です。メイシンやジルの元で新しい枠組みを作るのか、これまでとそう変わらない、どうしようもないことや、不合理なことや、バカバカしいことだらけのままの世界に、ヴェルクトを連れて歩いて行くか、そのどちらを選ぶのか。ふわふわしてて、考えなしで、勝手に飛び出してフラフラした挙句に迷子になるような、本当にどうしようもない奴で、なんで勇者なんかがつとまってたのか、今でも全くわかりませんが……争いの時代が終わったら、勇者でもなんでもない、本当にただふわふわしてるだけのバカになるのは目に見えていますが、それでも、連れて行ってやってくれませんか。一緒に、新しい世界に!」
答える声はない、手応えがないわけじゃないが、メイシンの威圧感を押しのけるには足りないのだろうか。
そう思ったとき。一人の王が口を開いた。
「何をしろというのだね」
面識のない相手だ。紋章からして、ネファール国のイルガニア王だろう。
「……立ち上がり、ここを離れてください。それが一つの選択になります。ヴェルクトを見捨てないという意思表示になります。一緒に戦って欲しいとは言いません、それを求めるには、今回は時間がなさすぎました。この土地を離れ、祈ってください。最近わかったことですが、ヴェルクトには、大聖女マティアルの血が入っているそうです。だから、祈りは無力じゃありません。この世界の悪夢を終わらせる、ヴェルクトが生きる未来をひらくための、確かな力になります」
「心得た」
イルガニア王は短く応じた。
「退出だ。皆の者」
供の者にそう告げて、イルガニア王は踵を返す。
「行くぞ」
また別の国の王が立ち上がった。
「帰国する!」
さらに数国がそのあとに続いた。大広間がざわめきだす。また、何国かの弔問団が広間を立ち会っていく。
アレイスタ諸侯の方は動きがないようだ。
そんな中で、客席から、銀色の光が閃いた。
銀光槍。
俺を狙って飛んでくる。
軍の魔術師がよく使う戦闘魔法。抵抗力のない人間であれば、一撃で死に至らしめる威力を持ち、飛翔速度が高い。虚を突かれた場合はまず回避できない。
その、虚を突かれた。
魔法抵抗なんて器用なことはできない。
身じろぎさえ、ろくにできなかった。
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客席からバラドに銀光槍を放ったのは、アレイスタの名家エンダイム家に仕える魔術師だった。
エンダイム家の家長であるエンダイム。
いわゆるエンダイム父の指示である。
「あの男を殺せ」
エンダイム家はダーレス王とは昵懇の仲でにある。
その関係を軸に、名家としての権勢を保ってきた。
だが、ダーレス王はもう終わった。
魔王となったメイシンの恐怖、勇者殺しを追及する六王の圧力に押しつぶされ、もはや廃人同然にまで成り果てていた。
では、どこに鞍替えをすべきか。
勅許会社のバラドという男の言葉に乗るのは論外だ。あの男はマングラールのアスール王子との関係が深い。アスール王子は金や女で権力者に取り入って行くエンダイムの世渡りとは相性の悪い相手だ。すでに関係構築に失敗していた。
アスールが王となれば、エンダイム家の命運は尽きる。
ここは、魔王メイシンにつく他にない。異様な王、恐るべき王ではあるが、まだ側近と言える側近は持っていない。このタイミングで忠誠を誓えば、取り入って行ける可能性はあるだろう。
まずは、手土産が欲しい。
そう考えた時に、勅許会社のバラドの姿が目に入った。
最初の手土産として、王都衛士隊を差配する武闘派のアピールをするには絶好の獲物だ。
だが、浅慮に過ぎた。
バラドに向かって飛んだ銀光槍は、白く、小さな手に掴まれて静止する。
エルフ国サイフェリアの女王、ユーロックの手であった。
幻影のように、ふわりとステージに現れて、銀光槍を掴んだユーロックは、そのままの姿勢で「誅殺」と呟いた。
ユーロックの警護のエルフの一人が、やはり幻影のように姿を消す。
そしてエンダイム家の魔術師の背後に現れると、背中の側から貫手を繰り出し、胸を撃ち抜いた。
妖精加速。
自身と周囲の時流を制御し、瞬間移動めいた速度での移動を実現するエルフ族固有の技術である。
魔術師は、血反吐を吐いて事切れる。
その様子を静かに眺めたユーロック女王は、血しぶきをあび、腰を抜かしたエンダイム父の方を見ると、冷たい口調で問いかけた。
「私は、サイフェリアのユーロック。エルフ族の王として、今、ここに残っている方々に問います。あなたたちは皆、そういう人族なのでしょうか? 大切な人と、一緒に未来を生きてゆきたい。ただそう語っているだけの人を、突然にうち殺そうとする。そういう、救いのない方達なのですか? あなた方がそういうものであるならば、もはや、慈悲はありません。千年の呪いを、子々孫々、血族の全てを断滅し、頭蓋と心臓を……」
「脅し過ぎだ女王。誰が魔王かわからなくなる」
ユーロック女王をたしなめつつ立ち上がったドワーフの少年王ルヴィエーンは、広間に残る人々を見渡す。
「だが、今のは確かにひどすぎだ。ドワーフ族としても、人族との向き合い方を考えざるを得ない暴挙だった。今度は、私からも問おう、そこの屑はもういい、他に残った人族たちに問う。お前たちは皆、その男と同じなのか、それとも、我々が敬意と友情を示すに足る隣人であるのか。答えを示してもらいたい。人族よ、真価を示せ。今こそが、その時であるはずだ」
その問いが、この場の流れを決めた。
この世界のエルフは、見た目が綺麗で寿命の長いプレ○ター、もしくは肉体派サダコの集まりです。




