四四話 ~パイロット 後編~
1章はこれでおしまいになります
2章からドタバタコメディーになるのでよろしくお願いします
「っしゃあ! ケツ取ったぞ!」
『こっちもケツ取られたけどな!』
首都付近に突如出現した敵戦闘機部隊。
敵六機に対してこちらは二機。
普通に考えれば絶望的と言ってしまっても過言ではない状況。
だけど俺は、こみ上げてくる笑いをこらえることができなかった。
楽しい。燃える。こんなシチュエーション、願ってもない。
最高にかっこいいショータイムだ。
ゲームでもこんな状況、なかなか生まれはしない。
でもこれは、ゲームでも何でもない。
まごうことなき現実。
射出座席から伝わるエンジンの振動。
飛び交うビームの光。
うるさいほどに高鳴っている自分の心音。
飛び込んでくる情報ひとつひとつが、これが現実であるということを鮮烈に印象付け、さらにアドレナリンの分泌量が上がっていく。
『ルーキー! 五時方向!』
「はがします! 左ブレイク!」
左に急旋回。斜め後ろを飛んでいるシャルロットさんも、全く遅れることなく俺についてきてくれる。
翼の端から伸びるヴェイパーを、ビーム機銃が切り裂いていった。
敵はこちらの三倍。ツーマンセルで飛行しているから、一対三ともいえる。
誰かの後ろを取ろうとすればその間にケツを取られ、そうでなくとも残りの一チームがどこからともなく攻撃を加えてくる。
攻撃に移る隙が無い。
こいつら、けっこうな手練れだ。
機動自体のキレもよくて、LCOSにその姿を捉えることもできない。
「フフン、やっと手ごたえがある奴らが出てきやがったな……!」
でも、問題ない。
たしかに腕はいい。今まで戦ってきたパイロットたちのなかでも一二を争う連中だ。
だからと言って、俺たちより強いとは限らない。
俺とシャルロットさんには、敵わない。
「アンジェ! エウリュアレーを前の一機に全部ぶち込む!」
『了解、シーカー冷却開始します』
「まず一発撃ってフレアを吐かせて、間髪入れずに残りを撃つぞ!」
『了解』
さっきの空戦でだいぶ数が減っていたエウリュアレー。
だけど温存する必要もない。
まだシャルロットさんの機体には大量のエウリュアレーがぶら下がっているし、なによりビーム機銃がある。
出し惜しみは趣味じゃない。
「スパロウツー! FOX2! FOX2!!」
まずは一発。夜空を切り裂いて伸びていくまばゆい光。
当然のごとくフレアを放出しながら回避機動を取り始める前の二機。
こっちにとってはラッキー、向こうにとってはアンラッキー。
フレアに妨害されると思っていた一発目のエウリュアレーは、それには目もくれずに敵の機体へと直撃した。
しかも、どうやらシャルロットさんがすでに何発か攻撃を加えていたらしい。
普通ミサイル一発じゃあ破壊されないはずのTT装甲が真っ赤に熱を持ちながらひしゃげ、吹き飛んだ。
主翼と垂直尾翼を吹き飛ばされたその一機は、真っ黒な煙を吐き出しながらくるくるときりもみ状態に。
そのまま高度を落とし、二度と雲の上に上がってくることは無かった。
「スパロウツー! スプラッシュバンディット!」
なんて喜んでいるのもつかの間。
「ぬおっ!!」
凄まじい衝撃とけたたましいアラーム音。
コンソールに目をやれば、主翼に何発かビーム機銃を被弾してしまったらしい。
TT装甲の蓄熱率が四十パーセント近くにまで上昇していた。
『大丈夫かルーキー!』
「問題ありません! 隊長は大丈夫ですか!?」
『かすりもしてねぇ! さっさと叩き落すぞ!』
「了解!」
今度は、ミサイルアラート。
真後ろからミサイルの噴射炎が三つ、こちらに近づいてくる。
「フレア! フレア!!」
俺とシャルロットさん、二機のエイルアンジェから吐き出された大量のフレアは光の壁になってミサイルの行く手を阻む。
さらにエンジン出力を絞り、急上昇しながら右急旋回へ。
敵はこっちの機動を読んでいたらしく、キャノピーのすぐそばを緑色の光線が通り過ぎていく。
恐怖も何も感じない。
ただただ楽しくて、吊り上がった口角のまま射撃してきた敵を睨み付けた。
『ルーキー! 私がやる! 少しはかっこいいとこ見せねぇとな!』
「お願いします!」
少し後ろを飛んでいたシャルロットさんの機体が、くるりと縦に回転。
機首を敵に向けたところでバーナーを点火し、ビーム機銃を乱射しながら敵編隊へと突っ込んで行った。
ミサイルに追われている最中だというのに、あんな意味不明な機動を取ってくるとは思っていなかったのだろう。
わたわたとシャルロットさんの機銃を避けながら、完全に体勢を崩された形となった敵。
その敵の中心を、シャルロットさんのエイルアンジェが高速で突っ切った。
そして急旋回。
真っ白なヴェイパーをその身にまといながら、ゲームでもお目にかかれないほどのハイスピードハイGターンを決め、あっという間に敵のケツを取る。
その彼女のケツを取ろうと、もう一つの無傷のチームが動き始めていた。
彼らは俺の少し上空。シャルロットさんの機体を見下ろし、二機編隊を綺麗に保ったまま急旋回。
高度を落としながら彼女の機体を射線に捉えんとする。
「させるか!!」
さっき一発しか撃たなかったから、エウリュアレーはまだだいぶ残っている。
その全てを、急降下している敵に向けてブッ放した。
フレアを吐きだしながら、左右に急旋回して回避機動を行う敵。
でも速度に乗りすぎた機体は大きな機動を行うことができず、二機ともエウリュアレーの餌食となった。
二つの火の玉がまとまって一つになり、今までで一番大きな花火になって夜空を照らし出す。
これで三機!
俺たちが来てから三分と経っていない。
やっぱり俺たちは、強い。
さらにさらに、笑いがこみ上げてくる。
『グッドショット! それと……!』
シャルロットさんの機体から、エウリュアレーが放たれた。
彼女が後ろを取っていた二機には向かわず、なぜかこちらに向かって飛んでくるミサイル。
一秒ほどでミサイルは俺のすぐそばを通り過ぎ、そして後方で爆発。
『まだまだツメが甘いなルーキー!』
どうやら、さっき撃ち漏らした一機が俺の後ろを取っていたらしい。
彼女はそれをピンポイントで撃墜してくれたのだ。
「じゃあこれで貸し借り無ってことで!」
『そういうことにしておこう。さぁタイマンだ! さっさと決めるぞ!』
「了解!」
これで、敵の残りは二機。
こっちも二機。
六機いてもこっちを撃墜できなかった敵さんだ。
もうこれは『チェックメイト』と言っても過言ではない。
でも、最後まで気は抜かない。
何が起きるのかわからないのが空中戦なんだ。
『ルーキー! ミサイル! ミサイル!!』
「大丈夫です!」
そう言っている合間に、敵は俺に向けミサイルを撃つ。
距離も遠いし、エンジンも十分冷えている。
回避は容易だ。
だけどその間に、敵は二手に分かれて別行動を取り始めた。
一機は急上昇。もう一機は雲を切り裂いて急降下。
なるほど、このミサイルは当てるのが目的じゃないってことか。俺みたいなミサイルの使い方をするもんだ!
『ルーキー! 私は上昇した方を追う! 下に降りた方はお前に任せるぞ!』
「ウィルコ!」
バーナーを点火し、急上昇し始めるシャルロットさん。
俺も遅れを取らないように、バーナーを点火して雲の下に逃げたもう一機を追う。
雲の下に逃げたとはいっても、センサートレースのボックスは常に敵の位置を示し続けている。
敵はこちらに機首を向け、雲の向こうからビーム機銃を乱射した。
「あっぶね!」
でも、やっぱり直接視認していないんだから当たるはずもない。
機銃を避けた俺は右ロールを行いながら高度を落とし、雲の中へと突っ込んだ。
そのとたん、ミサイルアラート。
敵さんも必死になるよなぁそりゃあ!
「フレア! フレア!!」
バーナーを消し、フレアをばら撒きながら急上昇。
雲の中でエンジンの冷えは早い。
このミサイルもなんなく回避したけれど、その間に敵は俺の後ろを取っていた。
本当に俺みたいな飛び方をする奴だ……!
「雲の中で視界も悪い。それにタイマン。こりゃあもうアレをやれって言ってるようなもんだよなぁ!」
うしろを取られたら、はがせばいい。
十八番であるコブラ機動で急減速を行い、敵をオーバーシュートさせた。
すぐさまエンジン全開。急加速して敵に追いすがる。
トリガーを押し込み、ビーム機銃を発射。
だけど敵はジンギング機動で小刻みに進路を変え、こちらの攻撃をなんなく回避していく。
やっぱり、こいつは腕がいい!
だけどこっちの方が燃えるじゃないか! 雑魚いNPCを相手にするより、なんぼか楽しい!
「これでどうだこの野郎!」
まず、敵の右後ろに機銃を叩き込む。
当然敵はそれを回避するために、左へと舵を切る。
それが狙いだ!
右に機銃を撃ってすぐ、左ラダーを思い切り蹴り込んで乱暴に機首を敵の左側に向け、そのままトリガーを引ききる。
進行方向より少しだけ機首がずれたまま飛び続ける俺の機体。
言うなれば、空中ドリフトだ。
機銃の束が敵のTT装甲を捉え、真っ赤に加熱させていく。
かなり蓄熱率を上げられたと思うけど、それでも撃墜には至らない。
敵は美しいバレルロールで射線を回避したのち、バーナーを炊いて急上昇へと移行した。
あいつ、こっちにミサイルが無いことに気づきやがったな。
「隊長! すいません! 一機そっちに行きます!」
『問題ない! まかせとけ! それと、当たるなよ?』
「どういう……」
そう彼女に聞こうとした、その瞬間だった。
敵と俺は雲を突き抜け、月明りの夜空へと飛び出した。
そして、その視線の先。
はるか上空の星空へと向かう俺たちの機体の、真正面。
『チェックメイトだ、クソ野郎!』
そこには、急降下してくるシャルロットさんのエイルアンジェ。
もうすでに、戦っていた敵は撃墜したんだろう。
敵とヘッドオン状態となった彼女は、ビーム機銃を放った。
俺は彼女に撃たれることが無いよう、コブラで急減速して退避。
ここからでは直接見ることはできない。
でも、彼女の機銃はきっと敵のコックピットを捕らえたのだろう。
パイロットを失った機体は、勝手に水平飛行に戻ろうとする。
敵のレイダーはフラフラと頼りなく水平飛行に移り、そのまま遥か彼方へと飛び去って行ってしまった。
首都の方向とは真逆。きっと息絶えたパイロットの遺体を乗せたまま、あいつはこの空を飛び続けることになるんだろう。
もしかしたら自動操縦で、基地に戻るかもしれないけれど。
その機体を見送りながら、俺は大きく息を吐き出した。
『さて、終わったなリョースケ』
いつの間にか横についていたシャルロットさん。
月明りの下、キャノピー超しに、彼女が笑ったような気がした。
「ですね。アラクネーの方は大丈夫でしょうか?」
『大丈夫だろ。あいつらを残してお前がこっちに来たってことは、それなりに腕の立つ連中だったからだろ?』
「はい。想像以上に練度が高かったです。俺が行かなきゃ落とされてたでしょうけど」
『言ってろ。さぁ、とにかく帰ろう。もしかしたら別の部隊がまた現れるかもしれない。補給もしなきゃな』
「了解です」
俺たちは、機首を首都へと。
念のため、空対空戦闘モードのまま空を飛ぶ。
だけど、今までの戦いが無かったかのように静かで、何もない空。
見上げれば、地上で見るよりもずっと近い星空。
ここは地球じゃないから、見知った星座は見つけられない。
だけど、星空の美しさはこのブルーストラトスフィアでも変わらない。
『さてリョースケ。どうだった?』
「どうだったって、何がですか?」
やがて、はるか向こうに首都の灯りが見え始める。
滑走路の誘導灯も、暗闇に一筋の光を浮かび上がらせていた。
その光に向かって飛びながら、シャルロットさんが続けてこう聞いてきた。
『こっちに来てまだそんなに時間は経ってない。でも、いろいろあっただろ? どうだ? このままファイターパイロットを続けられそうか?』
「当然です。シャルロットさんと一緒に飛べるのは俺だけでしょう」
何の迷いも、ためらいもなく答えた。
この世界で手にした戦闘機パイロットという夢。
人殺しとか、戦争とか、いろいろある。
でもやっぱり、俺はこれからも空を飛ぼうって、そう思った。
一章 おわり




