第68話 色々準備をしよう
お気に入り10280超、PV 4320000超、ジャンル別日刊27位、応援ありがとうございます。
探索者試験受講が許可された翌日から、美佳は早速行動を開始する。昨夜の内にネットでピックアップしていたらしく、ゴールデンウィーク期間中に開催されるイベントのスタッフ急募の日払いバイトに早速出かけていったのだ。
出かける前に俺が一人でするのかと聞くと、昨夜の内に沙織ちゃんと電話で話をつけていたらしく、二人でゴールデンウィーク期間中はバイトをする事になったと言っていた。
二人共、行動派だな……。
「さてと。美佳も頑張ってることだし、俺も頑張るか」
机に座った俺は、頭上に腕を伸ばし背を伸ばす。
本当は裕二や柊さんと、スライムダンジョンの件や美佳達の事について話し会いたいのだが、ゴールデンウィーク期間中に時間が空いている俺と違って、用事があると言っていた2人には声を掛けづらい。向こうから連絡をくれれば、話は別なんだけどな。
だから相談事以外のことを、ゴールデンウィーク期間中にしようと思う。
「取り敢えず、今までのことを振り返ってみるか」
俺はパソコンを立ち上げ、とある動画フォルダーを開く。
フォルダーの中には、20個前後の動画ファイルが保存されている。
「えっと……コレが最初のヤツかな?」
俺は一番左上の動画ファイルを指定し、再生させる。
再生された動画には、裕二と柊さんの姿が映し出された。俺が今見ている動画は、アクションカムで撮っていたダンジョン内での俺達の行動記録だ。
「うーん。浮かれていて、まだ警戒感が薄いよな……」
映像には、初々しい新人探索者である俺達の姿が映し出されていた。今現在の視点でその姿を見ると、危ういと言う感想が浮かんでくる。
自分達のことではあるが、何処に入ろうとしているのか自覚が薄いよな、コレ。
「美佳達をダンジョンに連れて行く時は、この辺の事も気にかけておかないと不味いな」
人の振り見て我が振り直せ、とはよく言ったものだ。この場合、人とは映像に映る自分達だけど。
二人を指導するに当たって、一番最初に指導する事は自覚させることだな。自分が何をしに何処に行くのか……もしかしたらトラウマを抱えることになるかもしれないけど、死ぬよりはマシだろう。
俺はノートに改善点を箇条書きで書き出し、ダンジョンに入って行く俺達の映像を見続ける。
「……鑑定解析や気配察知があるからだけど、客観的に見るとスキルに頼り過ぎて無警戒過ぎるよな」
映像の中の俺達は、警戒はしているのだが警戒の仕方が甘い。映像に映るライトの光跡を良く見てみると、通路の4隅を照らす回数が少な過ぎる。この階層では出現はしていないが、小型のモンスターが隠れ待ち伏せをするのなら、通路の隅等は一番怪しい隠れ場所だ。
しかし、映像の中の俺達のライトは自分達の進路を中心に照らすもので、4隅等の怪しい部分を照らし確認することを怠っている。
「要改善だな。万が一、スキル無効化空間とか言う階層があったら、こんな雑な警戒をしていたら直ぐに死ぬよ、俺達」
映像を見返していると、自分達の行動の問題点が浮き彫りになってくる。優秀なスキルがあるからこそ、成立しているやり方だよな、これ。
ボス戦で浮き彫りになった、連携と同レベルの改善点である。優秀なスキルに頼り過ぎていて、覚えておくべき技能が習得出来ていない。
一度スキルを使わずにダンジョン探索をしてみて、俺達の素の探索能力を検証する必要があるな。
一本目の映像を見ただけでも、改善すべき点を書き出したノートのページが丸々一枚埋まった。
「初めての探索だから無理はないけど、改善点が多過ぎるな。特に、スキルだよりで索敵関係の動きが不味すぎる」
俺は一本目の動画を見終わった後、頭を抱えながら溜息を吐いた。
初心者を指導するにあたって、教訓を見出すのには参考にはなったが、改善すべき細かな問題点が多くありすぎて頭が痛い。
良くこれで今まで、問題が出てこなかった。
「優秀過ぎるスキルを最初から持っているっていうのも、問題だよな。スキルありきでの行動するから、行動の選択基準が一つ一つ危ういと言うか……」
客観的な立場で自分達の行動を見返してみると、俺達の行動には様々な問題点が存在していた。
「まぁ、良いか。取り敢えず総論は、残りの動画を検証し終わってから出そう」
俺は目頭を揉みつつ、2つ目の動画を再生し始めた。
「ある程度でも、問題点が改善されていると良いんだけど……」
これ以上、新しい改善点がノートに記載されない事を祈りつつ、俺はパソコンの画面を注視する。
3本目の動画を見終えた頃、玄関が開く音と美佳の声が聞こえた。美佳がアルバイトから帰って来たらしい。
俺は区切りも良かったので、パソコンを終了させリビングに降りる。すると、ソファーに倒れ込んでいる美佳の姿が見えた。
「おかえり」
「……ただいま」
どうやら、かなりお疲れのようだ。
美佳はソファーから起き上がろうとはせず、顔だけ俺の方に向けて来た。
「バイトの方は、どうだった?」
「……疲れた」
「いや、そうじゃなくって、何をしてきたのかを聞きたかったんだけど……」
「……イベントグッズの売り子さん、とか」
ポツリポツリと語られる美佳の話を聞いていくと、中々大変だったようだ。
グッズの在庫管理から販売、雑用全般が仕事だったらしい。
「グッズが飛ぶように売れるから、在庫倉庫と売り場を何回も往復させられたんだよ? 他にも……」
ソファーに横になったまま、美佳は俺に愚痴を漏らし続ける。
暫くの間、俺が黙って聞き役に回っていると、愚痴を吐き出しきった美佳がソファーから体を起こす。愚痴を吐き出し切ったからか、美佳の表情は少し晴れやかだった。
「……でも、結構楽しかったよ? 文化祭みたいで」
「そうか」
「うん。今日初めて会ったばかりの人達ばかりだったけど、皆と一つのイベントを成功させようとしている雰囲気は楽しかったな」
「良いバイト先みたいで、良かったな」
美佳の楽しげな表情を見ていると、色々心配したが特に心配なさそうだ。
「うん。だから明日からも、イベント期間中はバイトに行くことにしたの」
「明日も?」
「うん。イベントはゴールデンウィーク期間中だけだから、短期のバイトには丁度良いかな、って」
「そうか。と言うことは、沙織ちゃんもか?」
「うん。沙織ちゃんも、ゴールデンウィークの間は時間あるって言ってたから、一緒にバイトするって」
美佳は大変だと愚痴を漏らしていたが、バイトをすること自体は楽しいらしい。
「じゃあ、俺も美佳の仕事っぷりを見に、そのイベントに行ってみるかな? どこでやってるんだ?」
「ええっ!」
俺がイベントに行こうかと言うと、美佳が驚きの声を上げる。
「何だ、行ったらダメなのか?」
「そ、そんなことは無いけど……」
「じゃぁ、行っても良いよな?」
「……うん」
俺が不満げな表情を浮かべながら問うと、美佳は恥ずかしそうな表情を浮かべ俯いてしまう。
まぁ美佳からしたら、授業参観みたいな物だから恥ずかしいか……。
「で、美佳がやってるバイトは、どんなイベントなんだ?」
「……えっと、ダンジョン関係の品を扱った物産展みたいなイベント?」
「物産展?」
「うん。ダンジョン食材を使った屋台とか、探索者が出演するステージイベントとか、兎に角色々な物がゴッチャになってる感じのイベントだよ」
「ということは……そのイベント、ダンジョン協会が主催なのか?」
大規模なダンジョン関連のイベントを行うなら、最低でもダンジョン協会が関連していると思うんだが……。探索者活動の啓蒙活動イベントか?
「うん。イベントの主催はダンジョン協会だよ。私のバイト先は、会場運営を協会から請け負っている、イベント会社なの」
「なる程な。協会も色々やってるんだ」
「だから、ステージイベントでは現役探索者の人達が、結構派手な模擬戦をしていたよ。ほら、遊園地とかで良く見るヒーローショー。アレのモノ凄い版!」
「へぇー」
俺達が柊さんの両親に見せた、演舞みたいな物か。
楽し気に語る美佳の表情を見ていると、結構見応えがあるショーみたいだな。まぁ確かに、探索者同士でヒーローショーをやれば特撮番組そのままの再現も出来るか。
「でね! その人、本当に飛ぶんだよ!」
「跳ぶ? 誰かに殴られて、吹き飛んだのか?」
「違うよ! その人、空を飛んだの!」
「飛んだのか……」
つまり、浮遊か飛行のスキル持ちって事か?
「うん! 短時間少し浮いて空中に静止しただけだったけど、ワイヤーなんかも無しに空に浮いたの!」
「へぇー、凄いな」
「うん! ショーを見ていた皆から大喝采が上がって、大盛り上がりだったよ!」
空を飛ぶか……確かにそんなものを見せられれば喝采も上がるか。
でも、良くそんな消耗が凄そうなスキルを取ったな、そいつ。浮遊時間に比例してEPを消費するスキルなら、レベルが低い内はEPが少ないから直ぐに行動不能に陥りそうなんだけど……。
しかし、楽し気に語る美佳に向かって、そんな指摘をするのは野暮だな。だから……。
「なる程な。じゃぁ、益々イベントに行ってみないとな」
「うん! アレは、一見の価値はあるよ! ……って、ん?」
「ついでに、美佳の仕事っぷりも見ないとな」
「あっ」
美佳は自分の失敗に気付き、顔を若干引き攣らせる。
興奮気味にショーのことを語っていたので、出来心で引掛けてみたら望外に上手くいったな。
出来れば来て欲しくないと美佳は思っていたのに、自分からイベントに誘ってしまった事に気付いたようだ。顔色がコロコロと変わるのが面白い。
「じゃあ、決まりだな。イベントは何処で何時から開始なんだ?」
「本当に来るの?」
「ああ。美佳が絶賛しているショーを見てみたいからな。で、場所と時間は?」
「……運動公園で10時から」
ついに諦めたのか、美佳は溜息と共にイベント会場と開始時間を教えてくれた。
運動公園か……傍に駅があるから電車で行けるな。
「じゃあ、屋台も出てるって言ってたから、買い食いメインで行ってみるか。いや、何があるのか楽しみだな……」
笑顔を浮かべながら俺は、自爆して落ち込む美佳に聞こえるように、わざとらしく独り言を言ってみた。
俺の独り言が聞こえた美佳は顔を上げ、若干恨みがましい眼差しを俺に向けてくる。
悪戯成功だな、いや愉快愉快。
「貴方達、そろそろ夕飯にするわよ。美佳、休憩が取れたのなら何時までも大樹と話してばかり居ないで、いい加減荷物を自分の部屋に持って行きなさい。片付かないでしょ?」
俺達の遣り取りを台所で聞いていた母さんが、無言で睨み合う俺達に声を掛けて来た。
その顔には微笑みを浮かべているので、俺達の戯れあいを観賞していたようだ。
「……はーい」
「大樹、手が空いてるのならテーブルを拭いたり、夕食の準備を手伝って」
「分かった」
美佳は若干恨みがましい目を母さんに向けた後、素直に荷物を持ってリビングを出て行った。
俺は美佳を見送った後、台所で母さんから台拭きを受け取る際に、軽く釘を刺される。
「大樹、美佳を揶揄うのは程々にしておきなさいよ?」
「うん。分かってる」
「それなら良いわ」
俺は母さんに返事をした後、テーブルを台拭きで拭き上げていく。
家族で夕食を済ませた後、俺は部屋に戻り4本目の動画検証を行っていた。慣れてきたからか、若干の改善はされているが、まだまだスキルだよりのダンジョン探索という感が強い。ペンを片手に動画を見ていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
俺は動画を止め、扉に向かって入室許可を出す。部屋に入って来たのは、パジャマに着替えた美佳だ。
「珍しいな、こんな時間に。どうしたんだ?」
「ちょっと相談があって……時間良いかな?」
「ああ、良いぞ。まぁ、座れよ」
「うん」
美佳は俺のベッドに腰掛ける。
「で、相談って?」
「うん。実は今日のイベントで、休み時間に沙織ちゃんと出店を見て回ったんだけど……」
「何か、興味を引く物でもあったのか?」
「……うん」
美佳は言い出しづらそうに、口篭る。
俺が何も言わずにジッと待っていると、意を決したのか口を開く。
「あのね? 出店を見てたら、スキルスクロールが出品されてたの」
「スキルスクロール……出店に置いてたのか」
俺は美佳の話を怪訝に思い、少し頭をひねる。
スキルスクロールはマジックアイテムと違い、探索者が使わなければ意味がない。一般人には使用不可能な、無用の長物だからな。だから探索者もスキルスクロールを購入する時は、出元がハッキリしているダンジョン協会の公式販売ルートを使って購入し使用する。
なのに、出店に置いてある。……本物か怪しいよな、それ。
「で、何のスキルのスキルスクロールなんだ?」
「えっと、店員さんが言うには“飛行”のスキルスクロールなんだって!」
「……」
美佳が目を輝かせて語っている、ショーの影響で飛行に憧れているのだろうか?
「イベント限定10本で、5万円って書いてあったんだけど……お買い得かな!?」
アウト!それ絶対偽物だから!買ったら後悔する奴!スキルスクロールは、最低でも10万円はするから!
俺は興奮気味に語る美佳の肩に手を置き、目を正面から見て説得する。
「美佳、それ偽物だからな。絶対に買うなよ?」
「えっ? でも、ダンジョン協会公認だって言ってたよ?」
「それは無い。仮にそうだとしても、5万円で売り出すとかないからな。スキルスクロールは最低でも、10万円はするんだぞ? 5万で売ったら赤字確定だよ」
「……そう、なんだ」
美佳は目に見えて落ち込むが、どうやら納得してくれたらしい。
しっかし、イベント会場で偽物を堂々と売るなんて……どういう管理体制をしているんだ?
って、そうか……会場には鑑定する為のマジックアイテムが無いのか。それなら仕方ないか。基本的に、疑わしきは罰せずだからな。偽物だと言う明確な証拠がない以上、取り締まりも出来ないか。
「じゃぁ、私帰るね? お休み」
美佳は落ち込んだ様子で、俺の部屋を出て行った。
俺は美佳の去った扉を見ながら、偽物の件についてふとあることを思い付く。
これ……鑑定持ちを探し出す、協会の罠とかじゃないよな?
今までの攻略記録映像を検証し、問題点の洗い出しです。
妹はバイトで資金集め中です。




