聖堂騎士団は剣を掲げる。
マティアル法王国法王都。教皇府前広場。
武装し、兜を小脇に抱えて整列した千騎の聖堂騎士を前に聖女ターシャは大聖女の杖を演壇の上に突いた。
教皇フルール二世と聖女ターシャ、そして聖堂騎士団のアレイスタ行きの出発式である。
後方にそびえる教皇府の建物からは教皇フルール二世、そして枢機卿たちが見守っている。
「これより私たちは、教皇猊下をお守りし、アレイスタ王都へ向かう!」
マティアル聖堂騎士団の面々は全員が素のターシャを知っている。聖女ではなく、最初から女傑ターシャの調子だ。
「アレイスタ大霊廟で行われる勇者ヴェルクトの国葬、そして勇者ヴェルクトとアレイスタ王太子メイシンとの冥婚への参列。そういう名目で招待状が届いてる。だが、あんたたちもわかってるだろうが、勇者の国葬なんてのは茶番でしかない。勇者ヴェルクト、いや、あたしたちマティアルの戦士の戦友だった、あんたたちと一緒になんどもメシを食った、あんたたちの危地をなんども救った、ヴェルクトって娘を手にかけた犯人は魔王なんかじゃない。アレイスタ王国第二王子メイシン! 同じくアレイスタの密偵アスラ! この二人だ! アレイスタのダーレス王は、平和になった世界で勇者ヴェルクトの権威や影響力がデカくなることを恐れた。だから平和になる直前に勇者を葬ろうとした。証拠になるものがあるわけじゃないが、あんたたちは覚えているはずだ。魔王との戦いの後、アレイスタが何を言ったか。聖女ターシャ、魔剣士イズマは死んだ。遺体も残さずに消滅したってな。けれど、私は生きている。魔剣士イズマだって生きている。そして私は覚えてる。アスラがヴェルクトを切りつけるところを、ヴェルクトが動かなくなるところを」
一旦言葉を切り、ターシャは聖堂騎士の面々を見渡した。
「信じてくれるかい?」
その言葉に呼応し、騎士団長のゼエルが叫ぶ。
「はい、信じるであります!」
残る聖堂騎士が、それに従う。
【信じるであります!】
「ありがとう。私たちの戦友ヴェルクトが置かれている状況はどういう状況か、簡単に整理してみよう。仲間であったはずのメイシン、アスラに裏切られ、殺された。そればかりか遺体は裏切り者であるアレイスタの霊廟に飾られ、挙句の果ては冥婚なんて形で弄ばれようとしてる」
聖堂騎士たちを見渡す。
「許せることだと思うかい?」
最初のゼエルの叫びは事前の打ち合わせ通りだが、今度は仕込みの必要はなかった。
「許せぬことです!」
一人がそう叫ぶと、残る全員がまた、雄叫びをあげた。
【許せぬことです!】
「そうだ、こんな卑劣な行いを許しておいちゃいけない。世俗の奴らが許そうが、私たちはマティアルの戦士だ。誰が相手だろうと、最初から最後まで、正義を叫び続けて戦う。それが私たちマティアルの戦士だ。穏やかな教皇猊下も、今度ばかりはお許しにはならない。アレイスタ王子メイシン、密偵アスラの両名の破門状を出し、ダーレス王に両名の処断を求める書状をお書きになった。猊下と私は書状を携え、アレイスタ王都に赴き、ダーレス王と対決する。ことによってはアレイスタ軍と一戦交えることもあるだろう。その覚悟はあるかい?」
【覚悟はできております!】
千の騎士が咆哮する。
その姿をゆっくりと見回し、聖女ターシャは息をついた。
「……と、ここまでが最初に予定してた演説の内容になる。できることならこのまま勢いで景気良く出陣! と叫びたかったんだが。実は、新しい情報が入って来た」
後方の枢機卿たちがヒソヒソと話し始める。
前半部の演説内容は先に枢機卿たちに概要を伝えてあるが、ここからの話は、まだ教皇にしか話していない。ことなかれ主義の枢機卿たちに伝えれば、また無駄に日数を費やすことになると判断し、あえて伏せておいた。
「アレイスタ王都で異形の神の眷属の出現が確認された。魔王軍との戦いはどうやらまだ、完全に決着していなかったらしい。魔王は倒したけれど、アレイスタの裏切りのせいで魔王の力の源泉になるものが残った。その力は、今度はアレイスタに根を張り、新たな魔王国にしようとしている」
規律が失われることはなかったが、聖堂騎士たちから熱が引いていくのがわかった。
構わずに続ける。
「アレイスタでの戦いは邪悪な力、魔王を生み出した力との、本当の決戦になるだろう。ヴェルクトを救い出し、邪悪なものを完全に消し去る、最後の戦いだ。今ならまだ、敵の体勢は整っていないはずだが、こっち側もそれは同じだ。現状で期待できる戦力はマングラール軍、マティアル勅許会社だけ。そこにあんたたちが加わるかどうか、それを、あんたたちに決めて欲しい。腐ったアレイスタ軍とやり合うのとはわけが違う、センリャクテキに考えた場合、今戦うのが正しいのかどうかもわからない。だけど私は、もう一日だって、あの子をそのままにしちゃおけない。あの子の身柄が、ヴェルクトの身柄が無事なのは、あくまでアレイスタという国にとって、政治的価値があったからだ。アレイスタが魔王国になったら、いつ見せしめにされても、八つ裂きにされてもおかしくない。そうなったら、いくらヴェルクトでも、もう目を覚ましはしないだろう」
わざと含みのある言い方をした。沈黙を取ったあと、続けた。
「最近わかったことなんだが、ヴェルクトは、大聖女マティアルの血を引いてる。だからまだ、体が腐っていない。蘇生の方法があることもわかった。あとは、あの子の身柄を取り戻すだけだ。そうすれば、私たちはまた、あの子に会える。あの子に、あの子が守った世界を、平和になった世界を見せてやることができる。それを実現するためには、今戦わなきゃいけない。今じゃなかったら、あの子は取り戻せない。だから、私はあんたたちに頼む。あんたたちをマティアルの戦士と見込んで頼む。どうか力を貸して欲しい。地獄みたいな戦になるかもしれないが、その地獄の底から、私たちの勇者を連れ戻すために、その力を貸してほしい!」
一人の男が抱えていた兜をかぶり、バイザーを下ろした。
その男は、無口な男であった。
他の聖堂騎士の出方を見ることも、タイミングをはかることもなかった。
無言のまま腰の剣を抜き、天へと掲げる。
オリハルコン・アダマンティア合金の剣が陽光を照り返し、輝く。
それがきっかけになった。
輝く剣に気づいた騎士たちは一人また一人、無口な男に倣って兜をかぶり、剣を掲げていく。
千の剣が天を衝く。
最後に剣を抜いたのは、聖堂騎士団団長ゼエルであった。
剣をかざし、聖女の前に跪く。
「聖女ターシャ殿。マティアル聖堂騎士千騎、貴女の要請に応じましょう。いかなる敵が立ちふさがろうとも、地獄の底までお供いたしましょう。マティアルの戦士の正義を貫かんがために。我らが戦友、我らが勇者との友誼のために」
「……ありがとう」
だいぶ前から機能していないものと思っていた涙腺が、珍しく自己主張を始めるのを感じながら、ターシャは頷いた。
そのままの勢いで「行くよあんたたち!」と宣言したいところだったが、流石にそう簡単には行かない。教皇の側に侍っていた枢機卿たちが血相を変えて飛び出してきた。
「聖女ターシャ! 此度のアレイスタゆきは中止とする! アレイスタがそのような状況とあっては、猊下をお連れするわけにはいかん。聖堂騎士団も本国にて待機! 式典は中止だ! この場にて解散せよ!」
ターシャは鼻でため息をついた。
「また日和見主義かい」
教会の象徴たる教皇を危険地帯に出せないのは仕方がないとして、聖堂騎士団も待機というのはいつもの日和見主義だろう。
ここで枢機卿たちと押し問答をしても始まらない、後方で青い顔をしているマティアル教教皇フルール二世に視線を向ける。
「これで良いのですか? 猊下。これが教会の意思と言うことで、本当に、良いのですか?」




