第74話 気分転換に行く
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宮野さんと再会した翌日、俺は自室でダンジョン攻略映像の確認検証作業を行っていたが、作業内容が些とも頭に入って来ない。確かに俺は映像を見ている筈なのに、気が付くと動画の再生時間が数分単位で飛んでいる時がある。
俺は現状での作業続行は不可能と思い、溜息を吐きながらPCの電源を落とした。
「はぁ……一晩寝たら気持ちも切り替えられると思ったけど、無理か」
椅子の背凭れに体重を掛け、天井を無気力気味に眺める。
流石に、宮野さんのあんな話聞いた後だと平常心を保つのは難しいな。ちょっと思考に間が空くと、宮野さんの話を自分たちの姿に重ねてしまう。
今の俺達の戦闘力なら、低層階では敵なしだろう。イレギュラーで発生する、余程の強敵や悪質なトラップにでも遭遇しなければ危ないと思う場面にも遭遇しないと言っても良い。……だが同時に、絶対に無いとも言えない。
その万が一に遭遇し、最悪の事態に発展すれば……。
「……ふぅ。これ以上の作業は、今日は無理だな。気分を転換して気持ちを切り替えないと、何も手につかないな」
俺は脳裏にチラついた最悪の事態想定を振り払い、背凭れから上体を起こし立ち上がる。
「このまま家の中でジッとしていても気分転換にはならないな……出かけるか」
クローゼットのハンガーに掛かったジャケットと財布等の小物を入れたバッグを持ち、俺は部屋を出る。
階段を下りリビングに入ると、母さんと父さんが出かける準備をしていた。
「あら? 大樹、貴方も出かけるの?」
「あっ、うん。……二人共、出掛けるの?」
「ええ。お父さんと一緒に、お買い物よ」
「そう。久しぶりに母さんと、二人っきりでのデートだよ」
「へー」
思わず、俺の口の中が甘ったるくなった気がした。
父さんのデート発言を受け、母さんは照れくさそうに父さんの背中を叩く。でも母さんが浮かべる表情は、嬉しそうだ。まぁ、夫婦仲が良好なのは良い事だよな……。
「じゃあ俺、先に出かけるよ。戸締りはお願い」
「出かけるなら送ってやろうか? 電車で移動するんだろ?」
「いいよ。折角のデートなんでしょ? 邪魔はしないから、楽しんで来てよ」
「もう、大樹まで……」
母さんの抗議の声を聞き流しながら、俺は軽く手を振りながらリビングを出た。何時までも、こんな甘ったるい空間にいられないって。
取り敢えず目的も無いまま、俺は駅まで徒歩で移動した。幸い天気も昨日に続き良く晴れており、散歩だけでもそれなりの気分転換にはなったのだが……。
「さてと。本当、この後どうするかな……?」
特にこれと言った目的地もなく、行き先が決まらず俺は途方にくれる。仕方無く俺は、駅の構内を歩きながら気分転換のネタ探しを始めた。
まず最初に向かったのは、地域の無料観光案内情報誌が置いてあるコーナーだ。切符売り場の近くの小ぢんまりとしたスペースに、十数種の薄い観光パンフレットが置いてあった。
「えっと……? 観光、歴史、史跡、グルメ……今一パッとしないな」
手に取ってパンフレットの中身を見てみるが、あまり心惹かれない内容だった。
特に観光地と言う訳でもない、住み慣れた地元の観光パンフだ。行った事がある所や、郷土史学習で教わった事しか載っていない。俺は小さく溜息を吐きながら、手にとったパンフレットを元の位置に戻した。
ここでは、気分転換のネタは見つけられそうにないな。
「ん? あれは……」
地元の観光パンフレットで、気分転換のネタを探す事を諦めて、移動しようと顔を上げた所で俺は動きを止める。顔を上げた視線の先にあった、壁に貼られたポスターが目に付いたからだ。
「映画か……そう言えば、最近映画館には行ってないな」
俺は壁に貼られたポスターに興味を惹かれ、少し早足気味に歩み寄る。壁にはB2サイズのポスターが数枚貼られており、公開中の新作映画が宣伝された。
恋愛物やサスペンス、コメディーにアクション……って。
「業界初! 多数の探索者がスタント出演した、CG一切無しのド迫力なアクションムービー?」
俺の視線は、とある一枚のポスターで止まる。
爆発し崩れ落ちる建物をバックに、特殊部隊の隊員らしき主人公が手を伸ばし叫び声をあげていた。
「天照の雫。研究成果を狙い研究所を襲撃占拠した武装テロリストの魔の手から、国家の運命を左右する研究成果を奪還せよ、か……ある意味ベタな展開の映画みたいだな」
アクション物の設定としては、特に珍しいと言う物ではないと思う。
多分、ストーリーよりアクションに重点を置いた映画なのだろうな。探索者をアクション映画のスタントに使った場合の、観客の食いつき具合や興行収入の推移を見たいと言う、実験的側面もあるんだろう。
「まぁ、良いか。どうせ気分転換だし、普段見ないようなやつを見てみるのも一興かな?」
普段なら、この手のキワモノ映画を映画館で見ることは無いんだけどね。
「えっと、上映している映画館は……ああ、あそこでも上映してるんだ」
ポスターの下部に書かれている上映予定の映画館を確認すると、俺が時々映画を見に行く映画館の名前があった。スマホで映画館を検索し映画の上映時間を確認すると、1時間後に上映予定であることが判明する。
あそこなら、30分もあれば着くな。
「よし、移動するか」
行き先も決まったので早速、券売機で電車の切符を買う。幸い電車がもう直ぐホームに到着するようなので、それほど待たなくても良いみたいだ。
どう言う映画かは分からないが、気分転換になれば良いな。
映画館近くのファミレスに入った俺は、ドリンクバーのコーヒーを飲みながら溜息を吐く。
テーブルの上に置いた、今日見た映画の半券が俺には警告文の様に見えた。
「アクションシーンは良かったんだけどな……」
それが、映画を見終わった俺の感想だ。
探索者がスタントマンをしている関係で、アクションシーンは秀逸な出来だった。実写なのにCGアクションシーンに匹敵するか、或いは凌駕する出来だったからな。最後のテロリストの首領と主人公の格闘シーンなど、高速徒手格闘の乱打戦という手に汗を握る展開で、映画を見ていた観客達の歓声があちらこちらから上がっていた程だ。
しかし……。
「気分転換に来たのに、あんなストーリーの映画だったなんて……かえって気が滅入ったな」
ストーリーを思い出すと、思わず溜息が漏れる。
今日見た映画のストーリーの大筋は、日本で開発された新エネルギーを巡る利権争いの話しだった。
国家プロジェクトとして研究が進められていた新エネルギー開発が成功し、商業化の見通しが出来たと発表されたことが事の始まりだ。新エネルギーは初期投資費用の安さと圧倒的な発電量が売りで、既存の発電方法を旧世代の物に変える可能性があった。化石燃料社会から脱し、人類の新たな未来を切り開く発明だと称賛された一方で、このプロジェクト成功を快く思わない既得権益を守ろうとする某石油メジャーは、秘密裏にテロリストへ活動資金と偽情報を流し、研究所ごと新エネルギーの研究データを破壊させプロジェクトを頓挫させようと画策している……と言う流れだ。
「この設定……まんま今の日本の現状と合致していないか?」
コアクリスタル発電成功の発表で、石油等の化石燃料の価値は下がってきている。確かに、化学繊維や合成樹脂等の分野での、石油の価値は下がっていないが、一番需要が多い燃料としての価値は、確実に低下してきていた。エネルギー産業の大部分を占めていた、石油の価値がである。
この事態を招いた日本を怨んでいる存在が絶無である、と言うことはないだろうな。もしかしたら、元ネタになる事件が既に起きていたのかもしれない。
「IFか社会風刺なのか、はたまた警告か。この映画の原案者は、どういう日本の未来を見たんだろうな……」
俺はテーブルの上に置かれた映画の半券を見ながら、頭痛がする頭を押さえ再度溜息を吐く。
因みに映画のラストは、主人公に追い詰められたテロリストが自爆し、研究データが保管されたサーバーを破壊するというものだ。このテロの結果、日本の新エネルギー商業化は大きく後退し、エネルギー資源の殆どを輸入に依存していた日本は無用な混乱を招いたと非難され苦難の時を迎える。というラストになっていた。
「考えてみれば確かに、コアクリスタル発電がコケていたらこの映画みたいな未来も有り得たかもしれないな」
俺はコーヒーを飲みながら、映画の半券を握り潰した。
この映画は色んな意味で、ダンジョンが世界に与えた影響を上手く描写していたと思う。
超人的な能力を得た犯罪者と、それを取り締まる同じような能力を持つ治安当局者達の戦い。超人達の戦闘に巻き込まれ、逃げ惑い犠牲になる一般大衆。新技術による既得権益の破壊と、既得権益を守ろうとする者のなりふり構わぬ陰謀。察知していても、組織間の連携不足で的確に対応しきれない政府の惰弱さ……。
「映画程では無いにしても、現状は問題だらけなんだろうな。ダンジョン出現の黎明期故に、大きな動きはないだけなんだろうけど……混乱が収まった時の事を考えると、怖いな」
混乱期を抜けた後の世界情勢を想像し、俺は少し身震いする。
ダンジョンが出現してから、世界情勢は奇妙な鎮静状態が続いている。日本がコアクリスタル発電を発表した時には産油地を中心に騒ぎも起きたが、日本が技術支援や経済支援を約束した事で落ち着きを取り戻していた。各国はどこも自国内に出現したダンジョンの管理と、探索者の統制に掛かりっきりだからだ。
現状では……。
「ダンジョンで力を得たテロリストが跳梁跋扈する世界か……漫画だよな」
映画が映画で終わらない世界。
ダンジョン出現で、夢物語の様な世界が現実の物として現出しようとしている。
「低年齢層向けのアニメ映画でも見た方が、気分転換になったな……」
俺はカップに残ったコーヒーを一気に飲みきり、店に入る前より疲れた雰囲気を身に纏い席を立つ。これ以上映画について深く考えようとすればするだけ、精神的疲労が蓄積し気が滅入るからだ。
ファミレスを出た俺は宛も無く街をぶらついた後、最終的にカラオケ店で気晴らしをすることにした。取り敢えず何も考えずに歌えば、滅入っている気分も良くなるだろうと思ったからなのだが……。ゴールデンウィーク期間中ということもあり、ファミリー客やグループ客が多く、受付で一人カラオケを申し込んでいると鬱陶しい視線が俺に集中し、気分転換どころか更に憂鬱な気分になった。
「……取り敢えず、歌うか」
受付で案内された一人で利用するには少し広い部屋に入った俺は、ドリンクを待つ間にリモコンで歌う曲を選ぶ。歌っている途中で店員さんが入ってきたら、少し恥ずかしいからな。
「お待たせしました。烏龍茶をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
5分と待たずに、店員さんが注文していたドリンクを持って来てくれた。これで気兼ねなく歌うことが出来るな。
俺が選んでいた曲をリモコンでカラオケ機本体に送信すると、すぐに前奏のイントロが流れ始める。アップテンポの曲調で、聞いていると次第に気分が盛り上がってきた。
「すぅーっ」
俺は大きく息を吸い込み、気付け代わりに音域を無視して、胸に溜まっていた鬱憤を吐き出すように、歌い始める。誰も聞いていないんだ、上手下手など関係あるか。結局その後、俺は2時間ほど一人でカラオケを歌い続け、昨日から続く鬱憤を吐き出し、カラオケ店を出る頃には、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
カラオケで気分転換を終えた俺が家に帰ると、既に両親と美佳は家に帰って来ていたらしく皆揃ってリビングで寛いでいた。
「ただいま」
「……おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい、大樹」
俺の帰宅の声に反応して、最近お馴染みになっている、ソファーに横になった姿の美佳と、台所から顔を出した、母さんの声が聞こえてきた。美佳は顔をクッションに押し付けているので表情は見ていないが、台所から顔を出す母さんは、俺の顔を見てホッとした様な表情を浮かべていた。
……何でだ?
「……朝に比べて、随分表情が明るくなったわね」
「……そう?」
「ええ。朝出かる時に見た時には、かなり思い詰めた表情を浮かべていたわよ?」
表には出しているつもりは無かったのだけど、どうやら母さんは俺の不調に気が付いていたようだ。
「今日1日思いっ切り気分転換したから、もう大丈夫だよ」
「そう。でも、今度からはあんなに思い詰める前に相談しなさい? お母さん達だって、相談に乗る事ぐらいは出来るんだから」
「そうだぞ、大樹。あまり一人で抱え込むなよ?」
心配する母さんの発言に便乗し、ソファーで新聞を見ていた父さんからも、憂いの声をかけられた。
どうやら、父さんにも思い詰めていたことはバレていたらしい。
「……うん。今度からはそうするよ」
俺は相談しなかった事に対する申し訳なさと、気を掛け心配してくれる両親の心遣いに嬉しさを感じた。
「じゃあ、ご飯にしましょうか。大樹、早く荷物を置いてきなさい」
「うん」
俺は母さんに促され、晴れ晴れとした心境で荷物を置きにリビングを後にする。
よし、気分転換も出来たし頑張るか!
生き死にかかわる気が滅入る話を聞いたら、精神的ダメージを受けますよね?
映画の内容は、一年も有れば出てくるかな、と。




