第67話 両親を説得し、許可を得る
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話し込んでいる内に日も暮れ辺りが薄暗くなっていたので、俺は沙織ちゃんを家まで送ることにした。俺が頼んで美佳との買い物に付き合って貰った以上、無事に帰宅させる責任があるからな。一人帰っている時に、変な輩に絡まれでもしたら大変だ。
俺は美佳と母さんに断りを入れ、沙織ちゃんと一緒に家を出る。
「沙織ちゃん。今日は美佳の買い物に付き合ってくれて、ありがとうね」
「いいえ、私こそ誘って貰えて嬉しかったです。お兄さんに誘って貰ってなかったら、今年のゴールデンウィークは自宅に引き篭っていた筈ですから……」
「……本当に今日は予定はなかったの?」
断り文句だと思っていたのだが、予定がないと言っていたのは本当のことだったのだろうか?
「はい。今年は両親が仕事で家には居ないので、家族で外出する予定はありませんでしたから。今日お兄さんや美佳ちゃんと回った店を、一人で回るのもアレですしね。どうやって、ゴールデンウィーク期間を過ごそうかと悩んでいたんですよ?」
「……そうなんだ」
「はい。だから美佳ちゃんには悪いと思ったんですけど、私も買い物を楽しんじゃいました。お兄さんには、ご飯をご馳走になりましたしね」
沙織ちゃんは悪びれない笑顔を浮かべながら、今日の買い物の感想をのべる。
まぁ、楽しんでくれていたのなら良いんだけどね。
「それに、最近悩んでいた事もお兄さんに相談出来たので、随分気が軽くなりました」
「……留年探索者の事?」
「はい。本当に迷惑な話ですよ……。探索者の力を背景に、1年生を利用して強引に徒党を組むなんて。学校側は、何も対応してくれませんし……」
「学校側、ね」
まぁ、目に見える素行不良や学業不振と言った影響が出ない限り、学校側が敢えて面倒事に積極介入することはしないだろうな。美佳と沙織ちゃんの話を聞く限り、留年探索者は上手くやっていると言って良い。
素行不良も噂はあれど証拠はないし、脅されていると言っても直接的な物ではなく、場の雰囲気や勢力と言う目に見えない圧力に1年生が屈しているだけだ。学校側が積極的に介入する理由が、今の所は無い。
今の段階で探索者活動に口を出すということは、学校が生徒の校外活動……私生活に口を出すことと同義だ。明確な理由と証拠が示せていない現状では、学校側も介入のしようが無い。
「5月下旬に行われる中間テストの結果が悪ければ、学校も学業不振を理由にして、その集団に生活指導って言う形で介入してくる可能性はあると思うよ?」
「でも、それまでは学校側は何も手を打ってくれないって事ですよね? だったら、やっぱり自分で自衛策を弄するするしか無いじゃないですか……」
「……まぁ、そうだね」
代わり映えしない結論に、沙織ちゃんは疲れた様に溜息を吐く。美佳と沙織ちゃんの誕生日がもっと遅ければ、それを理由に断る事も出来るだろうが、4,5月生まれの二人にはその理由で断ることは難しい。
「それに、一度成績不振で留年している以上、留年生も出席数やテスト対策はしてくると思います」
「確かにね。流石に2年連続で留年するようなことになれば、今度こそ退学だからね」
「はい。生徒手帳に記載されている校則でも、そう明記されていました」
となると、今の所美佳と沙織ちゃんが取れる有効な自衛策と言えば、留年探索者達が手を出せない存在……2,3年生の探索者グループの庇護下に入る事だ。この場合、美佳と沙織ちゃんが身を寄せる予定のグループとは、俺達のことだが。
1年生の間は、野口などの面倒な輩にシツコく勧誘されないように、こっそり探索者をやっていたからグループとしての知名度は低いんだけどな。2年になったことを境に、吹聴こそしていないが探索者をやっていることは認め表に出しているので、その資格はあるだろう。
だが、俺達が二人を庇護する為には、書類上だけでも2人が探索者である必要がある。
「だから、探索者になると?」
「はい。流石の彼等も、別グループに所属する探索者には手を出さないと思うんです」
沙織ちゃんは俺の問うような視線を正面から見詰め返し、探索者になることを表明するように力強く頷いた。
庇護下に入るだけなら、書類上探索者の身分であれば良いんだけど……この様子だと、本格的に探索者をやる気なんだろうな。
「だからお兄さん……」
「分かってるよ。でも、流石にこの件は俺の一存では決められないから、返事は待ってくれないかな? ゴールデンウィーク明けに、チームメイトと相談するから」
俺1人なら即答しても良いのだが、チームの一員としては即答出来ない。
2人を庇護下に入れると言う事は、1年のゴタゴタに巻き込まれる可能性があると言う事だ。流石に、2人と相談せずには決められない。
「……広瀬さんと柊さんですよね?」
「うん。沙織ちゃんも会った事有ったよね? 二人とも、ゴールデンウィークは多忙みたいだからね。学校で顔を合わせた時に聞くよ」
「……」
沙織ちゃんは相談すると聞き、断られるかもと若干不安そうな表情を浮かべている。
ここで俺達に断られると、普段関わりが無い2,3年生の中から、自分達を庇護してくれる存在を見付ける必要が出てくるからな。
「大丈夫。二人共、きっと力になってくれるよ」
「……本当、ですか?」
「断言は出来ないけど、多分ね」
ちゃんと理由を説明すれば、2人がお願いを無下に断ることは無いだろう。
「っと、着いたよ」
喋っている内に、何時の間にか沙織ちゃんの家に到着した。
沙織ちゃんは一度自宅を見上げた後、俺の方を向きお辞儀をする。
「今日は色々と、ありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、探索者の件は聞いておくから、安心して」
「はい。よろしくお願いします」
沙織ちゃんは再度お辞儀をし、俺に深く頭を下げる。
これは頑張って、二人の了承を得られるように説得しないといけないな。俺は軽く手を振りながら、沙織ちゃんの家を後にした。
沙織ちゃんを家に送り届けた帰り、俺は帰り道の途中にあるコンビニに寄ってロールケーキを購入した。夕食後のデザートに丁度良いからな、コレ。
コンビニ袋を片手に自宅に帰ってくると、リビングの方から美佳と母さんの言い争う声が玄関まで聞こえて来た。……何を揉めているんだ?
「お兄ちゃんは良くて、何で私が探索者になるのはダメなのよ!?」
「大樹と違って、貴方は女の子なのよ? 体に傷でも残ったら、どうするつもり?」
リビングに通じる扉の前で聞き耳を立てていると、美佳と母さんの言い争う内容が聞こえた。
どうやら母さんは、美佳が探索者になる事には反対のようだ。
「それに、ダンジョンに潜る道具を揃えるお金にアテはあるの? 一式揃えようと思ったら、数万円じゃきかないのよ?」
「お兄ちゃんに説明して貰ったから、知ってる」
「そう……最初に言っておくけど、月々のお小遣い以外のお金は一切出さないから。勿論、帰って来たら大樹にも言い含めておくから、お金は借りられないと思いなさい」
「大丈夫。お年玉とかの貯めておいた貯金があるから。お兄ちゃんに聞いた限りだと、ギリギリ足りそうな感じだよ」
「……そう」
……何か、微妙に入りづらいな。
だが、何時までもこうしている訳にもいかないしな、仕方ない。
俺は一度深呼吸をして気持ちを整え、意を決してリビングに通じる扉のノブを回した。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
「沙織ちゃんはちゃんと送り届けてきたぞ」
「お疲れ様、大樹」
俺がリビングに顔を出すと、二人は先程まで言い争いしていた姿など微塵も見せずに、にこやかな笑顔で俺を迎え入れてくれた。
……変わり身が早いな。
「あっ、そうそう。はいコレ、お土産」
俺は母さんに、買って来たコンビニのロールケーキ手渡す。
「これは……ロールケーキ?」
「うん。何時ものコンビニの奴。夕食後のデザートにでもと思ってね」
「そうね。じゃあ、コレは夕食後に出そうかしら」
母さんは、俺から受け取ったロールケーキをもって、台所の冷蔵庫にしまいに行った。
「で、何で言い争っていたんだ?」
俺は美佳の隣に腰を下ろしながら、言い争いの理由を聞く。
美佳が少し驚いた表情を浮かべたので、扉越しに言い争いの声が聞こえていたことを伝える。
「探索者試験を受けるって言う事を、お母さんに話したの。そうしたらお母さん……」
「反対されたと?」
「うん」
美佳は不満げな表情を浮かべ、台所に居る母さんにチラリと視線を送った後、ソファーに転がり横になった。美佳は美佳で探索者になる理由があるのだろうが、母さんからしたら娘が探索者になるのは心配になるだろうな。
俺が保護者同意サインを貰った時は時節のこともあってそこまで揉めることは無かったけど、俺が探索者の仕事内容を伝えているからこそ、美佳が探索者になる事に母さんも難色を示しているのだろう。
「母さんも美佳のことが心配なんだよ、美佳もそこは分かっているんだろ?」
「……うん」
美佳には俺達がモンスターと戦う映像を見せているので、母さん達の心配も理解出来るはずだ。普通に考えれば、モンスターを相手にして無傷で済ませられるとは思えないからな。
実際、ダンジョンから出てくる探索者達は大なり小なり怪我を負っている。
「俺達は今まで偶々怪我を負っていないけど、何時大怪我をしても不思議ではないしな。美佳も覚えてるだろ? 少し前のTVで、高校生が死んだって言うニュース。母さんの心配も、尤もだよ」
「……大樹の言う通りよ」
「母さん?」
美佳と話ていると、何時の間にかマグカップを持った母さんが戻ってきていた。母さんは俺の前にコーヒーが入ったマグカップを置き、ソファーに座る。
「本当の事を言うと、美佳だけでなく、私は大樹にも探索者を辞めて貰いたいのよ」
「……母さん?」
母さんの本音に、俺は困惑気味に首を傾げる。
何時も俺がダンジョンに行く時には心配そうに声をかけてくれているが、直接止めて欲しいと言う言葉を聞いたのはこの時が初めてだからだ。
「探索者の事を知れば知る程、同意書にサインをしなければ良かったのかな、って思い返すのよ。でも、楽しそうに友達と探索者をしている大樹の姿を見ていると、辞めなさいと言えなかったわ」
「母さん……」
「大樹は何時も怪我も無く帰ってくるけど、何時か大怪我を負ったという連絡を受けるかもと気が気じゃないのよ?」
そう言う母さんの表情は、心配と不安の色で陰っている。美佳の方を見てみると、母さんと同じ様な表情を浮かべ俺を見ていた。
……どうやら俺は探索者になって以来、家族に随分と心配を掛けていたようだ。
まぁ、スライムダンジョンの事を知らなければ、家族からは他の探索者と同じようにしか見えないからな。未だ怪我を負っていない事は、実力ではなく運が良いだけだと取られてもおかしくはない。
「……ごめん、心配かけて」
俺はソファーから立ち上がり、母さんと美佳に深々と頭を下げる。
しかし……
「でも、俺……今は探索者を辞めるつもりは無いんだ」
俺は深く下げていた頭を上げ、母さんと美佳の目を見ながら自分の意思を伝える。
スライムダンジョンを管理する上でも探索者資格は捨て難く、スライムダンジョンから出るドロップアイテムの換金の為にも探索者を辞める事は得策ではない。
無論、他にもチームメイトである裕二や柊さんとの関係もある。柊さんのダンジョンに挑む目的はある程度達成出来ているが、裕二の目標は達成出来ていないからな。
辞めるにしても、今すぐに辞める事は出来ない。
「……はぁ。貴方なら、そう言うと思ったわ」
「……ごめん」
「いいわ。でも、無茶をして怪我をしないように気を付けなさいよ?」
「うん。勿論」
俺は母さんに力強く返事を返した後、マグカップに入ったコーヒを飲む。
胸に溜まった物を溜息と共に吐き出した時、俺は今回の話の主役を思い出す。
「……あっ、美佳」
「……何? お兄ちゃんの話は終わったの?」
ソファーに座り直していた美佳は、不機嫌そうな表情を浮かべ俺の事を凝視していた。
話の主役だったのに、俺と母さんに蚊帳の外扱いされた事に憤っていたようだ。
「ごめん」
「何でお兄ちゃんが謝るの? 私気にしてないよ?」
「いや、その、ごめん」
「……ふん」
結局俺は美佳の機嫌を戻す為に、食後のデザート……ロールケーキを譲る事を約束した。思い付きだったけど、買って来ていて良かったよ。
その日の夕食後、帰宅した父さんを交えて家族会議が開かれた。
議題は、美佳の探索者試験を許すかどうかだ。美佳の探索者志願経緯から始まり、装備品の購入見積と、費用捻出と、幅広い議題を話合った結果、最終的には美佳の探索者試験受験は、幾つかの条件付きで許可された。
条件としては、俺の監督下で探索者活動を行う事が1つ、十分に事前指導を受けるまでダンジョンに行かない事が1つ、装備品の購入費用は自分で稼ぐ事が1つ、学業を疎かにしない事が1つ。
そして、試験受験を含めた探索者活動を行うのは、6月からとの事だ。コレは、美佳の誕生日が5月中旬であり、中間テストが5月下旬と重なって行われるからだ。美佳はこの条件を受け入れ、早速沙織ちゃんに連絡を送っていた。
しかし、俺の監督下でか……スライムダンジョンの存在を、家族には開示した方が良いかもな。
両親からの許可取りです。
最終的には、主人公の監督下ならと言う条件で交渉が纏まりました。




