第81話 創部に向けての相談
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翌日、重蔵さんに美佳と沙織ちゃんの稽古を頼み、俺達は放課後職員室に足を運んでいた。顧問探しの為である。昨日の内に生徒手帳に書かれている校則を精査した結果、創部に必要な物は規定数の構成部員と顧問教員、活動目的と活動目標の具体化だった。
規定数の部員は既に確保済み、活動目的と活動目標も文章化しているので、残りは顧問教員の確保だけだ。
「まずは、担任の平坂先生に話を通そう。アポもとってないのに、いきなり真船先生に顧問になってくれと訪ねるのはね……」
「そうね。先に平坂先生に話を通しておかないと、担任なのに生徒に頼りにされていないって噂が立ちかねないわ」
「まずは担任に相談するのが、筋って物だよな」
「そうだね。っと、着いた」
話しながら廊下を歩いていると、何時の間にか職員室の前に到着した。放課後ということもあり、生徒の姿はあまり見ない。
取り敢えず俺は職員室の扉をノックし、入室許可を待つ。生徒に聞かせられない会議なんかしている場合もあるから、いきなり開けるのは拙いしな。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
入室許可をまって、一言断りを入れて、俺達は職員室の中に入る。職員室の中には教員用の机が並び、半分程の机が、先生で埋まっていた。
俺は職員室に深く立ち入る事はせず、入口近くの机に座る壮年の男性教師に声をかける。
「すみません、平坂先生はいらっしゃいますか?」
「平坂先生? うーんと、ちょっと待ってくれ。平坂先生!?」
壮年の男性教師の呼び声に反応し、職員室の奥の方で手が挙がる。
「はーい!」
「生徒さんが訪ねて来てますよ!」
「分かりました、ありがとうございます!」
どうやら、平坂先生は職員室に居たようだ。
俺達は壮年の男性教師にお礼を言った後、手の上がった位置に移動する。席に近付くと書類整理をしていたらしい平坂先生が、俺達の顔を見て少し驚いたように声を上げた。
「ん? 九重に柊、広瀬もか。揃って、どうした?」
「先生に相談したい事があったんですけど……今、時間は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。で? 相談ってなんだ?」
「実は……新しい部活を作ろうと思って、その相談をしに」
「……何?」
俺の創部と言う言葉に平坂先生は一瞬、嫌そうな表情を浮かべた物の直ぐに笑顔を浮かべ取り繕う。
「お前達が、どう言う部活を作りたいのかは分からないが、創部するには最低でも5人は必要だぞ? 人は集まるのか?」
「はい。俺達の他にも2人程声をかけて、既に了承を得てるので部員数の問題はありません」
「そうか……。じゃあ、活動目的と活動目標は決まっているか? 何々をして、何々を目指すとかと言った奴だ」
「はい。これを見て下さい」
俺は予め用意していた、活動目的と活動目標を書いていたメモを平坂先生に渡す。平坂先生は俺から受け取ったメモに目を通し、一瞬の間を置いて目を剥いた。
「なっ! おいおい、お前ら……本気か?」
「はい……ダメですか?」
「いや、ダメと言うか……」
平坂先生は困惑した様子で、頭を掻きながら再び手元のメモに目線を落とす。
どうやら、起業研究と言う活動目的が気になるらしい。
「最近のニーズを考えれば、そう変な物でもないと思うんですけど……」
「まぁ、そうかもしれないが……高校生でこういう部活をやるってのはな……」
平坂先生は馴染みが無い部活に、軽い拒絶反応を起こしているようだ。
まぁ、商業高校でもないのに、起業研究なんて馴染み無いもんな。
「最近では、高校生の多くが探索者をやっています。探索者として個人起業したいと思っている生徒の為にも、校内で起業相談が出来る場があっても良いと思います」
「私達も探索者として個人起業している身なので、その起業経験を元に他の生徒達にもアドバイスを出来ると思うんです」
「高校生だと、役所が開催している起業相談なんかに参加するのは、気が引けて二の足を踏むと思うんです。でも、同じ学生なら気兼ね無く聞きたい事を聞けると思うんですよ」
「困っている人を助ける……言ってみれば一種のボランティア団体ですね」
そう。字面だけを見れば、俺達が作ろうとしている部活は悩み事相談室のような物だ。困っている生徒に専門的な助言を与えると言うのだから、ボランティア団体と言っても良いと思う。
無論、無償という訳ではないので、純粋なボランティア団体とは言えないけど。
「うーん」
平坂先生は唸り声を上げたまま、メモを凝視し続ける。予想通りといえば予想通りだけど、芳しくない反応だな。
取り敢えず、顧問の話を切り出すか。
「先生。顧問の件なんですけど……どなたか部活の顧問を受け持っていない手隙の先生はいませんか? 校則の創部規定では、顧問教員が1名以上必要ってなっているので……」
「顧問か……」
「難しいですか?」
「ウチの学校の先生は、既に全員何らかの部活の顧問を務めているんだ。でもまぁ、中には1つの部を複数の教員が顧問を務めているような部活もあるからな。そうだな、引き受けてくれそうな先生か……」
平坂先生は、腕を組んで心当たりを探すように悩みだす。重複して顧問を務める先生が居る部活から、顧問を引き受けてくれそうな人を探している様だ。
平坂先生は2~3分程悩んだ末、一人の先生の名前を挙げる。
「そうだな……バレー部の副顧問をしている、公民の橋本先生なんかどうだ? 確か橋本先生は、経済大学を出ていた筈だから、お前達の活動にも理解があると思うぞ?」
「橋本先生ですか……」
「何だ、知らないのか?」
「あっ、いえ。授業を受けたことはありませんけど、全校集会などで一応顔は知ってます」
確か橋本先生は、今年赴任した新卒の若い女の先生だった筈。まだ学校が始まって1月程しか経っていないので、橋本先生がどういう先生かよく知らないけど。裕二と柊さんに視線を向けて聞いてみるが、二人も良くは知らないと言いたげな視線を返して来る。
「まぁ取り敢えず、橋本先生には話は通しておくから直接話をしてみてくれ。今は……居ないな。じゃぁ、明日の放課後に、もう一度職員室を訪ねて来てくれ」
「あっ、はい。分かりました」
「すまんな。ああ、それと……」
平坂先生はノートPCを起動し、とあるファイルを開き印刷し始めた。
「ほら、部活新設の申請書。橋本先生の承諾を得られたら、その書類の空欄を埋めて提出してくれ。初めは同好会からになるだろうが、大会なんかで実績を上げれば部に昇格するからな」
「……有難うございます」
俺は申請書類を受け取りながら、平坂先生に礼を述べる。
しかし、起業研究家が集う大会ってどんな大会だ? シンポジウムか?
俺達は平坂先生に頭を下げながら礼を言った後、申請書片手に職員室を出て行った。
申請書を貰った後、俺達はそのまま下校し美佳達と合流する。正味1時間遅れでの合流となったのだが、俺達が道場に着いた時に見た光景は、既に稽古を始めていた美佳と沙織ちゃんが息も絶え絶えの状態で床に倒れ込んでいる光景だった。
……何があったんだ?
「あの……重蔵さん?」
俺は倒れている美佳達の横で瞑想している重蔵さんに、戸惑い気味に声を掛けた。
俺の声に反応し、重蔵さんはユックリと目を開き口を開く。
「……おお、やっと来おったか」
「二人とも精根尽き果てているようなんですけど……何をしたんですか?」
「ん? 何、ちょっと2人の体力の限界まで、手合わせをしただけじゃよ。思ったより、二人とも体力はあったぞ?」
何でもないように重蔵さんは言ってるが、体力の限界までって……。
重蔵さんから視線をズラし、俺は倒れている美佳と沙織ちゃんを見る。うん……今にも死にそうだな。
「そう心配するでない。稽古の前に、嬢ちゃん達の体力の限界を見極めておかんと稽古の内容も決められんからの。稽古を始めた頃のお主らを基準に考えて、嬢ちゃん達に稽古を施せば3日と持たずに体を壊すわい」
「……えっ?」
3日で体を壊すって、俺達……そんな稽古をしてたんですか?
「なんじゃお主、気が付いておらんかったのか? 普通、初心者にあんな密度の濃い稽古は付けんわい。体を壊すだけじゃからの」
「……」
「裕二は別にしても、九重の坊主と柊の嬢ちゃんは初心者じゃったからの。力や体力は兎も角、武術をやる為の身体が出来ておらんかった。初めに延々と素振りと型練習を徹底させたのは、体に武術の動きを覚え込ませる為じゃ。それが出来上がらん内に応用を覚えるのは、ちと危なかったからの」
「確かに、最初の1週間位は、素振りと型練習しかしてませんでしたね」
「体力がなければ、教えた剣の振り方や基本の型を正しく維持出来んからの。振り方や型を崩すと言う事は、それだけ体に負担を強いるということじゃ。形が崩れたまま無理に続ければ、体に異常が出てくるからの。あの時の段階でお主らの体力は常人離れしとったから、普通なら数ヶ月は掛かる基本練習を1週間で詰め込めたわい」
重蔵さんは懐かしそうに回想しているが、初めて知らされた俺と柊さんは顔が引き攣る。まさか、そんな無茶な指導をされていたとは……。事情を知っていただろう裕二に俺と柊さんが視線を向けると、顔を逸らされた。
「裕二……」
「広瀬君……」
「う、ううん……まぁ、何だ? あの時の苦行があるから今があるんじゃないか、ほら、終わりよければ全て良しって言うし……」
「「……」」
「ごめん」
俺達の無言の抗議の圧に負けた裕二は、俺達に頭を下げ謝罪した。はぁ……。
俺達の掛け合いを楽し気に見ていた重蔵さんは、美佳達の稽古内容について話を切り出す。
「まぁ嬢ちゃん達は、お主らのように常人離れした体力は持っておらんから、ダンジョンに潜り始めるまでは心構えを中心に程々に稽古を積ませるわい」
「……無理な稽古をさせて、体を壊させないで下さいよ?」
「勿論じゃ。お主らと違って、嬢ちゃん達は頑丈じゃないからの」
重蔵さんの中での俺達の立ち位置って、どうなってんだろうか?
聞きたいような聞きたくないような……。
「それよりお主ら、何時までソコに立っておるのじゃ? 早く稽古着に着替えてこんか」
「あっ、すみません」
俺達は慌てて道場に上がり、着替の為に更衣室に向かった。
着替えて稽古場に出ると、床に倒れていた美佳と沙織ちゃんが道場の壁に背中を預け座りながら、お茶を飲んでいた。重蔵さんが用意してくれたのかな?
「……二人とも、大丈夫か?」
「あっ、お兄ちゃん……うん。何とか大丈夫だよ」
「はい。ちょっとまだ動けそうにありませんけど……大丈夫です」
呼吸は落ち着いている様子だが、疲労で体には力が入らないといった様子だ。
まぁ、暫く休んでいれば動けるようになるか。
「これから俺達が稽古するから、見学しながらユックリ休んでろよ」
「……うん」
「……はい」
俺は美佳と沙織ちゃんに一声かけ、重蔵さんが待つ中央部に移動する。
「お待たせしました」
「うむ。裕二と柊の嬢ちゃんは?」
「もう直ぐ来ると思いますよ?」
「そうか。ところで、九重の坊主。学校の方はどうじゃった?」
「ボチボチと言った感じですね」
俺は重蔵さんに、教職員室で話した件を報告する。
「……と言う訳で、取り敢えず顧問先生が未定という問題以外は大丈夫そうです。その顧問の問題も、明日顧問候補の先生と話し合う事になっています」
「そうか」
「紹介して貰えた顧問候補の先生も、新卒の先生ですが経済大学出身らしいので、起業に関して全く知識がないということもないみたいです。ただ、俺達のクラスの教科を担当していない先生の為、人柄が分からないということが不安ですね」
「まぁ、そこは直接顔を合わせた時に確認するしかないの。……すんなり決まると良いな」
「はい」
とは言え、サービス残業扱いの顧問教員を引き受けてくれるだろうか?
活動内容的に、他の部活に比べれば負担は軽いと思うけど……すんなり決まると良いな。
「お待たせしました」
「悪い、遅れた」
重蔵さんと話し込んでいると、裕二と柊さんが姿を見せた。
「さて、皆揃った事じゃし……始めるかの?」
「はい」
重蔵さんが立ち上がり、背後の壁に掛けてある木刀に手をかける。
「まずは準備運動がてらに、軽く手合わせじゃな。今日は、裕二からかの?」
「ああ」
裕二は重蔵さんが木刀を取った反対側の壁にかけてある、小太刀を模した短めの木刀を手に取り重蔵さんと対峙する。俺と柊さんはそれぞれ木刀と木槍を手に取り、美佳と沙織ちゃんが休憩している壁際まで下がった。
そして、疲れた表情を浮かべている美佳と沙織ちゃんに一言忠告する。
「二人とも、疲れていると思うけど重蔵さんと裕二の手合わせから目を離さないようにね、危ないから」
「……危ない?」
「見学するだけで、危ないんですか?」
疲れているからなのか、二人は俺の忠告の意味を理解していないようだ。
なので、ハッキリと危険の意味を伝える事にした。
「手合わせ中に、重蔵さんがクナイを投げてくるかもしれないから警戒だけはしておいて」
「……えっ?」
「クナイ、ですか?」
「モンスターとの戦闘中に、他のモンスターから流れ弾が飛んでくる事があるからね。自分が戦っていない見学中でも、気を抜かないように警戒する癖を付ける為の訓練だよ。柔らかい樹脂製のクナイだけど、当たるとそれなりに痛いから……」
俺の伝えたかった事を理解した美佳と沙織ちゃんは、疲れている体にムチを入れ注意深く裕二と重蔵さんの手合わせを観察し始めた。
先ずは、担任に相談ですね。
頭飛ばしで話を進めようとすると、後々面倒になりますからね。
重蔵さんとの稽古中の不意打ちは、デフォ。




