四九話 ~死闘 中編~
「プレイボール!!」
一回表、空軍チームの攻撃。一番バッター、俺。
数年ぶりに握るバットの感触も、踏みしめるグラウンドの土の感触も、全て現実感がない。
原因は言うまでもない。ピッチャーマウンドに鎮座し、こちらに真っ黒な百六十ミリの砲口を向ける、M3デュランダル主力戦車のせいだ。
「あんなのどうしろってんだよ……」
試合が開始される前、よくピッチャーが肩の調整をするために数回ピッチングをするのは日本のプロ野球でもよく見る光景だ。
御多分に漏れず、この試合でもそれが行われた訳だが……。
戦車砲から撃ちだされるとは言え、火薬を用いて撃ちだすわけではないらしい。
デュランダルの主砲はビームカノンと実体砲弾以外にも、ロシア戦車みたいにミサイルも撃ちだせる構造になっているようで、それを撃ちだすために圧縮空気を用いた発射機構も備え付けられているそうだ。
つまり、その圧縮空気を用いて、エアガンの要領で野球ボールをカッ飛ばすのだ。それでも砲口を飛び出した時の初速は時速約九百キロメートル。音速には及ばないとはいえ、普通に考えて人間がどうこうできる速度ではない。
それを受け止めるキャッチャーとして用意されたのは、試作段階だという人型ロボット。
まぁそんなたいそうなものじゃなくて、アシ〇とかそういう感じの『とりあえず二足歩行できる』物だけど。キャッチャーとしてボールを受け止めるくらいはできるだろうということで用意されたらしい。
これが海兵隊チームの九人目だということだ。
で、そのロボットに向け、デュランダルが試しに主砲をブッ放した。
結果は言うまでもない。ロボットの腕は粉々に砕け散り、その後ろに立つ主審のオッチャンも衝撃波でバックネットに叩きつけられて脳震盪。
当然だ。
むしろ脳震盪だけで済んだ主審のオッチャン、ターミネーターなんじゃないかと疑いたくなる。
言わんこっちゃない……。という雰囲気に球場が包まれたけど、試合は続行。
貧血で生徒が倒れたのに長話をやめようとしない校長先生に、ちょっとした殺意を覚えたことがある。
あれと同じ感情をほんの少し抱いた俺。
そもそも、少しばかり距離があるとはいえ戦車砲の砲身の前に立つということは、発射の衝撃で吹き飛ばされる。もしくは死亡するということを意味する。
映画とかで戦車砲の砲口の周りに人がいるシーンがあるけど、あれは映画だ。実際近くにいるとまず死ぬ。そりゃそうだ。爆発が起きてるのと一緒なんだから。
今回は圧縮空気だから死ぬってことは無いだろうけど、それでもその衝撃は計り知れない。
てなわけで、フルパワーで野球ボールをブッ放すのはあまりにも危険という判断が下され、なんとかキャッチャーの腕が持つ四分の一の出力でのゲーム続行となった。
腕が吹き飛ばされたロボットはドナドナ。あらかじめ用意されていたスペアと交代しての一回表。
……だけど、四分の一とはいえ時速は約二百五十キロ。プロ野球の平均球速より百キロも速い。いくらHMDとスパコンの弾道予測があっても、バットを振る前にボールはキャッチャーミットの中だ。
だから、どうしようもないって絶望に暮れているわけだけど……。
「キャッチャーがこれなら、振り逃げで出塁くらいはできるかもしれないしな……!」
ストレートで同じ個所に飛んで来る訳だから、フォアボールはまずありえない。
バットにボールを当てることもまず不可能。
となったら、振り逃げで出塁するしかない。
幸いバッテリーは『ボールを飛ばす』ことと『ボールを受ける』ことしかできないデクの棒だ。
走り出してしまえばどうとでもなる。一番バッターの俺が振り逃げのことなんか考えても意味無いんだけど……。
「お願いします!」
脳震盪から回復した主審に、ヘルメットを脱いで頭を下げつつ、バッターボックスへと。
俺自身空軍と海兵隊の決着とかはどうでもいいし、正直こんなことしてる暇があったら空を飛びたい。
でも、やるからには負けたくないという気持ちもある。
まぁでも……。
「ストラァァァァァァイッ!!!」
……打てるわけないけどね……。
主砲から打ちだされたと思った次の瞬間には、ボールはキャッチャーミットの中だ。
そして、すさまじい衝撃波と暴風が襲う。
顔を手で覆わなければ目も開けていられないような過酷な状況。
こんなの野球でも何でもない。
サングラス型のHMDには、律儀にも弾道がしっかりと表示されている。だからと言って、打てるわけじゃない。
人間、できることとできないことがある。これは後者だ。
「ストラッ!スリー!! バッターアウッ!!!」
そのまま見送り三振。
もう早くベンチに帰りたい。ただそれだけ。本能的に、勝負することを体が拒否した。
「おいリョースケ!! バット振れ!! 振らなきゃあたんねーだろ!」
ネクストバッターズサークルからギャイギャイヤジを飛ばしてくるシャルロットさんを今回ばかりはスルーし、スゴスゴとベンチに引き上げる。
お通夜みたいな雰囲気のベンチ。きしむ座椅子に腰かけたところで、慈悲深い微笑みを浮かべたリュートさんにやさしく肩をたたかれた。
うん、気にすることは無いよとでも言いたげな、そんな瞳。
俺もやれやれと苦笑を返し、ヘルメットを脱いだ。
こんなの、まともにやるモンじゃない。まともにやる奴は底なしのバカだ。
ゲリピーのままトイレの無い快速の満員電車に乗り込むよりも無謀だ。
でも、そのバカはやっぱりどこにでもいるもので……。
「シャルロットさん、マジで打つ気ですかね」
「さすがに振り逃げくらいしかしないでしょ。だって二百五十キロだよ? 運よくバットに当たっても、ヘタすりゃ骨が砕ける。さすがにシャルもそこまでバカじゃな……」
そこまで俺とリュートさんが会話したところで、一球目。
バッターボックスに立っているときはわからなかったけど、圧縮空気で打ちだしているにしてはずいぶんえげつない射撃音とともに野球ボールが放たれ、一瞬の間もなくキャッチャーミットの中へ。
「ストラッッッッ!!!!!」
そしてお決まりの少しばかりオーバーなリアクションで主審がストライクコールを取り、シャルロットさんが悔しそうにバットでホームベースを殴る。
「あんなん無理ですよ……」
「無理だねぇ……」
もはや完全にあきらめムードの俺とリュートさん。
だけどシャルロットさんは、負けじと再びバットを構えた。
「ていうか、さっきフルスイングしてたよね。シャル。バカなの?」
「本人に聞かれてないから言いますけど、バカだと思います」
もし、もしだ。ほんとにバットにボールが当たってしまったらどうするつもりなんだろう。
骨が砕けたら戦闘機に乗るどころの騒ぎじゃない。
「ストラッッッ!!! ツッゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
あぁまた、フルスイングだ。
どうやら本気で打ちにいっている。もうだめだ。呆れて声も出ない。
「ストラッ!!!スリィィィィィ!!! バッ!!! アウー!!!」
「フ〇ーック!!!!!! ホーリィシッ!!!!」
空振り三振。
バットを地面に叩きつけ、不機嫌そうにベンチへと帰ってくる彼女。
「クソッ!!! もうちょいで当たったのに!!」
「シャル、当たったら当たったでどうするつもりだったの?」
「ハァ!? そんなん走るに決まってんだろ!」
「いやそういうことじゃなくてあぁもういいや……」
彼女の説得を諦め、リュートさんはどっかとベンチに腰掛ける。
そして手のひらをけだるげにひらひらと。
多分俺に向かって『こりゃあダメだ』とでも言ってるんだろう。
俺も、全く同じ気分だ。
「オイオーイ!! どうしたあ空軍!! 手も足も出ねぇのかー!?」
ダイヤモンド上のショートポジションから、調子に乗ったシルヴィア隊長が中指を立てて挑発してくる。
だけど、返す言葉もない。実際手も足も出ないんだから。
しかも、変則ルールを申し出たのはこちらのキャプテンシャルロットさん。
今更『戦車とかルール違反だろ!!』なんて言えるはずもない。
「どうするんだいシャル。このままじゃあ一方的にねじ伏せられてコールド負けだよ?」
肩をすくめながら、三番バッターリュートさんがとりあえずといった口調でそう尋ねた。
本気で勝負しようとは思っていないと誰しもがわかる態度。
だけどシャルロットさんは――
「安心しろ。こっちの残り二人にかかりゃあ海兵隊連中なんてウンコも同然だ」
――本当に悪いことを企んでいる不気味な笑みを浮かべながら、リュートさんにそう返すだけだった。
「んん? まぁ、とにかく行ってくるよ。期待しないでよね」
やれやれとため息をつき、それはそれは重い足取りでバッターボックスへと向かうリュートさんの背中を見送りながら、シャルロットさんがおもむろに無線機を取り出す。
「背番号八と九。スタンバイできてるか?」
どうやら、通信相手はいまだに現れていないこちらの残り二人らしい。
向こうの言っている内容はよく聞き取れなかったけど、手短に会話を済ませたシャルロットさんは、さらに悪い笑みを浮かべて腕を組んだ。
「見てろちんちくりん。そっちが戦車ならこっちは……」
やがて、どこからともなくジェットエンジンの爆音が聞こえてくる。
聞きなれたこの音は、まず間違いなくエイルアンジェのものだ。
でもおかしい。アーネストリア基地のパイロット二人はここにいる。エイルアンジェを飛ばすことができる人間がいないはずなのに、なぜエンジン音が?
試験のために地上でエンジンを駆動させてるってことなら納得がいくけど、そのエンジン音は明らかに空から聞こえてきて、なおかつこちらに近づいてきているのだ。
……もしかして……。
「シャルロットさん」
「なんだ?」
再びの嫌な予感。
「もしかして、伏せといた方が良いですか?」
「良く分かったな。しっかり耳をふさいで口を開けて、物陰に身を隠せ」
あぁ、確定だ。
俺の嫌な予感はなぜこうも的中してしまうのか。
「おーいリュートー!」
バッターボックス近くでやる気のない素振りをしていたリュートさんに向け、シャルロットさんが声を張り上げる。
「死にたくなかったら地面に伏せて、頭を守れ―!」
その直後だった。
「んぎゃあああああああああああ!!!!」
「のわあああああああ!!」
ピッチャーマウンドに鎮座していたデュランダルが、突然真っ赤な火の玉に包まれたのだ。
ダイヤモンドで守備についていた海兵隊連中の体が、ゴンロゴンロとフィールドを転げまわる。
バッターボックスでボールを受けたときとは比べ物にならないほどの衝撃、爆風。
視界は閃光に埋め尽くされ、耳の奥で鐘がなり、叩きつける爆風であらゆる感覚がマヒしていく。
凄まじい熱風が肌を焼き、発生した衝撃波が何もかもをなぎ倒していった。
「ヒャアアアアアアアアアッチィィィ!!!」
「ぐほっ!! ばうんっ!! べふっ!!」
爆風に吹き飛ばされてベンチのなかを転げまわる輸送機パイロット二人と、こんな状況だというのにどこか楽しそうなフレイア。
凄まじい衝撃が消え去り、マヒしていた五感が機能を取り戻し始める。
何度か瞬きして視界を回復させてから、ピッチャーマウンドを見やるとそこには、エンジン部分から火柱を上げて炎上するデュランダルと、巨大なクレーターになってしまった元ピッチャーマウンド。そして砂埃で色の変わった海兵隊連中。
「安心しろ。周辺への被害が少ない弾だ。破片も飛び散らないから、海兵隊連中にケガはさせてないぞ。そういうルールだからな」
フフンと胸を張り、炎上するデュランダルをドヤ顔で眺めるシャルロットさん。
やがてハッチが開き、中から慌てた様子で這い出して来る戦車の搭乗員たち。
俺がまず抱いたのは、あぁ、デュランダルってあんなになっても乗組員を守れるほど頑丈なんだっていう場違いな感想。
そんなことを思う俺の上空を、すさまじい爆音をとどろかせながらエイルアンジェがフライパスしていった。
垂直尾翼には、デカデカと『8』の文字。
突っ込む気力も、無い。
「遅れて悪かったな。空軍チームの八人目は、人工知能アンジェリカ。何か文句あるか?」
爆風でもみくちゃになったロングヘアを気にすることもなく、シャルロットさんがそう高々と言い放つ。
もはや、野球でもなんでもない。
でも、まだ一回のオモテでしかないこの地獄のデスゲームは、まだまだ続くのだ。




