第80話 対応策の草案
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美佳と沙織ちゃんが向き合い二人の世界を作っている間、重蔵さんと俺達三人は顔を突き合わせていた。
「良いの、九重君? 妹さん達……」
「大樹、止めるなら今しかないぞ?」
柊さんと裕二が、俺に戸惑いの眼差しを向けてくる。重蔵さんも言葉にこそしないが、目は口ほどに物を言うといった状態だ。
俺はその視線を受けた上で、顔を左右に振るう。
「美佳達が決めた事だから仕方がない……と言えれば良いんだろうけど、後々の事を考えるとね」
「……美佳ちゃんが言っている、高校三年間って話の事」
「うん。俺達が在学している間は、二人を庇護下に置いて守れると思うけど、俺達が卒業した後の事を考えると自分達で対抗組織……ギルドを作る事はそう悪い事でもないと思うんだ。だけど……」
「だけど?」
疑問符を浮かべる柊さんに、俺は顔を歪め言葉を濁す。
「……どんな形でそのギルドを作るのか、って事か?」
「うん」
渋面を浮かべた裕二の問い掛けに、俺は深刻な表情を浮かべ頷く。
「部活や同好会と言った、学校公認の組織を作れれば反対層や中間層へのアピール的にはベストなんだろうけど……」
「それは……」
「無理だろう」
「多分……いや、まず間違いなく無理だろうね」
留年探索者チームの活動はあくまでも、学校が関与しない校外活動であり、大会等がある訳でもないので探索者活動での活躍が学校で評価される事は無い。これが学校公認の組織であれば、探索者活動での成果は評価対象になるだろう。
しかし、学校公認組織であると言う事は顧問……責任者として教員の参加が必須だ。つまり……。
「只でさえ死傷率が高いのが探索者だ、そんな物を活動内容に据える団体を学校が公認する訳がない」
「そうね。ダンジョン探索中に部員が怪我を負えば、顧問と学校に責任が行く事になるわ。それが分かっていた上で、学校側が探索者活動を活動内容にする団体を公認するとは思えないわ」
「そうじゃの。そんな団体は、学校が公認せんじゃろうて」
学校の公認を得られないとなると、無名の1年生がギルドを設立してもメンバー集めに使えるアピールポイントが無い。美佳や沙織ちゃんに、問答無用で生徒達の支持を獲得出来るカリスマでもあれば話は別だが……只の高校生にそんな物を望むのは無謀だろう。
留年探索者が1年生の間で組織を作る事が出来たのは、有無を言わせない力と潤沢な資金があったからだ。そうでなければ、これ程の短期間でそれなりの規模の組織を作る事など出来ない。
「となると、部活や愛好会の線は諦めた方が良いね」
「まぁ、そうなるな。部活にしろ同好会にしろ、設立には校則で顧問が必要って事になっていた筈だ」
「研究会なら、顧問は必要ないでしょうけど……」
「それだと、俺達2,3年がやっている友達同士、仲の良い者同士のパーティー活動と大差ないからな。あえて作る意味が無いよ」
俺達3人は何を売りにして人を集めれば良いのか、頭を突き合わせて悩むが中々良い案が出てこない。
すると、そんな俺達に向かって重蔵さんが口を開いた。
「のぉ、お主ら……学校の公認を欲するのは、探索者志望の1年生を集めるのが目的なんじゃよな?」
「? はい。公認組織と非公式組織なら、大半の人は公認組織を選びますから」
「皆、公認とか限定とかそういった物に弱いものね」
「ならば別に、直接探索者活動に直結する様な組織でなくても良いのじゃな?」
「えっ、あっ、はい」
俺と柊さんが質問に答えると、重蔵さんは軽く頷きとある提案を出してきた。
「それならお主ら……個人で探索者をするにあたって必要なノウハウを伝授する団体はどうじゃ?」
「? えっと、つまり……」
「お主らの様な企業に属さない探索者……個人事業主としての探索者業をする為のノウハウじゃ」
「あっ!」
「なる程」
「その手があったな」
俺達3人は、重蔵さんの提案に驚きの表情を浮かべながら納得した。
俺達の様な高校生探索者がダンジョンで稼ごうと思うと、収入的な意味で個人起業する必要が出てくる。年間を通して探索者業を行っていれば、扶養控除額など簡単に超えてしまうからな。去年はそれで、危うく面倒な事になる所だった。
「必要な事とは言え、高校生が弁護士事務所に起業相談で足を運ぶなどというのは、中々ハードルが高いからの」
「そこを学校内でフォロー出来る団体を立ち上げれば……」
「探索者を目指そうと思ってる1年には、中々のアピールになるわね」
「知りたいし、聞きたいけど、どこで、誰に聞けば良いのかって言う疑問に、俺たちが答えを掲示してやるって事だな」
つまり、実務的な手続きノウハウの伝授を撒き餌に、1年の探索者志望者を集めようということだ。活動内容はあくまでも実務手続きの取得なので、学校が公認を拒むであろう最大理由の探索者活動中に起こる死傷事故の責任も負わずに済む。
「起業手続きに、経費の使い方、確定申告などの税務処理……色々と教えるネタはあるわね」
「その活動内容なら、学校側も部活や同好会としての公認を出してくれるかもしれないよ。例え部員が探索者活動中に死傷しても、活動の範囲外で起きた事故だって主張できるからね」
「道義的には兎も角、法的に問われる事は無いか……」
この関係で部の責任を問うということは、例えるなら漫画研究部に所属する部員が漫画の技を再現しようという、ゴッコ遊びを学校や部活に関係無い所で行って、死傷事故を起こした責任を漫画研究部に取らせる様な物だからな。
訴えられても、お門違いも良い所だと主張できる。
「さしずめ……個人起業研究部かしら? 活動内容は、将来の就職選択の幅を広げる為の起業研究って言うお題目で……」
「個人起業研究部か……確かに活動内容的にはその名称で良いかもね。今の時節に合わせると、個人起業が何を指してるのかは言わずとも……ってところだけど」
「部員は俺達3人と、美佳ちゃん達2人を足して5人。後は顧問を確保できれば、創部に必要な最低条件はクリア出来るな」
「顧問か……手隙の先生って居たかな?」
先生達にとって、部活の顧問はボランティアと言う名目のサービス残業だからな。掛け持ちで顧問をやっている先生も中には居たはずだ。そんな状況で新しく創部する部の顧問を引き受けてくれそうな先生……あっ。
「去年担任だった、真船先生ならどうだ? 確か今、顧問をしていたサッカー部が人員不足で活動休止中だって聞いた事があったけど……」
「そう言えば、そうね。確か、部員不足で活動休止してるって聞いた事があるわ」
「……部員の多くが探索者になったせいで、公式大会に参加出来る人間がいなくなったって話だったな」
新しく出来た探索者経験者の公式大会への参加を認めないと言う規定のせいで、3月に結構な人数が部活をやめて一時期騒然となったからな。大会に出られなくても部活を続ける者も中には居たけど、大半の運動系部員はやめたんだよな。その煽りで、幾つかの部活は今も休部状態になっていた筈だ。
新入生から部員を確保しようと、オリエンテーションの部活紹介で勧誘する動きもあったらしいけど、休部状態の部活に参加しようとする積極的な新入生はいなかったらしい。
「まぁ、アニメ張りのプレイをする選手がたくさん出てくれば、規制の一つや二つは作られるか」
「そうね。中央ラインからの超ロングシュートを決められる選手が沢山居たら、試合にならないものね」
「プロサッカーの方でも、ダンジョンに潜っていた選手の一部が出場停止にされたって問題になってたもんな」
「あったな、それ。確か……一軍に上がれない若手の選手がやったんだっけ?」
「確か、そうだったはずよ」
若手選手の不自然な活躍を不審に思いチームが調べて、探索者になった事を隠して試合に出ていた事が発覚した事件?だったかな? 当時、明確な規制はなかったけど、結局その選手はドーピング扱いされてチームを辞め探索者になったんだっけ?
その選手以外にも、複数のチームから似たような事案が出てきて一時期新聞やニュースを賑わせたんだよな。
「もしかしたら、既にほかの部活の顧問を兼任しているかもしれないけど、聞くだけ聞いてみよう」
「そうね。真船先生がダメでも、他に手が空いてる先生がいたら紹介してくれるかも知れないわ」
まぁ、進んで引き受けてくれる先生が居るかわからないけど、聞くだけならタダだしな。
それに、俺達が創部しようとしている部活の性質的に、部活中に部員が怪我をする可能性は低く、朝練も無く放課後の活動時間も短い。その上、土日の活動はないのだ。うちの学校の場合どうかは知らないが、強制的に部活の顧問をやらされている場合、この条件は中々良いのでは無いだろうか?
少なくとも、先生の職務を過剰に圧迫する事はないからな。
俺達の方針がそれなりに纏まったので、向き合って手を取り合って麗しき友情の世界を作っている美佳と沙織ちゃんに、遠慮気味に声をかける事にした。
「あぁ……美佳、沙織ちゃん? そろそろこっちの話に参加して貰っても良いかな?」
「「……!」」
美佳と沙織ちゃんは、俺の声に慌てた様子で離れ羞恥心で顔を赤くする。いや、別にいいんだけどね。
俺は軽く咳払いをして、先ほど話し合った内容を二人に伝える。最初は難しい顔をしていたが、話が進むにつれて戸惑ったような表情を浮かべ始めた。
「……と言う話に纏まったんだけど、どうかな?」
「創部ですか……」
「まぁ、最初は同好会っていう形でも良いんだけどね。部だと、大会や外部交流なんていうのは面倒だしさ。部費が貰えなくても、活動で使う消耗品なんかの出費は俺達で十分賄えるしね。ここで重要なのは、学校公認の団体であるっていう点かな?」
「公認されていると言う点は、人集めには持ってこいのアピールポイントよ。特に探索者になろうとしている人には、私達が新設する団体の活動内容は垂涎物の筈よ。何せ、聞きたくても聞き辛かった内容が入部するだけで聞けるのだから。普通、高校生が起業しようと言っても、相談する相手なんて居ないでしょうしね」
「それに学校に公認されているということは、留年探索者チームが俺達が新設する団体と事を構えれば、学校側もそれを理由に介入してくる筈だ。学校も生徒間の揉め事には介入しづらいだろうが、学校公認団体が関わるとなれば話も変わるからな。学校もこの問題には、介入する糸口を探しているだろうさ」
俺達の説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは戸惑っては居るが何とか話の筋は理解している様だ。
「若しかしたら、その辺の事情を無視して仕掛けてくる可能性もなくはないけど……でもまぁ、少なくとも美佳と沙織ちゃんが力を付けるまでの時間は稼げる筈だよ」
「俺達が後ろ盾になっているということを知っていれば、仕掛けてくるとしても最低でも夏休みが終わった後…2学期になってだろうからな」
「そうなるのかしら? まぁ仕掛けて来るのなら、それなりのレベルの手駒を揃えてから数で押してくるでしょうね。今の1年生の状況じゃ2,3年生の探索者チームには勝てないって理解してるでしょうから、夏休み期間でチームメンバーの底上げをする筈よ」
美佳達の話を聞いた限り、そこまで攻撃的なチームではないのだろうが……チーム全体で今以上の力を付ければどう転ぶか分からない。どんな規律正しい組織だとしても、調子に乗ってやらかす奴は必ず出てくるからな。些細なキッカケで、大きな揉め事に発展する例は良くある。
そうなった場合の備えはしておいた方が良いだろう。
「創部の手続きは俺達の方で進めておくから、美佳達には重蔵さんに稽古をつけて貰うと良い。探索者になればレベルアップで身体能力は強化されるけど、その力を使いこなす為には練習あるのみだからな」
「そうだな。ゲームにある様なアーツ系のスキルでもあれば話は違うんだろうけど、今の所そう言った系統のスキルは見つかっていないからな。武器の扱いについては、自分で覚えるしかない」
裕二の言うように、アーツ系のスキルは未だ発見されていない。そのせいもあり、武器を扱う武術や格闘技系の道場が繁盛しているのだが……。
「魔法も似たような物ね。魔法スキルを習得すれば魔法を使えるけど、使い熟すには武術を習うより大変よ?」
柊さんが言うように魔法は更に習熟が大変で、EPや練習場所の事を考えれば武術を習って武器攻撃をした方が良いくらいだ。レベルが低い内はEP容量も少なく自然回復を待ちながら練習するしかない上、ダンジョン外で魔法を練習出来る場所は練習希望者が使用予約を取るにも一苦労するからな。
「……うん、分かった」
「はい」
美佳と沙織ちゃんは裕二と柊さんの話を聞き、真剣な表情を浮かべ大きく頷いた。俺はそれを確認し、重蔵さんに頭を下げながら2人の事を頼み込む。
「そういうことなので重蔵さん。暫くの間俺達は創部関係に奔走するので、稽古に来るのが遅れると思うので、その間2人をよろしくお願いします」
「うむ。了解じゃ」
重蔵さんが指導してくれるのなら、2人の事は全面的に任せて大丈夫だろう。
話が大体纏まったので、俺達はそこで一旦話を打ち切り予定していた稽古を行った。まぁその際、俺達の模擬戦を間近で見て目を見開き唖然としている二人の姿が印象的だったけどな。美佳達も探索者になれば、1,2ヶ月もすればこの位は出来る様になると言ったらさらに驚いてたけど。
主人公達の撒き餌は、個人事業主になるために必要な知識です。
高校生で高収入探索者になったら、個人事業主になりたい人が多そうですからね。




