第4話 ダンジョンで変わった世界
遅くなりました。
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俺はPCに向かいながら、ネットニュース等でダンジョン出現から変化した社会情勢を調べていた。
政府放送があった日から既に1ヶ月。世界はダンジョンと言う未知の物に困惑しながらも、試行錯誤を繰り返しながら対処していた。しかし、万全の対策が出来る訳も無い。
「うーん。中々に前途多難って感じだな」
海外の調査チームが壊滅した事を皮切りに、ダンジョン内の調査に入った各国の調査チームが壊滅する事が続いた。理由は調査隊の護衛が持つ武器、銃火器が効かなかった事だ。1~2階層までに出現するモンスターには銃は効いたのだが、次第に銃が効かなくなっていったのだ。
その典型例がスライム。調査隊の護衛が撃ち込んだ銃弾は体表面に埋まりスライムの核には届かず、反撃を受け数人の帰還者を残し壊滅した。
「スライムなら塩を振りかけただけで倒せるんだけど……調査隊は銃で撃てば倒せるって先入観に囚われて対処が遅れたんだろうな、たぶん。もしくは、スライムが物理無効スキルか物理軽減スキルでも持っていたのかな?」
これを受け、第2陣の調査隊はスライム対策に火炎放射機を持ち出したが、ダンジョンと言う閉鎖空間での使用はリスクが大きかった様だ。スライムが焼滅するまで火で炙った結果、酸欠になり倒れる調査員が続出。現在は少量の液体窒素でスライムを凍結し、核を砕くと言う対処法が主流になった。
随分高コストでリスクのある方法だな、まったくご苦労様である。
「そしてやっぱり、こうなるよな」
俺は次のニュース記事に目を通しながら、溜息を漏らす。
政府が未確認ダンジョン内への民間人の入場を制限したのだが、忠告を守らない者が出て当然の様にモンスターに返り討ちにされた。そして、民間人がダンジョンに侵入し死亡した責任は国にあると、野党が国会で騒ぎ出し政府与党を叩いているのだ。
もう少し他に議題はないのだろうか?確かに、政府主導で自衛隊が閉鎖しているダンジョンに民間人が侵入し死亡した、と言うのであれば国の責任を問う事も間違ってはいないのかも知れないが、死亡した民間人が未確認ダンジョンを公的機関への報告する事を意図的に無視し、自分の意志で勝手に侵入し死亡したこの件に関してはどうなのだろう?色々議論されど、最終的には自己責任と言う結論になるのではないのだろうか?
「と言ってもまぁ、ダンジョンを埋めて完全閉鎖しろっていう話には成らないんだろうな」
何せ、死亡者が出たとは言え、ダンジョン内のモンスターを倒せばアイテムがドロップする。そのドロップするアイテムは剣や盾等の武具から、鉱物、回復薬等の各種薬品。そして、様々な能力を対象者に付与するスキルスクロールまで多種多様だ。
これらの物を回収した各国は、ダンジョン攻略へ乗り出した。未知の鉱物素材からモンスター由来の未知の生物素材、部位欠損を癒す驚異的な効能を持つ回復薬等。これだけでも直接的な利益は計り知れないのに、それらに伴う莫大な利権が望めたからだ。
そして何より、スキルスクロールによって得られる様々なスキルを見逃せる訳がなかった。
「魔法か……。まぁ、確かに心惹かれる言葉ではある」
スキルスクロールを使えば、使用者は適性があるスキルを得られる。この事が分かった各国は、スキルスクロールを始めとするダンジョンドロップアイテムの獲得に躍起になった。
しかし、ダンジョン探索に自国の軍隊を送り込み人海戦術でダンジョン攻略を行おうとした各国で失敗が続出、多数の犠牲者を生み出す結果で終わった。
「で、何時もの如く政治的な問題で動きが鈍かったウチの国は初期被害を免れ、失敗した国の情報を分析してダンジョン攻略に乗り出し現在順調に攻略中と。官僚の中にもゲーム脳の職員って結構いるんだな」
各国のダンジョン攻略失敗を目の前にした日本は、国内のゲームクリエイターやSF作家を集め出現したダンジョンの検証委員会を発足、幾日もの討論の末ある結論に達した。ダンジョン内で銃火器は役に立たないと。
理由として挙げられたのは、調査の為にダンジョン内部に潜行した自衛隊員達の装備品の変化だ。モンスターを倒した自衛隊員の装備品を科学的に検証した所、服やボディアーマーの強度が僅かながら向上していたのだ。これに目を付けた検証委員会のメンバーは、自衛隊員の運動能力テストを行い確認した所、僅かながらに能力が向上していた。この事からダンジョン内のモンスターを倒したら本人と装備品がレベルアップするのでは?と委員会では推測され、検証潜行を行ったところ説は実証される。実証された説を元に銃火器がモンスターに通用しない理由を考えた所、銃火器本体は強化されるものの消耗品の弾丸には適用しないのでは?と推察された。
「まぁ実際の所は、ダンジョン内に出現したモンスターを倒した者に、レベルと言う概念が付加され見えないパワードスーツ(Invisible Powered Suit:IPS)を与えられた。って言うのが正しいんだけど……そこまでは解析系のスキルでも持っていないと分からないか」
俺は鑑定解析スキルのおかげでその事に気が付いたが、検証委員会の方では掴めなかったようだ。
IPSは対象者の体を覆う一種の力場だ。レベルを上げるに従い性能は向上し、高レベルに成れば常識を覆す様な力を発揮する。バカみたいな耐久力や、見た目に不釣合いな怪力等。そして、スキルスクロールから得られるスキルと言う名の各種アプリケーションをIPSに組み込めば、EPが許す限り超能力の如き力を発揮する。
ステータスで言うHPがIPSの耐久力に当たり、EPがスキルを動かす為に必要なエネルギー量だ。当然HPが尽きればIPSは機能を停止し、復活するまで各種アシスト機能は使えず生身を晒す事になる。EPが尽きれば各種スキルはエネルギー不足に陥り、IPSは只の頑丈な鎧と化す。
「まぁ他にも色々あるにはあるが、知らないなら知らないで何とかなるかな?」
その結果、自衛隊の精鋭が超硬合金等で作られた日本刀や短刀等の近接武器を主兵装としてダンジョンに挑んでいるとの事だ。これで上手く行くんだから、まだまだ日本人の中には侍の血が残っていたって所かな?
「で、今現在日本は、ダンジョン攻略の最先鋒を、独走状態で突っ走っていると」
何でも既に20階層程まで、負傷者は出しても死亡者を出さずに攻略したらしい。
それに伴い、日本政府はレアアイテムやスキルスクロールを多数保有しているようだ。一応、効果の高い回復薬やスキルスクロール等の貴重品は治験と言う名目で、ダンジョンに潜行している自衛隊員に優先的に配られている。利益より人命優先と言う所は、日本らしい対応だろう。
まぁ、余剰分は全て政府が徴収して、アイテムを再現出来る様にと官民一体で研究がされているらしいが。短期間でアイテム其の物の再現は難しいだろうが、研究過程で得られる新技術や技術蓄積で各分野の発展が期待出来ると噂されている国家プロジェクトらしい。
「にしても、日本政府にしては珍しく即断で決断を下したな、未解明な部分はそういう物として使うって」
俺は珍しく即断した政府に感心した。ダンジョンに関する法律を特別立法で成立させ、即時公布と施行がされたからだ。何時もならグダグダと数年は掛かるのになぁ。まぁ、他国のダンジョン攻略姿勢に煽られたって所かな?
まぁ、暫くは様子見だろう。
「この流れだと、何れは世論に押されてダンジョンを一般公開する様に成るんだろうな……」
別のニュース記事を開くと、そこには既に多数の国の民間人が、自らを探索者と名乗りダンジョンに潜行していると書かれていた。探索者を名乗る彼等は、ダンジョン内で手に入れたアイテムの売買を行っており、かなりの利益を出しているらしい。不景気でリストラされた失業者や就職難の若者、貧困層の住民がダンジョンに多数潜っているとの事だ。
各国政府はダンジョンへの入場を規制してはいるが、統制が取れていないらしい。
「日本もその内、ドコかの省庁がダンジョン探索者協会とかダンジョン攻略財団でも作りそうだな」
天下り先を作る事に掛けては手馴れてるからな、ウチの国の官僚。ダンジョンに潜る探索者を管理し安全に攻略させる団体が必要だ、とか言って。まぁ、間違っている訳ではないから全否定はしないけどさ。
それに、ダンジョンから得られるアイテムも探索者の人数が増えれば増えるだけ多くなるだろうしな。
「この調子だと、早ければ今年度内には民間人にも開放されそうだな」
別の記事を見れば、既にその様な動きはあるようだ。政府にしても失業者対策にもなるだろうし、ダンジョン関連による産業が生まれれば、不景気対策のカンフル剤にもなると考えるだろう。それに民間の方からも、ダンジョン開放を求める署名活動などと言う物が行われている。
まぁ政府が民意に折れ、民間人がダンジョンに潜る事を合法化する時は完全自己責任制にするだろうな。ハイリスクハイリターンの新しい職業か……。
「美佳の奴に釘刺しとくか」
一ヶ月経っても、未だにダンジョンについての話題に目を輝かせている俺の妹。ダンジョン攻略が一般開放されるように成れば、いの一番に突撃しそうな雰囲気があるからな。
一通り世の中の動きを調べ終わった俺はPCを閉じ姿見の前に立ち、最近日課に成りつつある鑑定解析を自分に使いステータスの確認を行う。
名前:九重大樹
年齢:15歳
性別:男
職業:学生
レベル:38
スキル:鑑定解析Ⅱ〔A〕4/10・念動力Ⅱ〔A〕1/10・空間収納〔P〕8/10・EP回復力上昇〔P〕5/10
HP:385/385
EP:93/195
結局俺は、ダンジョンの存在を公的機関には報告しなかった。何故なら、政府放送初日にあった避難騒動の報道を見たからだ。都市部近郊に出現したダンジョンの半径300m圏には避難命令が発令され、数千人の避難民が発生し交通網も麻痺。そして何より、近隣住民は今現在に至っても避難生活を余儀なくされている。因みに、俺の家は新興住宅地のほぼ中心地なので、下手に報告しようものならエラい事になる。
これが完全に個人で対処出来ないと言うのならば、即座に公的機関に報告したのだが幸か不幸か俺だけでも対処出来ている。ここ1ヶ月、5千匹近いスライム狩りを続けてきた結果、結構なレベルまで上がった。どうも、俺の机の引き出しの中に出現したダンジョンは、スライムだけしか涌かない特殊な物だった様だ。極稀に出現した金属なスライムっぽい物を除き、全体的にEXPの少ないスライムゆえEXP取得効率は悪い。まぁ、特に危険を冒さずに安全にここまでレベルを上げられたのだから、儲け物と考えるべきだろう。
軽く調べただけでも、ここ1ヶ月のダンジョンで死亡したとされる者の数は世界各国で1万人を超える。それを思えば、塩でスライム討伐、念動力でドロップアイテムをピックアップ、空間収納に保管と言った単調なルーチンワーク化した暇なレベルアップ作業等という贅沢は言えない。
「でも、まぁ……熱中していたとは言え、塩を100kg以上消費するとは思わなかったな」
俺はチラリと部屋の隅に置いてある、口の空いた業務用25kg入り塩袋を見る。ネット通販で1袋1000円と格安だったので、多めに買っておいたのだ。検証の結果、スライム一体に対して大体計量スプーンで大さじ1杯分程掛ければ倒せるので、コスパは最高といっても良かった。何せ、一体倒すのに1円掛らないのだから。
「それでも、初期投資は結構財布にきたけどな。ドロップアイテムで金策の当てが出来たから何とかなったけど」
実際、高校生の財布に数千円に及ぶ出費はかなり痛い。残しておいたお年玉を切り崩し塩を買う費用は捻出出来たが、その後の追加購入費用に関しては当てはなかったぐらいだ。
しかし、その問題はドロップアイテムの一部が解決してくれた。スライム討伐後に出現したアイテムの中には貴金属を使った装飾品が含まれていたので、俺はその中から売りに出しても問題にならないと思われる純金製のシンプルなデザインの指輪を近所のリサイクルショップで売ったのだ。
結果、金相場に則った買取をしてくれる優良業者だった御陰で、俺の手元には数万円に及ぶ現金が転がり込んできた。
でもまぁ、何度も使える手じゃないよな。定期的に貴金属を売りに来る高校生。一度なら兎も角、何度も繰り返せば下手すれば遠からず窃盗犯扱いされかねない。早い内に別の金策も考えておかなければ、何れは資金難に陥るだろう。
「アイテムを正式に売れる様になれば、話は早いんだけどな」
俺の空間収納庫……とある青狸のポケットの様な物……には、スライム討伐で得たアイテムが多数収納してある。スキルスクロールや回復薬、希少鉱物に生物素材。売りに出せば即完売するであろう物がゴロゴロと。
「パッシブ系のスキルスクロールもダブついてるのが何個かあるから、此等なんかは良い値に成りそうなんだけどな……」
スキルスクロールにはアクティブ系とパッシブ系の2種類があり、アクティブ系は使う度にEPを使うがパッシブ系は常時EPを消費する。これが中々に食わせ物だった。
スキルスクロールは開封しなければ中に何が封入してあるか不明で、不用意に開封しパッシブ系ばかり習得すれば何もしていないのにEPを消耗しきってしまうと言う事態に陥いる。実際、同様の症状が報告されている。
ダンジョン攻略のトップを走り多数のスキルを身に付けていた探索者がある日、何時もの様にドロップしたスキルスクロールを使った所、突然力を失いモンスターに殺されたと言う事案だ。これは、保有EPのリソースをパッシブ系スキルに食い潰されたのが原因だった。どうやら解析スキルや鑑定スキル持ちが少ないか居ない様で、ステータスと言う物が一般化していない為起こった悲劇らしい。
「鑑定解析スキル様々と言った所だな。開封しなくてもスキルスクロールの中身が分かる事はありがたい」
おかげで、俺はスキルスクロールを開封する事無く、事前に習得するスキルを吟味出来た。俺が習得したパッシブ系スキル……空間収納は便利な反面、常時EPを100も消費する高コストスキル。今のレベルで得られるEPの2分の1も消費しているのだ。概ねパッシブ系スキルは高コスト傾向にあり、下手に複数のパッシブ系スキルの習得は出来ない。
俺が大きく黄金なスライムから獲得したスキルスクロールの中には、絶対防御と言うEPを3桁後半も消費する様なパッシブ系スキルもあった。こんな物を習得してしまえば、EPは常時枯渇状態に陥りスキルが発動しなくなり、IPSはマトモに機能しなくなる。硬い鎧を着た只の一般人が、どれだけダンジョン深層部で生きていられる事か……考えたくもない。
連休中は何話か連投するつもりです。