破壊魔道士
戦争が特権ではなくなった。
それは、いつからであったか。
少なくとも二百年前は違った。おのれの膂力で、弓を引きしぼり、槍を突き、剣をふるっていた。
だが今はどうだ。
下等な農奴までが、魔導銃をたずさえ、戦列を組み、歴戦の勇者を打ち倒す。
戦争は変わった。
真の勇者は戦場で死んだ。
──古臭い破壊魔道士。
それは、ランバル上級魔道士そのものであった。
伝統の魔術式を金糸で刺繍したローブを着込み、フードで顔を深く包み込む。惑星上位種である竜を狩る、対竜部隊にも六度参加していた。破壊魔道士の爆圧魔法は、あらゆる戦いに重宝されてきたのだ、かつては。ネクロマンサーの死の波をせきとめたのは破壊魔導士であるし、国喰いの竜の群れを地に叩き落としたのも破壊魔導士だ。
国家の盾にして槍。
魔導の知恵あるものたち。
だが時代は変化しつづける。
盾が戦場からその意味をなくした。
槍は新概念の銃へと吸収された。
破壊魔導士は……破壊魔導士のままだった。
戦場へ降り注いだ矢は、鋼鉄の炸裂砲弾へ。
槍の押し合いは、銃火の応酬へ。
破壊魔導士の爆圧魔法は、破壊魔導士の爆圧魔法のまま。
求められることも変わらなかった。
敵を粉砕せよ。
破壊魔導という古種は、魔導銃を配備する新種・魔導銃兵の猛火にさらされていた。
ランバルには、新参者のためにみずから未来の糧になってやるつもりはなかった。
だが、それは美しかった。
新しい戦場を支配する連中。
魔導銃兵の戦列。
平原に美しい陣が敷き詰められていた。
白に統一された軍服。
そろえられた足並み。
行進のメロディ。
農奴、農民、志願兵の死んだ瞳。
肩には大きな魔導銃がかつがれていた。
陣は一つの生き物のように整然と進む。
横に長く、縦にはそれなり。
槍の時代から続く一般的な横陣。
戦場の『主役』だ。
一方で、破壊魔導士はどうか?
決戦兵力たる騎兵のように、後方で戦機をうかがっているわけではない。
砲兵隊のように戦場をたがやし環境を整えているわけでもない。
破壊魔導士たちは、『安価な簡易砲兵』として戦列から突出、『散兵線』を狙撃手らとともに分散して投入されていた。
敵の戦列に、爆圧魔法で打撃を与えることが求められていた。だがしかしその前に、破壊魔導士がもっとも苦手とする少数での遭遇戦に、『必ず』巻き込まれてきた。爆圧魔法は、数をそろえた破壊魔導士が一斉射するからこそ、一撃で戦列を裂くだけの破壊力を発揮できるのだ。
これは悲劇だった。
世の多くの指揮官は破壊魔導士の性質をよく知らず、魔導銃兵と同一視していたのだ。破壊魔導士と魔導銃兵は、根本から違った。破壊魔導士の爆圧魔法とは、言ってしまえば衝撃波の圧力だけでなぎ倒す魔法だ。それだけでは、殺傷を期待できる、ただの音波魔法のなりそこないだ。しかし地面をはじけさせ、高速飛翔するツブテを発生させられれば、榴弾にも相応する破壊力をもつ。対して魔導銃は、熱線術式を照射できる一式を小型化して一つにまとめたものだ。魔導銃は射程の限り貫くことを性質とするのに対して、爆圧魔法は範囲攻撃。破壊魔導士は魔導銃兵に切り込まれると、爆圧魔法を無力化されてしまう。であるが、破壊魔導士は有視界でなければ、爆圧魔法の座標固定ができない。接近戦が苦手の直近支援兵科。
弓と槍の時代であればよかった。
だが魔導銃の、膨大な数の斉射は、一撃で破壊魔導士の隊を再起不能と粉砕するのだ。
防御困難の熱線。
あらゆる無能を兵士に仕立てる銃。
門数の多勢。
全てが不利。
──だが、である。
それでもなお、破壊魔導士たちは立った。戦列歩兵群を前としたのだ。
近接戦に限定されるとはいえ、歩兵と同じ機動性をもてる、砲兵並みの火力というのは、魅力なのだ。
ランバル上級破壊魔導士は、彼の隊は、戦場の変化の中で、多くの同胞たちの屍的前例を踏み越え生き残った。
障害物構築。
土嚢積み。
偽装処理。
煌びやかな伝統のローブに泥をなすりつけながら、しかしそうして適応してきたのだ。
それは、『けっして正面から戦わない』という結論だった。
「深呼吸だ。落ち着け、お前たち」
魔導銃兵の戦列がゆく。
が、しかし……その足先は、破壊魔導士の部隊へはむいていなかった。敵はまだ、破壊魔導士に気づいていないのだ。斥候と索敵の軽騎兵をやりすごす術は、長い経験から破壊魔導士たちも学んでいた。
ランバルは生き残ることに関しては勉強家だ。
戦いの『機』というものを、命を担保とした学校で学んだのである。
無謀は無駄。
戦列魔導銃兵を相手に、アホみたいに正面から魔法を術しあうことは無能の極地であるということを、ランバルは知っていた。
ランバルと、そしてランバル率いる破壊魔導士は、魔導銃兵ではない。
破壊魔導士だ。
これは大切なことだ。
「静かに。静かにな。獲物のウサギを前にしたライオンのように息を殺せ」
「……」
小声。
無言。
破壊魔導士の部下たちは一言ももらさなかった。
沈黙の肯定。
──ザッ!
──ザッ!
──ザッ!
戦列魔導銃兵の威圧的な足音が轟く。
重宝されただけの兵ごときであれば、それだけで心を踏み潰す、そんな破壊的な足音だ。もっとも聞き慣れた、しかし恐怖。耳の良いものであれば、その足音が強大な軍隊であることがすぐにわかったはずだ。農奴などの劣等兵とは比較にもならない。行進のリズムの正確さから、『慣れ』を感じさせた。
高い練度だ。
それはいっちょういちゆうで身に付けられるものではない。
──高級目標である。
素晴らしい。
ランバルは 、幾つかの戦列を意図的に見逃した。しかしこの高級目標まで見逃してやるつもりはなかった。
破壊魔導士は、戦場で何を求められているであろう?
戦場を一石で逆転する一撃か。
間違いだ。
そもそも破壊魔導士の爆圧魔法に、そんな超火力などありはしないのだ。では爆圧魔法は、何になら使えるのだろうか。爆圧魔法は、派手だ。同等の術力兵器と比べたとき、爆圧魔法は数倍、ときにあ数十倍にまで強力なものであるという、誤った印象となりがちだ。それは、より音が大きく、より炎が赤く、何よりも派手であったからだ。
心理というものは鍛えずらい。熱くない炎とわかっていても、目の前で炎が噴き出せば、それは熱く危険なものであるとして逃げてしまうのだ。つまるところ爆圧魔法は──ハッタリ要素が強い。
言葉悪くすれば、それは『奇術』だ。
大切なのは場所と好機を間違えないこと。
そしてそれは、『今』だ。
「今」
それは小さな一声。
だがランバルの一声によって、進軍途中の戦列の横腹から吹き飛ぶ。
爆圧魔法によって、人も、馬も、宙に舞った。
敵は大混乱だ。
しかしランバルと破壊魔導士はさらなる戦果を求めず、喧騒を背に、全速で後退していく。
破壊魔導士に残された、数少ない戦い方であった。
それでも戦場に残り続けるのだ。
それでも戦い続けることを選ぶ。