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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第6.5章 ダンジョン出現で揺れ動く世界 
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第85話 欧州の某国閣僚の憂鬱な日々

お気に入り10740超、PV 5510000超、ジャンル別日刊14位、応援ありがとうございます。






 EU本部ビルのとある執務室で、某国から派遣されている閣僚の男は、手渡された報告書を眺めながら秘書官をしている部下から口頭説明を聞いていた。 


「欧州への難民流入数が、大幅に減少しているだと?」

「はい。ダンジョンの出現により、中東での紛争が低調化した事が影響している物かと」

「そうか……ダンジョンが出現したおかげで、か」

「未確定の情報ですが、停戦条約交渉も水面下で行われているそうです」

「停戦交渉? それは、本当か?」


 男は顔を上げ、秘書官の顔を怪訝な眼差しで見る。

 

「はい。事実ここ1月程は、双方共に一切の戦闘行動は行われておりません。当初はダンジョンが出現した影響で一時的に指揮系統が混乱しているのかと思われたのですが、これ程長期に渡り一切の戦闘行為が行われていないと言う事を考えますと、停戦交渉の話も強ち嘘と言う事もないと思われます」

「そうか……事実であってくれれば、これ程良い知らせも無いな」


 近年、欧州各国では、中東の紛争で発生した、大量の難民が欧州へ流入してくる事が、社会問題となっていた。難民支援の為の費用は、日に日に増大し、政府の財政を圧迫。難民と自国民との間で起きる、生活習慣の違いによる、様々なトラブル。難民問題に関しては、これまでに、数え切れない程の問題が発生していた。

 それが、ダンジョンが出現したせいとは言え緩和すると聞き、男は小さく安堵の息を漏らす。一時的にせよ、難民の流入量が減れば現状を改善する展望も見えてくるからだ。


「そう言えば、政府が封鎖に失敗した国境近辺のダンジョンの現状はどうなっている? 以前の報告では近隣住民の有志が自警団を組織し、ダンジョンを封鎖していると聞いたが……」

「あぁ、えっと、その件なのですか……」


 男の問いに、秘書官は答えづらそうに口篭る。男は一瞬怪訝気な表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締め話の先を促す。 


「最新の報告によりますと、ダンジョンを封鎖していた多くの自警団が金銭を徴収し、入場希望者をダンジョンの中に入れているそうです」

「……はっ? 封鎖していたのではないのか?」

「ダンジョン出現当初はそうだったのですが、政府のダンジョンに対する対応の遅さと、ダンジョンからドロップするアイテムが高額で取り引きされると言う情報の広まりから、ダンジョン入場希望者から金銭を受け取るように趣旨が変わっていったそうです。現在では地方振興策の一環として、観光資源の様に扱われています」

「……何、だと」


 秘書官の報告に、男は絶句する。

 都市部に出現したダンジョンは各国の警察や軍が閉鎖し民衆が入れない様になっているのだが、地方や国境付近に出現した物については手がまわらず自治体任せになっていた。その結果がこれとは……。


「規制は?」

「現状では不可能です。ダンジョンの扱いに関する法律はありませんし、ダンジョンが出現した多くの場所は個人や自治体の所有地です。国有地などであれば、国の権限で規制も出来るのでしょうが……」

「だが、実際に死傷者が出ているのだろう? それを理由に規制はかけられなかったのか?」

「入場料を徴収しダンジョンへの入場を許可しだしたのが、ダンジョンの危険性が世間に周知された後です。入場の際には、死亡同意書を書かせ賠償請求権も放棄させていますので法的な責任は追求できませんし、TV報道で死傷する危険が高いと言う事も知られているので、自ら金銭を払いダンジョンに入場する者に対する道徳的責任を追及する声は大きくありません。正式に規制法案を作らない事には……」


 秘書官は現状を嘆き、目を伏せ首を振った。

 ダンジョン出現初期は別にして現状では、金に目が眩んで危険地帯に行って死んだ、と取る空気が世間一般の意見である。


「そうか。だが、法案を纏めるにはまだ時間がかかる上、議会を通過させるとなると……」

「……今暫く時間が必要ですね」

「ああ。欧州理事会が決定を下してくれるのなら話は別だが……それでも各国間の調整には時間がかかる」


 連合体であるが故の動きの遅さが、ここに来て響いていた。

 事前に想定されていた問題ならば条約に従い各国ともに素早く連携して動けるが、想定されていない問題には新しい条約を締結する必要が出てくる。そうなると、各国間の利害関係を調整し、条約の草案を作成する必要があるのだが……国家間の利害調整が1,2ヶ月で出来る訳がない。


「何にしても、時間が必要だ」


 男は小さく溜息を吐きつつ、秘書官から次の報告を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 秘書官の報告を聞き、男は驚きで目を見開いた。 

 

「……加盟国の一部が、ダンジョン攻略を推奨する国内法を制定しただと?」

「はい。既にそれに対応する政府機関が動いており、今月末には許可を受けた一般人が自由にダンジョンに潜れるようになるそうです」

「何故、そんな真似を……」


 男は唖然とした様子で、手渡された報告書に目を通す。


「ダンジョン法案を通過させた国々はどこも、EU内では失業率が高い国々です」

「失業率? ……嗚呼、そう言う事か」

「はい。ダンジョンに潜る者達……探索者と言う呼称ですが、彼らの身分は狩猟者になるそうです」


 指定機関で登録すれば誰でもなれる探索者と言う職は、多くの失業者を抱える国家にすれば良い雇用創出の機会でもあった。ダンジョンから齎される利益は国家としても魅力的であり、探索者も少ない投資でダンジョンに潜りモンスターを倒す事で金銭を得る。リスクマネージメントをしっかりと行えれば、そう悪い職でもない。寧ろ魅力的とも言える。

 そして、失業者の多くは若者だ。彼等は働きたくなくて働いていない訳ではない、働く場所が無いのだ。そこに、ハイリスクハイリターンとは言え、魔法やスキルと言う若者の興味を引く魅力を持つ探索者と言う雇用が創出された。


「政府の都合で、若者を死地に送る気か……」

「法案導入を決めた国々では、雇用問題が大きな社会問題になっていましたからね。失業者が減れば政府としても税収が増え、国家財政の建て直しの切っ掛けになります。それに回復薬と言ったダンジョンから齎されるアイテムの数々は、国家から見ても酷く魅力的だったのでしょう」

「だとしてもだ。せめてダンジョン探索は、訓練を受けた軍人だけですべきだ。何の訓練もしていない民間人など、関わらせるべきではないだろうに……」


 男は目を伏せながら、秘書官の達観した様な物言いに反論する。

 

「それは私もそう思います。ですが、欧州議会にダンジョンの取り扱いに関する法案を提出出来ていない現状では、導入を決めた各国に対して何と言えば良いのでしょうか?」

「……そうだな。連合が何らダンジョンに関する方針を示す事が出来ていないから、各国は独自の動きを起こしたのだな」

「はい。今回の件は、連合の動きの遅さに痺れを切らした……その結果だと思います」


 秘書官の言葉に、男は無力感を感じつつ何も言えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はとある新聞記事を一瞥し、力無く椅子の背凭れに体を預け天を仰いだ。

 

「こうなってしまっては、もう止まらんな」


 男の見ていた新聞の一面には、日本のコアクリスタル発電成功の見出しが躍っていた。

 只でさえ、危険性はあれどダンジョンの付加価値が認められようとしていた中でのこの発表、民間人のダンジョン立ち入りに反対の立場をとっていた男にとっては痛恨のニュースだ。


「高出力の無公害クリーンエネルギーか……こんな物がダンジョンから採取可能となれば、政府も民間人の立ち入り規制は緩和するしか無いだろうな」


 脱化石燃料。そして、エネルギー資源の内製化。これらだけでも相当魅力的でありながら、他にも温室効果ガスの削減と言う名目で国内、いや欧州全体でエネルギー構造が変更されようとしている中でのこの発表は余りにも魅力的だった。


「将来の電力需要が、今以上に高まる事は必至だ。日本の原発事故以来、原子力発電を忌避する流れが世論にある以上、代替可能な安定した高出力発電が必要なのは自明の理だからな。このニュースが本当なら、原子力発電に変わる次世代の発電手段になる。そうなれば燃料の確保の為にも、政府は民間人のダンジョン潜行を許す事に……」


 そこまで考え、男は頭を左右に振った。

 大筋の流れは変えられずとも、変えられる部分はあると思い直したからだ。 


「ならばせめて、民間人が何の訓練も受けずにダンジョンに潜る事が無い様に規定を作るべく、働きかけるしかないな……」


 男は気合いを入れ直す様に、頬を両手で叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は秘書官の報告を聞き、溜息を漏らした。

 

「予想されていた事態とは言え、こうも予想通りに推移するとはな……」

「治安の悪化、禁止アイテムの闇取引、探索者による犯罪の急増、マフィアの活性化……導入検討段階で予想されていた通りですね」

「ああ、特に先行して探索者制度を導入した国が酷い状況だ。治安組織が事態に対応しきれているとは、とてもではないが言えないな」

「調べた所、先行して探索者制度を導入した国々では探索者として登録する時、書類審査と面接を行うようになっていたそうですが徹底されていなかった事が一因のようです。多くの申請者に対応する為、登録開始初期には、登録申請書類はロクに確認されず、御座なりの面接を受けるだけで、ほぼ無条件で探索者としての認可を出していたそうです」


 秘書官の言葉に、男は溜息を吐く。


「自業自得だな。手間を惜しんだばかりに……」

「ええ。それと余りにも早く探索者制度を導入した為、治安維持部隊の者達と探索者達との平均レベルの差がない事も問題です。犯罪を起こそうとする探索者に対する抑止力として、治安維持部隊が力不足で有効に働いていません。御陰で、探索者犯罪者の射殺率が異常に高くなっています」

「そうだな」


 男は苦々しい表情を浮かべ、秘書官の言葉を肯定する。

 秘書官の言う様に治安維持部隊と探索者の平均レベルに差があまり無い為、無傷で暴れる探索者犯罪者を取り押さえようとすれば治安維持部隊側に犠牲者が出るという場面が多々発生。そうなると治安維持部隊側がとる行動は、銃火器を用いた遠距離からの銃撃戦である。その為、探索者犯罪者が死亡する例が後を絶たない。


「早期の探索者制度導入は、どちら側にとっても不幸な事態だな」

「はい。最低でも治安当局者が、犯罪の抑止力としての役割を果たせる程度育つまでは導入を控えておいた方が賢明でした。多くの加盟国が世論に押され、済し崩し的に探索者制度を採用してしまったのは大きな失敗といえます」

「加盟国間で、探索者制度採用不採用が分かれたのも拙かった」


 利害調整が間に合わず、EU全体でのダンジョンに関する法案は未だ纏まっていない。結局、先行して探索者制度を導入した国々を追認する形で、ほかの加盟国も探索者制度を導入した。 

 

「禁止アイテムの闇取引も問題です。先々週に発生した、ダンジョン産の毒物により動物が大量死した事件はご存知でしょ?」

「ああ。未成年の探索者が、野良犬の溜まり場に毒入りの餌を投げ入れた件だろ?」

「はい。あの事件に使われた毒物は本来、市場に出回る事なく焼却処分されるハズの代物です。なのに、出回っていました」

「チェックをしなかったのか、横流しされたのか……何れにしろガタガタだな」 


 男は溜息を漏らす。この事件は、人的被害が出ていないだけまだマシな部類の事件であった。不正取引で流出したアイテムは、度々こうした事件を起こしている。  

 そして、そのアイテム類の闇取引を取り仕切っている存在も問題だった。 


「ええ。また、それらの取引で得られた利益がマフィアの資金源になっている事も確認されています」

「取引の摘発は?」

「されてはいます。ですが、摘発される取引は末端も末端、売人ばかりでマフィア本体には手が出せていないようです」

「そうか」


 適当な審査が横行した結果、身分を隠しダンジョンに潜るマフィアの構成員が多く存在する。御陰で警察も容易にマフィアには手が出せず、鼬ごっこが繰り返されていた。

 

「何れにしても、我々は目先の利に走り失敗したのだな」

「はい、残念ながらそう言わざるを得ないかと」


 男と秘書官は同時に溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 


 男は手に持っていた新聞を、机に叩きつけた。 

 

「やってられるか!」


 クシャクシャになった新聞には、中東での紛争が再燃したと書かれていた。 

 ダンジョン問題での対応の失敗で悪化した治安回復や、違法アイテム問題の解決に尽力していた男は溜め込んでいた鬱憤を爆発させる。


「これだけ問題が山済みの上に、また難民問題だと!? どんだけ問題が出てくるんだよ!?」


 溜まりに溜まった男の鬱憤は尽きる事無く、止めど無く愚痴が口から漏れ続ける。幸い男の執務室は機密保持の観点からも防音設計であり、男の上げる雄叫びが外に漏れ誰かに聞かれる事はない。

 ただ1人、同室で事務処理をしていた秘書官を除いて。


「……落ち着きましたか?」

「ああ、すまない。醜態を見せた」


 男が愚痴を出し切った頃合を見て、秘書官は水の入ったペットボトルを差し出す。男は差し出された水を、一気に煽り飲んだ。

 

「……紛争が再開したぞ」

「ええ。それも探索者が兵士として参加しているとか……」

「そうらしい。重火器を携行した歩兵が、装甲車両と同等の速さで戦場を走り回るんだとさ」


 男は机に叩きつけた新聞を、忌々し気に睨みつける。


「再び欧州に難民が押し寄せてくるだろうな」

「そうでしょうね。それも、今までとは比べ物にならない数が押し寄せそうです」

「歩兵の火力と機動力が強化されると言う事は、市街地等での戦場が広がると言う事と同義だからな。今まで避難を控えていた住民達も、欧州目指して避難を開始するかもしれん」

「そうなれば、今まで以上の混乱が……」


 二人は顔を見合わせ、ダンジョン出現から始まった欧州の苦難の第2幕が幕を開けようとしていると感じ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欧州編です。

想定外の事態に、連合体故に足並みが揃わず、混乱に拍車が掛かっています。

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