五二話 ~追いかけ続けていた翼 前編~
前の投稿からだいぶ時間が空いてしまいました。
リアルがドタバタ騒ぎで投稿できず、申し訳なかったです。
ルーニエスとメデュラドの国境から少しばかり距離がある、ここはレデンホルク国際空港。
位置的には、アーネストリア空軍基地から南西に約百キロほど移動したところだろうか?
国際空港の名の通り、この辺りじゃ一番大きな民間空港だ。
「さぁみんな! 今日からここが俺たちの家だよ! やったね!!」
偉く近未来的なデザインの旅客機が轟音をまき散らしながら絶え間なく空へと駆けあがっていくこの空港の片隅で、リュートさんが満面の笑みを浮かべながら両手を広げる。
俺たちアーネストリア空軍基地所属の人間はみな、彼の笑顔とは裏腹に今にも死にそうな表情を浮かべてただただ棒立ちすることしかできないでいた。
それもそのはず。
「なんですかこれ……。ただの廃墟じゃないですか……」
俺たちの目の前に広がっているのは、そこら中にクモの巣が張り、屋根には穴が開き、ガラスはひび割れた所謂廃墟としか言い表しようがない建物だったのだから。
いちおうハンガーだということはわかるけれども、お世辞にも機能しているとはいいがたい。そんな建物。
「さすがにこれは……」
隣で眉を顰めるのは、整備班長ケインさん。
彼に続くように、そのほかの職員たちの間からもブーブーと非難の声が上がり始める。
それはなぜか。
俺たちアーネストリア空軍基地の職員面々は、この廃墟でしかないハンガーでこれから先勤務しなければいけないのだ。
「まぁまぁ、君たちの言わんとしていることはよくわかる。こんな、ここいらで一番大きいとはいえ民間空港の片隅のゴミ屋敷みたいなハンガーでこれから勤務しなきゃいけないなんて、俺も嫌だ」
大げさに肩を落としながら、やれやれと頭を抱えるリュートさん。
だが数秒のうちにクワッと顔を上げたかと思うと、空気を切り裂くのではないかと思えるほどの鋭い声でこう言った。
「でもアーネストリア基地が壊滅しちゃったんだから仕方ないでしょ!?!??!?」
……そう、先日行われた海兵隊VS空軍の草野球対決。
その弊害で、アーネストリア空軍基地は事実上の壊滅状態に陥り、いまだ復旧のメドはこれっぽっちも経っていないのが現状なのだ。
でも、今は戦争の真っただ中。
オンボロとはいえ最前線基地が機能しないというのは国にとって死活問題にも等しい。
それ故に、アーネストリア空軍基地から一番近い航空施設であるこの民間空港にFOB、すなわち前線作戦基地を開設し、急場しのぎをしようということになったのである。
ちなみに、軍の上層部には
『以前から老朽化が進んでいたが、つい先日、トイレが詰まったことによる水道管の破裂。および料理中のガス管の破裂などによる致命的な破損が度重なって見受けられ、撤退を余儀なくされた』
という苦しいにも程がある報告を送ってあるそうだ。
そりゃ、草野球してたら基地つぶれましたなんて上層部に知れ渡ったら軍法会議ものだろうし。
でも草野球以前からILS進入着陸装置がブッ壊れてたりして、いい機会だったのかもしれないけど。
職員たちもそれはわかっているようで、ブーたれてはいるもののリュートさんを責めるような言葉は一つも飛んでいない。
なんとなくだけど、少しだけほっこりした気持ちになってしまうのは何故だろうか?
「ハイハイ! なっちゃったもんは仕方ない! さっさとこのハンガーを使えるようにするぞ! 荷物を自室に置いたら集合! 総員でもって清掃作業を行う!」
こういうときだけなぜか上官っぽいリュートさんの号令で、しぶしぶではあるけれども職員たちがもぞもぞと動き出す。
基地職員ほぼすべてと言っても、せいぜい百人程度。最前線基地にしてはずいぶんとまぁ少ない数だけれども、基地の規模を考えれば妥当な数と言ったところだろうか?
今回はその数の少なさが幸いして、急遽ではあるお引越しが可能になった訳だし。
……彼らが向かったのは、空港に隣接されているホテル。
ここを臨時基地として使用する間は、軍がホテルを貸切ることになったのだ。
まぁ戦争中ということもあって、国外からの客もほぼゼロに等しく、閑古鳥が鳴いていたところにこの大勢の利用客。
宿泊費は軍持ち。ホテル側も快諾してくれたらしい。
「戦争中だってのに、あんな豪勢なホテルで寝泊りするなんて、なんか変な気分になっちまうな」
先頭を行く輸送機パイロット二人組が、そうは言いつつもどこか嬉しそうな表情でそう語るのを耳にしつつ、俺とシャルロットさんのスパロウスコードロン二人もその波に乗ってホテルへと向かう。
そんな中、列のほぼ中央でゆっくりと歩いていた俺とシャルロットさんのもとへ、少し歩くペースを落として前からケインさんがやってくる。
彼は俺たちの隣へと来ると歩幅を合わせ、
「そういえばリョースケ。お前の機体な、やっぱり修理には相当かかっちまうみたいだ。そのあいだは、少し性能が落ちるがB型のエイルアンジェを貸してもらうことになるからそのつもりでな」
苦虫をかみつぶしたような顔で俺にそう告げつつ、どこか慈愛に満ちた表情になって肩をポンと叩いた。
「あぁ、でも安心しろ。お前のAIはしっかり機体に乗せ換えといた」
「アンジェリカですか? そういえばあいつって、機体そのものに乗せられてると思ってたけど、今回の件から察すると違うんですね」
少し話の流れが変わってしまった気もするけど、俺はその時こういう考えを抱いたんだから仕方ない。
俺の専属AIと言ってしまっても過言ではない超高性能AIアンジェリカ。あいつがどういった方法でエイルアンジェにのさっているのか、実は前々から少し疑問に思っていたのだ。
丁度いい機会だと思って今こうして聞いてみた訳だけど……
「すまんな。俺も詳しいことはわからねぇんだ」
……ケインさんから返ってきた答えは、そんなものだった。
「え? でも乗せ換えたって言ってましたよね?」
「あぁ。乗せ換えた。だけど、それがあいつ本体かどうかはわからないんだ」
「えぇと……」
いよいよ訳が分からず頭を捻る俺。
そんな俺を見かねたのか、隣を歩くシャルロットさんが口を開いてケインさんの言葉を補足してくれた。
「つまりだな、アンジェリカというAI本体そのものを機体と機体の間で受け渡したのか、それともあいつの本体は別にあって、あいつが機体に干渉するためのプラットフォームを
移し替えただけなのか、そもそも全く違うものを移し替えたのか、わからないということだ」
「すいません。ますます意味が分かんないです」
「つまりだな、誰もアンジェリカの正体については知らないってことさ。整備士のケインですらな」
「あぁ、そういう……」
まぁ、なんとなくわかるかもしれない。
AI開発が極端に制限されてしまっているこの国の現状で、アンジェリカという存在は実にブラックだ。
もし他国にバレでもしたら、それこそ一斉に糾弾の対象になりかねない。それは最初リュートさんからこの国の現状を聞いた時、既に矛盾として心の隅に引っかかってはいた。
でも何かしらの理由があって、アンジェリカの存在を正当化しているのかもしれないとか、勝手に自分の中で解釈をしてしまっていた。
だってそうだろう。いきなり異世界に連れてこられてファイターパイロットになれと言われて、そのほかのことにまで気が回るはずもない。
そんな奴は聖徳太子くらいだ。
元来俺は一つのことに集中したいタイプの人間でもあるし。
「そういうことだから、お前の質問にはこれ以上答えることができん。すまんな」
「いえ、気にしないでください」
これは、そのうち余裕ができたらリュートさんにしっかり聞いておいた方がいい案件だな。
心のメモ帳に書き留めつつ、とりあえずいったんこの話題をシャットアウトする俺。
そして代わりにアンジェリカの事以外に考えていたことを話題のテーブルに乗せ、ホテルに着くまでの時間を有効活用することにする。
「そういえばになっちゃうんですけど、、MANPADSをあんだけ受けて、しかも墜落。それで原型とどめてしかも修理までできちゃうってことにめちゃくちゃビックリしましたね」
「お前んとこの戦闘機は違かったのか?」
大真面目にそう口にした俺だが、二人の反応はポカンとしたものだ。
まるで、お前は何を言っているんだとでも言いたげな。
そりゃあ、TT装甲が当たり前なこの世界の戦闘機と、俺のいた世界の戦闘機を比べるのは違うかもしれないし、なにをいまさら感はぬぐえないけれども。
でも、墜落しても修理が可能というのは、やはりこう、実感がわかないというか……。
実際空の上で、何発何発ミサイルを受けても飛び続ける敵の戦闘機も見ているし、俺自身も何発か被弾してはいるのだけども。
俺は少し息を吐き出してから、自分のいた世界の戦闘機の話を、少しだけ普段より早口になっていると自分でもわかりながら、口にした。
「違うもなにも、MANPADS一発でもうオシャカですよ。なかには羽根がもげようがエンジンが片方もげようが基地に帰る機体もありましたけど」
「ほーん? もろいんだなお前んとこの飛行機は。そんなもんで空飛んで怖くねぇのか? あ、いや、でもそれって考えようによっちゃあこっちの機体よりすげくね? だってこっちは基本的に翼だぁエンジンがもげるってことがありえねぇからなぁ」
「あ、確かに言われてみれば……」
その時俺の脳内に浮かんでいたのは、機首に三十ミリ七砲身の死神の鎌を引っ提げたあの機体。
意味不明なほどの生存性をもつあのイボイノシシだけど、この世界の戦闘機と比較したら、それこそ紙飛行機みたいなものだろう。
でも羽を失ってまで空を飛べる紙飛行機となれば、話は変わってくる。
「なかなか興味深い話だな。そういえばリョースケ、お前の世界の戦闘機の話は詳しく聞いたことがなかったな。この際だ、少し話してみてくれよ」
「あれ? そうでしたっけ?」
シャルロットさんもこの話題に食いつき、今からのメインデッシュはこの話で決まりだろう。
なんとなく、うれしい。
「リョースケの世界じゃ、目が良くないと戦闘機乗りにはなれないってことしか聞いたことはないな」
「あ、そういえあその話はした覚えがあります。では僭越ながら……」
あぁ、だめだ。どうもこう、好きな物の事を話すときは饒舌になってしまう。
オタクの悲しい性だ。語りだすと、止まらない。
「俺のいた国、日本っていうんですけど。そこには航空自衛隊っていう組織があって……」
その後ホテルに着くまで、俺は初恋の戦闘機であるF−15Jイーグル、F−4ファントム、F−2などなど。
航空自衛隊で活躍している戦闘機の話。この世界の戦闘機とはけた違いに小さなエンジン推力を有効活用するACMの話。レーダーがまだ活用されており、基本はBVR戦闘、すなわち視界外射程攻撃による戦闘がメインになっていることなど。
この世界と比べて特に違いが大きいものを語り続けた。
多分、この世界に来て一番喋ったと思う。
気づいたらもうホテルの入り口。それでも、シャルロットさんもケインさんも、俺の話に熱心に耳を傾けてくれている。
特にエンジン推力の違いからくる、決定的なACMの差。これにはシャルロットさんがえらい勢いで食いついた。
それに気をよくして、その後も俺は語り続ける。
……でもこれが、後々起こるドタバタのフラグになっていたなんて、この時の俺は思いもしなかった。




