四八話 ~死闘 前編~
長いので3部になるとおもいます。
「それでは、両チーム整列!」
アーネストリア基地の広大な敷地。そこになぜか隣接されているそれなりに設備が整った野外野球場に、俺たちはシンプルな野球用ユニフォームを身にまとって整列している。
昨日シャルロットさんとシルヴィア隊長が勝手に決めた空軍VS海兵隊の草野球対決。
その決戦の日が今日なのである。
天気は快晴。雲一つない青空から降り注ぐ午前の太陽はまだ目にまぶしく、ツバのある野球帽をかぶっていても厳しいほどだ。
「それでは、空軍VS海兵隊、変則ルール野球を開始します! 互いに、礼!」
「「よろしくお願いします!」」
帽子を脱ぎ、互いに頭を下げる。
今更になって戦争真っただ中の最前線基地で何をやっているんだという自責の念がこみ上げてきたけれど、もう始まってしまったものは仕方ない。
「フン、逃げずによくもまぁ集まったものだ。怯えてここに現れないんじゃないかと思っていたぞ」
「言ってろ。貴様らこそ良く逃げずに来たものだ。その無謀さだけは誉めてやろう」
恒例と化した二人の罵り合いを合図に、互いのチームがメンチを切り始める。
普段は特に仲が悪いとかは無くて、むしろみんな仲良しなのだけれど(シャルロットさんとシルヴィ隊長は除く)今日ばかりは悪乗りというかなんというか、場の雰囲気というかなんというか。
そういうものに支配されて、互いにチンピラっぽい態度で威嚇しあっている。俺は特にそういうことはしなかったけれど。
「ナーナーリョースケー! ヤキューって九人でヤルんだロー!?」
俺の隣で、もうワクワクが止まらないとばかりに目を輝かせているフレイアが、袖をクイクイしつつ聞いてくる。
というか捕虜で隣国の王女様を草野球に引っ張り出して、本当にいいんだろうか?
まぁリュートさんが良いって言ったんだからいいんだろうけども……。
「うん、一チーム九人だね。予備もいた方が良いから本当は一二人くらい欲しいんだけど……」
「ダヨネー? コッチもむこうも、足りなくネー?」
フレイアが可愛らしく首をかしげながら、腕を組む。
俺もさっきから気にはなっていた。むこうもこっちも七人しかメンバーがいないのである。
こっちは、俺、シャルロットさん、リュートさん、整備長のケインさん、フレイア、輸送機のパイロット二人。ちなみに打順もこの通り。
向こうは、シルヴィア隊長、ガレットさん、トニーさんと、四人のその他海兵隊員たち。
俺たちの疑問に答えるかの如く、タイミングよくシャルロットさんとシルヴィア隊長がその話題を持ち出した。
「見たところメンバーが足りないようだが、いいのか?」
「そっちもそうだろう。こっちのメンバーは、後から合流する。なんの問題もない」
双方不敵に笑いながら、そう受け答えをする。
後から? いや、試合は今から始まるんだけど……。
「そうか、それは楽しみだ」
「あぁ、楽しみで笑いが止まらん」
……なんだか、嫌な予感しかしないなぁ……。
けが人が出るようなこと企んでなきゃいんだけども……。
「それでは、先攻、空軍チーム! それぞれ所定のベンチへと移動してください」
審判は、この日のために雇ったプロの球審。
不正が出ないようにするためだ。なお、この日は特別ルールで試合を行うということはあらかじめ彼らにも伝えられている。
プロの目があるなら、そこまでブッ飛んだ試合展開にはならないはずだと自分に言い聞かせながら、俺は自軍の三塁側ベンチへと向かう。
現状七対七の試合。その残りのメンバーとやらはまだ現れていない。
攻撃側である俺たちは特に問題ないけれど、海兵隊側はまずいんじゃないか? 九人いないと全てのポジションを守れないぞ?
「オイオーイ!! 残りのメンバーとやらはどうしたぁ!?」
早速、シャルロットさんが昔懐かしの黄色いメガホンを手にして一塁側ベンチにヤジを飛ばし始めた。
海兵隊チームは現状こちらと同じ七人で、グローブ片手に円陣を組んでいる最中だ。
「黙ってろ野蛮人! もうすぐ来るからちょっと待て!!」
距離が離れていて攻撃されないと思い、気が大きくなっているんだろうか?
昨日は途中でビビッて言うことができなかったような罵詈雑言を平気で口にするシルヴィア隊長。
双方から笑いが起こる。
まだお遊びの範囲内だという余裕から生まれる、柔らかい雰囲気。
だけどそれも、一瞬で崩壊することになる。
「待たせたな! ピッチャーとキャッチャーの登場だ!」
海兵隊の面々がフィールドに広がっていく。
ショートの位置に着いたシルヴィア隊長が、フンスと胸を張りながら野球場の入り口を指さした。
海兵隊のピッチャーか……。どんな人だろう? 普通に考えれば、身体能力が高い亜獣人のピッチャーを連れてきたんだろう。
ものすごい剛速球とか投げてくるタイプの。
でもこっちには、スパコンを用いた弾道予測などの許可が下りている。
きっと対等以上に戦えるはずだ……なんて甘い考えを持った俺がバカだった。
「な、なんだこの音……!」
地響き、そして轟音。
甲高いタービンエンジンの駆動音と、履帯、すなわちキャタピラがこすれるキュラキュラという特徴的な走行音。
その音の主は、その勇姿をこれでもかとあたりに見せつけつつ、ゆっくりと、グラウンドへと侵入してくる。
「ピッチャー……だよな?」
太く、そして長い主砲。
どんな攻撃さえ無効化してしまいそうな、角ばったデザインの分厚い装甲。
車体各所に取り付けられたセンサー類は、三百六十度どこから攻撃を受けても正確にそれをキャッチし、すぐさま対応することができるようになっている。
巨大な車体を力強く前に押し出す履帯は、通ってきた道を耕しながらもさらに前へと進もうとする。
「ボールを投げるのがピッチャーだ。でも、ボールを飛ばす方法は『手で投げる』ということに限定されていないはずだよなぁ? なにせ、変則ルールなんだから」
シルヴィア隊長の、勝ち誇ったような顔。
彼女の勝利を確信したそのセリフをかき消し、フィールドを耕しながらピッチャーマウンドへと登板した海兵隊チームのエースピッチャー。
「ルーニエス軍主力戦車、M3デュランダル。普段主砲は百六十ミリビームカノンだが、こいつは実弾も撃ちだすことができる優れものだ。ここまで言えば、もうわかるよなぁ?」
……呆れて言葉も発することができない。
あんなの、どうやって戦えばいいんだ。
「私らのエースは、この百六十ミリ砲だ。こいつでボールを撃ちだす。文句あるか? ルールは破ってないぞ?」
俺たち空軍チームは、試合開始一分で喉元に剣を突き付けられる状況になってしまったのだった。
「あっ、一番バッター俺だ……」
俺は、目の前が真っ暗になった。
続く




