幕間 拾弐話 孫を観察してみた
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ダンジョンが出現した。
その唐突なニュースが世間を賑わせたのは、1年程前じゃったの。あのニュース以来、何かと世相が変化して行きおったわい。国内は政府が即座にダンジョンを封鎖し、民間人の入場を規制したから大した人的被害は出さずに済んでおったが、国外のダンジョンは酷い有様じゃ。多くの者がロクな情報も無く、政府の規制を無視し無作為にダンジョンに挑んで行きおったから、多くの悲劇と大惨事を招きおった。確認が取れる範囲だけでも、最初の1月だけで4桁後半の人命が失われたと言われておる。
しかし……。
「まぁこれだけの恩恵があれば、ダンジョンに挑み続けるのも無理はないのかもしれんの」
新聞を眺めると、様々な新技術の発表が行われておった。それらは、ダンジョン出現前であれば何れ実現可能であろうと語られていた夢物語に近い技術ばかりじゃ。コアクリスタルを用いた新式大出力発電を筆頭に、常温超伝導技術や深海資源採掘技術、宇宙開発……。
無論、技術面の話ばかりでは無い。医療や食の面でも、大きく変化が起きておる。
「上級回復薬を使用し、交通事故で四肢を欠損し全身麻痺に陥っておった患者が完全回復……数日の検査を経て退院……のう」
新聞を捲ると、一人の男性が花束を貰い満面の笑みを浮かべ病院を退院する写真が掲載されておった。
ダンジョン産の回復薬が出回るようになり、今までは回復不可能と言われておった、怪我や病気が治療可能になった事も、未だ民間人によるダンジョン探索が行われている原因なんじゃろう。
最近では、救急車にも回復薬が常備される様になったとも聞く。そのお陰か、毎年1万人近く発生していた交通事故死亡者の数が減少したと大きく取り沙汰されておったわい。
「ほほう。またダンジョン食材の物産展が開催されるのか……」
別のページを捲ると、ダンジョン産の食材を使った食イベントが多数掲載されておった。最近この手のイベントは、全国各地で毎週の様に開催されておるからの。
ゴールデンウィーク中に近くで、この手のイベントが開催されておって行きたかったのじゃが、急な仕事で行けんかったのは残念じゃった。裕二が持ち帰ってきたミノタウロスの肉は中々美味かったから、他の食材も味見してみたかったんじゃが……今度裕二に持って帰ってくる様に言っておくかの。
持って帰って来て貰う食材を考えながら新聞を見ておると、孫の裕二が制服に着替え通学カバンを持って声をかけてきおった。
「爺さん」
「ん? 何じゃ?」
「昨日約束した様に今日、大樹の妹の美佳ちゃん達を家に連れてくるから」
「おおっ、そうじゃったな。了解じゃ」
九重の坊主の妹さんか……あ奴の様にカサ上げをしておるのかの?
ワシは学校に行く去って行く裕二の背を見送りながら、半年程前にダンジョンに行くからワシの武器コレクションの一部を譲ってくれと言って来た時の事を思い出す。
「ただいま! 爺さん居るか!?」
道場で瞑想をしていると、外から探索者カードを貰って来ると言って、朝出かけて行った裕二が大声でワシを呼びおった。道場に上がって来もせず、ワシを外から呼ぶとは一体何用なんじゃ?
瞑想をやめ入口の扉を開けると、裕二と九重の坊主、そしてもう1人見知らぬ嬢ちゃんが立っておった。自己紹介がてらに裕二の説明を聞くと、二人は裕二と一緒にダンジョンへと潜る仲間との事じゃった。
そして裕二が2人を連れて来た理由は、ダンジョンに潜る際に携行する武器を調達する為らしく、ワシの武器コレクションから幾らか譲渡して欲しいとの事じゃ。
それを聞いたワシは思わず、目を鋭く細め問い質す様な眼差しで裕二を一瞥する。武器と一言で言えど、あれ等はれっきとした凶器。扱いを誤れば、容易く人命を奪う事が出来る代物じゃ。そんな物を譲って欲しいとは……。
「……」
「……」
意図して威圧はしておらんが、今のワシの眼光はかなりキツイ眼差しになっていると思うのじゃが……裕二の奴は一切視線を逸らす事無く、真っ直ぐにワシの目を見返して来おった。どうやら、中途半端な考えで武器の譲渡を申し出た訳ではない様じゃな。チラリと、裕二の後ろに控えてる九重の坊主や柊の嬢ちゃんを観察してみるが、動揺こそしている物のワシと裕二のやり取りから目を逸らさずに佇んでおる。だからこそワシは、裕二らに武器を欲する理由を聞き、武器を譲渡する事を決めた。
ワシは3人を引き連れ、武器を収蔵している道場横の土倉へ案内する。防犯用のカラクリ南京錠を開け、分厚く重い扉を開いて3人を土倉内へ招き入れた。少々埃っぽいが、まぁ我慢して貰おう。照明を付けると倉庫の中の全容が顕となり、九重の坊主と柊の嬢ちゃんから感嘆の声が上がる。二人は興味深げに倉庫内の収蔵品を観察しておるが、残念ながら裕二らが欲する目的の品はココには無い。ワシは見学中の2人に声をかけ、2階へ上がる事を促す。
「どうじゃ?」
最後に2階へ上がったワシが声をかけるまで、九重の坊主と柊の嬢ちゃんは、所狭しと並ぶ、ワシが収集した武器達に言葉も無い、と言った様子で見入っておった。九重の坊主と、柊の嬢ちゃんが武器を見る眼差しは、今の段階では美術品を見る目で、これらが立派な凶器であると言う認識は薄いのう。ちゃんと、何を自分が手にするのか、理解せんと……。
少々武器類の説明をしてやった後、最終的にワシが3人の為に選んだ武器は、九重の坊主が軍刀の不知火、柊の嬢ちゃんが短槍の五十鈴、裕二には二振りの小太刀の時雨と村雨じゃ。実際に自分の得物を持ったせいか、武器を受け取る前と後では九重の坊主と柊の嬢ちゃんの顔付きが覚悟を決めた物へと変わっておった。良い傾向じゃな。
「お主等、道場の方へ移動するぞ。武器の使い方と、手入れの仕方を一通り教えてやる」
武器選びを終えたワシは、3人を引き連れ道場へと戻った。武器の扱い方と手入れの仕方を教える為じゃ。柊の嬢ちゃんへの指導を裕二に一時任せ、ワシは木刀を持った九重の坊主の指導にかかったのじゃが……。
剣の握りや構えは素人じゃが、素振りをする姿に激しい違和感を感じる。暫し九重の坊主の素振りを観察しながら考えると、違和感の正体に気が付く。型もまともに覚えていない素人が、木刀を力強く振るって一切の体幹がブレておらんかった。
基本の構えすら知らない素人が行き成り木刀を振るえば、木刀に振られて体幹がブレて当然の筈なのに、九重の坊主の素振りにはソレが無い。木刀に振られない程に体を鍛えているのか疑問に思い、九重の坊主に尋ねてみると軽いジョギング程度と言う答えが返ってきたのだが……嘘じゃな。九重の坊主は上手く誤魔化せておると思っておるみたいじゃが、こう言う特徴を持つ例をワシは知っておる。
ダンジョンに潜った事がある、警察官や自衛官と同じ症状じゃ。レベルアップと呼ばれる現象の恩恵で、身体能力が大幅に向上する事が出来る。警察や自衛隊の知己の依頼で、ダンジョンに潜った経験を持つ者達に稽古をつけてやったのじゃが……今の九重の坊主と同じ様な症状を出しておる者が居た。身体能力が元の数倍になり、木刀の重さが乾燥した小枝程にも感じないと言っておったの。
つまり、九重の坊主はダンジョンに入った経験が有り、モンスターと戦闘を行った事もあると言う事じゃな。ふむ、どうした物か……。
武器を譲ってから2週間後、ダンジョンから帰ってきて直ぐ裕二が九重の坊主と柊の嬢ちゃんに稽古を付けてやって欲しいと言って来た。どうやら、ダンジョンでモンスターとの戦闘を経験した事で、何かしら思う所があったようだ。元々頼みに来たら受け入れるつもりはあったので、ワシは裕二の頼みを二つ返事で了承した。
翌日の学校終わりから、ワシは3人に稽古を付け始める。まずは基礎の基礎である素振りから教え始めたのじゃが、予想していたとは言え中々驚かされる結果じゃった。レベルアップの恩恵で強化された身体能力に物を言わせ、一時間で素振り1万回をやりきりおったのじゃ。御陰で基礎練習を1週間と言う短期間で終了させ、今は3人に実戦形式の稽古をつけておる。
「ほれ、どうした九重の坊主? 動作は速いが、動きがなっとらんぞ?こんな見え見えの隙に引っかかりおってからに……」
稽古を本格的に付け始めてから、気が付いた事じゃが、九重の坊主を始め3人とも、レベルアップの恩恵による身体能力に任せた動きが、随所に見受けられる。ワシの動きを先読みする事もなく、愚直に打ち込んでくる姿には、少々頭が痛い。折角向上した身体能力を、全くと言って良い程生かしきれておらん。あからさまな誘いにのり、カウンターで容易に仕留められる。もう少し、考えて行動する事を、覚えさせねばいかんな。
一通り稽古を終えた後、茶を飲みながら休憩しつつ裕二達のダンジョン攻略状況について聞くと、あまり芳しくない状況の様だ。モンスターが相手とは言え、生物を手にかける事に未だ慣れないらしい。まぁ、無理もない事かのう。自分が切った相手が血を噴き出しながら息絶える……コレは中々堪えるもんじゃ。心に棚を作って割り切れる様になるまでは、無理強いする訳にはいかんからの。
年末年始は面倒じゃ。
毎年の事とは言え、色々な忘年会や新年会に参加せねばならん。特に今年はダンジョン出現と言う異常事態があった御陰で、参加する会で様々な分野の者達の愚痴を聞く事になったからの。中には時代の変化についていけず、業績が傾き危機的経営状況と言う者も多数おったが、逆にダンジョンと言う商機を掴み業績を伸ばした者もおったから一概に悪いとも言えん。ウチの流派も探索者や探索者を目指す者達が多く入門し、業績を伸ばした道場の一つじゃからの。酒が進み絡んでくる者達を適当に愚痴を聞くふりをしつつ聞き流しながら、うんざりする程の飲み会をこなし漸く正月が明けた。
「大分遅れましたけど、あけましておめでとう御座います」
「おめでとう御座います」
「あけましておめでとう。九重の坊主も柊の嬢ちゃんも久しぶりじゃな。練習はサボっとらんかったか?」
「はい。素振りだけですけど、毎日していましたよ」
「私も」
「そうかそうか」
正月休みも終わり、学校から帰ってきた裕二達との稽古を再開する。
この日の稽古は忘年会や新年会で溜まった鬱憤を晴らす様に、中々激しい手合わせとなってしまったの。少々やり過ぎた感があったので、用意していたお年玉を少し増額して九重の坊主と柊の嬢ちゃんに渡しておいた。
裕二?あやつの分は既に渡しておるので増額は無しじゃよ。
裕二達のダンジョン攻略や稽古は順調に進んでおったのじゃが、最近になりダンジョン攻略に関して、入場規制とランク制度と言う物が導入される事となったらしい。抽選式の入場規制で、裕二達は休日にダンジョンに行ける機会が減り稽古の比重が高まっている。
「お主ら、中々抽選に当たらんみたいじゃの?」
「はい、全員バラバラの時間帯で申し込んでいるんですけど……当たらないですね」
「そうなんですよ。クラスの中で聞き耳を立てると、結構当たっているって言う生徒はいるんですけど……」
「コレばっかりは運だからな。祈りながら気長に待つしかないよ」
「そうか、それは不憫じゃの……」
しかし、運ではどうしようもないの。まぁ、裕二の言う様に気長に待つしかなかろうて。抽選が当たらずヤキモキする裕二らに、ワシは少々難易度を上げた稽古を施し気を紛らわせてやったものじゃ。
まぁその後、抽選が当たった裕二達は1度か2度ダンジョンに足を運んでおったのじゃが、その内一回で大問題が起きた。裕二らがダンジョン内で、同じ探索者に金銭目的で襲撃されたのだ。幸い無傷で撃退出来たとの事じゃが……被害者と加害者を前にし色々と思う事があったようじゃ。何時もの稽古に、対人を意識した内容を増やして欲しいと言い出すくらいじゃからの。思い詰めて、無理をせねば良いが。
ある日の稽古後、裕二達の武器を見てみると表面上問題は無いが、内部に疲労が蓄積しかなり疲弊しておった。これ以上無理に使用していれば、何れ折れ砕ける姿が容易に想像出来ると言う状態じゃ。ワシが命取りになりかねんからと、実戦使用はせん様に伝えると裕二らは落胆した様に己の得物を見ておった。レベルアップの恩恵で強化された武器を交換する事を心底残念がっとった裕二らに、ワシは知り合いの鍛冶屋を紹介してやった。打ち直しをすれば、もしかしたら強化の効果が新武器に継承されるかもしれんからの。ダメで元々、物は試しじゃ。
そして裕二らが週末、ワシが紹介した鍛冶屋に足を運び打ち直し依頼を出してきおった。昔からの馴染みの鍛冶屋じゃから、そう悪い事にはならんじゃろ。帰って来た裕二に打ち直し依頼の事を聞くと、幸い打ち直しは可能との事らしかった。だが依頼料が中々高額で、支払い金の用意が大変じゃと愚痴を漏らしておったの。まぁ、頑張って稼ぐんじゃの。
未成年探索者が多数のモンスターに襲われ死亡したと言うニュースが流れた日、学校から帰ってくるなり裕二らが殺陣の稽古を付けて欲しいと言ってきおった。話を聞くと、何でも柊の嬢ちゃんの両親が探索者を辞める様にと言ったとの事。柊の嬢ちゃんは探索者を辞める気はないらしいので、両親を説得する為に殺陣を見せ実力を見せつけたいと言う事らしい。
まぁ、殺陣の稽古を付けるのは良いのじゃが、柊の嬢ちゃんは両親とよくよく話した方が良いじゃろう。話を聞いていると、家族間での話し合いが足りとらんように感じる。よく話し合い、双方の認識のズレを解消せんとマズイじゃろうな。一応説得が上手く行かなかった場合、両親を連れてくる様には言っておいたが……はてさて、どうなる事やら。
3人に殺陣の稽古を付け送り出したワシは、説得の行方を心配しつつ裕二の帰りを待っておった。送り出して3時間程過ぎた頃、明るい表情を浮かべた裕二が帰って来た姿を見て、説得は上手くいったと思って安堵したわい。説得時の状況を聞くと、やはり柊の嬢ちゃん達の認識がそれぞれズレとった事が、今回の騒動の原因だったらしい。言葉少なく本音で語らなかった父、夫に真意を確認せず唯々諾々と従った母、自分の思い込みで先走った娘。つまり、ワシが柊の嬢ちゃんの話を聞いて感じた様に、家族間での話し合いが不足しておったと言う事じゃの。
ウチも家族での時間を大事にして、気を付けておかんといかんな。目の前に座る裕二を見ながら、そんな事をふと思った。
急遽代役に入ったゴールデンウィークの武術イベントを終え、最終日にタクシーに乗って家に帰って来たのだが……あやつ等何時まで付いてくる気じゃ?特に何か仕掛けてくる様な気配はせんが、流石に監視され続けるのは不快じゃの。それに、視線の先がワシじゃ無く裕二と言う事を考えると……ダンジョン協会関係かの?エリアボスを倒したと言っておったし、その件で身辺調査でもされておるのかもしれんな。
「だが、不愉快な奴らに変わりはないの」
「ん? 何か言ったか爺さん?」
「何でも無い」
裕二は気付いておらん様じゃな。全く、普段から少しは周囲に気を張る事を覚えさせんといかんな、コレは。怪訝な表情を浮かべながら裕二がワシの顔を覗き込んでくるが、ワシを疑う前に先ずは周囲の気配を探らんかと内心呟きながら溜息を漏らした。
ゴールデンウィーク明け最初の稽古で九重の坊主と柊の嬢ちゃんのサビ落としをした後、襲撃被害者に会って話をしたと言う九重の坊主の話を聞いた。被害者達が中々深刻な状況に陥っている事を、3人は気にし何か出来たのではないかと落ち込んでおる。
じゃが、流石に高校生が手を出せる様なレベルの問題では無い。キツイ言い様だと思うが、ワシはハッキリと手を出すなと言い切った。無情者だと思われたとしても、ここでワシがハッキリと言っておかねば、コヤツらが泥沼にはまり込むかもしれんからの。
とても稽古が続けられる様な雰囲気ではないので、今日は稽古を終了させるかと思っていると九重の坊主が口を開いた。
「実は今度2人程、俺達と一緒のパーティーでダンジョンに潜る事になったんです。で、その2人に稽古をつけて貰うって事出来ますか?」
話を聞くと、九重の坊主の妹さんと友人が学校での問題を切っ掛けに探索者になる事にしたそうじゃ。中々、面倒な問題が起きておるな。留年生が徒党を組んで、学校側が手を出し難いグレーゾーンで悪行をの……。それなら、九重の坊主の妹さんも自己防衛を考えるか。結局ワシは、九重の坊主の妹さんと友人の稽古を了承するのじゃが、その前に一つ確認せねばならん事がある。
「ところで九重の坊主。お主の妹さんと友人は、お主らの様にカサ増しはしとるのか?」
九重の坊主を始め、裕二や柊の嬢ちゃんも目を見開き驚きを顕にした。お主ら……隠したいのなら、ポーカーフェイス位覚えんか。その反応だけで、カサ増しを認める様な物じゃぞ。今回は無理に聞きはせんかったが、何れ自分達から話して貰いたい物じゃな。
「爺さん」
道場で瞑想しながら裕二達の帰りを待っていると、ワシを呼ぶ声が聞こえて来た。気配を探るに、どうやら全員を引き連れて帰って来た様じゃ。
さて、妹さん等がダンジョンで死なんで済む様に、鍛えてやるかの。
重蔵さんから見た、ダンジョン出現からの一年間です。
諸外国で起きた一年間の反応を数話入れてから、第7章に入ります。




