幕間 伍話 民間の動き2
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官民一体の研究プロジェクト。ダンジョンから産出されたドロップアイテムが少量ずつ研究サンプルとして国内各企業に譲渡されると共に、政府から打診された物だ。アイテムを提供された各企業は検討の上、この打診を受諾。密かに研究の為の人員と資金が提供され、一大プロジェクトは動き出した。
「何なんでしょうね、このドロップアイテムって……」
プロジェクトに招集されたメンバーの内で、一際年若い研究員が保管庫に収められている多種多様のドロップアイテムを目の前にし愚痴を漏らしていた。
「知るかよ。そもそも、ダンジョンがどう言った理由で出現したかさえ分からないんだ。そんな議論は専門の奴等が結論を出した後にでもすればいい。俺達の今の仕事は、目の前にあるコレらをどう有効活用するかだ」
「いや、そうなんですけど……」
先輩らしき年上の研究員に無駄な事を考えている時間はないと窘められるが、気になる物は気になる。
「そもそもダンジョン自体を構成している物質は、そこら辺にある土を材料にしているんですよね?」
「報告書を見る限り、そうらしいな。壁や床のサンプルを調べた所、分子構造や組成が見た事もない物に変化はしているけど、新元素が見付かったって言う話は聞いていないかな」
「でしょ? と言う事は、どこからその材料を調達したんですか?」
「何処って、それは……」
「ダンジョンと一緒に何処からとも無く現れた? もしくは入れ替わった、ですか?」
先輩研究員も興味が湧き、耳を傾ける。確かに若い研究員の言う様に、ダンジョンが突如出現したと言う事に目が行き過ぎていたと感じた。超常現象だから。その一言で有耶無耶にし過ぎていた様に感じた。
「何処からか出てきたと言うなら、出現位置に元々あった土なんかは何処に行ったんでしょう? ダンジョンが出てきてから、周囲に突然丘が出来たり谷や川が埋まったりしたなんて言う報告はないですよね? そして、ダンジョンが地面に埋もれていたと言う報告も」
「ああ、そうだな。確かに何処からか現れたと言うのなら、出現地点の地形変化が無さ過ぎるな」
「ええ。そして、入れ替わったと言うのにも疑問は出てきます。入れ替わったとしたら、周辺の土壌に含まれていない物質が一切ダンジョンの構成物から検出されないなんて言うことは変ですよね? 警察の科学鑑定だって、周辺土壌との遺留土壌の差異で犯行現場か否かを判断したりするんですから」
「確かにな……」
若い研究員の推論にも一理あるかと、先輩研究員は眉間にシワを寄せながら頷く。言われてみれば、ダンジョンの出現方法は異常である。日本各地には地震計が多数設置されており、ダンジョンが出現したと思わしき時刻に計器が反応した痕跡は一切なかったと聞いていた。仮に全国の地震計がダンジョン出現時に反応していれば、米国から確認の連絡が来るまで気が付かないと言う失態は避けられていただろう。
「だから僕は、ダンジョンはこの世界の土壌を材料に組み替えて生まれたんじゃないかと思うんです」
「組み替えて生まれた?」
「流石に何のキッカケもなくダンジョンが出来たとは思えないので、ゲームで言う所のダンジョンコアが世界中に散蒔かれたんじゃないかと思うんですよ。コアを中心に周辺の土壌を組み替えながらダンジョンが生まれたんじゃないかって」
「……」
若い研究員の推測に、先輩研究員は頭を捻る。確かに何らかのキッカケは必要だろうが、そこまでゲーム的な物が原因なのだろうか?と。
「現に、ダンジョンにいるモンスターは倒されると光の粒子になって消えるって言うじゃないですか。それって、生物としてはありえない現象ですよね?」
「まぁ、そうだな。生物なら死体位は残る筈だ。現にダンジョン内で死んだって言う、外国の調査隊の遺体も全てではないにしても収容したって聞いたしな」
「つまりモンスターは生物ではなく、ダンジョンが生み出す擬似生物じゃないかって思うんです。それなら死体が残らないで消えるって言うのにも納得いきますし、死体が消えた後にドロップアイテムが出現するって言うのも納得できるんですよ」
「……まんま、ゲームだな」
若い研究員の言う事に納得出来る部分はあるが、余りにもゲーム的推測に少し忌避感を感じる先輩研究員。幾らダンジョンの仕組みがゲームに似ているとは言え、実際にダンジョンに入って死傷者が出ている以上、何処か嬉しそうに浮ついている若い研究員の様にダンジョンを楽観視できなかった。
「でも、そうすると。ダンジョンからドロップアイテムとして出現する品々の材料って何処から来ているんでしょう?」
「……おい」
「僕はダンジョンが周囲の土壌から必要な材料を集め、ダンジョンコアがアイテムの形に再構築して出現させているんじゃないかと思うんですよ」
先輩研究員は急に冷や汗が湧いて出る感覚を覚えた。話の流れでそんな推論を口にした若い研究員も冷や汗が滲み始める。万が一、若い研究員の推測があっていた場合、ダンジョンからアイテムが産出し続ければ、何れダンジョン周辺の地下資源は枯渇すると言う事だ。若干顔色が悪くなった先輩研究員と、引き攣った様な笑みを浮かべる若い研究員。顔を合わせ沈黙する二人が居る部屋には、何とも言えない一種異様な空気がながれる。
「ま、まぁ証拠もない只の推測ですし……」
「そ、そうだよな。只の推測なんだよな……」
顔を見合わせるが、二人共視線が右往左往し動揺を隠しきれていなかった。
そんな時、二人がいる保管庫に丸メガネをかけた中年男性研究員が勢い良く走り込んでくる。
「ビッグニュースだ!ドロップアイテムの中から、原子力に取って代われそうなエネルギー資源が見つかったぞ!」
「「……何ぃぃ!?」」
二人は一瞬間を空け、中年研究員の言葉を理解した瞬間絶叫する。原子力に取って代われるエネルギー資源。そんな物が本当にあるなら、エネルギー資源を海外に依存する日本にとって福音に違いないからだ。
「20分後にミーティングだ!お前らも早く会議室に来い!」
「「は、はい!」」
中年研究員は用件を伝えた後、来た時と同様に慌ただしく保管庫を走り去っていった。二人は先程までの陰鬱とした雰囲気など忘れたかの様に、事実忘れたかったのだろう。大慌てでサンプルのアイテムを片付け、会議室を目指し走り出した。
旧一般電気事業者が集い作られる、電気事業連合会。その会議室に、各電力会社の代表者達が過密なスケジュールを調整し集合していた。
その代表者達の視線を釘付けにする資料映像が、会議室のモニターに映し出されていた。コアクリスタルの実験映像だ。過疎化が進み廃校となった学校の25mプールを用いて行われた実験では、硬力カプセルに入った極小量の粉末コアクリスタルが用いられていた。満水状態のプール中央部に簡易落下装置を用いてカプセルを投下、カメラの視点がプールサイドの物から屋上からの物に切り替わる。1分程の間は何の変化も見られなかったが、突如プール内の水が泡立ち始め数十秒後には濛々と蒸気を発生させ始めた。
「これは……」
「昨日行われた、ダンジョンより回収されたコアクリスタルによる発熱反応実験映像です。結果はご覧の通り大成功。詳しい実験結果は、お手元の資料をご覧下さい」
唖然とした声を上げるTOKYO電力の代表者に対し、経産省から出向して来た担当者は淡々とした口調で説明を行う。説明に来る前に何度も見て自身も驚いた映像なので、出席者達の反応も無理はないと内心思っていたが。
「!? 質量の熱変換効率がほぼ100%!?」
「おいおい!? 何だね、これは!?」
「原子力以上の危険物じゃないのかね!?」
信じられない物を目の前にし、動転したかの様に騒ぎ立てる出席者達。何とか宥め話を聞いて貰おうと、担当者は説明を行う。
「落ち着いて下さい。調査の結果、爆発等の危険はありませんし、核燃料の様に放射線を出す事もありません」
担当者の淡々とした口調による説明によって、出席者達は醜態を思い出し頭が冷えたのか落ち着きを取り戻した。出席者が落ち着いた所を見計らい、担当者は説明を続ける。
「現在政府の方では、このコアクリスタルを用いた新しい発電施設を検討中です」
「……それは、新エネルギーとしてと言う事ですか? それとも、原子力発電の代替と言う事で?」
「政府としては原子力の代替発電手段……いえ、火力発電を含めてですね。現在の海外にエネルギー資源を依存している状態から脱却し、最終的にはエネルギー資源の内製化を目指しています」
「「「!?!?」」」
会議室に、先程とは違う動揺が満ちる。エネルギー資源の内製化、それはエネルギー資源を海外に依存する日本にとって夢といえる物だ。海外の情勢に左右されない、安定的なエネルギー資源の確保。しかし、その夢を現実に出来るかもしれない物が手の届く所にある!
だが、それに異を唱える者も居た。
「待ってください! そうなると原発はどうなるのですか!?」
「そうです! 現在再稼働に向けての準備が最終段階まで来ているんですよ!?」
「それに、今原発を辞めたら、これまで投資していたお金はどうやって回収するんですか!?」
KANSAI電力SIKOKU電力KYUSHU電力の3社だ。他の電力会社も口には出さない物の同じ気持ちなのか、担当者に鋭い視線を送ってくる。
担当者は予め想定していた質問だったので、慌てる事なくこれまでと同様に冷静な口調で返す。
「現在稼働中のものを除き、順次廃炉にします。無論、稼働中の物も新発電が安定しだい順次廃炉とします」
「「「「……」」」」
担当者の余りにも躊躇のない明確な回答に、質問者を含め会議に参加した電力会社の代表者達は絶句した。そして悟る。一担当者がここまで明確に回答を返すと言う事は、それが政府が決定した方針なのであると。
抗議の声を上げた3社も意図を理解したのか、力無く振り上げていた手を下ろし沈黙する。
「……現在、経産省主導で利根川近郊の国有地に実験炉が建造中です。2ヶ月後には試験運転が出来る予定です」
「2ヶ月? 実験炉とは言え、そんな短期間で出来る物なのか? 小型の実験施設とは言え、発電用機材を揃えるだけでもメーカーに発注して1年近くは掛かるのではないか?」
「新設原発用に準備され、メーカーの倉庫で埃を被っていた機材を持ってきます。発電施設の方は、24時間の突貫工事で建造中で1月半もあれば完成するそうです」
「……何もそんな寄せ集めの様な施設をでっち上げなくても……」
担当者が進行中の計画を開示した所、出席者達は呆れ気味の表情を浮かべながら口々に不満を漏らす。通常、年単位で進行する様な計画を僅か2ヶ月で行うなど無茶に過ぎる。それが担当者の発言に対する、出席者達の共通する認識だった。
だが……。
「確かに無茶な計画でしょうが、これは他国が介入してくる前に新方式による発電実績を作る事が優先だと言う政府の意向です」
そこまで聞き、出席者達は政府の意図を察した。確かに、コアクリスタルを燃料にする新方式の登場に自分達も動揺した。しかし、これは飽く迄も原子力や化石燃料を使う需要者としての動揺であり、供給者の動揺ではない。同じ事を供給者である産油国などが知れば動揺は如何程の事だろうか?国の歳入の大半を化石燃料売買事業で占める産油国等で、化石燃料の需要が減る様な事があれば経済破綻する国家も出てきかねない。
世界が石炭から石油に移行した時など、それまで世界の船舶燃料などを独占していたイギリスの海上覇権は崩壊した。第2次大戦後に起きた紛争の多くは、産油地の奪い合いと言っても過言ではなかった。それを思えば、発電実績を作る前にこの情報が外部に漏れれば、妨害工作等が発生する事は必至だろう。
出席者達はそこまで考え、無意識の内に唾を飲み込んだ。その音は沈黙が広がった会議室内では予想以上に大きく、会議室内の空気がより一層逼迫した。
「何より、この試験が成功すれば100万kWhの定格出力を確保出来ます。そうすれば実験炉が稼働中の間だけとは言え、現在全力稼働中の火力発電所を順次オーバーホール出来るのではありませんか?」
「「「!?!?」」」
世界情勢が激変しそうな問題に思い悩む出席者達にとって、この担当者の発言は抗い難い程に魅力的だった。
原発事故が起きて以降、国内の原発は全て停止し、国内の全火力発電所は24時間全力運転が継続されていた。だがそれでも必要なエネルギー需給量には足らず、老朽化した古い火力発電所をメンテし動かしている状況。そうでもしなければ、国内のエネルギー需要に対応できないからだ。
しかし、これは例えるならば、車をアクセル全開で、24時間走らせ続けている様な状況と言える。到底まともな状況とは言えない。細々とメンテナンスをして、重大トラブルが発生しない様にしているとは言え、定期メンテナンスさえまともに出来ていない状況では、何時重大トラブルが起きても不思議ではない状況だ。
「それは……本当ですか?」
「はい。実験炉に使用される原発用の発電機の定格出力は100万kWh。試験運転に成功すれば、数度の追加試験終了後に長期稼働データを取ると言う名目で発電を開始します。燃料のコアクリスタルも既に4~5年程稼働させておく量は確保されています」
政府も各発電所の状況は把握しており、重大トラブルが発生する前に対処する事にしたのだ。何より、コアクリスタルを使った発電機が既にベースロードとして稼働していると言う事実があれば、多少の批判では簡単には停止させると言う事はない。
「試験運転が成功すれば、正式に原発の代替発電手段として採用します。その際は皆様に御協力をお願いします」
事実上の、お願いの形を取った命令である。ほぼ拒否権がない状況とは言え、唯々諾々と従うのも癪に障るのか、TOKYO電力の代表者が無駄な抵抗とは思うが小声で確認を取る。
「……試験運転の結果を見てからでも?」
「ええ。試験運転が失敗すれば、新方式の発電もありませんからね」
その担当者の言葉で、電気事業者連合会の方向性は決定した。
そして2ヶ月後、利根川近郊に作られた実験炉による試運転は大成功。数度の試験を経て、実験炉は長期稼働運転に入り電力を電力網に供給しだした。これを受け各社の火力発電所は順次オーバーホールに入り、徹底した検査と部品交換が行われる。中には簡易メンテでは発見できなかった、重大トラブルに繋がりかねない問題も発見される等あわやと言う物も発見された。
これを受け、各電力会社はコアクリスタル発電の本格導入に積極的になり、コアクリスタルの安定確保の為にと、各社が株主やスポンサーを務めるTV局や雑誌社にそれとなく口添え(圧力)をし、民衆のダンジョン熱を煽る様な記事や番組を作らせていった。
調べてみたら、現在の火力発電所って凄い状況みたいでした。
火力発電所の皆様、ご苦労様です。




