第77話 重蔵さんとオハナシ
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授業が終わった放課後、俺達は久しぶりに裕二の家の道場に集合し稽古に励んだ。久し振りの重蔵さんとの稽古は、休みボケした俺と柊さんのサビ落としの色が強かった。
「鍛錬を怠けてはいないようじゃがお主、勘が鈍っておるの……」
「これでも一応、毎日素振りはしていたんですよ?」
重蔵さんの正面からの打ち込みを、俺は斜めに構えた木刀で受け止め衝撃を流す。
「確かに、基本の型は崩れておらんの。しかし……」
重蔵さんが先程より早い打ち込みを、俺の脇腹目掛けて繰り出して来た。俺は慌てる事なく、脇腹と重蔵さんの木刀の間に自分の木刀を差し込み、受け止めようとしたのだが……。
「っ!?」
「受け流すタイミングがズレておる。そんな事では、また己の得物を壊す事になるぞ?」
重蔵さんの打ち込みを流し切れず、俺の木刀は大きく大きく弾かれた。
俺の木刀を弾いた重蔵さんの木刀は、俺の脇腹の直ぐそばまで迫っていたので慌ててバックステップで距離を取る。
「暫くは、模擬戦で鈍った勘のサビ落としじゃな」
「……はい」
重蔵さんが構えを解いたので、俺は数秒残心したあと構えを解く。どうやら俺は、自分が思っている以上にこのゴールデンウィーク期間中怠けていたらしい。
俺は重蔵さんに向かって頭を下げ、稽古の礼を述べる。
「ありがとうございました」
「うむ。次は、柊の嬢ちゃんじゃな?」
「はい。お願いします」
重蔵さんに声を掛けられた柊さんは、俺と場所を交代し重蔵さんに木槍を向けて対峙する。
俺はその様子を、裕二と並んで見学していた。
「大丈夫か?」
「ああ。でも、暫くは重蔵さんの言う様にサビ落としだな。思っていたよりも、上手く動けてなかった……」
俺は重蔵さんとの手合わせを思い出し、自分の不甲斐なさに溜息を吐く。裕二はそんな俺の肩を叩きながら、慰めの言葉をかけてきた。
「でも、あれは仕方ないんじゃないか? 爺さんも狙って、大樹が衝撃を流せないように寸前で小細工していたみたいだしさ」
「でも、ゴールデンウィーク前の稽古でなら、何とか受け流せていた攻撃だぞ? 間違いなく、勘が鈍っているよ」
「それは……」
俺の反論に、裕二は言葉に詰まった様に目を泳がす。
「それに、ほら……」
俺は重蔵さんと手合わせをしている、柊さんを指さす。
そこには柊さんが俺と同じ様に、重蔵さんの打ち込みを受け流しそこね木槍を弾かれていた。
「……」
「1日稽古を休むと取り戻すのに3日は掛かるって良く聞くけど……本当なんだな」
素振りは既に日課になっているのでゴールデンウィーク期間中も休んではいなかったが、誰とも手合わせはしていないので打ち合いの勘が鈍っていると実感した。年末年始の正月休みの時は、今ほど高度な打ち合いをしていなかったから特に不備を感じなかったけど……これからは長期休みの時の対策を考えないと拙いな。美佳も稽古に巻き込むか……。
そうこう技能低下抑止の対策を考えてる内に、柊さんと重蔵さんの手合わせが終わっていた。
「じゃぁ、次俺だから行ってくるよ」
「頑張ってな」
裕二は一言俺に断りを入れ、柊さんと交代で重蔵さんの下に移動して行った。
「お疲れ様」
「……」
手合わせを終えた柊さんは無言で、木槍を脇に置き俺の隣に腰を下ろした。
難しい表情を浮かべている所を見ると、俺と同じ様に技能低下に頭を痛めているのだろう。探索者をやっている以上、技能が低下すると言う事は怪我をする可能性が高くなるということと同義だからな。
「やっぱり柊さんも、重蔵さんにガツンと言われた?」
「……ええ。 打ち合いの勘がサビ付いてるって言われたわ」
「そう。俺と同じことを言われたんだ……」
「……九重君も?」
「うん」
どうやらお互い、ゴールデンウィーク期間中に手合わせをしていなかった事が響いているようだ。地方出張中だった裕二は無理でも、柊さんと連絡をとって軽くでも手合わせをしておけば良かったな……。
「私も槍の素振りは毎日やっていたのだけど、それだけじゃ足りなかったみたい」
柊さんはそう言って、無念そうに溜息をつく。
「まぁ、柊さん。過ぎた事を悔やんでいても、仕方ないよ。次回ダンジョンに潜る時の為にも、鈍った勘を取り戻せる様に稽古しないと」
「……ええ、そうね。九重君の言うとおりだわ」
俺の自分にも向けた励ましの声に柊さんは気持ちを切り替え、俯かせていた顔を上げて重蔵さんと打ち合う裕二の姿を観察し始めた。地方イベントで模擬戦をしたと言っていただけあり、裕二の勘は鈍っておらず重蔵さんと不足無く打ち合えている。俺や柊さんが引っかかった重蔵さんの小細工にも裕二は適切に対応しており、衝撃を受け流し損ない木刀を弾かれると言う失態は犯していなかった。
暫く二人の打ち合いは続き、何時も通り重蔵さんが裕二の脇腹に一撃を入れ手合わせは終了する。何時になったら、裕二は重蔵さんに一撃入れられるようになることやら……。
稽古を終えた俺達は、何時もの様に重蔵さんと一緒に道場でお茶を啜っている。普段ならダンジョン関係の茶請け話で盛り上がるのだが、今日は茶請け話は雰囲気が違った。
俺が宮野さんとイベント会場であって話した事を、口にしたからだ。
「……そうか。宮野さん達、そんな事になっていたのか」
「……」
「それは不憫じゃの……」
裕二は静かに目を瞑って俺の話を聞き、柊さんは唇を噛みながら俺の話を聞いている。相席で話を聞いていた重蔵さんは、お茶を啜りながら一歩引いた立ち位置で俺達の話し合いを聞いていた。
俺の話が終わり、顔を俯かせ落ち込む俺達を見て重蔵さんは口を開く。
「しかし、まぁ……。探索者をやっとる者にとっては、それも一つの結末じゃな。命のやり取りを生業としている以上、こう言う危険は付き纏うものじゃ」
「でも重蔵さん……」
「九重の坊主。……お主に出来ることなぞ無いぞ? 仮にどうにかしたいと言うのならば、その者達の人生を背負っていく覚悟がお主にはあるのか? 中途半端な手助けしか出来ないと言うのならば、悪い事は言わん……やめておけ。互いに傷付く結果に終わるだけじゃ」
顔を上げると、俺達に忠告を入れる重蔵さんは、何かを思い出しているのか、腕を組んで目を閉じていた。
宮野さん達と似た事案を、重蔵さんは経験したことがあるのだろうか?苦々しい表情も浮かべずに、感情の欠落した様な無表情な様子を見ると、手を出し苦い結果に終わったのかもしれない。
……だから、自分の二の舞にならないよう俺達に忠告を?
「話を聞く限り、お主等はその者達の命を救い怪我も治療してやったのであろう?オマケに、その者達に傷を負わせた下手人も捕まえておる。ならば、それ以降のことはその者達自身の問題じゃ。お主らには、何ら不備はない」
「……はい」
俺の目を直視しながら断言する重蔵さんの姿に、俺は何も言えずただ頷く事しか出来なかった。
「無論、裕二と柊の嬢ちゃんもじゃ。覚悟がないのなら、深入りはするでないぞ?」
「……ああ、分かった」
「……はい」
裕二も柊さんも重蔵さんに反論する程の覚悟は決まっておらず、俺と同じように頷いていた。
……覚悟か。探索者をやっている以上、自分の生き死にに関する覚悟は持っているし、パーティーメンバーである裕二や柊さんに万が一の事態に陥った時に関する覚悟もある。
しかし、一度顔を合わせただけの他人の一生を背負う覚悟があるかと聞かれれば……そんな覚悟は無い。
「お主らは確かに、探索者としては一流と言っても良いじゃろう。それだけの実績も積み重ねておるしの。じゃが、お主らはまだ高校生……成人さえしていない子供じゃ。大人でも背負いきれんような責任を、無理に背負い込もうとするな。助けようと思った者よりも先に、ストレスでお主らが潰れてしまうぞ」
「「「……」」」
「だが、忘れるでないぞ? 探索者を続けるのならば、何れ自分達にも降りかかるかも知れない結末の一つじゃ。そうならんように、日々の鍛錬や研鑽を怠るでない。事が起きてから後悔しても、手遅れなのじゃからな……」
「「「はい」」」
重蔵さんは俺達を諭すかのように、語気を荒立てる事もせず淡々と忠告してくる。それが却って、俺達の胸に突き刺さった。
重蔵さんに諭された俺達は、宮野さん達のことは棚上げし割り切ることにした。無論、重蔵さんの言うこと全てに納得した訳ではないが、現実問題として俺達に出来ることなど無きにも等しい。
俺は湯呑に入った冷め切ったお茶を口に含み、緊張で渇ききった喉を潤す。
「……はぁ」
潤った俺の喉から出た第一声は、無力感に苛まれた深い溜息だ。幾ら探索者として優秀であったとしても、俺達が結局は未成年の学生だということをまざまざと感じたからだ。
俺は空になった湯呑に目線を落とし、無言で湯呑の底を覗き込む。他に何か行動を取ろうという気力が湧き上がって来なかったからだ。
暫く底に残った茶渋を見ていた俺は、あることを思い出し急須からお茶を注ぎ直していた重蔵さんに声をかける。
「……ああ、そうだった。あの……重蔵さん? 1つ良いですか?」
「ん? 何じゃ?」
「実は今度2人程、俺達と一緒のパーティーでダンジョンに潜る事になったんです。で、その2人に稽古をつけて貰うことって出来ますか?」
俺は美佳達の事を、重蔵さんに頼み込む。
ダンジョンに潜る前に最低限でも武術の心得を身に付けていれば、ダンジョン内での行動も変わってくるからな。無用の怪我等を防ぐ為にも、慎重に行動すると言うことを2人には事前に身に付けていて欲しい。
「別に稽古をつけるのは良いが、誰じゃ? お主らがパーティーを組もうとする所を見ると、近しい者じゃろうとは思うのじゃが……」
「俺の妹と、その友達です」
「九重の坊主の妹さんか」
俺は重蔵さんに、美佳達が探索者になりダンジョンに潜る事になった経緯を説明する。話が進むに従い、重蔵さんの顔には呆れの色が浮かぶ。まぁ、こんな話を聞けばな……。
「何じゃ、それは……」
「重蔵さんもそう思いますよね……でも残念なことに本当みたいなんですよ。今日学校で、1年に妹弟を持つ連中に聞き込んで確認を取りました」
「呆れた話じゃな。介入しづらいとは言え、学校側も後手後手に回り過ぎじゃ」
重蔵さんは疲れたように溜息を吐き、手に持っていた少し冷めたお茶を飲み干した。
「まぁ、そういうことなら良いじゃろ。妹さんと友人を今度連れてくると良い、稽古を付けてやろう」
「ありがとうございます!」
俺は床に座ったまま、重蔵さんに深々と頭を下げる。
「ところで九重の坊主。お主の妹さんと友人は、お主らのように嵩増しはしとるのか?」
「……嵩増し、ですか?」
下げていた頭を上げた時、重蔵さんは俺の顔を見ながらそんな言葉を投げかけてきた。嵩増し……そう言われた時、俺は目を見開いて息をのむ。出来るだけ平素を装いつつ絞り出した返事の言葉も、若干裏返っていただろう。
因みにこの時、裕二と柊さんは若干表情を引き攣らせ、俺と重蔵さんのやり取りを固唾を飲んで見守っていたそうだ。
「何じゃ、気付いておらんと思っておったのか? それならばお主ら、ワシを甘く見過ぎじゃ。伊達に年はとっておらん。それに、お主らは動揺し過ぎじゃ。それではワシの言っていたことが正解であると、自分達で言っているも同じじゃぞ?」
「……」
俺は重蔵さんの言葉を聞き、頬を引き攣らせる。
……重蔵さんなら気付いても不思議ではないが、どこで気付かれたんだ?
俺は眉を顰めながら、つい怪訝な表情を浮かべながら重蔵さんをマジマジと見てしまう。
「はぁ……。ワシの知り合いの中には、警察官や自衛官がおる。その者達の中には、組織内部で高い地位についていて、隊員に出稽古を付けてくれと頼みこんで来る者もおっての? ダンジョンが出現した初期には、ダンジョンに潜りモンスターと戦ったことがある者達に稽古をつけてやったものじゃ」
「……あっ」
溜息を付き説明する重蔵さんに、裕二が小さな驚きの声を上げる。
何か、心当たりがあるらしい。
「その者達と比しても、稽古を始めた当時のお主らの能力の方が尚高い。一度ダンジョンに潜った後とは言え、何らかの嵩上げをしていなければ辻褄が合わん」
「「「……」」」
「特に九重の坊主はな。初めて木刀を滅茶苦茶な型で振るった筈なのに、体幹のブレが無さ過ぎじゃった。幾ら体を鍛えていようと、まともな剣の振り方も出来ておらん者が出来ることではない。出来るとすればそれは、子供が遊びで振り回す枯れた小枝の様に木刀の重さを無視して振り回せる程、桁違いに身体能力が優れていた場合じゃ。常人……鍛えたスポーツマンにも無理じゃよ」
「……」
「刀を譲った後には裕二や柊の嬢ちゃんも同じじゃ。身体能力の成長速度が早すぎる。大方、嵩上げの秘密は九重の坊主が握っておるのじゃろ?」
隠しているつもりだったが、重蔵さんにはバレバレだったようだ。
図星を突かれた俺は、咄嗟に重蔵さんから顔を逸らしてしまった。完全に、重蔵さんの推測を裏付けるような行為だ。
暫くの間、顔を背ける俺達と追求の眼差しを向ける重蔵さんという重苦しい構図が広がった。
「……まぁ、良い。今は深く追求はせんでおくから、お主らが話したいと思った時に話すと良いじゃろ」
先に折れたのは、重蔵さんだった。追求する眼差しと雰囲気を消し、お茶を啜る。
俺は重圧から解放された安堵感から、気の抜けた声で重蔵さんに問いかけた。
「……それで良いんですか?」
「無理に聞き出しても、蟠りが残るからの。お主らが話したいと思ったら、話せば良い。決心がついたら、何時でも話に来ると良い、聞くだけは聞いてやれるからの」
重蔵さんが深く追求することはなかったが、これは一種のモラトリアムなのだろう。
恐らく重蔵さんは俺がダンジョン……或いはそれに類する存在を隠していると考えている筈だ。……誤魔化しは利かないだろうな。
「……考えておきます」
「うむ」
俺の短い返事に重蔵さんが頷いたことで、この話はそこで終わった。
その後、次の日に美佳達を連れてくることを重蔵さんに約束し、俺と柊さんは裕二の家を後にし帰宅の途についた。
宮野さんの事を皆に話しましたが、重蔵さんに諭され手出しはしません。




