第83話 米国大統領の憂鬱
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難しい表情を浮かべた大統領を筆頭に、各省の長官達が会議室に詰めていた。皆、手元の資料を一瞥し溜息を吐く。
資料には、米国の簡易地図に現在確認されたダンジョンの位置が書き込まれていた。
「国内に存在するダンジョンは、100を超えているのか……」
「はい。現在も軍や警察を動員しダンジョンの所在確認作業を行っていますが……都市部及びその周辺地域は兎も角、山間部や離島等の僻地の探索が遅れており、更に数は増える事になるかと……」
「……ダンジョン出現から、既に2ヶ月も経っているのだぞ? 所在確認さえロクに出来ないのか!?」
国土安全保障長官の報告に、大統領は机に拳を叩き付け怒鳴り声を上げる。
「ですが大統領。我国の国土は広く、国土の隅々までを探索するとなると、どうしても時間が必要です」
「……どれ位掛かる?」
「現在の探索規模での探索ですと、後4ヶ月程は……」
「!」
その返答を聞き、再び拳を振り上げた大統領は拳を机に叩き付ける前に思い止まった。握り締めた拳をゆっくり下ろし、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「……探索規模の増強は可能か?」
「可能です。ですが、探索規模を増強するには予算と人員の確保が……」
国土安全保障長官の濁した口にした言葉と泳いだ視線を察し、大統領は担当部署の長官に声を掛ける。
「財務長官、探索予算の増額は可能か?」
「……はい、可能です。臨時予算としての捻出は可能です」
「そうか。国防長官、軍からの増員は可能か?」
「可能です。ただし、動員可能な予備部隊は既に探索に捻出していますので、捻出する部隊の選定には些か時間が必要です」
「どれ位だ?」
「2週間ほど掛かるかと」
「よろしい、早速取り掛かってくれ」
「はい」
担当部署の返答を聞き、大統領は再び国土安全保障長官に向き直る。
「これで、予算と人員に問題は無いな? あと2ヶ月でダンジョンの所在確認を終了させろ」
「全力を尽くします」
探索期限を明確に切る大統領に、国土安全保障長官は力強く頷く。大統領はその様子に満足気に頷き、次の議題に話を進める。
「国防長官、軍によるダンジョン攻略の進捗状況は?」
「順調……とは言えませんね。初期の探索で選抜部隊が壊滅した事が尾を引いています。現在、ダンジョン攻略にあたっているチームの最高到達点は地下23階層です」
「そうか」
大統領は少し残念気に、小さく溜息を吐く。
何故なら、既に日本がダンジョンの潜行階層で米国を先んじている事実を知っていたからだ。
「日本は既に29階層に到達しているらしいが、我々は彼等に追いつけそうか?」
「無論です。現在ダンジョン攻略に適した武器の製造が、大詰めを迎えています。これらが完成すれば、一気に潜行階層を伸ばせます」
「そうか。その言葉が事実であると、期待しておこう」
国防長官は大統領の物言いに少しムッとした様な表情を浮かべたが、反論すること無く口を閉じた。
「司法長官。民間人がダンジョンから持ち出した、ドロップアイテムの規制はどうなっている?」
「残念ながら、規制しきれていません。取り締まって押収したアイテム量より、流通量が上回っている現状です」
「何故だ? 現在確認されているダンジョンは封鎖しているのだろう?」
「はい。恐らく流通している物の多くは、未確認のダンジョンから持ち出した物だと思われます。それと……」
司法長官は何か言いづらそうに、言葉を途切れさせる。
「どうした?」
「……ダンジョンを封鎖し摘発している警察が、ドロップアイテムを横流ししている例が見受けられます」
「……何?」
「他にも、小遣い稼ぎと称しダンジョンに潜る州兵の存在なども……」
慚愧に堪えないと言いた気な表情を浮かべる司法長官の報告に、大統領は思わず天を仰いだ。取り締まる側が率先して、ルールを破る等と……。
「……そのバカ者共はどうなっている?」
「既に取締り、厳重に処分済みです」
「そうか。規律の引き締めをしないといかんな」
「はい。その件に関しては、既に対策を打っています」
司法長官は、自信有り気に請け負った。
「そうか、では次に……」
ダンジョンに関する議題は尽きず、頭の痛い問題山積みの会議は進む。
大統領は補佐官から、世界各地の紛争地帯で事態が沈静化している事や、一時的な停戦条約が締結したと聞き安堵の息を吐いた。
「そうか。ダンジョンが出現した事で、一時的にせよ各地の紛争が沈静化したか」
「はい。何時までこの状態が続くかは分かりませんが、今の内に派遣している将兵の休息と交代を順次進めたいと思います」
「そうしてくれ。ふぅ、まったく。ダンジョンと言う難物が出現したせいにせよ、一時的にでも世界が平和になるとはな……。このまま全ての紛争が終結すれば良いのだが……高望みだな」
「はい、残念ながら。ダンジョンと言う未知の物が現れたにせよ積もり積もった物です、そう簡単に停戦が締結するとは……」
要望の篭った大統領の呟きに、補佐官は沈痛そうな表情を浮かべながら悲観的な言葉を口にする。
「無論、分かっている。だが、100を超える世界各地に軍を派遣している現状を考えると、な」
「そうですね」
「まぁ、良い。派遣中の将兵達には、今のウチに休養を取り鋭気を養って貰おう」
「はい」
思わずといった様子で愚痴を漏らす大統領を、補佐官は見て見ぬふりをした。
大統領執務室の中に、大きな音が響いた。
「何故、事前に気が付かなかった!」
執務机を両手で叩き、大統領が補佐官に怒鳴り声を上げたからだ。
大統領の手が叩きつけられた執務机の上には新聞が置いてあり、その一面に日本のコアクリスタル発電成功の文字が躍っていた。
「申し訳ありません。厳重に情報が偽装秘匿されていた様で、発表されるまで気が付く事が出来ませんでした」
「全く! 情報部は寝ていたのか!?」
「ダンジョンが出現して以来各国の情勢が不安定で、その情報収集にかかり切りになっていた隙を突かれた模様です」
「……はぁ」
補佐官の弁明を聞き、大統領は大きく溜息を吐いた。
「こうも大々的に発表されてしまった以上、今更無かった事として隠蔽する事は不可能だな」
「はい。日本政府は発電実験の映像も同時に公開しており、偽物だと主張するのは困難だと思われます」
「しかし……研究資料的価値以外にないとされ、アクセサリーの材料扱いされていたコアクリスタルに、こんな利用法があったとは……」
「そうですね。まさかのエネルギー革命を目の当たりにするとは……」
補佐官も執務机の上に広がる新聞を眺めながら、溜息を吐く。
「我国のオイルメジャー連中は、黙っていないだろうな」
「そうですね。直ぐに影響が出る事はないでしょうが、新聞に書かれてある通りだとすると、何れは確実に石油や原子力に取って代わるエネルギー資源になるでしょう。特に原発事故を起こした日本では、原発の代替エネルギーとして発展すると思われます」
「我国の、世界戦略も考え直す必要が出てくるな」
「はい」
2次大戦以降、産油地を巡って様々な紛争が起きてきたが、コアクリスタル発電の登場で転換期を迎えようとしていた。
補佐官の報告を受け、大統領は不愉快気な表情を浮かべていた。
「不法入国者と麻薬密輸量が増加している?」
「はい。ダンジョン出現前に比べ、この半年で3割ほど増加しています」
「原因は?」
「ダンジョンの影響です」
「……随分大雑把だな。詳細は?」
補佐官は大統領に資料を手渡し、理由について説明をする。
「大統領、ダンジョンに潜りモンスターとの戦闘に勝利すれば、魔法やスキル等の様々な力を得られると言う事は御存知ですよね?」
「無論だ、探索者の事だろ? 今まで散々報告を受けているからな……」
「そうしてダンジョンで力を手に入れた者達、探索者達が手に入れた力を利用して犯罪行為に手を染めたのが原因です。普通の人間が通れない様な過酷なルートを利用した麻薬の密輸、魔法やスキルを利用した国境線の突破、他にも様々な方法で密輸や密入国が行われています」
補佐官の口頭説明を聞きつつ、大統領は補佐官に渡された資料を一瞥する。そこに書かれている密輸や密入国の手口の例は、ほぼハリウッド映画に登場する様な荒唐無稽な手段の数々だった。
中には……。
「この、2km近いトンネルを掘削とあるが……」
「はい。調べた所、国境近くの山中の小屋と街の倉庫とが繋がっていました。それも1本では無く、他に建設中の物が数本見付かっています」
「馬鹿な。この様なトンネルを掘削するとなれば、それ相応の作業員を動員する必要がある筈だ。掘削した残土の処理等も考えれば、何らかの兆候はあったはずだ。何故、トンネル建設を見逃した」
大統領が手に持つ資料には件のトンネル写真が添付されており、車1台が通れる程の広さに綺麗に内部が舗装されており、電灯すら完備されていた。
「そこで出てくるのが、探索者達です。トンネルを摘発した折に捕縛した者達の中に、土木工事に適したスキルや魔法を持つ者達がいました」
「……魔法か」
「はい。魔法やスキルを用いて残土を圧縮、内壁の強化に用いる事で残土の排出量を減らしていた様です。更にダンジョンに潜り力を得た者達を動員する事で、人力掘削でありながら機械掘削に匹敵する作業効率を叩き出して居た様です。尋問の結果によると、1月程でトンネルを掘削し切ったそうです」
「……何だと」
大統領は思わず呻き声を上げてしまった。人力掘削で2km近いトンネルを短期間で秘密裏に掘削可能となれば、現在実施されている国境対策を全面的に見直す必要が出てくるからだ。
だが補佐官は、沈痛そうな表情を浮かべながら更に悪い報告を上げる。
「……更に悪い事に今回捕縛したトンネル掘削者達は、我が軍のダンジョン探索チームの平均レベルに比べかなり未熟な者達でした。つまり……」
「今回発覚した以上のトンネルが、より短期間で掘削可能と言う事か……」
「はい」
大統領と補佐官の間に、沈黙が舞い降りる。
只でさえ厄介な問題が、時間が経つにつれて更に厄介になって行くのだ、頭の一つや二つ抱えたくなると言う物だ。
「早急に対策をたてる必要があるな」
「はい」
「まずは、警察や国境警備隊の増員が必要だな」
「はい。それと、取り締まる側が力不足であれば犯人達を捕捉しても捕縛できませんので、政府が抑えているダンジョンに人員を送りレベル上げをさせるのも良いかと……」
「そうだな、検討しよう」
溜息を付きながら大統領は資料を閉じ、補佐官から次の議題の報告を受け始めた。
大統領は補佐官の報告を受け、目を見開き驚きの表情を浮かべた。
「紛争が再燃した、だと?」
「はい。それも事前通告無しに、停戦条約を一方的に破っての侵攻です」
「何故そんな真似を……」
大統領は補佐官から渡された資料を一瞥し、ある項目で目を留める。
「随分と歩兵達の武装が充実しているな……」
「はい。その事で情報部から速報が上がってきています」
「何と言っているんだ?」
「該当国から裏ルートに、ダンジョン産のアイテムが大量に流出している事が確認されているそうです。恐らく、そこで稼いだ資金を使って武装を充実させた物かと……」
補佐官から渡された資料には、某国が裏取引で得たと推測される資金額が載っていた。その額は自国の第5世代戦闘機が購入出来る程で、数万人分の歩兵武装を揃えるには十分な額だ。
「なる程」
「それと、詳しい事は未だ未確認なのですが……侵攻した部隊の中に、探索者を集め編成されたと思わしき部隊が複数目撃されています」
「……本当か?」
「はい。重機関銃で武装した歩兵や大口径の迫撃砲を携行した歩兵が、戦闘車輌に負けない速度で移動しながら戦闘を行っていたそうです。とてもではありませんが、通常の兵士には不可能な芸当です」
「……」
大統領は危惧していた事態が現実になった事を嘆き、顔に手を当てながら天を仰いだ。
「1年近い停戦条約を結んだのは、この為か……」
「はい。恐らく初期の頃からダンジョンの有効性に目を付け、準備していたのではないかと……」
「ダンジョン内のモンスター相手に銃火器は無力だったが、ダンジョンを出て人間相手であればその限りではないからな。気が付く者は気が付くか」
「そうですね」
「「……」」
顔を見合わせた大統領と補佐官は、気不味気に沈黙し目線を逸らす。
そして、補佐官は咳払いを入れ沈黙を破り話題を変えた。
「オッホン……現在、情報部が現地の詳細情報を収集中との事です。詳しい報告は、後の会議にて報告するそうです」
「では、至急会議の準備を進めてくれ」
「分かりました」
そう言って、補佐官は大統領執務室を出て行く。
「ダンジョンで得られた平和も、ダンジョンのせいで破られるか……皮肉だな」
補佐官の出て行った扉を見ながら、大統領は悲し気に呟いた。