二九.五話 ~帰路~
すこし長くなりそうなので、分けて投稿します。
「アネゴ達を襲ったチンピラ。全員逮捕されたそうです。それと、なんか事故ってたスポーツカーも交通違反の常習犯だったみたいで、一緒にしょっぴかれたとかなんとか」
「わかった。ありがとう。さすがに自分たちの所属とか、もしくはどこに雇われたかとかの情報は吐いてないよな?」
「残念ながらっスね」
「了解」
運転席で装輪装甲車を運転するイケメンケモ耳海兵隊員、トニーさんとシャルロットさんの会話は、いったんそこで途切れた。
「……そうだ。お前がスパロウの二番機だよな? 実際に会うのは初めてだな。ルーニエス海兵隊、シルヴィア・フランポートだ。その、さっきはみっともないところを見せた。忘れてくれると嬉しい」
その途切れた会話を引き継ぐかのように、ガレットさんの膝の上にちょこんと座るシルヴィア隊長が、恥ずかしそうに目を伏せながらそう言った。
いや。忘れられるものではないし。そもそも今現在もガレットさんの膝の上というその状態こそ、自らのプライドというかそういうものを失墜させているのではなかろうか……。
でも当然そんなことを口に出せるはずもなく――
「はじめまして、橘涼介少尉です。よろしくお願いしますシルヴィア隊長。救援要請にこたえていただき、ありがとうございました」
――できるだけ毅然とした態度で、彼女に向け敬礼を送った。
「ウム。無い胸の下では苦労することも多いだろうが、頑張ってほしい。なんなら海兵隊の戦闘機部隊に異動してやってもいいぞ?」
「か、考えておきます……」
褒められたり、頼りにされると気分がよくなるのだろうか? フフンと得意げに笑ったシルヴィア隊長。それがまたなんとほほえましいことか。
でもまた調子に乗って無い胸とか言っちゃって、泣かされても知らないぞ……?
そのシャルロットさんはと言えば、さっきから腕を組んで唸り、物思いに耽っているご様子。
ラッキーと言えばラッキー、なのだろうか?
……海兵隊と合流し、基地へと向かう道の途中。
今俺たちが乗っているのは、ゴッツゴツの装輪装甲車、所謂IFVと呼ばれる軍用車両だ。
せまっ苦しいキャビンには、おどおどと周囲を見渡すステファニー女史と、俺とシャルロットさんのスパロウスコードロン二名、そしてガレットさんシルヴィア隊長コンビと、あの教官だ。
こんな騒ぎに巻き込まれてしまったのだから、当事者はみな一時的に軍の指揮下に入ることになったのだ。
ちなみに銃撃と衝突を受けてボロボロになった教習車は海兵隊員が運転を変わり、しっかりとこの装甲車の後ろをついてきている。
と言っても、この場で一般人なのはステファニーさんと、フレイアは……一般人と言ってしまってもいいんだろうか?
とにかく、『軍人ではない』と断言できるのはこの二人だけだった。
その軍人だらけの空間で、腕を組んで唸っていたシャルロットさんが口を開く。
「あいつら、はっきり言ってチンピラだった。ライフルの扱いもヘボだったし、襲撃のノウハウもまるでわかってない。もしワカメが本当に王女なんだとしたら、あんなヘボを刺客に送ってくるはずもないと思うんだが……」
フレイアと知り合った途端に襲撃されたんだ。あいつらの目的はフレイアの抹殺であったということはまず間違いない。
となると、彼女がなんらかの重要な人物であるということも確定したと言っても過言ではないだろう。
でも問題は、そこまでの重要人物を襲わせるのに、あの程度のチンピラを送り込んだ理由がわからないということ。
フレイア自身の言う通り、もし本当に彼女がメデュラドの王女だったとしたら。
普通はもっと屈強な精鋭部隊を送り込んでくるんじゃなかろうか?
……まぁ逆を返せば、彼女が『一応消したいけどそこまで重要人物じゃない』という可能性もある訳で、ここら辺は彼女の確かな身元が判明するまでは何とも言えないところなんだけど……。
「ウチらはそのチンピラとやらを相手にしたわけじゃないから詳しくはわからないんだが、そこまでヘボかったのか?」
シルヴィアさんのその問いには、相変わらず冷静なままの教官が答えた。
「確かに、まったくと言ってもいいほどの素人だったことは確かだね。そこらのゴロツキを金で雇ったような印象さえ受けたよ」
「そ、そんなにですか……」
教官の言葉は、やはり信用するに値するものらしい。シルヴィアさんも、難しそうな顔をして唸り始めた。
ステファニー女史すら含め、キャビンの中に重苦しい謎がのしかかる。
ていうか一般人である彼女に王女とかメデュラドとか言ってしまっていいのか? まぁ今更なんだけれども……。
姿の見えない黒幕によって始まってしまった戦争。敵国になぜか逃亡してきた自称王女。それを襲ったチンピラ。謎は深まるばかり。
俺、異世界に推理をしに来たわけんじゃないんだけどなぁ。
「うん、今考えても仕方ねーな。まずはワカメが本当に女王なのか確かめねーとお話にならん」
重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように、シャルロットさんが大きく伸びをした。
それにつられ、物思いにふけっていた各々も息を吐いてリラックスし始める。
そうだ、まずは大前提であるフレイアの身元を確かめないと。
「悩むのは基地に行ってからにしよう。それからでも遅くはない。ステファニーは巻き込んでしまって申し訳ないがな」
「い、いえ。なんか非日常って感じがして楽しいです」
カーチェイスを経て一皮むけたのだろう。そう答える彼女の瞳には、確かに好奇心の光が宿っていたような気がする。
三十話へ続く




