四六話 ~キンニクヨワクナール~
「なんで私がこいつと同じ車両に乗らなきゃいかんのだ!!!」
「こっちのセリフだまな板ゴリラ! 嫌なら天井にでも乗ったらどうだ!」
「お前がトランクに乗れば問題解決だろう! ほら! その小さいことしか能のない貧相な体を有効活用しろ!」
マルタの街へと向かう車の中は、嵐だった。
原因は当然、シャルロットさんとシルヴィア隊長を同じ車に乗せたからである。
ちなみにフレイアはお留守番になった。わざわざ危険を冒す必要もないだろうってことで。
「ウヒー! さすがに耳元でこの言い争いを聞かされ続けるのはキツイっスねー!」
運転席に座るのは、ケモ耳ブラピことトニーさんだ。
イカしたサングラスの奥の瞳を見ることはできないが、引きつった笑みが彼の心境を嫌というほどに物語っている。
「あの、トニーさんで良かったですよね?」
「そうッスよ! 君は確か……」
「リョースケです。橘リョースケ。スパロウ二番機です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく! あの時はほんとに助かったよ! ありがとう!」
そう言いつつ、互いに握手を交わす。
本物のブラピと握手している感覚にとらわれて、何とも言えない気分だ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「いいよ! 答えられるものなら何でも答えよう!」
友好の証というか、なんというか。
話題にでもなればいいと思いつつ、今まで不思議に思っていたことを聞いてみることにする。
「なんで、あの二人はあんなに仲が悪いんですか?」
「あー……。それね。なんて言えばいいのかな。例えばだけど、野菜炒めがあったとするじゃん?」
「は? え、はい。野菜炒め」
突然なんの話をしだすのかと思いきや。野菜炒め? 野菜炒めって、あの野菜炒めでいいんだよな? こっちの世界ともといた世界の野菜炒めが同じものかという確証はないけども……。
「それ、リョースケ君はどういう風に食べる?」
「どうって……」
「あぁ、わかりにくかったね。野菜炒めって肉と野菜があるわけじゃん? 君はどういう風に食べ進める?」
いよいよ意味が分からない。
だけど、彼もなにか理由があってこれをたとえに出したんだろう。
とりあえず、真面目に答えることにする。
「バランスよく、ですね。肉、野菜。肉。野菜って感じで」
「おめでとう。君は愛しのシャルロット隊長を敵に回さずに済んだ。二人はね、こういうクソほどみみっちい言い争いの果てにあぁなってるのさ。シャルロットのアネゴは君と同じく肉と野菜を交互に食べ進めるバランス派。対してうちの隊長は肉しか食わない殿様派」
「あぁ……なんとなく言わんとしてることはわかります」
「他にもね、カレーはドロドロかサラサラかだったり、いっぱい味のあるキャンディーで、嫌いな味でもバランス良く減らしたいアネゴと好きな味しか食べないうちの隊長だったり。まぁそんな感じさ」
「とりあえず、心底くだらない原因だってことはわかりました」
「うん。だからみんなスルーしてるのさ。結局はいつもアネゴの圧勝だしね。ほら今回も」
俺は助手席。二人は後部座席に座っている。
体を捻って後ろを見やれば、またしても号泣一歩手前のシルヴィア隊長ととどめを刺しにかかるシャルロットさんという構図。
「気にするだけ無駄だよ。そっと頬を撫でる春風のようなBGMと思って聞き流すのが一番さ」
「でもさっき、聞き続けるのはキツイって……」
「何事にも限度があるってことさ」
「なるほど……」
俺たちを乗せた車は、平和そのものののどかな平原をひた走る。
当然、シルヴィア隊長の号泣とシャルロットさんの罵声をあたりに響かせながら……。
※
「ほら隊長! いい加減泣き止んでください!」
「な、泣いてないもん!!」
「ほーら、アメちゃんですよー。コーラ味ですよー」
「わー、アメちゃんだー!」
この人、いったい幾つ何だろう?
下手すれば誘拐犯にも見える手段でぐずるシルヴィア隊長をなだめたトニーさんを先頭に、俺たちは車を降りた。
ここはマルタ警察署の駐車場。
俺たち以外にも、アロハシャツのリュートさんとガレットさん。
彼らは違う車に乗ってここまでやってきていた。
「よーし行くぞー! 私の尋問術でパパッと黒幕を吐かせてやるかんなー!」
アメちゃんをもらってご機嫌なシルヴィア隊長が、今までの騒ぎなど無かったかのような軽い足取りで警察署の入り口を目指す。
俺たちは顔を見合わせ、苦笑しながらも彼女の後に続いた。
「結構、おしゃれな作りですね」
「マルタは観光地だからな。こういう建物にも気をつかってるのさ」
警察署の中は、クーラーが効いていてとても快適だ。
その上白を基調とした清涼感あるデザインで、まるで豪華なリゾートホテルのロビーのような印象さえ受ける。
「担当に話はついてるらしいから、そのまま取調室に行こう」
室内に入り、サングラスを外したリュートさんが今度は先頭へと。
俺たちは特に何を言うでもなく、大人しく彼に従った。
そのまま、フロアの奥に設えられていたエレベーターを使い、一気に七階へと。
取調室は、そのフロアの一番南端。美しい海を見張らせる絶好のロケーションだった。
「取調室ってもっとこう暗くて陰湿な感じだと思ってたんだけど……」
「人は海を見ると心が洗われるもんさ」
「心が洗われたならフレイアと一言でも会話したらどうです?」
「……」
そんなこんなですぐに取調室へとたどり着き、リュートさんはなんのためらいもなく部屋の中へと入っていった。
ドアが開け放たれた途端、美しいエメラルドグリーンの海が眼前に広がる。ほんと、ホテルかなんかじゃないかって錯覚してしまうレベルだぞこれは。
……俺も結構テンション上がったけど、それ以上がいた。
「うーみだー!!!」
シルヴィア隊長が、両手を大の字にあげて部屋の中へと突進していく。
ほんとに、彼女はいったい幾つなんだ。
「可愛いだろ?」
突然、隣にいたガレットさんが俺の肩に手を置きながら渋い声でそう言った。
表情になにか出てしまっていたのだろうか? 確かにかわいいとは思うけれども……。
彼はニカッと白い歯をのぞかせると――
「手ェだすなよ?」
――大真面目なトーンでそう言ったのだった。
「だしませせんよまったくもう!」
ペシッ! と彼の手を払いのけつつ、部屋に入ってドアを閉める。
俺が最後だったらしく、既に部屋へと入っていた面々は、各々椅子に座ったり海を眺めたりで好き勝手しはじめていた。
特にシルヴィア隊長なんて、長い白銀のシッポをブンブカ振って、全身でその喜びを表現している。
何回目かはわからないけど、ホントにあの人は幾つなんだ……。
「さてと、じゃあちゃっちゃと始めちまうか」
「や、でも警察の人が来るの待った方が良いんじゃないスか?」
ガレットさんとトニーさんがそんな無責任な発言をしながら隣の部屋を覗き込む。
どうやらマジックミラーになっているようで、こちらからはあの時のチンピラの一人が椅子に拘束されている姿が見て取れた。
普通こういうとこって見張りの警官がいると思うんだけど、いいのかなぁ?
もしかしてここもゆるいのか? ルーニエスは基本こうなのか?
「待ってても仕方ねぇだろ。早くしねぇとドラマの再放送始まっちまうぞ?」
「そうッスね。俺ら尋問のプロですし一応」
彼らはこう見えてプロの軍人。しかも選ばれしエリート。
敵の情報を引き出すための技術もいろいろ持ち合わせているんだろう。
よく映画とかで主人公が敵を尋問してるシーンとかあるし、そんな感じだろう。
「じゃあ、とっとと自白剤使うか」
「それがいいっスねー」
まるで料理でも始めるかのような気軽さで、なにか見慣れない薬剤をテキパキと準備し始めるトニーさんとガレットさん。
そんな彼らの姿を認め、
「あっ! 私が準備するー!」
今まで海を眺めてしっぽを振っていたシルヴィア隊長がふたりのもとへと駆け寄った。
「ちゅーしゃきいじりたい! 貸せトニー! 私にやらせないとお前の休暇をすべて遠征にするぞ!」
「えぇっ! そんな! あっ隊長! 気を付けてくださいよ! そっちが筋弛緩剤、こっちが自白剤ですからね!」
机の上には、よく似たデザインのアンプルが二つ。
筋弛緩剤なんて何に使うんだろうと思いもしたけど、
「暴れられたら厄介だからね。これは保険さ」
俺の心でも読んだのか、リュートさんが耳元でそう教えてくれた。
「ホント、なんで子供は注射器に興奮するんだろうな……」
「実際注射されるとなるとすごい嫌がるのに、何もない時はホントこどもって注射器をおもちゃにしたがりますよね……」
呆れたように肩をすくめるシャルロットさん。
かくいう俺もそうだった。
科学雑誌の付録についてきた使い捨ての注射器。あれ、水鉄砲にしたりなんやりしてよく遊んだ覚えがある。
シルヴィア隊長もそれと同じ感じだろう。
一つ違うのは、ガチの薬品を扱ってるってことだけど。
でも、不安に駆られる俺らとは裏腹に、シルヴィア隊長は慣れた手つきで薬品の準備を進めていく。
アンプルカット、薬品の吸い上げ、空気抜き。それら一連の動きをまったく滞りなく終わらせ、針にキャップを閉めてフンスと胸を張った。
「どうだ! 私はこれでも隊長だからな!」
「わかりました! わかりましたから! 危ないから割ったアンプルに近づかないでください! 指切りますよ!」
あわあわと、まるで我が子を心配するかのようにおどおどするトニーさんがシルヴィア隊長から薬品の詰まった注射器を取り上げ、安どのため息をつく。
そんな彼を睨み付けながらも、シルヴィア隊長はチンピラが拘束されている部屋へとためらいなく入っていった。
俺たちも、彼女の後へ続く。
シルヴィア隊長は腕を組み、わるーい笑顔を浮かべつつチンピラの前へと仁王立ちになる。
チンピラは最初怯え切った表情で顔を青くしていたのだが、シルヴィア隊長の姿を見てほっとしたように胸をなでおろした。
うんまぁ、気持ちはわかる。
「ヤァヤァチンピラ君、今から君にはちーとお話しを聞かせてもらいたくてね」
そんな彼の態度を気にするでもなく、シルヴィア隊長はトニーさんから薬品の詰まった注射器をひったくった。
そして針を保護するキャップを外し、少しだけ薬品を押し出して見せる。
「シャベリタクナール。ルーニエスの技術力が生んだ恐ろしい自白剤だ。これを注射されたら最後、そいつは聞かれたこと以外にも、全ての事柄を口に出さなければ気が済まなくなる」
「……シャルロットさん……」
「言うな。お前の言いたいことは大体わかる」
シャベリタクナールってお前、どんだけ安直なんだ……。
まぁそういうことを言える雰囲気でもないので黙っとくけどさ……。
「フン! そんなダジャレみてーな薬、効くかよ!」
チンピラが俺の気持ちを代弁し、床に唾を吐き捨てた。
わかる、わかるぞ。
どう見てもおこちゃまランチを注文しそうなオオカ耳美少女が、ダジャレだとしてもあまりにもレベルの低い名前の薬剤を持っていても、ちっとも怖くない。
これがガレットさんかトニーさんだったら少しは……いや、薬品の名前で誰がやっても台無しだろうな。
「フン、その威勢がどこまで続くかな?」
シルヴィア隊長は余裕の笑みを浮かべ、チンピラの腕に注射針を突き立てた。
そして、ゆっくりとその中身を押し込んでいく。
一瞬だけ痛みで顔をゆがめたチンピラだったが、すぐに威勢のいい顔を取り戻し、シルヴィア隊長を睨み付ける。
その視線を真っ向から受けながら、わざとらしく思い出したかのように、彼女はもう一本の薬剤が詰まった注射器をチンピラの目の前にかざして見せた。
「そうだ、逃げようなんて思わない方が良いぞ? もし逃げようとしたら、今度はこれ。キンニクヨワクナールをお前に打ち込む。こいつを注射されたが最後、そいつは暫くの間立つことも喋ることもままならなくなる恐ろしい薬剤だ」
「……シャルロットさん……」
「言うな。お前の言いたいことは大体わかる」
さっき言ってた筋弛緩剤。これも頭の弱い名前だった。
この二つの薬剤、きっと作ったのは同一人物だ。そうに違いない。
「さて、そろそろシャベリタクナールの薬効が現れ始めるころか? さぁ、雇い主を洗いざらい吐いてもらおうじゃないか」
「ヘッ! 誰がそんなこと喋るかよ! 俺のケツにきしゅしにゃ……きっ、きぇしぇせ……」
呂律が回らず、何を言っているのか聞き取れなかった。
チンピラは、自分の身に何が起こったのかわからないとでも言いたげに目を見開く。
「ふぇっ、ふぇめぇいっひゃいおれににゃにを」
「あれ?」
シルヴィア隊長も、目を点にしてパチクリする。
これはもう、考えるまでもない。
「隊長……」
「あれー? いや! そんなはずはない!」
シルヴィア隊長はもう一本の薬剤を、ためらいなく自分の腕に注射した。
子供っぽいのに、注射は怖くないらしい。というか、自分に注射する意味が分からない。
「えぅえぅえぅ!! フェー!!!!!ファファファファファファ!」
呂律が回らな過ぎてもはや何を言っているのか完全に理解できなくなったチンピラのことなど誰も気に留めず、皆シルヴィア隊長の様子を固唾を飲みながら見守る。
そして……。
「ほら、もし間違っていたなら私は今自白剤を注射したことになる。なんでも聞いてみろ。絶対にくちわわわわわわわわわわ」
ガクガクと震えだし、そのままへたりと床に寝転んでしまった。
「あああああああしがぷりゅぷりゅすゆゆゆゆゆゆゆ」
「あああああいわんこっちゃない……!!」
トニーさんが頭を抱えておろおろし始め、ガレットさんはやれやれとため息をついた。
俺とシャルロットさんは、目の前で繰り広げられる茶番に呆れかえることしかできない。
ぐわんぐわんと大きく体を揺らしながらも、シルヴィア隊長はチンピラへの尋問を続行せんとする。
「ふぉほほほりゃみりょ、わたしわまちぎゃってにゃどいにゃにゃい!」
絶対に自分のミスを認めようとしない、強靭な精神力。だが、キンニクヨワクナールの効能はそれ以上の強さを発揮したらしい。
「みりょりょりょへうへるろるれるれろ!」
「ぎょろんぴりょーめるめるぴーぽれぽれ!」
そのまま、チンピラと一緒になって宇宙人語を連発し、不可解なダンスを踊り始める始末である。
彼女自身はそんなつもりはないのだろう。だがキンニクヨワクナールの効能で力が入らない現状では、ああなってしまっても仕方がない。
「あー、隊長、どっちもキンニクヨワクナール吸い上げたんですねコレ……」
「そうみたいだな。やっぱり隊長に任せるんじゃなかった」
海兵隊二人の沈痛なつぶやき。
そしてキンニクヨワクナールで骨抜きになった二人。
「みーひょろろろぃっぇっぷぇいぇーい!」
「まーれまもんまももいうまもめーん!」
机の上のメモ用紙に何かを書こうとし、しかし力が入らないために紙だけにとどまらず机全体に解読不能な記号を描き始めるシルヴィア隊長と、椅子の上で跳ねまわっているチンピラ。
なんだか、コント映画でありそうな一場面。
「……これ、尋問どころじゃないですよね」
「薬の効果が切れるまでは無理だろうな」
「ちょっと、外の空気吸ってこようか」
俺たち空軍三人は、繰り広げられる茶番から逃れるように、取調室を後にした。




