四五話 ~おでかけ~
二章です
「ナーナーリョースケー! アソボーよ! ヒマだヨー!!」
「えぇい黙ってろ! 今忙しあぁっ!!」
「こらこらリョースケ、国賓にそんな言葉使いしちゃダメだよ。首を落とされても知らないよ?」
「真顔で怖いこと言わんでくださいリュートさん!」
アーネストリア基地のハンガー。
フレイアが首都に行った日から一週間後のこの場所で、俺はダダをこねるフレイアをなだめるのに必死になっていた。
というかそもそもなんでフレイアがここにいるかだが、あの騒ぎがあって上の連中は首都に彼女を置いておくことをためらった。
そのうえ、彼女を今後どうしていくのかも答えは出ないまま。
結局元いたこのアーネストリア基地に戻し、一応捕虜待遇でこうして暮らしているのだ。
捕虜と入ってももはや基地の一員と言った勢いで、職員たちとも打ち解けているフレイア。
こうして俺の作業の邪魔をしにハンガーへとやってくるのも日常茶飯事になっていた。
「今は忙しいの! 後で遊ぶから今はあっちいってなさい!」
「ケチンボー!」
ブー垂れるフレイアを引きはがしたと思ったら、今度は――
「おにーちゃん! 私の洋服一緒に選んでくれるっていう約束は!?」
「ノエル! ここには来るなって言っただろ!」
――プンスカと頬を膨らませたノエルのご降臨だ。
親を失った彼女はシャルロットさんのわがままで、この基地で暮らすことになったのだ。マリーおばさんも、快く承知してくれた。
そこまでは良かったのだが、波長が似ているのだろうか? よくフレイアと一緒になってこうして俺の邪魔をしに来るのである。
「けちんぼー!」
「言ってろ!」
そして、もう一人。
フレイアと基地の職員は打ち解けたとさっき言ったが、ただ一人だけ。
「い、行ったか?」
「行きましたよ。いい加減普通に話くらいはしたらどうなんですか?」
「だだだだだってさぁ!」
エイルアンジェの陰から、顔だけ出して震えあがっている彼女。
スパロウスコードロン隊長にしてこのルーニエス空軍のエース。シャルロット・ハルトマンは、フレイアが去っていったドアの方を見やりながらそう叫んだ。
彼女は昔、フレイアの妹を殺している。
それ故に、彼女とうまく接することができないでいた。
顔を見合わせるたびに真っ赤になり、あがり症のごとくなにも言葉を発せなくなる。
ずーっとそんな調子で、あれ以来フレイアとは一言も言葉を交わしていないらしい。
「いつかは話す! いつかは話すけど」
「今じゃない。ですよね。聞き飽きました」
「一週間でそんな大事なこと言えるかバーカバーカ!」
「はいはい……」
山ほど問題は残っているけれど、それでも毎日騒がしく充実した異世界生活も、もう二週間。
だいぶこの世界にも慣れ、違和感も消え去っている。
生まれたときからこの世界で生きてきたんじゃないかって言えるほど、もう俺はこの世界、ブルー・ストラトスフィアになじみ切っていた。
「おーうチンピラパイロット諸君! 元気かね!?」
突然、ハンガーの入り口から声が投げかけられた。
どこか幼くも、それでいて芯の通ったこの声は……。
「げっ! まーためんどくせぇのが……」
シャルロットさんは露骨に顔をしかめ、リュートさんは微笑み、俺は苦笑を浮かべる。
「やぁやぁ楽にしたまえ諸君! このシルヴィア・フランポート、海兵隊隊長が様子を見に来てやったぞ!」
ドヤッと胸を張る狼耳の美少女、ルーニエス海兵隊隊長シルヴィア・フランポート中佐は、苦虫をかみつぶしたような表情のシャルロットさんの前まで足を運んでフンスとさらに胸を張った。
「お前、落ちたらしいなぁ?」
そして、嫌に粘着質な声でそうシャルロットさんに問いかける。
「何がだ」
「撃墜されたんだろぉ!? あぁ!? それでエースだなんて言えるのかぁ?」
始まった。二人のあまりにも幼稚な言い争い……。こうなったらもう、だれにも止められない。ほおっておくのが一番だ。
「リョースケも、だいぶ慣れてきたみたいだね」
そんな俺の様子をみて微笑みながら、リュートさんがそう言った。
「えぇ、相手するだけ無駄だってこの前わかりましたから……」
「それが賢明な判断だ。今後もそうするといいよ」
「そうしますとも」
俺たちの後ろでは、シャルロットさんとシルヴィア隊長が不毛な言い争いを繰り広げ続けている。
その罵声の銃撃戦をBGMにしながらも、俺は作業に戻った。
※
結局首都に現れた謎のメデュラド機の正体は掴めず終いだ。
どこから現れたのか、どのようにして首都近郊まで侵入したのか。そしてその目的も。
いや、目的は推測できる。フレイアの抹殺だ。
これはまぁ、考えなくてもわかることかもしれないけど。
でもそれはおいておいて、ルーニエスの防空網をいともたやすく突破し、首都付近まで侵入を許したということの方が大問題だ。
でも、手の打ちようがない。今以上に警戒の網を密にし、対応していくしか現状方法は無い。
「どうなるんだろうねぇこれから……」
俺は愛機であるエイルアンジェのキャノピーをふき掃除しながら、そう呟いた。
今はエンジンもバッテリーも動いていない。当然、人工知能であるアンジェからの返事は無い。
だけどなんとなく、そう呟いた。
「リョースケ」
足元から、リュートさんの声。
いったん掃除をやめ、そちらに顔を向ける。
彼は腕時計型の携帯電話をいじくりながらも、険しい顔をこちらに向けていた。
「今マルタの警察署から連絡が入った。この前のチンピラ、目を覚ましたらしい」
「この前のチンピラって、フレイアを襲った連中ですか? 目を覚ましたって、今まで意識なかったんですか?」
「あぁ、事故で意識不明の重体だったらしい」
「あぁ、なるほど……」
俺はあの教官の、笑顔のまま拳銃をブッ放すシーンを脳裏に思い浮かべる。
あの人だけは敵に回してはいけないと、今でも俺の本能が訴えかけてくる。
「それで、そのチンピラがどうかしましたか?」
「こらから尋問を行うんだが、君たち当事者にも立ち会ってもらいたいらしい」
「じゃあ今からマルタにお出かけですか?」
「あぁ、海兵隊の連中と、フレイア王女もつれてピクニックと行こうじゃないか」
俺は大きくため息をつく。
いちおう、ここは最前線基地だ。
でも、言っても無駄だろうなぁと諦め――
「準備してきます」
――拭き掃除を途中で切り上げ、梯子を下りた。
一週間ぶりのマルタの街。
今回はもう襲われる心配はないだろう。万が一襲われたとしても、海兵隊連中がいる。
「俺だけ気を張っててもしかたねぇしな……」
この基地の連中は、基本ゆるゆるだ。
俺もずいぶんこの基地に染まったものだななんて思いつつ、勝負がつきつつあったシャルロットさんとシルヴィア隊長のもとへ。
あと一歩で泣き出しそうなシルヴィア隊長をなだめつつも、俺たちは外出の準備を整えるため、ハンガーを後にした。
二話へ続く。




