商人はトリガーを引く。
(やらせはしません)
文字通りに大地に根を張り、巨大な『砲』を構える異空鎧の上空より自由落下しながら、『最初の魔導騎士』ゴルゾフは大小二対、四つの手の間に魔力を集中し、握り拳ほどの光球を生み出した。
太陽片。
光と熱の最上位魔法。着弾地点に超高熱の熱殻を生成、着弾点周辺を焼き尽くす。鉄はおろか石造りの城塞すら溶解、蒸発させる威力を誇る。とはいえあまり規模を大きくするとゴルゾフ自身の身も危うくなる。標的である異空鎧だけをのみ込む程度に熱殻の規模を調整する。
ジルがミスラーを変質させた時、恐怖の蛇竜の能力や性質に関心を抱いたゴルゾフは、恐怖の蛇竜にいくつかの『眼』を埋め込み、その動向や周辺状況を観察していた。
マティアルの神憑りと思われるものの接近も把握し、すでにメイシンとジルへと伝えているが、今の所ジルは静観する方向のようだ。恐怖の蛇竜で踏み潰せればそれでよし、仕損じて『真の勇者』が現れても、それはそれでよし。魔王だけで呪いを振りまくよりは、魔王が勇者と対決する構図の方が、呪いと祈りのせめぎ合いが激しくなり、より強い熱を得ることができると考えているようだ。
だが、ゴルゾフはそれでは困る。ゴルゾフが望むものは恒久平和、永遠の生命と、永遠の探求だ。ダーレス王のアレイスタ王国よりも、魔王メイシンの魔王国の方が安定した環境で学究活動に没頭できる。齢百を数え、限界が見えてきた自身の寿命にも、延命の路が拓ける可能性が出てくる。ゴルゾフはそう考え、メイシンとジルに与すると決めたのだ。
これ以上の戦乱や混乱は必要ない。
戦乱の種は、速やかに刈り取らなければならない。
そう考えていたところに『眼』が異様な魔力の発生を捉えた。
魔力量、収束率、ともに常軌を逸した水準。恐怖の蛇竜とてただでは済まぬ、そう判断せざるを得ないものだった。
静観するべきではない。
勅許会社の総帥バラド、そしてマングラール公アスールは、メイシン魔王の魔王国にとって、最初で最大の敵となる存在だ。
最初の一撃で確実に抹殺し、再起不能に追い込まねばならない。ゴルゾフは即座に現地に乗り込む決断を下した。
だが敵も妨害を警戒し、ドルフ山一帯に転移よけの処置を施していた。それ故に、転移よけの影響を受けない超高空に転移し、降下攻撃を仕掛けることになった。ゴルゾフは重力魔法にも造詣が深い、転落死をする懸念はなかった。
(消え去りなさい。勅許会社のバラド)
眼下の異空鎧めがけ、太陽片を投射。
だが、太陽片が軌道に乗るわずかに前、地上に佇む魔剣士イズマと目があった。
その刹那。
意思を帯びた旋風がゴルゾフをのみ込み、その全身を切り裂いた。
(これは)
風に巻かれたゴルゾフの体は無秩序に回転し、投射寸前の太陽片も標的とは逆方向、本物の太陽めがけて飛んでゆき、炸裂した。
(いけません!)
全身から血を吹き出しながらも重力魔法を発動、落下速度を殺したゴルゾフは、かろうじてドルフ山の中腹に軟着陸をした。それを追う形で『聖騎士』エンダイムが着陸する。自称参謀デギスこと魔剣士イズマに敗北した王都衛士隊副隊長エンダイム弟を素体とした『聖騎士』である。
治癒魔法の類は扱えないゴルゾフだが、体内に組み込んだ魔導回路を励起、自然治癒力を強化することで傷を塞ぐ。傷の数は多いが、ゴルゾフは魔導回路による肉体改造で魔法への抵抗力を増強している。そう深い傷はなかった。
(風獣ですか。なるほど)
レストン族が魔族と呼ばれる前、蛮族と呼ばれていた頃に盟約を結んでいた風の霊獣の仕業だろう。風そのものが命を持ったものであり、定まった姿や気配を持たない。魔王ガレスの死によってレストン族に戻った魔剣士イズマが再度盟約を結びなおし、空への備えとしていたのだろう。
(やってくれましたね)
怪我は大したことはないが、妨害のタイミングは完全に外された。
もはや、あれは止められまい。
○
○
○
○
○
「山の中腹に落ちたようだ。あとの始末は彼らに任せよう」
聖魔土の足元からイズマはいった。
「ありがとう。助かった」
ゴルゾフの魔法をまともに食らっていたら、ひとたまりもなかったはずだ。防御機能もないわけじゃないが、龍脈砲と併用できるものじゃない。
「続けよう。これ以上、あの男を苦しめちゃいけない」
「ああ」
龍脈砲の照準をつけ直し、告げた。
「待たせたな、兄弟」
恐怖の蛇竜を、友の顔を見据えて、トリガーに指をかける。
「この国の、この世界のバカ騒ぎも、もうすぐケリがつくはずだ。あいつと俺と、俺の会社と、アスール殿下と、魔王討伐隊と、マティアル教とで終わらせる。だから、もう、休んでくれ」
今更ここで何か言っても、あの男に届くわけじゃない。
わかっていても、喋らずにいられなかった。
トリガーに力を込める。
手が震えた。
「真面目に働きすぎなんだ。おまえは」
トリガーを引ききる。
幸か不幸か、多少の震えは『砲』そのものが補正してくれる。照準にずれは生じなかった。
【龍脈砲、発射】
『砲』全体が陽光に似た黄金の光を放ち、『砲』の先端から青白い光の柱が解き放たれる。
限りなく光に近い速さで飛ぶという、京だの垓だの以上の数の、発光する粒子の群。
衝撃が聖魔土を貫く。反動で安定を失いそうになる機体を大地に繋がった根と枝葉が支え、叫ぶようなきしみをあげた。
青い閃光がドルフ山を、その裾野に広がる平原を青白く照らし出す。光の柱が大気を貫き、標的恐怖の蛇竜をとらえる。
光速近くに加速され、無限に近い打撃力を帯びた粒子の群れは、生物には認識できない速度で標的を撃ち抜き、引き裂き、消し去っていく。
跡形もなく。
巨大な槍で穿ったような傷跡だけを大地に残して。
魔導回路の音声が告げた。
【標的消滅】
○
○
○
○
○
「ばかな……」
地上に穿たれた巨大な穴、白煙をあげる巨人兵器の姿とを見比べて、ゴルゾフは戦慄の声をあげた。
恐怖の蛇竜を仕留めたばかりか、一撃のもとに消滅せしめた。そんな力が存在していいはずがない。
ゴルゾフはそんな力は持っていない。
自分以外のところにそんな力があっていいはずがない。魔王でもなく勇者でもない、ただの商人の手にあっていい力ではない。
危険だ。
勅許会社のバラド。
あの男は危険だ。
この世界に、存在してはならない男だ。
(殺さなければ)
そうしなければ、あの男は世界を変えてしまう。
ゴルゾフが支配する世界を、根底から覆してしまう。
殺せるはずだ。
今なら殺せるはずだ。
恐怖の蛇竜を消し去った兵器も、今は機能を停止している。側にいる魔剣士イズマさえ排除できれば、商人にすぎぬバラドなど『最初の魔導騎士』ゴルゾフの敵ではない。
「ゆきますよ。エンダイム」
ゴルゾフは足を踏み出す。
その瞬間、眼前の空間が歪んだ。
転移魔法。
緊急時の移動手段として転移よけの結界の中にいくつかの隙間を作っていたようだ。
二人の男が現れる。
とんがり帽子の老賢者ボーゼン。
真新しい赤い鎧を身に纏い、長剣を携えた美丈夫アスール。
今は、かまっている場合ではない。
「道をあげていただけますかな」
右手を突き出し、爆裂の魔法を放とうとする。視界内の任意の地点に爆発を起こす魔法だが、封じ込められた。
指定した空間に陽炎のような揺らぎが生じ、注ぎ込んだ魔力がかき消えた。
何らかの手段で魔力の流れに干渉されたようだ。ボーゼンの仕業かと疑ったが、違う。アスール王子が身にまとった鎧に特殊な魔導回路が組まれているらしい。
「通しはせん」
妖人に右手を向け、アスール王子は告げる。
「貴様は、余の耳となるべき男を奪った。余の国の宝となるべき者達の生命を弄んだ。マングラール公アスールの名において、今裁く」




