五十話 ~死闘 後編~
体調を崩してしまったので、しばらく更新に間が開くと思います。
一回の表、試合が始まってまだ五分と経っていないというのに、アーネストリア基地に併設されている野外野球場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
ピッチャーマウンドで激しく炎上するM3デュランダル主力戦車。上空には対地攻撃兵装のエイルアンジェが飛び交い、ダイヤモンドには砂埃で茶色くなった海兵隊員たち。
「これ、もはや野球でもなんでもないですよね」
「変則ルール野球だからな。でもルールは破ってないぞ? 向こうはピッチャーに戦車を引っ張り出してきたんだから、こっちは外野手に戦闘機だ」
空軍チームの八人目、俺の相棒である人工知能アンジェリカが駆るエイルアンジェが、ドヤ顔で胸を張るシャルロットさんに応えるように、上空でバーティカルクライムを披露する。
その爆音に顔をしかめながらも、球審たちは試合を止めようとはしなかった。
「海兵隊チーム、ピッチャー続投不可能ですが、どうしますか?」
そして、真顔で海兵隊チームのキャプテンであるシルヴィア隊長にそう尋ねる始末である。
続投不可能というか、戦闘不可能状態のデュランダル主力戦車を、どこからともなく現れた戦車回収車がドナドナしていくのを悔しそうな目で見送りつつ、シルヴィア隊長が吠える。
「なっ! そんなわけあるか! ピッチャー交代! ガレット! 行け!!」
「俺!? や、でも俺手りゅう弾くらいしか投げたことねぇぞ!?」
「お前が一番ガタイがいいからきっと球も速い! いいから行け! 隊長命令だ!」
シルヴィア隊長が続投ピッチャーに選んだのは、ファーストを守っていた副隊長ガレットさん。
確かに彼が海兵隊のなかで一番ガタイが良いけど、ファーストをピッチャーに引っ張り出すってどうなんだ?
ちなみにこっちも向こうも、替えのメンバーがいない。
でも変則ルール野球だから、九人いなくても試合続行なのである。
そもそも向こうのピッチャーとキャッチャーは人じゃなかったし、こっちの八番も人じゃないんだけど。
まぁでも、ピッチャーがいないよりかはファーストがいない方がマシと考えたのだろうか?
しぶしぶと言った感じで、ガレットさんがピッチャーマウンドへ。
マウンドは基地所属の工兵部隊があれよあれよという間に修復し、元通りに。
これで試合続行というわけだ。やめろよって思ったけども。
「試合再開!」
主審の掛け声で、バッターボックスにはリュートさん。
彼ももちろん、さっきの爆撃のせいで土まみれになっている。
でも、戦車を相手していた俺とシャルロットさんより、打てる確立は高いはずだ。
なにせこっちには、スパコンを用いた弾道予測装置がある。
「オラァリュート! お前塁に出なかったらお前の車の鍵穴にガムを詰める!!」
「ちょっとやめてそういうこと言うの!! 集中できなくなっちゃ……」
「ストラッ!!!!!」
シャルロットさんのヤジに抗議しようと、ピッチャーから視線を外したリュートさん。
その隙を見逃さず、ガレットさんはそれなりに速いストレートをキャッチャーミットのど真ん中へと叩き込んだ。
「オイオーイ!!! 今の無しだろー!!!」
シャルロットさんの激しい抗議。
だが主審はその抗議を取り下げ、試合の続行を指示。
納得いかぬと主審に詰め寄らんとするシャルロットさんをなんとか引き留め、説得するのは俺の役目になった。
「ピッチャーバッターともに一度構えを取ったので、タイムを出さなかったリュートさんが悪いです」
「お前はどっちの味方なんだリョースケ!!!」
「そもそも集中してるリュートに声かけたシャルロットが悪いよな……」
ヒソヒソとド正論を口にしていた輸送機のパイロット二人に向け、
「シャラッ!!!!!」
鬼の形相で歯をむくシャルロットさん。
「ワット、アム。お前ら空軍だろう!? 海兵隊連中に手玉に取られて悔しいとは思わんのか!?」
「いや、俺は別に……」
「俺も特には」
「ジーザス!!」
この二人、ワットさんとアムさんと言うのか。初めて知った。
それはさておき、全くやる気がないとでも言いたげに頭の後ろで腕を組み、風船ガムをクッチャクッチャする二人。
俺も全く同じ気分だ。
戦車をフッ飛ばしてこっちにも勝機が見えたとはいっても、もはやこれは野球でも何でもない。
ふつうの野球だったらまだ楽しめたかもしれないけどさぁ……。
「でも負けたくないヨー!」
ただ一人、シャルロットさんと同じく闘志むき出しの人間。
敵国の王女にして捕虜であるフレイアが、ブカブカのヘルメットを斜めにかぶりながら拳を突き上げた。
「あ、うん……」
でも彼女に対して苦手意識を持つシャルロットさんは、彼女の鼓舞で一気に沈み込む。
こうして結局一番最後までやる気マンマンなのはこの国とこの争いに一番関係のないフレイアのみという状況になり、それがさらに士気の低下を招くわけで。
……ベンチがこんな状況だというのに、リュートさんは結構真面目にバットを構えている。
ガレットさんの二球目。手りゅう弾投げで鍛えた肩が唸り、やっぱりそれなりに速いストレートがうなりをあげてその腕から放たれた。
「そりゃあ!!!」
弾道予測をもとに、リュートさんがバットを振った。
快音とともに、ボールが前へとはじき出される。
「っしゃあああ!!! 走れ走れ!!!」
かなりいい当たり。
打球はシルヴィア隊長の頭上を飛び越え、レフトの手前へと落下する。しかも海兵隊チームはファーストがいない。これはヒットになる!
と思ったのもつかの間。
なにか小さくて黒い影が瞬きする間にボールへと追いつき、そのまま誰もいないはずのファーストへと鋭い送球。
「なっ……!」
ファーストには、いつの間にかセカンドのトニーさんがついていた。
そして、リュートさんがホームからファーストへまだ半分も走っていない段階で、ボールはトニーさんのミットの中へ。
スリーアウト。チェンジ。空軍チームの攻撃は、三者凡退という形で終わってしまった。
「あの打球に、追いついた……?」
普通なら誰も対応できない打球。
その打球をさばいたのは、サードのシルヴィア隊長だった。
サードからの距離はかなり離れている。
常識的に考えて、間に合う距離じゃない。
「あれが、亜獣人の身体能力ってことか……」
打球の飛来方向を瞬時に判断し、落下点を割り出す状況判断能力。
そして何より、そこに間に合ってしまう驚異的な身体能力。
「思い知ったか。これが世界中の戦場で『悪魔』と恐れられる我々亜獣人の身体能力だ。獣人の驚異的な身体能力と、人間の知能! 貴様らひ弱なモヤシとは違うのだよ!! どうしましゅかー!? もっとハンデがほしいでしゅかー!?」
ベンチに戻りながら、完全煽りモードのシルヴィア隊長がそう言った。
こりゃあ、戦車をどうにかしたからって簡単にどうこうなる問題でもなかったってことか……!
向こうとは逆に、悔しそうな面持ちでベンチへと帰ってくるリュートさん。
「すまん。あれでも全力疾走だったんだが」
「あんなん普通に考えて無理ですよ。ナイスバッティングです」
やる前はあんなにやる気がなさそうだったのに、やっぱりいざ勝負となると悔しくなるのが人という生き物だ。
かくいう俺も、絶対的な身体能力の差に絶望し、心の大半はこんなことやるだけ無駄だと考えつつも、どこかで楽しんでいるような、そんな感覚を覚えた。
「モヤシか……。言ってくれるじゃねぇかちんちくりんがよぉ……」
「ここまで言われて立たねぇのは男じゃねぇな」
「ん、なんかソレ卑猥だな」
「そうか?」
ワットさんとアムさんが、指の骨を鳴らしながらフィールドへと飛び出していく。
どうやら、シルヴィア隊長のあおりで火が付いたらしい。
「さてどうするお前ら? あいつらは本気になったみてぇだぞ?」
ニヤリと不敵に笑いながら、シルヴィアさんがピッチャーマウンドへと駆けて行った。
俺とリュートさんは顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。
「負けたら、シャルロットさんがどうなるかわかったもんじゃないですからね」
「だね。彼女の怒りを受け止めるのはいつだって我々だ」
こりゃあもう、覚悟を決めるしかないだろう。
「ワタシも頑張るー!」
ワッヒョーイ! と両手を天に掲げながら、フレイアもサードのポジションへと駆けて行った。
「とにかく、負けないように全力は尽くそうか」
「ですね」
俺たちも、それぞれのポジションへと駆けていく。
リュートさんがファースト。俺は少年野球時代もそうだったキャッチャー。
とは言ったものの……。
アンジェのエイルアンジェがセンターポジションってことになってるけど、まぁいないものと考えた方が良い。
というかあと一人もまだ来ていないし。
そんな問題を考えないようにしつつ、ポジションへ走り出したその時だった。
「そうだリョースケ。シャルロットがこれつけてプレイしろって」
リュートさんが、なにやらバイザーのようなものと耳栓を差し出してくる。
「アイシールドですか?」
「だね。キャッチャーミットに着けるタイプの奴」
「ミットにはつけないですね……」
「ごめんごめんマスクね」
彼から手渡されたのは、メガネをつけていても使えるアイシールド。
それのサングラスバージョンだった。
「……どういう意図でしょうか?」
「さぁね。でも付けといた方が良いんじゃない? なにせあのシャルロットだからね」
シャルロットだからねという言葉で通じてしまう彼女の性格。
背筋に悪寒が走った。これをつけなきゃやばいことになるということを、暗に言われているようなものなのだから。
でも、やるしかない。俺がケガをするようなことは、さすがにシャルロットさんもしないはずだ。
……しない……はずだ……。
「ですね……」
パパッとキャッチャーマスクの目の部分にアイシールドを取り付け、主審の前へとしゃがむ。
バッターの時もそうだったけど、やっぱり懐かしいものだ。
数球、シャルロットさんのボールを受ける。
女の子にしては、すさまじい球速とコントロール。
普通女の子が投げるとボールは山なりの軌道を描くけど、彼女のボールはズビシィと狙ったところにまっすぐ飛んできた。
それだけでもすごいというのに、彼女は変化球も使いこなして見せた。
カーブ、シュート、さらにはスプリット。
どこまであの人は天才肌なんだろうか?
でも、これなら海兵隊相手にもいい勝負ができるかもしれない……!
海兵隊の一番バッターは、シルヴィア隊長。
そのちんちくりんな体に不釣り合いなほど長いバットを構え、意気揚々とバッターボックスへ。
いきなりの直接対決というワケだ。
「へへ、お前のへなちょこボールなんて空の彼方へかっ飛ばしてやる」
「言ってろちんちくりん、お前は私のボールを視界にとらえることも出来ぬままこのゲームを終えることになる」
双方、構えを取る。
まず最初は、様子見のストレート。
シルヴィアさんもうなずき、大きく振りかぶった。
そして――
「んんん?」
――シャルロットさんの手のから放たれたそれ。
黒い影はゆっくりと回転しながら、俺のキャッチャーミットめがけて飛翔する。
……ちょっと待て、なんで回転しているということが分かる?
答えは簡単、まんまるじゃなかったからだ。
そもそも、黒いということがまずおかしい。
細長く黒いそれ。
シルヴィア隊長のバットに触れるその瞬間。
「んぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
凄まじい閃光と爆音が、あたりに響き渡る。
「目ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
シャルロットさんが第一球として投げたのは、ボールでも何でもない。
炸裂とともに凄まじい閃光と爆音を発生させ、対象の五感をマヒさせる所謂スタングレネードだった。
続く。




