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勇者の商人  作者:
All For One

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40/85

虚ろの魔王は平和を語る。

 各国の弔問団、そしてアレイスタの諸侯たちは畏怖と戦慄が入り混じった表情で新王メイシンの姿を見上げた。

 下手な相手に伝えても信ぴょう性を疑われる懸念が大きかったため、メイシンの魔王化については限られた相手にしか情報を流していない。

 だが、それでも、大方の人間が気づいたようだ。

 ガレスの後継者、新たな災厄の担い手が現れたことを。

 メイシンはステージの前方に歩み出る。広間を見回して微笑んだ。


「どうか楽になさってください。兄との約束で、今日の正午までは争いごとはできないことになっています。それまでは、皆さんの身に害を及ぼすことはないとお約束します。あらためて自己紹介をさせてただきます。僕はメイシン、アレイスタ王国前国王ダーレスの第二子、そしてアレイスタ魔王国、初代魔王」


 いきなり名乗りやがったか。

『魔王を演じる』のがメイシンの選んだ道らしい。名乗らなければ始まらないのだろうが、最初から飛ばしてくる。

 何も知らない連中には急展開もいいところだが、疑問の声や、笑い飛ばすような声は上がらなかった。今のメイシンの魔力、威圧感は、疑念や嘲笑が割り込めるようなものじゃない。


「既に噂となっている通り、父ダーレスの命令を受け、勇者ヴェルクトを殺害した主犯でもあります」


 王冠を手放したダーレスが、その場にへたりこむのが見えた。


「実際に手を下したのは密偵のアスラですが、指示をしたのは僕です。そのアスラはどこにいったかわかりませんが、どこかで殺されたのでしょう。下劣な男でしたので、多く恨みを買っていました。まぁ、そこは些細な問題です。ジル、おいで」


 その声に応じて、一人の少女が忽然と姿を表す、長い黒髪、どこかヴェルクトに似た顔立ちをした、美しい娘だった。

 ジル。

 マティアルと対になる異形の神の化身。

 呪いを司どるもの。

 魔王を生み出したもの。

 ジルの肩に手を置き、メイシンは続ける。


「彼女の名はジル。異形の神の化身。魔王ガレスに魔王としての力を授けた存在です。勇者ヴェルクトは、確かにガレスを倒しました。ですが、ジルがガレスに授けていた力の源泉までは破壊できていませんでした。ガレスの後継者を求めたジルは僕を新たな魔王に選び、僕はそれを受け入れました。そして僕は父ダーレスよりアレイスタの王位を譲り受けました。今日よりアレイスタは魔王国アレイスタとなります。異存がある諸侯は、いつでも退出していただいて結構です。僕との、魔王との戦に備えてください。人族連合参加国の皆様も同様、いつでも退出してくださって構いません。ですが、もしよろしければ、少しだけ、僕の話を聞いていただけないでしょうか、人族連合参加諸国の首脳、アレイスタの諸侯が一同に会する機会など、そうそうあるものではありません。先ほど言った正午までの約束もありますので、まだ時間はあります」


 この時点では、退出する者はいなかった。逃げ出したいという顔をしている者も多いが、最初に逃げる覚悟、つまり最初に魔王に叛旗を翻す覚悟がある者もいないようだ。しばらく間をとったあと、メイシンは再び口を開いた。


「では、始めましょう。皆さんご存知の通り、僕は魔王討伐隊のメンバーとして、勇者ヴェルクトと共に旅をしてきました。そして、旅の間考えていました。魔王討伐になぜ勇者が必要なのかと。確かに勇者ヴェルクトは、人族勢力における最強の戦士でした。ですが、最強の戦士一人に依存する必要はなかったはずです。各国が、それぞれの国の精鋭を数人ずつ出し合えば、十分に代わりはできたでしょう。より大規模で、強力な戦闘集団を作り上げることができたでしょう。ヴェルクトのような少女一人に、世界の命運を委ねなくても済んだはずです。魔王ガレスを追い詰めたのは勇者の力、そしてマティアル勅許会社の技術力だと言われています。それについても疑問があります。マティアル勅許会社が必要になってしまったのは何故なのでしょう。たった五年前に、たった一人の男が始めた、得体の知れない組織が魔王軍との戦いの帰趨を左右することになってしまったのは、何故なのでしょう」


 メイシンは聴衆を見渡した。

 その双眸は相変わらず、虚ろな穴のままだった。


「全ては人族連合という枠組みの限界です。一応の同盟関係ではあるものの大小数十の国がそれぞれの利害によって足を引っ張り合い、知恵や力を集約し、活用していくことができない。それが人族連合の限界でした。人族連合が本当の意味で最強の戦闘集団を作ることができていれば、勇者ヴェルクトは必要なかった。それぞれの国が惜しみなく知恵を出し合って行けば、オリハルコン・アダマンティア合金は勅許会社の登場を待つことなく完成していたのではないか、僕は、そのように考えていました。だから今、僕は人族連合という枠組みを破壊したいと考えています。アレイスタ連邦構想。アレイスタ魔王国以外の全ての国家の主権を破棄、アレイスタの州とすることで、大陸国家群を単一国家とします。国家同士の対立はなくなり、大陸は千年、二千年の平和と繁栄を享受することとなるでしょう」

「魔王メイシンのもとでか」


 ネシス王が声をあげた。


「ええ、魔王の元の平和ピース・スルー・サタンとでも言いましょうか。どうでしょうか? 今の僕は魔王ですが、ご存知の通り、元々はアレイスタの王子です。前魔王ガレスのような人族への憎しみは持ち合わせていません。人族を滅ぼそうという意思もありません」

「それで、そいつは満足するのか?」


 弔問席に座ったまま、俺はメイシンを見上げて問う。メイシンの目に、また憎悪に似た炎が浮いた。

 俺にだけはこういう目を向けてくるらしい。

 俺だけ随分嫌われている。


「ジルのことかな」

「そうだ。そいつはガレスとの契約の時、ガレスに自分の妻子を生贄に捧げろと求めた。そうさせることで、ガレスを引き返せない存在にした。そんなものが、魔王の元の平和ピース・スルー・サタンなんてものを認めるのか?」

「大丈夫」


 ジルは無邪気な声と表情で言った。顔もだが、声もヴェルクトに似ていて気分が悪い。

 こうもヴェルクトに似ている原因は『光の獣ヴェルクト』のモデルになった大聖女マティアルの姉妹であることが半分、そしてもう半分は、ジルが『聖騎士パラダイン』の素材として培養されていた『光の獣』を依代として使っていることらしい。マティアルの話だと、ジルの姉妹であるマティアルを模した『光の獣』は、ジルにとっても相性のいい依代になるそうだ。マティアル自身も『光の獣』を依代にできるが、生命を歪めた『光の獣』はマティアルの心情的には受け入れにくく、准聖女のアナを依代にしたそうだ。


「ガレスが充分に、呪いの螺旋を描いてくれたから。もうこの時代で、大きな争いを起こす必要はないの。それに、ずっと戦争ばかりしてたら、世界は疲れて、熱を失っちゃう。そろそろ、世界を休ませなくちゃいけない時期なの。だから、心配はいらないわ。私はもう、争いは求めない」


 甘い声でいうジル。

 俺は席から立ち上がる。

 こんな流れになるとは思わなかったが、このまま言わせておくわけにはいかない。今のメイシンは存在感がでかすぎる。誰かが立たなければ、六王以外の連中は根こそぎ、メイシンに心を折られ、ジルに心を溶かされかねない。

 まずはメイシンに目を向けた。


「口喧嘩は休戦の条件に引っかからないか?」

「罵詈雑言でなければ構わない」


 目に憎悪の炎を宿しつつ、メイシンは微笑む。

 怒ってるのか面白がってるのか、どうもはっきりしない。


「じゃあ、上がらせてもらおうか」


 歩き出す。途中で足を止め、ターシャに声をかけた。


「メイシンの破門状を貸してくれ」

「よろしいですか、猊下」

「……任せるよ。一緒に立たないとダメなのはわかっているんだが、すまない。足がすくんで動かない」


 言わなくていいことを告白した猊下から破門状を受け取り、ステージに上がる。寄り添うメイシンとジルは一旦無視して、ステージの真ん中の勇者ヴェルクトの棺に歩み寄り、その中を覗き込んだ。眠るように動かないヴェルクトは、近くで見ると、いい状態とはいえなかった。花や衣装、化粧などでごまかされているが、身体のあちこちが、床ずれのように変色している。

 胃が焼けるような、怒りが湧き上がる。


 ちくしょう。


「……ぶっ殺すぞ」という言葉が出かけるのをどうにか抑えて、握りしめた拳を開く。

 棺の蓋に手を触れて、呼びかける。


「もうすぐ出してやる。もう少しだけ、待っててくれ」


 返事は戻ってこない。

 勇者ヴェルクトの棺に手をかけたまま、もう一度、メイシンたちに目を向けた。


「お前たちのいう魔王の元の平和ピース・スルー・サタンっていうのは、つまり、こういうことか? 魔王ガレスの憎悪からなる戦乱じゃなく、魔王メイシンという絶対者のもとでの、静かな恐怖と圧政の時代」

「王様が怖いっていうのは、悪いことじゃないでしょ。優しくてだらしのない王様より、怖くて正しい王様の方が多くの人を幸せにできるわ。私はそういう世界で、普通の人、普通の営みの中の呪いを集めて生きるの。この世界の傷が癒え、また強い熱を生めるようになるまで。だからこれからは、平和な時代になるわ。千年まではわからないけど、二百年、三百年は、きっと平和が続く。ここにいるみんなも、みんなの次の世代の人間も、次の次の世代も、平和に、幸せに生きられると思うわ」


 ジルは俺から視線を外し、聴衆を見渡す。

 無垢な、甘やかな笑顔で、心を溶かしていくように。


「その世界で、生きられるのか? ヴェルクトは」

「もう死んでいるでしょ?」


 ジルは俺を哀れむようにいう。妄想扱いで流すつもりのようだ。


「それなら、すぐに遺体を引き取らせてもらっても構わないね」


 ターシャがジルを見上げて言った。


「メイシンはヴェルクト殺しの犯人だ。そんな奴に身柄を預けておく理由はないよ。ヴェルクト殺しを認めた以上、冥婚なんて茶番も、もう必要ないだろう」


 ジルはやや大げさに息をつき、微笑んだ。


「だめ。あなた達は、必死で準備してきたんでしょ? 今日のために、ヴェルクトを取り戻すために。ここで返しちゃったら、全部台無しになっちゃうもの。ずっと楽しみにしてたの、あなたたちの祈りが、願いが、全部砕けて、呪いに変わるところを」

「聞いた通りにクズだね」


 ターシャは舌打ちをする。


「罵詈雑言はダメって言ったでしょ?」


 ジルは悪びれずに笑う。

 だが、悪い流れじゃない。

 ヴェルクトの蘇生の可能性を聴衆にイメージさせた上で、その可能性を否定させずに済んだ。

 メイシンに声をかける。


「メイシン。一応聞かせてくれ、魔王の元の平和ピース・スルー・サタンの世界に、あいつの居場所はあるのか?」

「あるわけがないだろう」


 メイシンは即答した。


「ジルとヴェルクトは相入れない。お互いに、お互いを野放しにはできないはずだ。二者択一で、僕はジルを選んだ」


 妙なところで妙に誠実な回答をしやがる。

 交渉や共存の余地があると言われれば、本人ヴェルクトの意思確認が必要になっていたところだ


「少し、ここで、喋らせてもらっていいか?  参列の皆さんに、魔王の元の平和ピース・スルー・サタンの対案を出したい」

「もう勝手に上がって喋っているだろう。好きにすればいい。僕が語りたいことは、もう一通り語り終えた」

「そうか」


 それなら遠慮なく、売り込ませてもらうとしよう。

 魔王の元の平和ピース・スルー・サタン

 メイシンとジルの世界の売り込みプレゼンは終わった。

 今度は、俺たちの世界。

 ヴェルクトのいる未来の売り込みプレゼンを始めよう。

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