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大空への夢を、異世界でもう一度!  作者: ふみ狐
二章 ~追いかけ続けていた翼~
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五三話 ~追いかけ続けていた翼 中編~

後編は来週くらいになると思います。

バイクたーのしー


 俺たちが民間空港にお引越しをして二日ほど経った昼下がりの事。

「ハァ!? レーダーにアンノウン!?」

 埃っぽく、すえた匂いのする小部屋。ここはあのオンボロハンガーの片隅に設えられた名ばかりのブリーフィングルーム。

 そこに響き渡ったのは、男性用とは違ってえらく体のラインが強調され、それでいてなぜか少しばかり露出度の高い女性用飛行服に身を包んだシャルロットさんの素っ頓狂な声だった。


「そうなんだよ。ついさっきこの空港の最高責任者から俺たちに依頼があった。民間機の航空管制用レーダーに、まったくデータベースに情報がないアンノウンが突如現れた。さしあたっては現場から一番近いスパロウスコードロンに確認をお願いしたい。とね」

「ん、一つ質問イイですか?」

「どうぞリョースケ」


 シャルロットさんの隣で、同じく飛行服に身を包んだ俺。

 リュートさんの言葉に違和感を覚え、学校でもないのに挙手をして質問する。


「レーダーって言いましたよね? この世界にはレーダーなんてないって聞いてた覚えがあるんですけど……。だから基本的にドッグファイトしか発生しないし、実際俺も今までBVR戦闘を経験したことがありません」

「あ、そうか。まだその話はしていなかったね。リョースケ。この世界、ブルーストラトスフィアでは既にアクティブステルスが確立されているっていう話はもうしたよね?」

「はい、一番最初に聞いた覚えがありますし、ゲームでもそうでした」


 この世界、ブルーストラトスフィアは、俺が数年前からドハマりしていたオンラインフライトシュミレーションゲーム『ブルーストラトスフィア』と全く同じ『異世界』だ。

 というか、このブルーストラトスフィアという世界のモノホン戦闘機シュミレーターが、俺の世界でのオンラインフライトシュミレーションゲーム『ブルーストラトスフィア』だった。

 と言い換える事もできるんだけど。


 リュートさんは近くにあったオンボロパイプ椅子を引っ張ってきて、座面に溜まっていたほこりを払い落してから腰かける。

 ギシリという経年劣化した椅子特有の悲鳴を上げながらもリュートさんの体重を受けきったパイプ椅子だけど、今にも壊れそうなほどのゆがみを見せている。


 俺とシャルロットさんは、それを見て椅子に腰かけるのを思いとどまる。立ったままリュートさんの話の続きを待つことにした。


「そもそもステルスという技術には、大きく分けて二つの柱がある。アクティブステルスとパッシブステルスだ。これくらいは、戦闘機大好き人間のリョースケには聞くまでも無いかな?」


「はい。アクティブは能動的、パッシブは受動的。そのままの意味ですよね」

「そう、その通り。でもきっとシャルロットは……」


 リュートさんが半目になりながら、俺の隣でポカンとしていた彼女に苦笑を投げかける。

 彼のその視線に気付き、青髪の美少女は顔を真っ赤にして食って掛かった。


「な、なんだその目線は! 私だって聞いたことくらいある!!」


 そんな彼女のウブウブしい反応に、リュートさんはカンラカンラと一通り笑ったのちに、


「ごめんごめん! この世界では、パッシブステルスなんていうのはとうの昔に枯れた技術だ。シャルロットが知らないのも無理はないよ」


 そう手のひらをヒラヒラしつつそう口にした。

 

 からかわれていたのだと気づいたシャルロットさんは、さらに顔を真っ赤にして言葉にならない反撃の言葉を連ねるけれど、それを見事にスルーしてリュートさんは続ける。


「話を戻そう。シャル、この世界のステルス技術はどういう方法でレーダーを殺しているかはわかるだろう?」

「……相手方のレーダー波を打ち消すような波長の電波をこちらから射出して、レーダーから消える。だな」

 スルーされたりからかわれたり、一通りもてあそばれた彼女はジトリとリュートさんを睨みつけたけど、やがて一つ大きなため息を吐き出して彼の問いに答えた。

 そしてその彼女の答えに満足したかのように彼は頷き、続ける。


「そう、これがアクティブステルス。自分から存在を『消す』ことができる技術だ。でもリョースケのいる世界では……」


 今度は視線をこちらに向け、軽くうなずいて見せるリュートさん。

 続きを言ってみろという事だろう。


「敵が放ったレーダー波を『反射しないようにして』存在を消すのが主流でした。機体形状を工夫したり、電波を吸収しやすい塗料を使ったり……」


 これが『パッシブステルス』。つまり受動的なステルスという事だ。

 俺の世界ではまだアクティブステルスなんて実用化されていなかったし。



「俺もリョースケの世界を直接見てきたわけじゃないから詳しくはわからないんだけど、資料を見るとそっちの世界の戦闘機は新しくなるにつれどれもみんな同じような形になっていっていたよね」


 ……資料、なるほど。だいぶ前からリュートさんが俺の世界の情報を結構知っているなぁと思っていたけど、そういうことか。

 こちらと向こうをつなぐ技術が何らかの形で存在するのだから、情報を仕入れることもできなくはないのだろう。

 となると無性に気になりはじめる家族のことだけど、いや、正直どうでもいいな。

 この世界から戻るつもりも無いし、今はそんなことよりレーダーに現れたというアンノウンの事が先決だ。


「それで話を戻すけど、リョースケ。民間機にステルスは必要かい? この世界の軍用機は、アクティブステルスで任意に消えることができる。だから基本的にレーダーは無意味。でも民間機は?」

「なるほど、軍用機の索敵はセンサーですもんね。確かこっちの方角になんとなくこれくらいの数がいるだろうなくらいしかわからないんですよね。だからBVR戦闘が発生しないっていう」

「そうそう。でも民間機ははっきりとその機体がどこを、どのように飛んでいるか把握できないと最悪空中衝突だ。だから民間航空の分野ではレーダーが無くなることはない。軍用機だって、戦闘時以外はレーダーに映るようにしてる」

「そうなんですか?」

「そうだよ。だってリョースケはまだ戦いの空しか飛んだことがないだろう? 普通のフェリー飛行とかだったらちゃんとレーダーに映るようにして飛んでるよ。どこの国の戦闘機もね。だから、レーダーが存在しないっていうのは誇張表現だったかな。戦闘に使用されるレーダーが存在しない、が正しい表現だ」


 言われてみればそうだった。

 この世界に来てから俺は、常に戦いの空を飛んできた。

 それはつまり、常にアクティブステルスを働かせて敵に見つかりにくくして飛んでいたということ。


 戦争中じゃなかったりしたら、きっとエイルアンジェもレーダーにくっきり映るようにして飛んでいるのだろう。

 ……いつか俺も、アクティブステルスをカットして悠々と空を飛ぶことができるのだろうか?


「そうなるように、努力しないとな……」

 誰にも聞こえないような小さな声で、決意を新たにする俺。

 それこそが、俺がこの世界に呼び出された理由でもある訳だし。


 そんなこんなで話に一区切りがつき、リュートさんは一つ柏手を打って続けた。


「じゃあそういう訳だから、民間用レーダーに突如出現したアンノウンの確認。スパロウスコードロンにお願いするよ。今からチョロッと飛んで見てきてくれ」

「了解しました」

「ったく、ガキの使いじゃねぇんだぞ?」


 シャルロットさんの言う通り、まるでお使いにでも行くような感覚。

 でもまぁ、レーダーに映ってる時点で敵の軍用機だということはまずありえない。


 この世界のデータベースに全く引っかからないっていうところが気がかりだけど、まぁもしなにかよからぬ飛行物体でもエイルアンジェの敵ではないだろう。



「あぁそれと、ドラゴンとかワイバーンとかの、魔法勢力の航空戦力じゃないことはもうわかってる。あいつらは全部レーダーに登録してあるからね。安心して行ってきてよ」


 あぁそうだった。リュートさんに言われるまで完全に失念していた。

 そういえばこの世界には魔法陣営なんてのもあるんだっけ? 

 今の今まで全く存在を忘れていた。だって今のところ魔法のマの字もみてないんだもん。無理ないよね。


「んなことわかってるよ。領空内にあの空飛ぶトカゲどもが現れたとなっちゃあ今頃全軍挙げてのお祭り騒ぎになってるだろうからな。じゃあ、行ってくる」

「ほいほい、頼んだよ。気を付けていってきてね」


 やる気なさそうに部屋を後にするシャルロットさん。

 俺もリュートさんに軽く頭を下げてから彼女の後に続く。


「なんだかめんどくさそうですね、シャルロットさん」

「そりゃあなぁ。だいたいのところ、レーダーが故障した民間機か、届け出を忘れた最新鋭の民間機か、まぁそんなところだろうし。ワタシらがいちいち出張る局面でも無い気がするんだよなぁ」

「でも、散歩だと思えばこれもまた一興じゃないですか?」

「ホントにお前は飛行機大好き人間だな……」


 図らずしも、さっきアクティブステルスの話をしてすぐに、レーダーを用いた飛行をすることになったと今になって気付いた俺。

 フレイアを送るときは護衛という名目で、戦闘態勢のまま飛行していたから厳密には遊覧飛行とは言えなかった。


 でも今回は、敵ではないという事は確実。

 気は抜けないけれど、それでもアクティブステルスを解除して飛ぶ初めての空という事になる。


 誰かの目を気にせず思いっきり空を飛ぶという事に、俺は内心興奮していた。


 でもそれと同時に、少しばかりの不安も感じている。

 この前のフレイアの件。レーダーはおろか、センサー類さえもスルーしてルーニエスの防空圏内奥深くまで易々と進入してきたメデュラド機。


 あれと今回のアンノウン、つながりはないのだろうか? それとも、単なる偶然?

 もしそうだとしたら、今回も一筋縄ではいかなくなる。


「でもま、レーダーに映ってる時点でそれはないってさっき自分でも言ったしな……」

「ん? どうしたリョースケ」


 思わず声に出てしまったらしい。

 そんな俺に、可愛らしく首をかしげながらシャルロットさんがそう尋ねてきた。


「いえ、なんでもありません。独り言ですよ」


 オンボロハンガーへと向かいながら、俺はそう答える。


「さぁ、ちゃっちゃと片づけましょう」

「だな。はーめんどくせ!」



 ブリーフィングルームはハンガーの建物の中にある。

 一分もしないうちに俺たちは格納庫へとたどり着き、一度立ち止まる。そしてお互い頷きあってまた足を進める。



「さ、今回こそ遊覧飛行になってくれればいいんだけどな」

 俺たちは、整備を終えて完全な状態となったそれぞれの愛機に掛けられたタラップを、勢いよく駆け上がった。

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