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第二話




 二階は思ったより狭く、そして崩れた屋根の隙間から漏れる光で明るかった。

 一つ目の部屋を躊躇いながらも開けるが、中には誰もいない。

 相変わらず散乱した服や本だ。


「くっそ、どこだよ」

 廊下を挟んで向かいの部屋を開けているタカフミも「ここにもいないよ」と声を上げる。


「リョウ、いるなら声だせ!!」

 反応はない。

 タカフミとすべての部屋を開けて回るが、やはり誰もいない。


「ケイタ君、こっち!! ここにも部屋っぽいのがある」


 言われなければ見落としてしまいそうな場所にソレはあった。

 突き当りの部屋の奥から伸びる梯子。

 そうだ、そう言えば外から見た時に変な場所に窓がついていた――。


「多分、これ、屋根裏部屋」

 梯子にはスニーカーの新しそうな靴跡がついている。


「マジかよ……」


 行きたくない。本能レベルで警鐘がなっている。

 梯子に近づいて触れると、ネバネバとした何かがついている。


「うわきったね」

「なんだろうこれ、リョウ君きっとこの上だよね……」

「あいつこの上行ったのかよ、正気じゃねえな」


 半笑いで同意を求めると、タカフミも力なく笑った。


「あーもう……俺見てくるわ」

「僕も行くよ」


 通報する準備だけしててな、と言って先にはしごを登る。

 ギシ、ギシ。

 靴裏にも粘着質な物体が着く感覚を覚える。

 蜘蛛の巣が何度も頭に掛かる。


「帰ったらスニーカー絶対弁償させてやる」

「あはは……」


 屋根裏はおもったよりも広かった。

 積み重なるホコリの層の上を点々とリョウのものと見られる足跡が中央へ続いていた。


 かがまないと頭がついてしまう程天井は低かったが、それでも部屋と呼べるぐらいの広さはあった。

 

 正面には小さな窓、窓から入る光が四つん這いになっているリョウの背中を照らしていた。

 蜘蛛の巣が辺り一面に張り巡らされている。


「おい、リョウ何してんだよ」


 非難の声を上げるが反応がない。震えている?

 カチカチと歯を鳴らすような音がする。


 カチカチカチ。


 何かがおかしい、床を這うリョウの影が長い。

 それに、なんだこの臭いは。

 腐ったような、酸っぱいような、鼻につく臭い。


 影がぞろぞろと動いている。

 影が長い? いや、長いのは影じゃない。


 長いのは、手、足……?


 背中に氷を突っ込まれたかのように寒気が走る。


「おわっ、リョウ君大丈夫?」

 黙って立ちすくむ俺の後ろからタカフミが顔を覗かせる。


「リョウ君?」

 リョウの元へ行こうとするタカフミを止めようとするが、間に合わない。


「おい、まて、」

 俺の声と同時にタカフミの絶叫が響き渡る。


「ぎぃやああああああああああ」


 リョウ、だと思っていたものが俺達に体を向き合わせる。


 カチ、カチカチカチカチカチ。


 四つん這いの体は干からびていて細い、申し訳程度にぼろ布をまとっている。

 そこから更に細い手足が伸びている。

 蜘蛛のよう、だ。と思った。


 体が動く度に粘液のようなものが床にこびりつく。

 糸を引いている。

 ベタベタした館の正体は、コイツの巣。


「うおおえええええええ」


 タカフミが思い切り嘔吐する。続けて俺も吐き気がこみ上げてくる。


 カチカチカチ。


 所々禿げ上がった頭からは白髪交じりの長い黒髪が揺れている。

 辛うじて女なのが分かる。それに荒れ果てた肌。

 目はくぼんでいて、真っ黒なのに、黄色の瞳に縦の瞳孔がやけにギョロギョロとせわしない。


 カチ、カチ。


 口が開く。歯のない口、いや、所々掛けていたりしているが人間の歯が数本覗いていて、それがカチカチとなるのだ。


 体が動かなかった。

 蜘蛛女の足元にはリョウが転がっていて、その周りを更に小さな蜘蛛が二匹、リョウに向かって口を開けていた。

 歯が光るのが見えた。


 カチカチカチ。


「ああああああああああああ」

 二度目のタカフミの絶叫で我に返った。


「リョウに近づくんじゃねええええええ」


 渾身の力を振り絞って蜘蛛女に向かって懐中電灯をぶつける。灯りが消えた。

 蜘蛛女がひるみ、小さな蜘蛛が下がった瞬間にダッシュでリョウを引きずって、梯子下に強引に落とす。


「タカフミ手を貸せ!!」


 そのまま続いて飛び降りると、タカフミが付いてきてるのを確認し、手を借りる。

 リョウの体を二人で抱えながらひたすら廃屋の出口目指して走った。


 カチ、カチカチカチ。


 あちこちむき出しになった木材に体をぶつけて擦れるが、気にしない。

 何度も躓きながらも転ばなかったのは奇跡だ。


「早く、早く、早く」


 どちらともなく叫んでいた。

 後ろからはカチカチという音が響いていたが、廃屋を出るとその音は消えた。


「何だよあれ!!なんなんだよ!!」

「知らないよ!!化け物だ……どうしよう……」


 通報、なんて単語は頭からすっぱ抜けていた。

 ここで立ち止まっていたらまたあいつらが来る気がして、宛もなく走り続ける。


「ど、どうし、よう、リョウ君、起きない、よ」


 息を切らしながらタカフミが言う。

 リョウは真っ白な顔のまま起きない。


「寺、この辺に寺あったよな!?」


 ここに来る前に、冗談交じりで、呪われたらここに逃げ込もうぜーと地図を拡大しながらリョウが適当に言っていた言葉を思い出す。


「――!!あったと思う」


 タカフミが場所を覚えていたらしく、その場所を目指してリョウを引きずるように走った。





 たどり着いた光が漏れる寺の本堂を力任せに叩いた。


「助けてくれ!!開けてくれ!!」

 俺達の叫び声に気づいたのか、ろうそくの灯る本堂ではなく社務所から人が出てきて俺達を叱りつけた。


「何をしてるんだこんな時間に、お前たち肝試しなら――」

 俺達を見た瞬間に作務衣を着た寺の者らしき人の表情が凍る。


「何処へ行って、何をして来た」


 弾丸のようにタカフミが今まであったことを喋りまくる。

 所々補足をしながら、隣で俺はリョウの顔を何度も叩く。


「分かった。本堂を開ける。ついてきなさい」


 そのまま付いていくと本堂の中には立派な祭壇の元、観音像が鎮座していた。

 ロウソクが何本も灯っている。外から見えた光はこれだ。


「今から明け方までここから出てはいけない。私も祈るが、君たちも観音様に助けを求めなさい」


「恐らく追いかけてくるだろう」


 それだけ言うと、本堂の扉を閉めて、出ていった。

 追いかけてくる? アレが?


 寒気と震えが止まらない。

 リョウを床に寝かせてその左右で俺達は怯えきっていた。

 ひたすら手を合わせて観音像に祈った。


 体感にして何時間もたった気がした。


 カチ、カチ、カチカチ。


 あの音が、迫ってきている。


 タカフミを見ると目を見開いて停止している。


 カチカチカチ。



 俺はひたすら祈った。死んだ親族を思い浮かべたり、目の前の観音像に謝ったりしながら、誰でもいいから助けてくれと祈った。



 カチカチカチカチ。




 音がどんどん近づいてくる。

 思わずリョウを離して後ずさる。


 カチ、カチ。


 バンバンバンバンバン。


 本堂の扉を叩く音が聞こえる。

 あいつが、きた。


 バンバンバン、グチュ、グチャ、バン、バン。


「りな、たり、い、たりな、い」


 しわがれた、誰の声?――あいつの声だ。

 何を言っているのか、上手く聞き取れない。

 シン、とあたりが静まり返る。


「ヒイッ」


 タカフミが耐えきれずに、扉に向かって走り出した。


「おい、やめろ、あけるな――!!」


 タカフミをつかもうと伸ばした腕が宙を切る。

 扉が開いたのと同時に、小さな影が二つ、タカフミを押し倒す。


「――え?」


 スローモーションのように倒れるタカフミのポカンとした表情がやけにクッキリと見えた。


「が、ああああああああああああああああ」


 続けて、絶叫。

 影がタカフミのお腹あたりに顔らしき部分を埋めている。


「やめて、たべないでやめてやめてあああああ」


 不快な音が耳を支配する。

 悲鳴と、飛び散る液体と。


 ――食っている。

 化け物がタカフミを食っている。


 一匹が足元のリョウにも飛びかかる。

 何か聞こえた気がしたが、全てが真っ白だった。


 カチ、カチカチカチ。


 俺は飛び出していた。

 アイツが来る前に逃げないと。早く早く早く、早く!!


 境内の下に飛び込んだ。

 月明かりから逃げるように体を這いつくばらせる。



 四つん這いになったその様子は俺が蜘蛛のようだった。




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