遺児たちは策をもたらす。
黒い影が二つ、夜の山道を駆けていた。
マングラールの湖都リッシュへの道。人とは思えぬ俊足ぶりだった。
二人とも二十代前半の青年である。細身だが鍛え上げられた体躯、黒い革の上着とパンツ、ブーツを身につけていた。
リッシュの市街は湖と城壁に囲まれている。閉門時間は過ぎている。湖側も陸地側も、門は閉ざされていた。
「夜明け待ちか」
「そんな暇はない。行くぞ」
二人組の男の一人が、右のブーツに箱型の装置を取り付ける。
跳躍回路。
箱の中に仕込まれたロッドを強力なバネで打ち出し、使用者を空中に突き上げる装置だ。相応のバランス感覚がなければ、跳躍どころか地上で転倒して大怪我をしてしまう代物だが、男は当たり前のように空高く跳ね上がり、城壁の上に着地した。
「急げ」
そう告げた男は城壁の上で跳躍回路を外し、もう一人の男に投げ下ろす。そしてさっさと城壁の向こうに姿を消した。
もう一人の男も「あんにゃろう」と言いながら跳躍回路を使い城壁を乗り越える。二人とも尋常ならぬ身体能力の持ち主であった。
「勝手に行くんじゃねぇよ」
「こっちだ」
苦情を言う男と苦情を受け付けない男は、そのまま夜の街を行く。
そして、目的地に到着した。
マティアル勅許会社リッシュ支店。
営業時間外。
「やっぱこの時間じゃ誰もいねぇよ」
苦情を言った男は嘆息する。
苦情を聞かない男はリッシュ支店の門の前に腰を下ろす。
「宿でも探そうぜ」
「面倒だ」
「はいはい」
苦情を言った男は肩をすくめ、リッシュ支店の塀に寄りかかる。
雨が降り出す。
「ああくそ、どうしようもねぇな」
愚痴を言いつつ、しかしその場を動くことなく時を待つ。やがて、一台の馬車が近づいてきた。
「ロト」
苦情を言った男は、苦情を聞かない男の名を呼んだ。
「ああ」
苦情を聞かない男も馬車に目を向けた。
二人の目の前に馬車がとまり、一人の男が姿を見せた。それと、浅黒い肌をした紫の眼の女剣士。
勅許会社のバラドと、勇者パーティーの魔剣士イズマ。
二人の男の姿を順に見たバラドは、感慨深げに口元を緩めた。
「よく来たな。ロキ、ロト。乗ってくれ。今はこっちは開店休業だ。偉大なる栄光城にほとんどの機能をうつしてる」
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ロキとロトの兄弟は王の耳ミスラーの養子だ。
実子はおらず、養子が五人いると聞いたことがある。全員を把握している訳じゃないが、ロキとロトはミスラーの直属の部下として働いていたから面識はあった。
「二人だけか?」
「妹と弟は、家中の者と一緒に他国に逃がしました。俺たちは囮として追手をかき回してからここに」
馬車の中。渡した布で髪や顔をぬぐい、ロキは応じた。
「親父の仇を討つために。死んでりゃの話ですが」
「死んだよ。敵に魔獣に変えられて、俺が殺した」
「オマエが、殺した?」
ロトの目に物騒な色が浮いた。
「よせ」
刃物でも出しそうな雰囲気を見せたロトを、ロキが制止する。
「察しくらいつくだろうが。恐怖の蛇竜、ですか?」
「……ああ」
「……ありがとう、ございました」
ロキは声を震わせた。
「礼なんか言わないでいい」
刃物でも出されるほうがまだ気楽だ。
重苦しい沈黙の後、ロトが言った。
「いつ俺たちに気づいた?」
空気を読んで話題を変えたのか、全く空気が読めないのかはわからないが、沈黙よりはだいぶマシだ。
「お前たちが城壁を超えた時だ。リッシュの防衛網を甘く見積もり過ぎだ。あの時点できっちり監視網に捉えて映像を記録してた。ただ、ラクシャ家の誰かが来るってのはわかってたんでな。荒事になる前に俺に照会が来た。で、お前らだって気づいて迎えに来た」
ラクシャ家の密偵ともあろうものがあっさり防衛網に捕捉されていた。と言うのはいささか屈辱的だったようだ。ロキ、ロトの兄弟は複雑な表情で黙り込んだ。
「力を貸してくれるんだな?」
「はい」
ロキは首肯する。
「一族全員とは行きませんが、俺とロトを部下に加えてください。親父の仇を討たなきゃいけない。親父の遺志を果たさなきゃいけない」
「わかった。頼りにさせてもらう。だが、身体検査はさせてくれ。ミスラーは俺にお前たちを頼むと言った。あいつがそう言った以上、人としちゃ問題はないはずだが、敵は人の体を直接いじれるらしい。その辺のところは確認しないわけにはいかない」
「構いません。お前もいいな」
ロキはロトに問う。ロトは無愛想な顔のまま返事をしなかったが、検査自体は素直にうけてくれた。ボーゼンと一緒に検査に立ちあったマティアルの見解は「いい人だと思います」だった。
マティアルのいい人の定義がどうもよくわからないが、戦力としてカウントして支障なさそうだ。
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身体検査を終えたロキ、ロトの兄弟をアスール王子に引き合わせた後、俺は二人を偉大なる栄光城に設置した作戦室へ案内し、現状を説明した。
「ヴェルクトの救出計画の詰めをやってるんだが、あまりうまくない状況だ。はアスール王子の家中に紛れ込んで国葬に潜り込むつもりだったんだが、国葬の前に恐怖の蛇竜と戦う羽目になった。俺めがけて動いてる恐怖の蛇竜がマングラールに向かい、俺とマングラール軍の合同で迎撃した。この流れでアスール王子の家中に紛れ込んでも偽装にも何にもならない。そもそもアスール王子が国葬に参加すること自体が危険な状況になってきてる。強襲策も含めて色々検討しちゃいるが、コレだって案がどうもなくてな」
「国葬に紛れ込めればいいのか?」
ロトが言った。
「ああ、大霊廟に紛れ込めればこの四箇所の魔導回路を破壊して転移よけを解除、こいつでヴェルクトの身柄を引き寄せる」
テーブルに乗せた大霊廟の地図の四箇所と腰につけていたリブラ・レキシマを順に示す。
「あとはボーゼンの転移で離脱って流れだったんだが」
「ロキ」
ロトがロキに言った。
「兄貴だ」
「兄貴? ああ、兄貴がいるじゃねぇか!」
ロキが手を叩く。
「策があるのか?」
「俺たちの兄がある公爵家に執事として潜り込んでいます。アレイスタ王家にはまず疑われない立場のバカの家で、国葬にも出席するはずです。そいつを利用すれば、国葬に手勢を送り込めるはずです」
「その、疑われないバカっていうのはどこの、どんなバカなんだ?」
なんとなく見当がつかなくもないが。
「ターミカシュ公爵です」
「やっぱりそのバカか」
今度ばかりは悪い笑いが出た。
ターミカシュ公爵。
ダーレス王と癒着し、国と民を食い物にしていた佞臣。ミスラーは最後まで、その悪政と民草の苦しみを気にかけていた。
確かにあの家中に潜り込めれば、隠れ蓑には絶好だ。平民相手とは言え、馬車で人を跳ね飛ばしても咎めどころか取り調べも受けないような権勢家。国葬の会場に入り込むのも容易だろう。
こっちの都合に巻き込んで迷惑をかけても、良心が痛まないというところもいい。
「兄貴とは連絡が取れるのか?」
「いつでも可能です」
「よし」
行けそうだ。
問題は、誰を送り込むかだ。さすがにそう多くの人数は送り込めまい、一人、二人がいいところだろう。
まずは俺が行くつもりだが、俺はすでにマークされているだろう。
もう一つ、保険をかけておきたい。




