表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第6章 ダンジョンへ行く為には
83/636

第72話 アクシデント

お気に入り10400超、PV 4600000超、ジャンル別日刊23位、応援ありがとうございます。


 

 

 

 思わぬ人物の登場に、俺は思わずステージに登った宮野さんを目を見開いて凝視した。あの襲撃犯捕縛以来、直接顔を合わせるということはなかったが、彼らのその後に付いては些か気になっていた。

 まさか、こんな所で再会することになろうとは……。


「……お兄ちゃん? どうしたの? 大丈夫?」


 俺の様子がおかしいことに気が付いた美佳が、心配気な眼差しで俺を見てくる。 

 どうやら、かなり動揺していたらしい。

 

「あっ、ああ。大丈夫だ。ちょっと知り合いが出てきて、驚いただけだから……」 

「そう……って、え? お兄ちゃん、あの人達と知り合いなの?」

「知り合いと言っても、一度会って何度か会話を交わした程度だよ。あっ、知り合いは2人目に紹介された人な」

「へぇー」

 

 美佳は俺の知り合い発言を聞いて少し目を見開き驚いたが、数度の会話程度と言う浅い関係と聞き落胆した様に溜息を吐く。人気のステージ出演者だから、宮野さんのサインでも欲しかったのか?

 まぁ、宮野さんとの関係が浅い物かと聞かれれば否と答えるが、僅かな期間しか行動を共にしてないからな。字面だけ見れば、俺と宮野さんの関係は浅い物にしか見えない。

 実際は、襲撃犯を撃退して怪我を負った宮野さん達を治療した命の恩人……的な関係なんだけどね。


「久しぶりに宮野さんの姿を見たけど、元気そうで良かったよ」

「……元気そう?」

「ああ。俺が宮野さんに会った時、宮野さんは怪我を負っていたんだよ。あの時は、回復薬を使って傷を治していたからね」

 

 右肩を打ち抜かれて、血溜りの中に倒れていたからな。

 回復薬だって自分で使用したのではなく俺達が慌てて飲ませた物だし、傷は治っても失った血までは戻らないから貧血気味でふらついてたしさ。

 襲撃犯を引き渡した後は直接会ってないから、宮野さんが青白い顔色をしていない姿を見たのは今回が初めてじゃないか?


「まぁ何にしても、宮野さんが元気そうで良かったよ」

「ふーん」


 俺は楽し気に対戦相手と試合前のトークを行っている宮野さんを、目を細めながら感慨深げに眺める。

  

 

 

 

 

 

 

 

 試合前のトークコーナーも終わり、水沢さんと宮野さんは己の得物を構え間を開け対峙する。トーク中の2人の間にあった和やかな雰囲気は消え、ピリピリとした緊迫感が場に張り詰めていた。

 司会は既に模擬戦が行われるステージを降り観客席の中央の特設席に避難しており、ステージ上には二人だけが残され模擬戦の準備が全て整う。


「それでは皆様、お待ちかねの模擬戦闘を行いたいと思います! 5分間と短い試合時間ですが、観戦の準備はよろしいでしょうか?……よろしいですね。では、お二方の準備も整ったとの事なので……」


 司会が開始の合図を出す為に右手を頭上に高々と上げると会場に一瞬の静寂が訪れ、それに反応した水沢さんと宮野さんの間に今にでも破裂しそうな程の緊張感が張り詰めた。 

 会場中の観客の視線は司会が高らかと掲げた右手に集中し、そして……。


「模擬戦、始め!」


 右手を勢い良く振り下ろし、模擬戦の開始が宣言された。

 開始の合図と同時に水沢さんが間合いを詰め、己の得物である木槍を宮野さんの鳩尾目掛けて突き出す。対して宮野さんは、正眼に構えていた木刀を素早く振り下ろし木槍の先端を叩き矛先を逸らし、一歩踏み込みながら木槍に沿う様に木刀を切り上げ水沢さんへカウンターを仕掛ける。

 だが、水沢さんが冷静に木槍を持つ右手首を捻り宮野さんの木刀を巻き上げようとしたので、宮野さんはカウンターを中止しサイドステップで距離を開けた。 

  

「おおっと! 開始早々、いきなりの凄まじい激突! 目にも止まらぬ早業とは、この事か!?」

 

 司会が盛り上げようと、ハイテンションで模擬戦を実況をする。観客も会場に流れる戦闘BGMと司会のハイテンションの実況に釣られ、二人を応援する盛大な歓声を上げた。

 だが、距離を空け対峙する二人は観客の歓声に反応せず黙って互の動きを観察し、そして……。


「おおっと、今度は宮野氏から仕掛けた!」


 宮野さんが木刀を体の横に水平に構え、正面から攻撃を仕掛ける。2歩で水沢さんとの間合いを詰め、木刀を水沢さんの右脇腹に目掛けて薙ぐ様に振り抜く。木刀が風を鋭く切り裂く風切り音が会場に響き、どれ程の速さで木刀が振られたのかを観客達に周知させる。

 だが、その凄まじい一撃も同ランクの探索者である水沢さんには効かない。木槍を木刀の軌道上に垂直に構え、木刀との衝突の瞬間に半歩移動し位置を変えながら、木槍を回転させ胴薙の威力を逸らす。水沢さんは体を一回転させながら、回転する木槍の勢いを殺さず頭上から宮野さんの頭部……いや、鎖骨の辺りを狙う。


「キャーッ!」

「危ない!」


 観客席から悲鳴と警告の声が上がり、会場全体が響めく。誰もが、木槍が宮野さんの頭部に当たると思った瞬間……。


「おおっと、これは凄い! 宮野氏、頭部を狙った水沢氏の木槍を素手で受け止めた!」 


 木刀を振り抜き腰を落とした体勢になっていた宮野さんが、頭上に迫る水沢さんの木槍を木刀を持っていない左手で掴み止めていた。

   

「だが木槍を受け止めた瞬間、凄まじい音がしたぞ! 宮野氏の左手は無事なのか!?」

 

 宮野さんの無事な姿に安堵していた観客は、司会の実況で先程とは別種の響めきを起こす。

 だが、宮野さんは観客の動揺などお構い無しに、振り抜いていた木刀を切り返し水沢さんの足元を狙う……のだが。


「おおっと、今度は宮野氏の木刀が水沢氏に踏み止められた!」


 水沢さんの足元を狙った宮野さんの一撃は、水沢さんが左足で木刀の切っ先を踏みしめ動きを止めた。 

 二人は視線で相手を牽制し合い、次の行動に移るタイミングを計る。 

 

「両者共に、相手に武器を封じられた状態だ! さぁこの状況、二人は一体どう対処すると言うんだ!?」


 司会の実況はヒートアップして行き、それに従い会場のボルテージも天井知らずに上がっていく。

 そして……。


「動いた! 二人共武器を捨て、相手との距離をとったぞ!」


 2人は相手に動きを封じられた武器の奪還を諦め、同時に武器を放棄し距離をとった。放棄された木刀と木槍が、無情にも床を転がり乾いた音が響く。

 二人は距離を開けると、各々ファイティングポーズを取る。水沢さんがボクシングスタイルで、宮野さんが空手スタイルだ。 


「さぁ、武器を放棄した2人が徐々に距離を詰め始めた!」


 ジリジリと相手の動きを見極めながら躙り寄る2人の間には、重苦しい緊張感が張り詰めていた。

 互いに探索者である以上、狭いステージの上など全て間合いの内と言って過言ではない。何時、拳の打ち合いが始まってもおかしくない状況だ。

 そして互いの距離が5mを割った瞬間、どちらからともなく乱打戦が始まった。


「おおっと! 互いに凄まじい拳の打ち合いだ! 拳が霞んで見えるぞ!」


 司会の実況の通り、水沢さんと宮野さんは凄まじい数の打撃を繰り出していた。拳が風を切る音が連続で聞こえ、人の肉がぶつかり合っているとは思えない大きく鈍い音が会場に響く。

 そして……。


「クリーンヒット! 宮野氏の拳が、水沢氏の腹部を遂に捉えた! 水沢氏、コレには堪らずお腹を押さえながら距離をとったぞ!」


 司会の言う通り、水沢さんはお腹を押さえながら表情を若干歪めているが、あまり打撃が効いているようには見えない。まぁ実際、殆どダメージはないんだろうな……と、俺は思う。

 だが、観客の殆どが一般人である為、2人の打ち合いが終わった瞬間、会場には一斉に、大きな溜息が響き渡った。十数秒の短い拳の打ち合いだったが、見守っていた観客には、数時間にも感じられる時間だったのだろう。

 隣で見ている美佳も、他の観客と同様に溜息を吐いてたしな。


「さぁ、試合時間も残り1分を切りました! いよいよ摸擬戦も大詰めです! どのような決着が付くのでしょうか!」


 司会のこのセリフによって、距離を取り様子見をしていた2人の雰囲気が変わった。どうやら、決着を付ける気になったようだ。水沢さんはお腹に当てていた手を離してファイティングポーズを取り、宮野さんも受けて立つというように腰を落とし構えを取る。2人は互いに視線で牽制しながら呼吸を整え、ほぼ同時に最後の攻撃を仕掛けた。


「ふっ!」

「はっ!」


 水沢さんは右ストレート、宮野さんは正拳突きだ。互いの距離が開いた状態で繰り出されたコレらの攻撃は、本来なら手の届かない間合いの外からの攻撃の為、互いの体に攻撃は届かないのだが、ある物……スキルの存在が異なる結果を生んだ。

 2人の突き出した拳から、陽炎の様に空間を歪ませる衝撃波の様な物が高速で打ち出された。

 

「きゃぁ!」

「うわっ!」


 打ち出された衝撃波が2人の中間地点で衝突した瞬間、大音響の破裂音と共に衝撃波が周囲に拡散し、観客席にも体を軽く圧迫する威力の余波が襲いかかった。ステージに近い席で模擬戦を観戦していた観客達が余波を浴び、悲鳴を上げ一時会場が騒然とする。


「皆さん、落ち着いて下さい! 危険はありませんので、落ち着いて下さい!」


 司会の努力もあり、会場の騒ぎは直ぐに収まった。

 だが、この騒ぎの裏で予想外のことも起きていた。ステージ上に放置され転がっていた木刀と木槍が衝撃波が拡散する際に弾き飛ばされ、木槍はステージ裏へ飛んで行き、木刀は運悪く観客席に飛び込んだのだ。

 観客席……俺の所に。


「……はぁ。ちゃんと安全確認ぐらいしとけよ」

「お、お兄ちゃん……大丈夫?」

「……ああ。大丈夫だ。美佳は怪我なかったか?」

「あっ、うん。だ、大丈夫だよ」


 俺は飛んで来た木刀を空中でキャッチした体勢のまま、溜息を吐きながら心配し慌てる美佳を落ち着かせる。ちらりとステージに視線を送ると、重大事故になりかねない失態を犯した事に気付き顔を青褪めさせている水沢さんと、俺の存在に気付いて目を見開いて驚く宮野さんの姿が見えた。

 ついでに、慌てて駆け寄ってくるイベントスタッフの姿も。 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と美佳は、イベントステージの裏に設置してあるテントに連れて来られていた。

 さっきから、責任者らしき中年のオジさんと数名のイベントスタッフが深々と頭を下げ俺に謝罪をしている。


「このような事になってしまい、本当に申し訳ありませんでした!」

「あっ、いえ。特に怪我もなかったので、そんなに謝られなくて大丈夫ですよ。本当に……」

「ですが! 一歩間違えば大怪我を負っていた事態です。我々としては、何と言って謝罪すれば良いのか……」


 中年のオジさんは汗をハンカチで拭きながら、しどろもどろに弁明の言葉を口にする。

 さっきから、この繰り返しだ。いい加減この遣り取りにも飽きて来た。

 俺がどうやって話を切り上げようかと、頭を掻きながら打開策を探す為に辺りを見渡たした、その時……。  

「ん?」

「あっ!」


 美佳のスマホから、所定の時刻を知らせるアラームが鳴った。

 美佳は慌ててスマホを取り出し、アラームを解除し時間を確認する。


「いけない、昼休みが終わっちゃう!」


 時間を確認し慌てる美佳を見て、俺は話を打ち切る丁度良い切っ掛けだと思い責任者らしき中年のオジさんに話しかける。


「すみません。妹もバイトの時間が迫っているみたいなので、俺達そろそろ……」

「あっ、えっ、あっ」

「じゃあ、失礼します」

 

 俺は失礼だとは思ったが、このままでは何時までも話が長引くだけだと思い話を強制的に打ち切った。

 頭を軽く下げ、俺は美佳の背中を押しながらテントを後にしようとする。


「ちょ、ちょっと待って下さい! せめて、これを持って行って下さい!」


 だが、テントを去ろうとする俺達に中年のオジさんが後ろから待ったの声をかける。

 俺は何事かと思い足を止め振り向くと、中年のオジさんが懐から紙の束を取り出していた。


「このイベントの屋台で使える、お食事無料のクーポン券です。どうぞ……」


 手渡されたのは、イベントロゴとお食事無料と言う文字が書かれた、光沢のある長方形の紙束だ。

 ……つまりコレは、口止め料兼和解金と言う事だろうか?コレで手打にして欲しいと……。

 俺は一瞬受け取らずに返そうかと思ったが、受け取らなかったら受け取らなかったで話が最初まで巻き戻るかもしれないと思い、若干気は引けたが受け取ることにした。 

 

「……ありがとうございます。じゃあ、今度こそ失礼します」


 俺は受け取ったクーポン券をズボンのポケットに仕舞い、軽く頭を下げ今度こそテントを後にした。後ろで数人の人が、最敬礼で頭を下げる気配を感じながら……。

 

 

 

 

  

 

 

 テントを後にした俺は、貰った10枚綴りのクーポン券を美佳に手渡した。


「ほら。このクーポンは、お前が持ってろよ」

「えっ、良いの?」

「ああ。俺はもうこのイベントには来ないつもりだから、お前のバイト期間中の昼飯代に使ったら良い。クーポン自体、このイベント期間中にしか使えないみたいだしさ」

「そういうことなら……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 俺の説明を聞き、美佳は嬉しそうにクーポンを受け取った。

 これで美佳も、バイト期間中に屋台飯を食えるだろう。


「それより、時間は良いのか?」

「えっ、あっ、いけない! じゃあ、お兄ちゃん。私行くね!」

「ああ、頑張ってこいよ」

「うん!」


 美佳は俺に元気良く挨拶をして、バイト先のグッズ売り場を目指して走り去っていった。

 俺は美佳の背中が見え無くなるまで手を振り続けた後、大きく息を吐き後ろを振り返る。


「何時まで隠れ見ているつもりですか、宮野さん? いい加減、出て来て下さいよ……」

「気付いていたんだ、流石だね」


 俺の言葉に反応し、テントの影から宮野さんが姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





広報目的なので、派手な魔法は無しです。

見る者に恐怖等を与えない様にする為、常人以上超人未満の内容が妥当かなと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ちょいちょい出る超人ムーブが草w 気配察知のスキル持ってないよね?つまり極限状況下で磨かれた技能なんだよなぁ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ