三十話 ~フレイアはかく語りき~
今回も説明会というか、情報整理回になります。
長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
その後何事もなく基地にたどり着いた俺たちは、とにかくフレイアの身元を確認するべく行動を起こした。
こちらの世界でも本人確認に一番確実性があるのはDNA鑑定らしく、そのために彼女をまず医務室へと案内する。
他国の王族のDNAデーターは、もし国内で他国の国賓が何らかの事故にあった際すぐに対応できるようにと、情報だけは保管されているらしい。
そういう国家機密と言ってもいいほどの情報を共有できるほど、メデュラドとの仲がいい時もあったっていうことなんだろうけど、今となってはそんなものもあまり意味をなさなくなってしまったわけで。
……基地職員たちも野次馬に集まり、彼女の姿を見た途端に絶叫しだしたり奇声をあげだしたりで、一瞬のうちに基地はレッドアラート時よりも騒がしくなった。
そういえば彼女、今再放送してる人気ドラマでヒロインやってるって言ってたし、基地のみんなが見てるのってその再放送ドラマだろうし、これは本当に彼女は王女様なのかもしれないなんて思ったりもして。
でも結果は、やっぱりこの目で見てみなければわからない。
椅子に座らされ、DNA鑑定のための採血を、それはそれは痛そうに受けたフレイア。
彼女の腕から採取された新鮮な血液を蓄えたスピッツを、医官の手から受け取ったのはリュートさん。 そして彼の手によって、医務室の片隅に鎮座していたよくわからない機械へとスピッツが吸い込まれていく。
「結果は十分ほどで出ますので、少々お待ちくださいね」
「アイヨー!」
うなりを上げ始めた機械の前を辞しながら、そうフレイアに笑いかけたリュートさん。それに、フレイアが変わらぬ元気いっぱいな返事を返した。
医官には退室してもらい、医務室には、リュートさんと俺とシャルロットさん。そしてシルヴィア隊長とガレットさん。
そしてもう一人。この騒動の張本人である自称王女。
俺たちに囲まれて、ソファーで差し入れのスナック菓子をモサモサ食べるフレイアが大きく欠伸をする。
「それで、結果が出るまでに。フレイア。なんで君がこのルーニエスに、そのマルタにいたか教えてもらっていいかな?」
「オー、それナー! 長くなるけど、聞いてチョー?」
そういうとフレイアは、新しいスナック菓子の袋を破きながらとつとつと語り始めた。
「私の国、メデュラドなー? 実は、魔物の被害が尋常じゃナイんヨー。聞いたことナーい?」
「それは、聞いたことがないな……」
魔物。いきなり異世界感のあるセリフが飛び出してきた。
いや、この世界に来てリュートさんから説明を受けたときに、その存在だけは聞いている。
今まで繰り返されてきた魔法連合と科学連合の戦争で、魔法側が生物兵器として用いた怪物たち。
科学連合の領地あちこちに残されたそれらに対抗するために、ルーニエスは超高性能無人戦闘機とAIを作り出したとも。
「マァ自分の国がピンチだーって言っテ弱みを握られたくない一部のバカどもがこの情報をひた隠しにしてるから、知ってる国は少なイんだけドナー。でも、ホントにひどい被害なんダー。もう地方の街なんテ、いくつも滅びてル」
「そんな状況だというのに、下らん自尊心で自分の首を絞めているということか……」
「ソユコトー。ソレデネー? このママじゃマズイってんで、ルーニエスに頭を下げて魔物に対抗できる兵器とAIを譲ってもらオーゼ! っていう穏健派な考えの人たちが出始めてナー? その筆頭が私だったんダケど」
「ちょっと待ってくれ。大体察しはついたぞ? その一部のバカどもが、ルーニエスに頭なんて下げたくねぇって言って、フレイアを筆頭にした穏健派を……」
「ビンゴー! 殺したり捉えたりでモー大変! だから、私はソノ手を逃れてルーニエスにお忍び亡命してたッて訳サー!」
医務室に、重苦しい空気が流れ始める。
フレイアはあっけらかんと、いつもと変わらぬ明るい口調で打ち明けてくれたけど……。
「これ、俺たちだけでどうこうしていい問題じゃないな」
「当然だろう。敵国の王女、いやまだわからんが、とにかく王女が関わっている時点で国会まで上げなきゃいかん問題だろうよ」
その重苦しい雰囲気の中で、ガレットさんが一つ一つ言葉を選びながらも続けた。
「となると、今俺らに戦争を吹っかけてるのはその過激派の連中ってことか? 頭を下げて技術を分けてもらうより、ブンどった方がいいと。科学連合全体の目なんて気にせずに?」
「そう考えたンじゃないカナー。私はよく知らんケドも」
「ばかばかしい! くだらないプライドで戦争を起こして、もうすでにズタボロな科学連合同士で殺しあって、メリットなんて一つもない! バカげてる!」
シルヴィアさんが、吠えた。
彼女の言葉はおそらくこの場全員の思いを代弁したものだっただろう。
けどその叫びに、冷静な意見が挿し込まれた。
その言葉を発したのは、苦虫をかみつぶしたような顔をしている、リュートさんだった。
「いや、一つだけメリットがある。メデュラドのメンツが保たれるっていうね」
「国民の安全よりメンツだと!? そんな国はクソ喰らえだ!」
今までのちんちくりんな印象など、まるで無かったかのように激昂するシルヴィアさん。
なんとなくだけど、彼女が海兵隊の隊長を務めている理由が、彼女に人がついてくる理由が分かった気がする。
けどそんな彼女の叫びにも、リュートさんは動じなかった。
「それは理想論だ。シルヴィア。国を動かすというのは、そう単純なことじゃないんだよ」
「だが……!」
「とにかく、メデュラドが俺たちに頭を下げて魔物に対抗することよりも、俺たちから技術をブンどって魔物にも勝つっていう選択肢を取ったことは確かなんだ。国をふたつに割ってまでもね」
ここでまた、医務室は重い沈黙に包まれた。
「狂ってやがる……! そんなにメンツが大事かよ……!」
心の底からの悔しさをにじませるシルヴィアさんが、拳を壁に打ち付けた。
ガレットさんが、彼女の腕に手を添えてそっとおろさせる。
そこに、今までだんまりを決めていたシャルロットさんが口を挟んだ。
「だが一つわからん。開戦の理由はメデュラド軍用車両に対する爆弾攻撃だったよな? そこに使われていたのは、門外不出のはずのルーニエス製軍用爆弾。全く意味が分からん」
彼女の言葉に、リュートさんがすぐさま返す。
「黒幕がいるのは確かだ。現状一番ありうるのは開戦の理由が欲しいメデュラドの過激派が、ルーニエスの仕業に見せかけて事件を起こしたってことだ」
ガレットさんも、その波に加わった。
「だけど、メデュラドの過激派がルーニエスの軍用爆弾を入手できるはずがない。と……」
「そうなるね」
ここまでの会話で、少しだけ気になることがあった。
「あの、爆弾を国外に持ち出すのって、そんなに不可能なことなんですか? なんか、爆弾一つくらいメデュラドが持ち出してもおかしくはないと思うんですけど」
「あ、ソレ私も思ったナー!」
たかが爆弾一つ。どうとでもなるような気がしたのだ。この前もちょっと思ったことなんだけど……。
フレイアも同じ考えに至っていたようで、この重苦しい雰囲気だというのにかわらずハイテンションなまま俺に続いた。
そんな俺たちに苦笑しながらも、リュートさんが答える。
「リョースケ、ウチの兵器管理システムはね。AIが管理してるんだ。世界最高のAIが。生産から運搬、どこで使用されたかまで、全てAIが把握、管理してる。その記録の中に、メデュラドに持ち出されたという記録がないんだ。それはつまり、本当に爆弾がメデュラドにわたっていないということを意味する」
メデュラドがAIをハッキングしたのだとしたら……。いや、それはない。それができるんだったら自分たちでルーニエス以上のAIを作り出せるはずだ。
「じゃあ、ルーニエスの誰かがAIをいじくって、そのうえでメデュラドに流した。とか……?」
「その線も考えた。ルーニエスの裏切り者がメデュラドに爆弾を流したと。でもあのAIをどうにかするなんてことは、本当に不可能なんだ。開発したハーフエルフたちですらも。リョースケ。君は水の上からエイルアンジェで離陸できるか?」
突然そう問われ、すぐに答えを返すことができない。
どういう意図での質問なのか、わからなかったからだ。
でも、常識的に考えて……。
「無理ですよそんなの。エイルアンジェは水上機でも何でもないですし」
こう答えるほかはなかった。
「その通り。絶対に不可能なんだ。だから、その線もナシだと思ってる」
「なるほど……」
これは、いよいよ意味が分からなくなってきた。
まぁだからこうしてみんな頭を抱えているんだけどね……。
「ウーム。今までをまとめると、つまりメデュラドの過激派が、増え続ける魔物被害に焦りに焦ってAIほしさに戦争を起こしたってことは確定。でも、その原因になった爆発事件の詳細は全く持って不明、と……」
「そうなるねぇ……」
「なんだか、本当にきな臭くなってきたな。今の今まで、確かにメデュラドは私たちにちょっかいを出し続けてきていた。科学連合もAI欲しさに、それを黙認してた。けどここにきて一気にコレだ。戦争を引き起こした何者かが裏にいるって考えていいんじゃないか? メデュラドとルーニエスを戦わせて、何らかのメリットを得る奴らが」
シャルロットさんの言葉は一理ある。
これは本当に、第三者の介入があったとしか思えない。
「そうだと仮定して、一番考えられるのは……」
「魔法連合だよねやっぱり。科学連合の中で一番仲が悪かったのがこのルーニエスとメデュラドだ。隣国だから仕方ないけどさ。そこを戦わせて科学連合全体の力を徐々に奪って一番おいしい蜜を吸えるのは、やっぱり魔法連合だ」
「メデュラドがルーニエスのAIを欲しがる理由も、元をたどれば魔法連合の魔物ですしね……」
でも、その証拠もない。証拠を掴めたところで、メデュラドの過激派はAIを勝ち取るまで戦争をやめようとはしないだろう。始めてしまった手前、もう後には引けないはずだ。
こっちからAIの情報提供を行うか?
いや、過去にそれで魔法連合との戦争になったんだ。この国の今までの行いがすべてムダになるし、メデュラドにだけ技術供与をするなど気に食わんと、科学連合のすべての国がこのルーニエスに対してさらなる強硬的な態度を取りはじめる可能性もある。
「じゃあ、これからどうすればいいんだ……? 戦争が長引けば、負けるのはこっちだ。魔法連合の仕業だっていう確かな証拠もない。そのうえで科学連合に助けを求めても……」
「必ずと言ってもいいほど、AIの技術供与を求められるだろうね。そしたら、あの戦争に逆戻りだ」
まさに五里霧中。
だけどそんな中でも、一筋の光が差し込んだ。
「あっ、DNA鑑定の結果。出たみたい」
さっきまでうなりをあげていた機械がブザーを鳴らし、うんともスンとも言わなくなった。
そのまま十秒ほど時間が経過し、その機械の隣に設えられていたモニターに結果が表示されたようだ。
話の輪を抜け出し、リュートさんが確認しに向かう。
「どう、だった?」
シャルロットさんが、まさに固唾を飲むといった面持ちで、尋ねる。
それはもちろん、俺たちも同じ。
ただ一人フレイアだけが、結果など最初から分かっているとでも言いたげに、スナック菓子をむさぼり続けていた。
「……メデュラド王国第二王女、フレイア・レステリス・ド・フェルデルレリシア・メデュラド殿下。今までのご無礼、お許しいただきたく存じます」
リュートさんが、深々と頭を下げる。
それが、検査の答えだった。
三一話へ続く。
読んでいただきありがとうございました。




