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大空への夢を、異世界でもう一度!  作者: ふみ狐
二章 ~追いかけ続けていた翼~
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四七話 ~決戦の火ぶた~

 結局、フレイアを襲ったチンピラへの尋問はまた後日ということになった。

 キンニクヨワクナールの効果は一日続くらしく、その間はなにをどう頑張っても情報を聞き出すなんてことはできないからだ。


「ったく……。とんだ無駄足だぜ……」

「まぁまぁ! 観光に来たとでも思えば!」

「にゃぬめるへーるへる!」

「ちょっと隊長! 暴れんでください! 落ちますよ!」


 不機嫌そうに腕を組むシャルロットさんを先頭に、俺たちは警察署を辞して駐車場へと向かっている最中だ。

 めんどくさい後片付けなどは警察に全部丸投げして、俺たちはさっさと基地に帰ろうとしているのである。


 職場放棄して取調室をからっぽにしていた警察への、ささやかな仕返しともいえる。




「ったく、そのこちんちくりんがクソみてぇなミスをしたおかげで私達ゃあ貴重な非番が台無しだ。どう埋め合わせしてくるんだ」

「んぬぇるぇるぇーい!!」

「あぁもう何言ってるのかさっぱりわからん! さっさと薬抜いて出直して来い!」


 シャルロットさんとシルヴィア隊長の罵り合いも、一方がまったく意思疎通できない状態のため普段通り進まない。

 周りの人間としちゃあ、静かになっていいんだけど。


「ほら隊長、ヨダレ垂れてますよ!」

「ンェー……!」

「おいシルヴィア、俺の背中にばっちいよだれをつけないでくれよ?」

「ンェー! ナンエーイ!!」


 コントみたいなやり取りを繰り広げる海兵隊に辟易しつつ、俺たちは乗ってきた車へと乗り込んだ。


「……帰るか」

「帰りましょう」



 ……そんなこんなで俺たちはこの日をまったくのムダに振った訳だが、基地に帰ってからもシャルロットさんの執拗なシルヴィア隊長いじめは続く。

 体が動かないことをいいことに好き勝手悪戯し、さらには彼女のミスをそこらで喧伝してまわる。

 さすがの俺でもドン引きするくらいの徹底した攻撃だった。


 でも、シルヴィア隊長はなにも反論できない。

 シャルロットさんはウソは言っていないし、なにより彼女は薬の影響で体を動かすことができない。


 まさに一方的な展開になった訳だ。

 まぁ、自業自得だとは思うけど。

 


 








 ……その翌日。

 なんとかキンニクヨワクナールが抜けきったシルヴィア隊長の一言で、また新たなる争いの火ぶたが切って落とされようとしていた。



「おいシャルロット!!!」

「なんだちんちくりん。薬はもう抜けたのか」

「ばっちぇ……ばっちりだ!」

「どうだか……」




 朝、快晴。

 基地の食堂でのんびりと朝食を摂っていた俺とシャルロットさんのもとに、ドヤッと胸を張ったシルヴィア隊長が現れた。

 薬は大体抜けているようで、しっかりと自分の足で立ち、呂律もまぁそれなりに回っている。


「それで、何の用だ。薬も満足に扱えないドジっこちんちくりん」

「そうだ! その件で話がある! 貴様! 昨日は私の些細なミスをいつまでもネチネチネチネチネチネチと! いつまでもバカにしやがってからに!」

「些細か? アレ」


 シャルロットさんにジト目で問われ、

「重大なミスですよ」

 心の底からそう返す。

 

 薬品の打ち間違いだなんて、あれがもし致死性の薬剤だったらどうするつもりなんだ全く。

 でもシルヴィア隊長は、そんなことどうでもいいとばかりに腕を組み、さらに続けた。


「えぇい黙れッ! 人は誰でもミスをおかしゅ! ……犯す! それを貴様、人間が小さすぎるぞ!」

「お前は身体的に小さいがな。薬も間違えるんだから、オツムも小さいのか?」

「今その話は関係ないもん!!!」


 会話というか罵りあいが始まって一分も経っていないというのに、すでにシルヴィア隊長の涙腺は決壊。

 また今日もシャルロットさんの圧勝かななんて思いつつ、朝食のソーセージを口にしようとしたその時だった。


「今回こそはゆるしゃない!! 貴様に決闘を申し込む!!」


 涙を目の幅流しながら、シルヴィア隊長が声高々にそう突き付けたのだ。

 いつもとは違った展開になり始め、スルーを決め込んでいた基地職員と海兵隊員たちもなんだなんだと野次馬に集まってくる。


 あっという間に、俺たちが座るテーブルは人ごみの中心となってしまった。



「決闘だと? 私とお前でか? 何で決着つけるんだ? 言っとくが、私は白兵戦も強いぞ?」

「フン! 貴様はすぐそれだ! なんでも暴力で解決しようとする! これだから野蛮人はあっごめんなさいごめんなさい……」


 スッとナイフを構えたシャルロットさんの威圧感に気おされ、シルヴィア隊長が顔を青くして頭を下げる。

 もうこの段階で勝負がついているのに、彼女はめげずに顔を上げ、再び胸を張る。なんて可愛らしいんだろう。子供ができた親の気持ちが少しだけわかる気がする。


「フフン。私もお前とのイザコザにはうんざりしてたとこだ。ここらでどっちが上か白黒つけるってことにゃあ賛成だ。それで? ボコりあいじゃないなら何で勝負つけるんだ?」

 ナイフを下ろして優雅に朝食を食みながら、女の子らしさなどかけらもないお下品な言葉を並べる彼女。ギャップ萌えとは程遠い。

 シルヴィア隊長は、待ってましたとでも言わんばかりにニヤリと笑い、俺の隣の空席へとちょこんと腰かける。


「あっ、そこリュートさんの席なので移動してもらっていいですか?」

「そうなの? すまんすまん……」


 俺のリクエストに律儀に答え、よっこいしょともう一つ隣の席へ移る彼女。

 そして一つ咳払いをして気を取り直してから、たっぷりタメを作る。そして机に肘をつき、こう言った。



「私の貴様の決着をつける方法、それは……。野球だ!」

「あ、お前昨日国際野球大会の決勝戦見てただろ」

「なんでわかる!?」


 どうやら図星らしい。

 昨日その国際なんたらかんたらの野球中継を見ていて触発されたということか……。

 本当にわかりやすい人だ。


 でも、野球かぁ。

 こっちの世界にも野球があるんだなんて今更なことは思わない。

 

 ここは本当に異世界だけど異世界っぽくない世界なんだから。

 でも、そうだとしても元いた世界のことを少しだけ思い出す材料になったのは確かだった。

 


 昔は俺も少年野球でブイブイ言わせていた。 

 体を鍛えるためにね。


「リョースケ、お前野球やったことあるのか? ていうか、お前の世界にも野球あったのか?」


 顔に出てしまっていたのだろう。

 どこか柔らかな表情を湛えたシャルロットさんが、片ひじをついて顎を載せながら俺に微笑みかけた。


 不意打ちをくらい、胸が高鳴る。

 紅茶を飲んで少し気分を落ち着けてから――


「はい、昔やってました。自分で言うのもなんですけど、それなりにうまかったんですよこう見えても」

 

 ――なるべく平穏を装いつつ、そう答えた。


「決まりだな。いいぜ、その勝負、受けて立つ。メンバーは好きに集めていいんだよな?」

「あぁ! こっちは海兵隊のメンバーを集める。お前は空軍の連中でも好きに集めるんだな! ま! 身体能力がズバ抜けている我々亜獣人に、貴様らが太刀打ちできるとは思わんがな!」


 ドヤ顔でせせら笑うシルヴィア隊長。

 俺は実際に見たことがないから何とも言えないんだけど、亜獣人は普通の人間より遥かに身体能力が高いと聞く。

 だから海兵隊や陸上戦闘要員には亜獣人が多いんだろうけど。


 さておき、圧倒的な身体能力差があるんだったら、勝負にならないはずだ。

 


「そういえばそうだな。このままじゃ圧倒的にこっちが不利だ。だから、特別ルールを設けさせてほしい」

 ここでムキになることはせず、冷静に腕を組んで唸っていたシャルロットさんが、一つ提案する。


「ほう? いいだろう。それで? その特別ルールとやらは?」

「アウト、セーフ、得点の入り方とか。最低限野球を進行できるルール以外は破ってもいいというのでどうだ? 例えば、ベースの位置をいじったりだとか、直接的な暴力、妨害は禁止」

「ほう、それで?」

「だけど、そうだな……。例えば、着弾予測コンピューターとHMDを使ってフライの落下予測地点を割り出したり、ボールの軌道予測をしたりするのはOK」

「なるほどな。それで身体能力差を埋めるというわけか。いいだろう。さっきああ言いはしたが、イコールコンディションで勝負をつけなきゃ意味がないからな」

「そういうことだ。それで、いつやる? なんなら今からでもいいが?」


 不敵に笑いながら、シャルロットさんが立ち上がる。まるで『獲物が罠にかかった』とでも言いたげな不気味な笑みだった。


 それに応えるように、シルヴィア隊長も立ち上がって彼女と凄まじいメンチの切りあいに突入する。


「いや、明日にしよう。いろいろと準備があるからな。いろいろと」

「あぁそうだな、いろいろと」


 ……こうして、戦争真っただ中の最前線基地で、実にくだらない理由で空軍VS海兵隊の野球対決の実施が決まったのである。

 それがまさかあんなことになろうとは、この時の俺は思いもしていなかった。


続く








 

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