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勇者の商人  作者:
All For One

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36/85

商人は試される。

 従僕姿になった俺たちはイズマ、ボーゼンと別れてルーナ国の馬車に移り、移動を再開した。

 レストン族の風獣百匹。

 マティアル聖堂騎士団千騎。

 ルーナ国弔問団五百。

 勅許会社の馬車三台。

 結構な規模になったが、このまま王都に突入できるわけじゃない。

 国葬のために王都に入れる人員は各国十名まで、従僕や騎士、兵士たちはその大部分が王都の外に宿営し、待機することになる。

 マティアル聖堂騎士団からは教皇フルール二世、聖女ターシャ、聖堂騎士団団長ゼエル、聖堂騎士団精鋭七名。大牡羊と騎馬で進む。

 ルーナ国弔問団からはサーナリェス女王、俺、ロキ、ロト。ルーナ国の従僕や騎士六名という顔ぶれだ。女王の馬車を騎馬が取り囲んで進む形となる。

 王都の大門に向かう一行の前に、壮年の偉丈夫を先頭とした一団が立ちふさがった。

 一団というか、混成集団だ。偉丈夫の後方には見覚えのある国々の王たち、その兵や従僕たちが顔を連ねていた。

 バール王家の紋章が刻まれた甲冑をまとった銀髪、壮年の偉丈夫だけが初対面だが、正体の見当はついた。

 バール竜王国の国王ネシス。

 勇者パーティーに参加していた竜騎士ラヴァナスの父親にあたる男だ。

 その後方には造船事業で付き合いの深い海運国ジースの王メルディオス。オリハルコン・アダマンティア合金の開発で協力したドワーフ国ヴォークトの王ルヴィエーン。ヴァイス・レキシマの刀装に使った神樹、霊木類の調達の他、林野関係事業で交流のあるエルフ国サイフェリアの女王ユーロックといった面々が顔を連ねている。

 ネシス王は太く、重々しい声をあげた。


「マティアル法王国教皇フルール二世猊下の一行とお見受けします。私はバール竜王国二〇代国王ネシス。猊下は勇者ヴェルクト、聖女ターシャの殺傷につき、アレイスタ国王ダーレス、王子メイシンらの糾問に赴かれるとうかがいました。人族連合軍参加国の王の一人として、勇者ヴェルクトの盟友であった竜騎士ラヴァナスの父として、猊下の一行に同道することをお許し願いたい」


 続いて、ひょろりとした長身に眼鏡をかけた王が歩み出る。


「同じく、ジース国国王メルディオス。人族連合加盟国の王として、勇者、聖女殺傷事件の真実を問い糺したく思っております。同道をお許しいただきたい」


 次は、ドワーフの少年王ルヴィエーンが怜悧な調子で名乗った。


「ヴォークトの王、ルヴィエーンと申します。人族連合には参加しておりませんが、勇者ヴェルクトには多大なる恩義を受けております。妖精種を代表し、同道のお許しをいただきたい」


 最後は、ルヴィエーンと同じくらいの背丈をしたエルフの女王ユーロック。まだ幼い女王だ。十歳前後の少女にしか見えない。


「サイフェリアの女王ユーロック。裏切り者をころ……」


 そう言いかけたあたりで、ルヴィエーン王が咳払いをした。


「……まちがえました。アレイスタ国の勇者への裏切りを知り、やって参りました。勇者ヴェルクトを友とする者として同道をお許しください」


 実際のところは最初に言いかけたとおり「殺り」に来たのだろう。

 エルフは敵を許さない。

 友の敵も許さない。

 そういう種族だ。

 突然の事に目を白黒させていた猊下だが、すぅ、ふう、すぅと深呼吸をすると、大牡羊の輿から縄ばしごを下ろし、降り始める。

 途中で手を滑らせた挙句に足を引っ掛け、逆さ吊りになった。


「教皇猊下あぁっ!」


 血相を変えて駆け寄ったゼエルたちの手を借りてどうにか地上に降り、落ちた帽子をかぶり直し、ネシス王らに歩み寄っていく猊下。


「……お怪我は」


 やや戸惑い気味に問うネシス王の巨体を見上げ、猊下は気弱に「ああ、いえ」と笑った。


「お気遣いなく。しまらないのはいつものことです」


 そう言って四人の王の顔を、その背後の者達の顔を見渡す。


「……ありがとうございます、みなさま。心強いことこの上ありません。共に参りましょう」


 緊張気味に謝辞を述べる猊下に、ネシス王は無骨な笑みを見せた。


「どうぞご安心を。すでに五百の竜騎士と三万の兵を国境近くに配置しております」


 猊下はサーナリェス女王の馬車から様子を見る俺の方を振り向いた。


(ドウイウコト?)


 と顔に書いてある。

 正直、俺も計算外だ。

 フルール二世猊下がメイシン王子らの破門状を携えて勇者、聖女殺傷事件の糾問に動く、と言う情報を流させたのは確かに俺だ。アレイスタ周辺諸国への根回し、包囲網の構築をグラムに頼んだのも俺だ。

 だが、竜王国が直接アレイスタ包囲網に参加してくるとは思っていなかった。

 竜王国はアレイスタ王国との姻戚関係が深く、勅許会社がうまく食い込めなかった国だ。

 猊下の視線で俺に気づいたようだ。ユーロック女王が「社長様!」と手を振る。

 ネシス王と俺は面識がないが、それで察しがついたようだ。こちらに目を向けると「そこにいるのか、商人バラド」と言った。


「顔くらい見せたらどうだ。ここまでのお膳立てをしておいて、まだ黒幕を気取るか」


 そういうつもりはないが、まぁ、ネシス王の視点からはそう見えても仕方のないところだろうか。


「参りましょう、社長さん。エスコートをしてくださる?」


 俺が何かをいう前に、サーナリェス女王がそう言ってくれた。女王の手を引いて馬車を降り、王達の元に赴く。


「貴様がバラドか」

「はい、初めてお目にかかります。ネシス陛下」


 跪いてそう応じたが、胃の腑がチリチリする。

 ネシス王の真意が読めない。

 味方であれば心強いが、何かの策略であれば取り返しのつかない混乱を招きかねない立ち位置だ。


「俺を疑っているな」

「はい、正直なところ、陛下のご真意を推し量ることができておりません」

「そうであろうな」


 ネシス王は笑う。


「少し歩くとしよう。ついてこい。みなさん。申し訳ありませんが、この男をしばらく借り受けます。少々ここでお待ち願いたい。来い」


 一方的に言うと、ネシス王は鎧を鳴らし歩き出す。


「いってらっしゃいな」


 サーナリェス女王はゆったりと言った。


「そうややこしいことは考えていないわよ、あの方は」

「そうなら良いのですが」


 どうもそうとは思えないが、サーナリェス女王が言うとそう言うものかとも思える。人柄というやつだろうか。

 ネシス王を追う形で歩き出す。


「この辺りか」


 ネシス王は腰の剣を抜く。片刃で肉厚、反りの入った剛剣だ。


「何のおつもりです?」

「正直なところ、まだ決めかねていてな。貴様につくべきか否か。貴様の器を見て、答えを出すことにした。その場を動くな。これよりこの剣で、貴様の首の皮を一枚斬る。貴様が動かなければ貴様につこう、身じろぎでもしたなら、竜王国は独自の判断で行動する。いまのアレイスタが信頼に足る友邦とは思わんが、貴様の手駒として動くこともない」

「皮一枚で済む保証はあるのでしょうか?」


 言われたとおり身じろぎしなかったら首が飛ぶ、なんてのはさすがに困る。


「本当に首をはねたら生きては帰れまい。貴様の手勢が、誰よりあのエルフの女王が許すまい。バラバラに引き裂かれることになろう」


 確かにユーロック女王はヤバい。

 エルフは敵を許さない。

 自分への敵対はもちろん、友人や家族への敵対も絶対に許さないのがエルフの性質だ。あまりにも許さないので、人間、エルフ、ドワーフの中で殺人事件の発生率を計算するとエルフだけ極端に高い数字が出る。

 繊細そうな見た目とは裏腹に、そういう血なまぐささのある種族だった。

 そしてユーロック女王はヴェルクトと俺に対し『エルフの友』の称号を与えている。「裏切り者をころ……」と言いかけたのはそういうことだ。ルヴィエーン王につっこまれては訂正はしたが、間違いなく「殺る気」で動いているはずだ。


「いいでしょう」


 ネシス王の威圧感や剣気を前に、商人の俺が動じずにいられるとは思わないが、悪い賭けではない。負けてもネシス王は中立の立場を取るだけだが、乗り切れば、アレイスタ王国への戦略的勝利は確定する。

 アレイスタの最大の同盟国である竜王国がアレイスタ包囲網に加われば、ダーレス王のアレイスタ王国の命運は尽きる。現時点での日和見諸国もアレイスタを見放すだろう。魔王となったメイシンへの対応はまた別問題だが、人族国家としてのアレイスタとの戦いは実質的な決着を見ることになるだろう。


「どうぞ」


 鼻から息を吸い、薄く開いた唇からゆっくりと吐く。

 体と意識の緊張を、吐息と共に抜き出すように。

 吐きすぎてもいけない。最低限必要な緊張は残すことで、極限状況での心の静謐と、自在な動きと実現する。それが、この呼吸法の目指すところであり、難しいところだ。

 勇者パーティーに入ってしばらくした頃に習ったが、まだものにしたとは言い難い。

 剣を構えたネシス王の目に、奇妙な光が浮く。

 何かを懐かしむような色。

 そして、納得したような色。

 口元を緩めたネシス王は、剣を振るうことなく鞘に収めた。


「……小賢しい男め、算盤ずくでやりおったな」

「申し訳ありません」


 俺がやったのは、俺とヴェルクトが竜騎士ラヴァナスから習った竜騎剣術の呼吸法。

 皮一枚斬るが動くな、というのは、完全な無理難題だ。

 ヴェルクトだって多少は反応するだろう。

 ネシス王もそう言うことのわからない人物ではないだろう。

 とすると、ネシス王が見たいものは別にあるということになる。

 器試しに斬りつけるという無茶によって引き出しうる何か。

 そういう状況で、俺がネシス王に見せられるもの、そう考えると、答えは一つだった。

 俺がラヴァナスから学んだ竜騎剣術の呼吸法。

 ネシス王は魔王討伐隊の初期メンバー竜騎士ラヴァナスの実父だ。俺がラヴァナスとどう向き合っていたか、俺やヴェルクトの中にラヴァナスが残したものがあるか、見極めたいのはそこだろうと考え、そこに賭けた。

 それで、正解だったようだ。


「思い至ってしまったもので」


 無意識に呼吸法を使うのが爽やかな流れだったんだろうが、考えが及んでしまったせいで、芝居掛かった呼吸になった。


「まぁ良い。息子の教えを覚えているかどうかを見たかっただけだ」


 ネシス王は笑う。


「知っていようが、息子は才はあったが傲慢な男だった。強さはあったが人の上には立てぬ男であった。人ともには歩めぬ男であった。俺が息子を魔王討伐隊に加えたのはそれを矯正するためであった」


 そんな目的のためにそんな奴をメンバーに押し込むな、という話もあるが、結果からいうと、悪い人選ではなかった。

 ラヴァナスは間違いなく、ヴェルクトを強くしてくれた。

 あの男が手ほどきした竜騎剣術がなければ、ヴェルクトはデギスとの戦い、あるいはそれよりもっと前に命を落としていただろう。

 俺自身の命だってなかったはずだ。


「最後はデギスに敗れはしたが、息子にとって、勇者や貴様との出会いは幸福なものであった、息子が魔王討伐の旅に出てしばらくした頃、息子が私によこせと申し送ったものがある。竜騎士の候補生向け、それも幼年向けの、呼吸法の教本よ。魔王討伐隊にいる商人を鍛え直すとな。勇者はいいが、商人の方は本当にどうにかしてやらないとどうしようもないとな」


 ネシス王は喉を鳴らすように笑う。


「人とともに歩めなかった息子が、人を教え導こうとするようになったのだ。だが俺は、貴様を信じられなかった。怪しげな商人が調子よく息子を持ち上げ、良い気にさせているだけではないのかとな。だが、貴様は覚えていた。いささか芝居がかってはいたが、息子の教えをあの場で思い出す程度には骨肉としていた。ならばもう、疑いはせん、バラド。我が子ラヴァナスが友と呼んだ者よ」

「呼ばれていたんですか、友と」


 本人から言われた覚えがない。

 ネシス王は笑う。


「手紙に一度だけ書いてあってな。筆を滑らせたか、そう書いて見たかったのかはわからんが。行くぞ、バラド。勇者は貴様より、ずっと優秀な教え子だったと聞く。このままにしてはおけまい」

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