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勇者の商人  作者:
All For One

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32/85

大器は魔王と語らう。

 勇者ヴェルクトの国葬の前日、素晴らしき鎧の大王マーヴェラスメイル・ザ・グレートをまとったアスールはロキ、ロトの兄弟を護衛に引き連れ、レスターという土地の墓地を訪れた。ダーレス王に毒杯を与えられて死んだアスールの母の墓所である。美貌と優れた知性、民草への視座を持っていたアスールの母は、ただ美貌だけを求めたダーレスに徐々に疎まれ、最後には不義の濡れ衣を着せられ、自死させられた。

 レスターの墓所はそういった王家の咎人のための墓所である。

 携えてきた花束を捧げ、しばし瞑目する。

 決戦は明日。

 勇者の救出を待ち、アスールはマングラール軍を王都へ前進させる。魔王となったメイシンを討ち、ダーレス王を地にひれ伏させ、アレイスタを救う。

 アスールとメイシンは同母の兄弟だ。兄弟同士、親子同士で殺し合うこととなる。

 その戦いの前に、母への義理を果たしに来た。

 足を運びはしたが、墓石に語りかけるような性分ではない。

 護衛として同行したロキ、ロトに「戻るぞ」と告げる。

 刹那。

 背後に異様な気配が生じた。

 常軌を逸した密度の魔力と邪気、威圧感の塊。

 ロキ、ロトが身構えたが「良い」と制した。


「貴様も母に会いに来たか、メイシン」

「ええ、それと、兄上に」


 静かに応じた魔王メイシンは、一輪の花を手にアスールの隣に歩み出ると、アスールの捧げた花束の隣に捧げた。


「話をしませんか、兄上」

「今更何を語る? 余と貴様の道はすでに分かたれた」


 メイシンはふふ、と笑った。


「さすが兄上です。父上ならとっくに卒倒し、泡を吹いて失禁しているところなんですが、兄上の威風は揺るがない。子供の頃は、いつあの大器気取りが崩れるかと思っていたんですが、やはり本物だ」

「たわけ」


 アスールは切り捨てる。


「なぜそこで、自らが大器たらんとする気概を持たなかった。それゆえに、人としての貴様は死んだのだ」

「死人扱いですか、僕は」


 メイシンは苦笑するように口角をあげた。


「貴様は演じすぎた。貴様の演じ方は、己を守るため仮面をつけるというものではない。与えられた役割をこなすために自らを鋳型にはめ、己を殺し続けるものでしかなかった。それゆえ貴様は、少しずつ死に続けた。ダーレスの子、アレイスタの第二王子、ゴルゾフの教え子、魔導騎士、貴様は長じ、誰かに役割を与えられるごとに死んで行った。その点については余の罪もあろう。幼き日の余は大器であることに忙しかった。余の器を恐れ、凡愚の枠におさめんとする狂愚どもから、己の器を守ることしか考えていなかった。兄として貴様を導くことはできていなかった。余の器に欠けがあるとすれば、それは弟である貴様を取りこぼしたことであろう」


 アスールは不機嫌にいう。


「貴様が魔王討伐隊に加わったとき、余は期待した。ヴェルクトや商人と接することで、貴様は貴様を取り戻すことができるのではないかとな。実際貴様は、少し変わったのではないか? ヴェルクトや商人からの手紙を見る分には、そのように思えた。例の参謀デギスとの一件までの話だが。そこから貴様はヴェルクトに出会う前のデク人形に戻った。デギスとの戦いの時、何があった? いや、なぜ、デギスとの戦いの時だけその場にいなかった?」

「魔王討伐隊を結成した時点から、父上から指示されていたんです。魔王討伐隊とは一線を引け、そして、引き際をわきまえろと。本当に危険なものに遭遇したときには勇者たちなど見捨てて逃げろと言われていました。僕の討伐隊参加は、アレイスタの意志を示すためのパフォーマンスだと、戦の道具にすぎない勇者の命より、アレイスタ王家の血の方が重要なのだと。デギスたちの接近は、カグラが察知していました。報告を受けた僕は勝てないと判断し、調べたいことがあるとしてパーティーを離れたんです。そのあとで、カグラはデギスの接近を伝えたようですが、僕が逃げたことは黙っていてくれました。僕がデク人形に戻ったのは、そのせいでしょう。僕はあれで、殺してしまったんです、僕がそうありたかった、勇者を支える魔導騎士メイシンを。そして最後は、勇者殺しです。ヴェルクトと一緒に、僕は僕にとどめを刺しました」

「そうやって、魔王を受け入れるほどの虚無を生んだか。たわけめが」


 怒りすらも感じない。どうしようもない虚しさだけを感じた。


「すみません、でも、今は、満ち足りています。胸に穴が空いていたから、僕は彼女に出会うことができた」

「異形の神の化身のことか」

「ええ」


 メイシンは微笑んだ。


「そろそろ本題に入りましょう。母上への情なんて、本当は大して残っていません。今日は兄上に会うためだけに、休戦の提案をするために来たんです」

「休戦?」

「明日の国葬で、僕は新しいアレイスタ王になる予定です。そしてアレイスタを中心とした大陸統一国家、アレイスタ連邦の樹立を宣言する。それまで、邪魔をしないで欲しいんです。あの男や兄上たちがヴェルクトを取り戻そうと動いていることはわかっています。ですが、今回の国葬では、人族連合に参加した全ての国の首脳が集まる。アレイスタ連邦構想のお披露目としてはこれ以上ない機会です。それをあの男や兄上に妨害されては困ります。だから、休戦を提案します。この休戦を受けてくれるなら、僕は明日の式典が終わるまでは、ヴェルクトを殺さないと確約します。もし拒むなら、僕は国葬を待たずに、ヴェルクトを殺します」

「もはや、ヴェルクトへの執着もないか」

「もう、何もいらないんです。彼女さえいてくれれば、それでいいんです」


 虚無の魔王は静かに胸に手を当てる。


「受けていただけますよね。兄上なら」

「よかろう、呑んでやる」


 アスールは即答した。

 メイシンが魔王となり、ヴェルクトへの情を失った以上、ヴェルクトの生命を担保するのは新王戴冠、統一国家構想のお披露目を無事に終わらせたいというメイシンの政治的な都合しかない。


「予定としては午前のうちに新王戴冠、僕の演説を済ませ、正午からヴェルクトとの冥婚を執り行うことになっています。ですから、明日の正午までの休戦にしましょう。それまでは動かないでください」

「冥婚までやるつもりか?」

「ええ、ヴェルクトへのこだわりはもうありませんし、僕には彼女がいますから、本当なら意味はないんですが……やめるのは、あの男から逃げることになるように思えて。おかしな話ですが、ヴェルクトがどうでもよくなっても、あの男に対する敵愾心だけは、まだ残っているみたいで」


 アスールは鼻を鳴らす。


「あの商人は、貴様がなり損ねたものだ。貴様は勇者を支える魔導騎士たることを望んだが、叶わなかった。あの商人は、最初から最後まで勇者を支える商人であり続け、今もそうあり続けている。これからもそうあるだろう。ヴェルクトが勇者になる前からそうであったのだ。ヴェルクトが勇者でなくなっても、そうあり続けるであろう」

「なるほど」


 メイシンは頷いた。

 

「どうしてこんなにあの男が引っかかるのか、わかった気がします。あの男は、折れなかったんだ。ヴェルクトのそばを離れることも、勇者の商人としての一判断でしかなかった。デギスに負けて、仲間や腕を喪っても、あの男は勇者の商人であることをやめようとしなかった。僕がパーティーから抜けろと言っても、実際にパーティーを離れていっても、あの男はずっと、ヴェルクトの商人であり続けていた。そういう男だから、僕はあの男が妬ましくて、憎いのか」


 メイシンは息をつく。


「やはり兄上は大器だ。僕よりずっと、いろいろなものが見えている。ありがとうございます。おかげで頭の中が大分整理できました。よければ、あの男に伝えてください。お前が来るのを、楽しみに待っていると。では、お邪魔をしました」

「行くのか?」

「ええ、彼女が待っていますから。兄上とも、こうして話すのはこれで最後でしょうか。明日は、おいでにはなりませんよね」

「今更余が国葬に顔を出しても仕方があるまい。次にまみえるのは戦場いくさばとなる」

「そうですか、ではまた明日、戦場で」


 魔王は微笑みながら、姿と気配を消した。

 魔王が消えた虚空を見据え、アスールは不機嫌に、ほろ苦く吐き捨てた。


「……たわけめが」

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